わがままな痛み

裏側の世界シリーズ


鼓膜まで震わせる威圧。途方もないパワーに身体が包まれていく。
だが――それだけ。
どれだけ待っても、覚悟していた衝撃はこない。
痛みも、熱さも、何もない。
そこに聞こえたのは、
「クラウドの名を呼びながら死ぬのは許さん」
ハッと目を開けたそこにいたのは、黒革のロングコートに滑る銀の滝糸。
――まさか!?
「セ、セフィロス…」
神羅の英雄はすぐ前に立ちはだかり、エアリスを護っている。
クラウドの養い子として育った、憎い憎い恋敵。
今一番会いたくない男に、エアリスは護られているのだ。
助かったのだという安堵よりも、セフィロスに対する怒りを先に覚えてしまう。
睨み付けるエアリスに、セフィロスは冷笑で応じながら、
「防御をしろ。もう一度ルビーレイが来るぞ」
セフィロスの言葉に嘘はない。
己の攻撃を跳ね返されてしまったルビーウェポンは、再び必殺技を繰り出した。
目を閉じていた為、第一撃目をどうやって跳ね返したのか解らなかったエアリスだが、今度は見て――絶句する。
セフィロスのとった手段はシンプルであり、かつ一番効果的ではあったが、非常識に桁外れなもの。
襲いかかってくるルビーレイのエネルギーを、セフィロスは正宗でうち払ったのだ。
いわば野球と同じだ。投手が投げた球を打者が打つように、ルビーウェポンから発せられたルビーレイを、セフィロスは正宗の刃を平行にして滑らせて、非常識にも切断せず叩いて空へと打ち上げる。
このままでは、打ち上げられたルビーレイのエネルギーは、そのままどこかへと跳んでいって、その先で被害を及ぼす。
だが空中にて、ルビーレイは唐突に失せてしまった。
丁度ルビーレイが消滅した空間にあるのは、キラリと輝く金。
あれこそは、
「――クラウド!」
エアリスの目が捉えたのは、空中にいるクラウドの前で、ルビーレイが唐突に消えていっただけであったが、同じ光景を見ているソルジャーザックスの目には、別の映像が細くされている。
ルビーレイはまず正宗に当たった。
セフィロスは正宗でルビーレイを叩き飛ばしただけではあったが、これにより2割から3割程度、エネルギーは削ぎ落とされていたのだ。
もっともセフィロスならば、一撃で充分ルビーレイを消滅させることが出来ただろう。
そうとはせず、どうしてわざわざクラウドの元まで飛ばしたのか…この理由はやはりエアリスの身を案じてのことだろう。
セフィロスはかなりの近距離でエアリスを庇う位置にいる。
この近い位置でルビーレイを消したとすれば、どのような手段を用いようと、これによって起こるであろう余波は、まず一番近くにいるエアリスが被ることになる。
ゆえにセフィロスはルビーレイを消さずに、2割から3割だけのエネルギーを削ぐだけに止めて、クラウドへと渡したのだ。
ほぼ音速に近い速度で飛んできたルビーレイを、クラウドは剣で切り捨てる。
しかも一刀のみではない。クラウドは塵となるまで、それ程細かに、ルビーレイを切り刻んだ。
ほんの一瞬の動きであった為、エアリスの目にはルビーレイが唐突に消えてしまったようにしか映らない。

ルビーウェポンは、もう一人のセトラ、クラウドの出現によって、ターゲットを変える。
すなわち、セフィロスとザックスに護られているエアリスから、すぐ正面の空中にいるクラウドへと。
ルビーウェポンの動きを感じたエアリスは、思わず駆け出そうとする。
「あぶない!」
だがその行動は、ほんの一歩だけで終わった。
少女の腕を掴んだセフィロスが、押しとどめてしまったからだ。
振り返り、エアリスは睨み付ける。
緑の瞳だけではない、全身から怒りを放射するが、セフィロスは微動だにしない。
掴まれている腕は痛くはない。ただどうやっても動かないのだ。
腕だけではなく、足までも縫い止められたようになって、動こうとはしない。その事実に、セフィロスと自分の力の差に、又苛立つ。
「放してっ」
叫びながら抵抗を止めない少女に、英雄と呼ばれる男は冷たい一瞥を送って、
「愚か者――じっとしていろ」
その言いぐさに頭に血が上る。
カッとなったその時、セフィロスが動く。いかにも鬱陶しげに、己とエアリスの周囲にバリアを張ったのだ。
理由も語らず強引なセフィロスに対して、エアリスは罵倒しようとするが、男の横顔を見て、はたと口を噤む。
バリアを張ってすぐ、エアリスから手を放したセフィロスは、その眼差しを空高くへと注ぐ。
眼差しの先にあるのは、言うまでもないクラウド。

翠の色をした縦長の魔晄は、緩く形を変えた眼差しだけで、遠くにいるクラウドを抱きしめようとしている。
その眼差しの真摯さと熱さに、エアリスは見ていられない。
――なんなのヨ。
男と男の交わりなど、エアリスは知らない。
まだ無垢である少女にとって、憧れの人のセックスとは、想像出来ない禁忌なのだ。
セックスという行為を、浅ましく薄汚いと拒絶するほど子供でもない。
でも男同士のセックスなど――何よりセフィロスとクラウドなのだ、全くの他人でないだけ、エアリスはどう考えて良いのかすら解らなくなってしまう。
――なんで、あんな目で見るの!
本当にセフィロスらしくない。
こんな好きだなんて。全身で訴えて。
これ程までにセフィロスはクラウドを愛しているのだと、エアリスにも伝わってくるくらいに。
でも、
――負けたくない。
クラウドを簡単に諦めてしまうなんて、出来ない。
エアリスの想いだって、割り切れてしまうほど簡単なものではない。
例えこんなに強い二人の絆を見せつけられたとしても。

クラウドの剣に填っているマテリアが輝く。
召喚マテリアだ。
「ナイツオブラウンド」
よく通る声は、エアリスの耳にまで聞こえてくる。
クラウドは異次元の扉を開けたのだ。


まずルビーウェポンの周囲の地面が、大きく陥没する。
陥没した場所からは、異界のエネルギーが吹き上がってきた。
エネルギーは空に向かって吹き上がり輝く柱となる。そうして異次元への扉を開けた。
――アルティメットエンド。
次元の狭間からやってきた剣士の数は12。
剣士は順にルビーウェポンへと襲いかかっていく。
剣で槍でロッドで、メイスで。
銀色のハンマー。水色のワンド。三又の槍。錫杖。長刀。斧。
それぞれが絶大なるダメージを、敵に与えていく。
そして最後に登場するのが、アーサー王。12人の円卓の騎士を従える、偉大なる王だ。
顔をすっぽりと覆う兜の間から覗く目が光る。
深紅のマントを広げ、両手で掲げるのが聖剣エクスカリバー。アーサー王のみが持てる王の剣だ。
アーサー王は聖剣エクスカリバーを手にしたことによって、王であると認められ、選ばれた。
アーサー王はエクスカリバーをルビーウェポンに振り下ろす。その衝撃だけで、異次元空間に皹が入っていった。
皹は見る見るうちに空間全体へと広がっていく。
たまらず、ルビーウェポンが断末魔の機械音をあげた。機械にしてはやけに生々しい断末魔をバックに、空間は皹だらけとなり、ついに耐えきれずに空間が壊れてしまう。
崩れ落ちる異次元。次元の狭間は消滅して、召喚世界は消えていく。


生々しい断末魔も最後は機械の軋みそのままの音へと変わっていった。
そして、音は唐突に止まってしまう。同時にルビーウェポンの動きも完全に停止した。
ルビーウェポンに存在していた、生命とでも言うべきモノは、すでに失われてしまっている。
動かなくなってしまった赤い鉄の塊を、エアリスは呆然と見上げた。
どうしてだが、目の前にある動かない鉄の塊は、やるせない感情となって少女の胸を締め付けた。
思わず、二歩、三歩とよろめき近づこうとしたが、まだバリアは解かれていない。
なぜ?と問うまでもなく、理由はすぐに判明する。
ただの鉄塊になって制止したままのルビーウェポンが、いきなり崩れ始めたのだ。
ガガッ。ゴンゴゴゴ……
これだけ巨大な鉄塊が一気に崩れていくのだ。
鼓膜を破る轟音と共に砂煙が巻き上がり、周囲を巻き込んでいく。バリアの内側だというのに、エアリスは思わず手で顔を覆う。
半身となりきゅっと瞑った目は、音が完全に聞こえなくなってしまうまで、閉じていた。
静かになってからそっと開けた目に映るのは、荒涼とした光景だ。
まだ砂埃が舞う大地には、ルビーウェポンだったモノの残骸が散らばっている。
残骸は、まるで幼い子供が遊び半分で千切ったかのような乱雑さだ。それだけに――惨い。
ここでいきなり砂混じりの風が、直に身体に打ち付けてきた。セフィロスがバリアを解いたのだ。
かなり強い風だ。それだけルビーウェポンの崩壊が凄まじかったと言うことなのだろう。
乱れる髪を必死で押さえるエアリスの前に、逞しい身体が衝立となってくれた。
改めて確かめなくとも解る。少女の初陣にてパートナーとなってくれたソルジャー。
顔を上げると同時に名前を呟くと、頼れるパートナーはねぎらうように笑ってくれた。
「ザックスのおかげ。ありがと」
「いや、俺の方こそ、コイツで助かった」
差し出してくれたのは、エアリスが渡した黄色のコマンドマテリアだ。
「ザックス、いてくれて、良かった」
エアリスが差し出した掌に、コロリとマテリアを転がしてくれた。

――わたし、このマテリアみたいに、転がってばかりだった…
クラウドに久しぶりに会えると喜んだ。
クラウドとセフィロスの抱擁に驚き、混乱し、耐えきれなくなって逃げ出した――ザックスを巻き込んで。
自分の浅慮のせいで、ウェポンとも戦うハメにもなった。
なんとか戦えたのはザックスのおかげだし、勝てたのはセフィロスとクラウドがやってきてくれたから。
エアリスはただ――ころころと感情の赴くままに転がっていただけ。

口に出せないそんな気持ちを、ザックスは気が付いているのだろうか。
「なあに、エアリスのおかげさ」
小さな背中をそっと押してくれる。

さっきより風はずっと収まっている。ザックスが押してくれる方へと顔を向けると、クラウドの姿があった。
一歩一歩ウェポンの残骸の間をぬって、こちらへと近づいてくる。
さすがと言うべきか、その隣へとセフィロスが大股で進んでいった。
すぐ並んだ二人。かなりの近距離だ。セフィロスが少し腕を伸ばせば、クラウドは抱きしめられてしまう。
と、セフィロスが何か言ったのだろう。エアリスには聞き取れなかったが、クラウドと視線の高さを併せるべく、長身を折っている。そのうちに正宗を持っていない左手が、クラウドへと伸びていった。
――見たくない…
背けてしまおうとしたところで、クラウドが伸びてきた手をピシャリとたたき落としていた。
清冽な青の眼差しは、隣に立つ養い子ではなく、エアリスへとひたりと定められている。
「おーい!クラウド」
大声で呼ぶザックスに、彼は小さく笑って手をあげて応えた。
――ホントに、トモダチなのね…
ザックスは彼らしくマイペースに馴れ馴れしい。クラウドはそんなザックスの態度を許して受け入れてしまっている。そこに違和感はない。
セフィロスの隣に立つクラウド。
ザックスの傍にいるエアリス。
セトラの末裔たる二人のハーフセトラは、こうして久しぶりに向き合う。
もし会えたなら、きちんと謝ろうと考えていたのに――いざとなると胸が詰まるだけで、エアリスの口は動いてくれない。
ひたすらクラウドのきれいな顔を見つめ続けてしまうだけで。
そして想うのだ。
やはり――彼が好きなのだ、と。
憧れでもいい。夢をみているだけだと言われても構わない。
誰かと比べてみて、クラウドへの自分の想いが劣るなど、絶対に、ない。
ハーフセトラ二人が見つめ合っているのがよほど不満なのだろう。
セフィロスが態とらしく咳払いをしていた。


クラウドが一歩前に出る。
まだマテリアを握ったままになっている小さな手をそっと包んで、
「エアリス――」
静かにしみいる声だ。
「セトラの巫女として、目覚めたんだね」
――巫女!?
「わたし、巫女!?」
「そうだよ――エアリスはオレよりもずっと、星の声を聞く力が強いんだ」
クラウドの血統を辿ってみると、やはりセトラの戦士であった。
クラウドの父はどうにかして星の声を聞こうと鍛錬を重ねたが、生き物には自ずと向き不向きというものがある。
クラウドの父に出来たのは、星の声の残り火をかき集めるだけ。結局本当の星の声は聞くことが出来なかったのだ。
「エアリスの先祖は、代々巫女となっていたそうだ」
――わたしが、…巫女?
しかも先祖代々だったということは、
「母さんは?」
ならば母は…?
母が祈る姿など記憶にはないのに。
当然とも言えるエアリスの問いに、クラウドは首を横に振るだけ。
「オレもよく知らないが……」
短く言葉を切ってから、
「エアリスのお母さんは、祈ろうとはせず、星の声を聞こうともしなかったそうだ」
「どして?」
――どうしてなの?
星の声を聞くことこそ、セトラ第一の使命だと言うのに。
「理由は、誰も知らない」
「クラウドのお父さんも知らないの?」
――そうだ。
「父さんにも解らなかったそうだ」
――かあさん…
母イファルナは、何を考えていたのか…
自分の母親なのに…全く解らない。
記憶にあるイファルナの言葉や笑顔も、なんだかあやふやで朧気なものへとすり替わっていきそうで――怖い。




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