ミッドガルの出入国は、他のエリアとは違いIDにより管理されている。
まずミッドガルではIDを得ることが、生活する上での不可欠な条件なのだ。
一般市民は元より神羅関係者に至るまで、神羅幹部やプレジデント神羅、セフィロスすらも己のIDを有している。
ミッドガルでは公共施設を利用する際、常にID提示を求められる。もちろんミッドガルを出入りする時にも、だ。
ただし出入国に関しては例外がある。
まずは有事の際。これは戦争に巻き込まれた時や、災害など。
他によくあるのが、神羅軍のミッションに関連してのこと。
ミッション中ならば、その任務に就いている一般兵でもID提示はしなくても構わない。ミッション関係者も一般人を含めて、出入りにIDは求められない。
だがこれはあくまでも、ミッション中における特例措置だ。緊急処置的な意味合いが強い。
それ以外出入国において、完全なフリーを認められている者たちもいる。
まずは神羅上層部。神羅軍上層部。この軍上層部の中にソルジャーも含まれていた。
ソルジャーはIDなしに自由にミッドガルから出入り出来る。ソルジャーの管理は軍権を持つ治安維持部門の管轄であり、出入国を管理している都市開発部門とは管轄が違うのだ。
ソルジャーの現在地確認、所在地確認などは、ソルジャーの体内に埋め込まれているチップによって、常時解るようになっている。
エアリスは結局家には戻らなかった。ザックスは何度も勧めたが、エアリス自身がどうしても首を縦に振らなかったのだ。家には連絡をいれさせるだけにする。
エアリスが電話をしている間に、ザックスも軍に連絡をつけた。
元より、今日はとことんクラウドと付き合う気でいたザックスだ。ミッション明けというのもあり、予め三日間の休暇をとっていたのは幸運だった。ミッドガルを出る旨だけ伝えれば、問題はない。
エアリスもどうにか義母エルミナを説き伏せたらしい。二人は旅の仕度に取りかかる。
まとまったギルを銀行で用意すると、最低限の必需品だけ購入。ザックスはそれだけで、旅支度を済ませてしまう。
どこに行く気なのか?そのくらいの期間で、エアリスの気が済むのか?
それがはっきりしないのだから、足りないモノはその都度揃えるしかないだろう。
行く先は取り敢えずカーム。何故取り敢えずかと言うと、エアリスがはっきりと行きたい地名を口にしないからだ。
とにかく、ミッドガルからは、早く出ていきたいとばかり。カームを選んだのは、ザックスだった。
移動手段はバイク。小回りが利く上に早く移動出来る。これは同僚ソルジャーから無理を言って借り受けた。
借りたバイクの後ろにエアリスを乗せて、さあ、出発。という時、ザックスは肝心な事を思い出す。
バイクのミラーに影だけが映っている。コイツらをどうするか、を。
「エアリス――ずっと尻に張り付いているタークスはどうするんだ?」
タークス、の言葉にエアリスはザックスの広い背中を見上げた。
タークス――ザックスと同じく神羅カンパニーに属している。
ただしゾルジャーであるザックスとは所属が違う。ソルジャーは治安維持部門に属しているが、タークスは総務部に属していた。
総務部調査課。これがタークスの正式な名称だ。
詳しい業務内容は、ザックスもよく知らない。巨大企業にはよくあることだ。右手のやっていることを、左手が知る必要などないのだから。
ザックスが持つタークスの知識は、ソルジャーのスカウトから始まり、有りとあらゆる神羅の裏側を背負っているということだけ。
もちろん総務部が戦場に出るなどないが、タークスはソルジャーとは別の意味で、常に最前線にいるのだ。
エアリスの周りに、いつもタークスの匂いがあることを、ザックスは最初からわかっていた。しかも奇妙なことに、タークスの動きはあきらかにガードだ。
目立たないように四六時中エアリスを護衛している。
そしてエアリス自身も、この事実をよく承知していたのだ。
このままザックスと共にミッドガルを出ていけば、もちろんタークスもついてくるだろう。その場合エアリスの動向は、神羅に筒抜けとなる。
そうなっても良いのか?――こうザックスは問うているのだ。
ザックスがタークスの存在を気づいていたことに、エアリスは驚き、だがすぐに小さく笑った。
「ソルジャー、だもんね」
わかっていて、当たり前なのだ。
「タークス、振り切れる?」
「ああ。スーパー1ソルジャーザックス様に不可能はないぜ」
茶化すザックスに合わせて、
「でも、教会の屋根から、落っこちてくるんだよね」
初めての邂逅を引き合いに出す。
――あれは、尻が痛かったな。
などと思い出しながら、ザックスはスロットルを握る。
「しっかり掴まってろよ」
一言叫ぶと、正にソルジャーの有する、人を超えた能力を発揮したのだ。
それはエアリスにとっても、初めて目の当たりにするソルジャーだった。クラウドも、タークス達でさえも、エアリスの前では己の能力を見せはしなかったのだから。
ザックスもそうだ。出会いの時こそ、人外のタフさを見せつけられた。
教会の屋根を突き破り落ちてきた、という異常な状況。
尚かつ普通ならば首の骨が折れるか、頭が陥没するのが本当なのにも関わらず…驚くエアリスの前でザックスは勢いよく飛び起き、頭を両手で抱えて「イタタタっ」と元気にわめいたのだから。
首や頭とかではなく、腕や足の骨さえも折れていない。あるのはかすり傷程度。
この異常な丈夫さと、見間違えようのない藍の魔晄とで、すぐにソルジャーだとわかったのだが、それ以来ザックスはあくまでもザックスのままだった。普通の友人として気安くエアリスは接してきた。
だからエアリスは、ザックスがソルジャーなのを気にしなくなっていたのだ。
陽気で人懐こい年上の男友達が、人間以上だとは――
立体交差する自動車専用道路のど真ん中で、いきなりフルスロットルにする。
衝撃がかかったエアリスは、ザックスの広い背中に突撃したままで、むしゃぶりつくしか出来ない。
エアリスが身体ごとでぶつかってこようと、ザックスにとっては蝶がとまった程でもなく。むしろ全身でしっかりと掴まってきたのを確かめる事が出来たザックスは、ミラーを確認して、慌てふためくタークスが必死で追いついてこようとしているのをチェックする。
ミラーに映っているのはほんの小さな人影でしかないが、ソルジャーには充分な情報となった。
――レノじゃねえな。
ソルジャーとタークスは密接ではない。
だがザックスには一般兵時代から知っているタークスがいたのだ。
それがレノ。赤毛でタフ。喰えないエビキュリアン。
互いに同期で神羅軍に入隊。いわゆる同じ釜の飯を食った仲となる。その後ソルジャーとタークスとで進む道は分かれてしまったが、今でも賑やかな夜の街でたまに出会ったりもする。
友人か?と問われれば、とんでもないと首を振るだろう。
せいぜいが飲みトモダチか…昔の同期か…。ただ女の趣味はやたらと似ていて、確かめたことこそないが、何人かの女を介して“兄弟”関係にはなっているらしい。
慌てふためいてハンドルを切っているのは、赤毛ではない。もっと若い男と、隣にいるのは金髪の女だ。
女にケンカを仕掛けるのは、モットーに反するが、まあタークスを女にカテゴライズするのは、やめても良いだろう。
それに悪くない容姿ではあるが、エアリスの方がザックスの好みでもあるし。
――よしっ。
ザックスは加速しているバイクを、トップスピード寸前で力業を使い強引に方向転換させた。
スピードはそのままだから、もの凄いGがかかる。加速のパワーとバイクの質量で、人など乗っていられずに吹っ飛んでしまうだろう。ザックスはそれすらも、力業を使った。
バイク側面に取りつけてある剣専用ホルダーからバスターソードを抜き、片手でアスファルトに突き立てる。
ずぼり、と容易く大剣の半分ほどが、道路に潜り込んでしまった。
「うおおおおおー」
気合い一発。道路に刺したバスターソードを基点として、ザックスはエアリスを背中にくっつけたまま、バイクごと180度半回転する。
ザックスも、エアリスも、デイトナでさえも、あまりの勢いで路面から離れてしまい空に浮いてしまう。
それらの重量とかかってくるGと全ての圧を、ザックスはバスターソードを握る右手一本で支えきってみせたのだ。
ぐるん。強引すぎる回れ右を見事に展開。
180度ターンをしてから、余裕をもってバスターソードをアスファルトから抜いた。
デイトナはまったく減速もせずに、むしろ加速をしたままで、僅か0コンマの間に方向転換をし終えたのだ。
すぐ正面にはタークスの車。こうなると大慌てなのは、タークスだ。
ハンドルを握る若い男の顔が引きつる。隣の金髪女のスカした顔が崩れ、口が大きくOになっているのが、小気味よい。
獰猛な笑みを浮かべ、ザックスはバイクの前輪を浮かせる。そして正面から来るタークスのボンネットを踏み台にして、道路から大きく空へと飛んでいく。
立体道路の上方から、すぐ下を走っている別の車線へとダイブをしたのだ。
目をしっかりと閉じたままで、ザックスにしがみつくのがやっとのエアリスは、何が起こっているのか全く解らないまま。
いや――何をしているのか解ってしまうのが、怖い。
初めて聞く風切り音と、初めて体感する落下の激しさ。誘われるようにして、エアリスはつい目を開けてしまう。
――すごい!
怖いのではなく、凄い。
上の位置にある立体交差道路を飛び出したデイトナは、見事な安定を保ったまま、下にある道路へと落っこちている。
アスファルトがみるみる迫ってくる。車が少ないのが幸いだが、この落下の勢いをどうやって殺すのか。
どんっ!と大きなバウンドだけでは、さすがに収まらない。
数度、どん、どん、どん、と小さなバウンドを繰り返してから、ザックス操るデイトナはまともな走行に入っていった。
思わず叫ぶ。
「ザックス!すごい!」
「スーパー1STソルジャーザックス様に、不可能はなーい!」
上機嫌のザックスは、そのまま神業級の運転テクニックを惜しげもなく披露し続ける。
そうやって二人は、何者の邪魔もなく、ミッドガルを堂々と出ていったのだ。
ミッドガルを出たザックスは、予定通り一路カームへと向かう。
特にカームを選んだ理由はない。単にミッドガルを出たのが、そろそろ陽が傾いてくる頃だった為、一番近い場所を考えただけだ。
ミッションでもあるまいし、モンスターに襲われるかも知れないリスクを背負ってまで、遠くまで走る必要などない。
ミッドガルに近いのはカームかジュノンだ。空路にしても海路にしても、ジュノンの方が便利なのだが、ただジュノンには大きな神羅軍施設がある。神羅軍支配の強い場所なのだ。
そこにエアリスが入れば、ID管理されていなくとも、直ぐさま発見されミッドガルへと連れ戻されてしまうだろう。
エアリスが本当に旅に出るのかどうか、ザックスには解らないが、結局ミッドガルに戻るにしろ、エアリスに考える時間を与えたい。時間稼ぎを考えても、ジュノンよりもカームが適当だと判断したのだ。
今夜はカームで宿をとろう。こう提案したザックスに、エアリスは不満そうだ。
宿なんてとんでもない。一刻も早く先を急ぎたいと言い募るエアリスのわがままを、ザックスは咎めない。
そもそもがエアリスの勝手から始まったというのに。
ザックスはエアリスの身勝手さに巻き込まれただけだというのに。
ザックスは言い募るエアリスにも声を荒げもせず、あくまでも陽気なままで、
「どこか行くアテがあるのか?」
問うてくれるザックスに、エアリスも素直になるしかない。
「――お父さんのとこ、行きたい」
「お父さん?」
エアリスは確か母親と二人暮らしだったのでは――だからてっきり父親はいないものだと、頭から思いこんでしまっていた。
「親父さん、どこにいるんだ?」
「アイシクルロッジ」
そりゃ――遠いトコだ。
第一大陸が違うのだ。とてもバイクじゃ辿り着けない。
「――エアリス」
「アイシクルロッジは遠い」
とてもとても遠いのだ。
「このままバイクを飛ばしたって辿り着ける場所じゃねえ」
――そうだろ。
「今夜はこのままカームに宿をとる」
――いいな。
エアリスは暫くしてから、それでも小さく頷いた。
カームは魔晄エネルギーの町だ。でも町に魔晄炉はない。
ミッドガルで精製された魔晄エネルギーが定期的に供給されており、それを町にあるタンクに貯蔵して使用している。
小さな規模の町だが、町の周囲には高い壁で仕切られていた。古い時代の要塞都市によく似ていた。
ザックスはすぐ宿をとる。宿の部屋にエアリスを残して、アイテム屋で買い物を、その後バイクの整備を済ませた。
旅行するにもオフの時期らしくて、宿は閑散としている。おかげで飛び込みだったにも関わらず、安い割には良い部屋を、しかも隣り合わせでとれたのは幸運だった。
用事を済ませてから宿に戻って、ザックスはエアリスの部屋をノックしてみる。
応答は――ない。
一度階下に降りて、ザックスは二人分の食事を調達してから、再チャレンジ。
「エアリス。腹減っただろ」
ノックをしてから声をかけて、ザックスは辛抱強く待つ。そうしてやっとドアは内側から開かれたのだ。
肩を使いドアを割り込むように押して、ザックスは部屋へと入っていく。
本来ならばいくらザックスとて、若い未婚女性の部屋でこうもずけずけ振る舞うのは気が引けるが、今は非常時だ。
殊更明るい声を出し気軽な態度で、ザックスはテーブルに調達してきた二人分の食事を、トレイごと置く。
「腹減ったよなあ」
椅子にドスンと座ってしまって、
「さあ、冷めないうちに食おうぜ」
いらないとか。欲しくないとか。後で、とか。
その類の言葉を言わせない勢いで、ザックスは振る舞う。
エアリスはそんなザックスに引っ張られるようにして、向かいの椅子に座った。
気持ちよい食いっぷりを発揮するザックスにつられて、エアリスも口を付け始めつる。
一口咀嚼すると、途端に自覚のなかった空腹が甦ってしまう。
食物を口に運ぶペースがどんどん速くなり、いつの間にかエアリスの、食欲の赴くままに手と口を動かし始めたのだ。