わがままな痛み

裏側の世界シリーズ


震えそうになる声を抑えながら、知識としてあるルビーウェポンについて喋る。
「ルビーウェポン…、とても高い防御力。魔法防御をもってる」
「触手は長く伸ばして、地面から突き出して、攻撃することもできる」
この触手で挟み撃ちを仕掛けてくるのだ。
「魔法は全く効かないのか?」
「ううん。触手をだしている時は、無敵状態にはならない」
裏返せば、触手を出していない時は、無敵状態であるということだ。
藍の魔晄が深い輝きをたたえ始める。
「本体はデカすぎて、攻撃は届かない――」
とすれば、
「まず、あの触手を叩く、か…」
ザックスの内側から力が開放されていく。
ソルジャーが、己の力を存分に発揮しようとしているのだ。
恐ろしいのにどこか魅入られる姿に呑み込まれ、エアリスは完全にバイクを停止させてしまった。そこにすかさずルビーウェポンの触手が襲いかかってくる。
――ひっ。
すくみ上がるしか出来ないエアリスの前で、ザックスは大剣を自在に操る。
片手でくるくる回しながら、鮮やかな手並みで触手を弾くのだ。
カン!耳に届いてくる軽い音からでは計れない、ザックスとルビーウェポンとの打ち合い。ザックスが繰り出すのは、無造作に見えても重い剣なのだろう。すぐにウェポンは触手を引っ込めてしまった。
触手が後退したのを見計らったザックスは、バイクから離れてしまっているエアリスの手を掴み、剣を持っていない左手で包み込む。
そしてそのまま包み込んだ小さな少女の手を、バイクのスロットルへと置いた。
「俺が惹きつける」
「隙を見たら合図するから、エアリスはバイクで行け!」
――いいか。
「コイツは俺一人じゃ厄介だ」
だから、
「助っ人を呼んできて欲しい」

――嘘…ね。
嘘ばっかり。
ザックスは――覚悟している。
自分の身と引き替えにして、エアリスだけは逃がそうとしてくれている。


その時、エアリスの脳裏に、見たこともない不思議な光景が過ぎっていった。
石造りの部屋。長方形の部屋の側面には石で出来たアーチが、規則正しく並んでいる。
一番奥にあるのは祭壇。
祭壇の前で跪いて一心に祈りを捧げる、己の姿が。


カン!カン!カン!
襲いかかってくる触手を連続で弾いたザックスは、それでも深追いはしない。
ウェポンが狙っているのは、あくまでもエアリス。ザックスはエアリスを護る為に、彼女の傍からは離れられない。


祈る己の口が動く。
音もないのに、エアリスにははっきりと聞こえてきた。
(アースよ!)
脳裏の己は祈りに全てを捧げている。
――そうね…わたしも、祈らなくちゃ。
エアリスの口が動く。
「アースよ…」
エアリスは両手をウェポンへと翳した。
――これが、今のわたしの祈り方。
セトラはどんな場合でも、星から逃げ出してはいけないのだ。


触手は地中から、気配を全くさせないままでいきなり襲いかかってくる。
ザックスとしてはどうにかして有利な間合いに入りたいのだが、触手の動きはランダムで予想外。こうくねくねされると、とにかくやりにくい。
しかも、
――硬い!
エアリスの言った高い防御力。魔法防御も高いのだと話してくれたのは、大げさではなかったのだと、ザックスは身を以て知る。
まともに打ち込んでもダメージを被ってはくれない。
戦士であるザックスは、相手の強さと己の力を正しく計れた。
――こりゃ、マズいな…
覚悟するしかない。
死ぬかもしれないというのに、最高に強いウェポンと戦えるのは、やはり歓びだ。こういう歓喜を感じる毎に、ソルジャーというのは因果だらけだと、思い知らされるのだが。
いきなりルビーウェポンの攻撃パターンが変わる。
炎の魔法の発動を感じた。
ルビーの火炎。
ザックスには、ドラゴンの腕輪があるから、炎のダメージは心配しなくても良いが…
「エアリスーっ」
叫んだ時には、熱が襲いかかっていた。
ドラゴンの腕輪が淡く発光しながら、熱ダメージを吸い取ってしまう。
ダメージが完全になくなってしまうよりも前に、ザックスは背後を振り返り、少女の姿を求める。
エアリスの魔力が高いのは解っているが、実戦でどれだけ戦えるのかは別。
「エアリス!」
「…だ、だいじょぶ」
確かにエアリスの声。
右手にある腕輪が発光している。
ミネルバブレス――炎、冷気、重力、聖属性の攻撃によるダメージを無効化するのだ。
ホッとしたのもつかの間、エアリスはルビーの火炎を払いながら、デイトナから降りてしまう。
緑の瞳をキッとさせ、ルビーウェポンへと睨み上げて、
「わたし、戦う」
「…おい――」
「セトラ、星から逃げてはいけない」
凛と宣言するエアリスは称賛に値するだろう。
だが、ルビーウェポンとの実力差を肌で感じているザックスからすれば、エアリスが戦力として加わるのを素直に喜べはしない。
渋い表情のザックスに、エアリスは胸を張ってひとつのマテリアを取りだしてみせる。
黄色のコマンドマテリア。てきのわざ。
「ウェポンに会っても困らないよう、クラウド、これ、わたしにくれたの」
クラウドは強い戦士だ。ウェポンとの戦いで多くの知識を得てきた。
それぞれのウェポンについて学習し、それぞれのウェポン毎の戦闘方法をノウハウとして持っている。
もし万が一、エアリス一人だけでルビーウェポンと遭遇していたとすれば、少女はどうすることも出来ないままパニックの中で殺されていただろう。
ザックスの存在によって、エアリスは冷静さを取り戻せたのだ。
クラウドから授けられていたマテリアを使う気力も生まれた。
「これでMPを吸い取るの」
「MPが低くなれば、アルテマの魔法は使えない」
てきのわざ、マジックハンマーをラーニングさせたマテリアを、ミニマム解除したプリンセスガードに装備させる。
そしてもうひとつのてきのわざマテリアを取り出すと、ザックスに渡した。
「ザックス、使って」
あともうひとつ、ものまねのマテリアも。

手に持ったマテリアから伝わってくる魔力。ザックスは目を剥く。
「レアもんのマテリアじゃねえか」
「クラウド、くれたの」
奔放に跳ねた金髪。濁りのない青い瞳。
(――エアリス)
整いすぎた顔が、とても優しく微笑んでくれるあの一瞬。
――あいたいョ…
これが本当の恋じゃなくてもいい。
ただの憧れだろうと、なんでもいい。
クラウドに、会いたい。
会って、きっと心配しているだろう彼に、ごめんなさいと言いたい。
そんな願いを実現させる第一歩として、エアリスはルビーウェポンを睨み付ける。
「戦おう、ザックス」
「回復はわたし、するから。任せて」
おう。ザックスも朗らかに笑う。
「頼りにしてるぜ。エアリス」
初めての戦いに挑む少女に、恐れはもうない。
これこそが、エアリスにとってのセトラとしての祈り。


戦いは一進一退の攻防となる。
ザックスとエアリスの二人は、ルビーウェポンのMPを削ぐのに集中した。
最強と言われる魔法、アルテマを発動させないようにしたのだ。
襲いかかってくる触手は全部ザックスが受ける。
触手の攻撃により削り取られた体力と魔力は、エアリスが回復をさせた。
――こりゃ楽だぜ。
これがセトラという種なのか。
本当にエアリスの魔力は高い。ソルジャー1stでも、ここまでの魔力を持っているのは、ほんの一握り。
少なくとも魔力の低いザックスよりは、断然上だ。
あと何より助かったのは、ルビーウェポンの攻撃パターンが、ある程度決まっていたことだ。
機械であるが故にか。ルビーウェポンの狙いはあくまでもエアリス。ザックスからの攻撃には注意すら払わないのだ。
エアリスの前に立ちふさがるザックスを、まず先に潰すべきだと言うのに…ルビーウェポンの攻撃には、戦う上での不合理な矛盾がある。
それがあるからこそ、ザックスは攻撃を仕掛けやすい上に、防御もパターンさえ守れば良いだけ。
高すぎる防御力には手を焼かされるが、組みやすい相手ではある。
触手攻撃以外にはルビーの火炎を放ってくるが、これもドラゴンの腕輪とミネルバブレスでダメージは被らない。
それに何も今どうしても、ザックスとエアリスの二人で、ルビーウェポンを倒さなければならない、というのでもないのだ。
こうして時間稼ぎをしていれば、すでにザックスの位置を特定しているであろうソルジャーか、もしくはエアリスの護衛についていたタークスか、きっとクラウドかが救援にやってきてくれる筈。
それまで、何とかこのまま持ちこたえていられれば充分。

ザックス、エアリスの二人が優位に戦いを進めている中、急にルビーウェポンの攻撃パターンが変わる。
その僅かな変化に先に気づいたのは、やはりザックスだった。
戦いの流れを本能として読む1stソルジャーは、伸びてきた二本の触手を弾きつつ、エアリスへと振り向く。
「避けろ!」
戦いの中で反射として動くスキルは、残念ながらエアリスにはまだない。
何!?――と、避けるより先に、ザックスに問い直そうとしたエアリスは、結果的にルビーウェポンに対して、全く無防備になってしまったのだ。
――マズい!
「伏せろっ」
ザックスの叫びが届くより前に、ルビーウェポンからこれまでにない攻撃が放たれる。


ルビーウェポンが吠える。大気がビリビリと振動した。
限界まで見開いた緑の瞳に映る、その攻撃こそ、
――ルビーレイ…
一撃でこちらを戦闘不能にまで追い込む、必殺技。
視界の片隅でザックスがこちらに向かって走り込んでくる姿が、なぜだかスローモーションになっている。
必死の形相となっているソルジャーに、エアリスは心の底から申し訳ないと思う。
――ごめん、ザックス。
そしてどうか。ザックスだけは生き延びて欲しい。
「――…クラウド」
今生の最後は、やはり恋しい名を呼んだ。
そっと目を閉じる。



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