わがままな痛み

裏側の世界シリーズ


クラウドとの連絡は、予想以上に簡単にとれる。他にアテの無かったザックスは、正攻法、セフィロスに聞いてみたからだ。
古代種の神殿で起こったことを聞いていたのだろう。セフィロスはザックスがクラウドの名前を出しても、いぶかしみもせず、クラウドからザックスの元へ連絡をさせようと言ってくれたのだ。
その夜には、クラウドから電話がやってくる。
案外律儀な英雄サマに感謝しつつ、ザックスは久しぶりに会話するクラウドを楽しむ。
相変わらず、雄弁とはほど遠い。ザックスのお喋りに、相づちをうつ程度か。
それでもないがしろにせず、辛抱強く耳を傾けてくれているのが伝わってきて、ザックスは素直に楽しい。
――クラウドって良いヤツだよなあ。
スレてないところが、良いと思う。
ザックスよりも随分年上らしいが、世俗の垢のような重い澱がついていない。
トモダチだなんて、ザックスが初めてだと言ったのは、どうやら本当だった。こうして何気ない日常を話していても、そのひとつひとつに対して誠実に答えようとしてくれている態度は、ザックスをくすぐったいような誇らしい気持ちにさせてくれる。
クラウドの友人になれたのは、とんでもなく幸運だったんじゃないのか。あの時トモダチになろうと言った自分を褒めてやりたい。

ひとしきり喋った後で、ザックスは遠慮しながらエアリスの名前を出してみる。
「エアリスって、知ってるか?」
「――!」
回線の向こうから、驚愕が伝わってきた。
「花売りをしている、エアリスだ」
探るように用心する台詞に対して、
「ザックス!?エアリスを知っているのか!」
どうして?と迫ってくる声が好意からだったことに、ザックスは安堵する。
「やっぱりエアリスは、あんたの知り合いなんだな」
「ああ、とてもよく知っているけど――…」
戸惑うクラウドに、ザックスは自分とエアリスとの、おかしな出会いをかいつまんで話す。
聞き終わったクラウドの感想は、
「エアリスらしいな」
笑いを含んだもので、ザックスは話すタイミングを掴む。
「でさ、エアリスがあんたに会いたいって言ってるんだけど…」
「そうか…そうだな」
「このところ、会っていないしな」
「オレもエアリスの顔が見たいな」
「じゃ、決まりだな」
大きな荷物は、理想通りに下ろせたようだ。
エアリスはクラウドの都合に合わせると言ってたので、日時決定はスムーズに進む。
それでは、と会話を斬ろうとしたその時、ザックスは肝心なことを思い出した。
「あのな、クラウド。セフィロスにはエアリスのことは――」
「わかってる」
クラウドはすでに予想していたようだ。
言いにくそうなザックスを考えてか、やんわりと了解してくれた。
だから、つい、
「セフィロスとエアリスって仲悪いのか?」
とストレートに訊いてきたザックスに、クラウドは苦笑してしまう。
「セフィロスがムキになってるだけだ」
「エアリスは、女の子なんだから――」
女の子なんだから――「優しくしなければならない」のか。
それとも、女の子なんだから――「こちらが我慢しなければならない」のか。
語尾は苦笑ではっきりしなかったものの、クラウドがフェミニストで、エアリスに関してはその傾向が顕著なのだろうことは、確かなようだ。
同時に、セフィロスにフェミニスト精神がないことも、ザックスは知っている。
「セフィロスには、エアリスと会うことはナイショにしておくよ」
「英雄様に隠し事ってのもヘンな感じだが、頼むぜ」
ザックスは目的を首尾良く全うして、通話を終えた。


会う場所はエアリスのことを考え、スラムでも治安の良い店にする。
エアリスの家からも近いし、交通の便も良い。この辺りは小綺麗な店が軒を連ねているのだ。その上アップタウンにある店よりも、かしこまらない居心地の良い雰囲気が、ザックスおすすめの大きな理由だった。
このエリアは、スラム初心者におすすめの通りとして雑誌でも紹介されたから、やってくる人間の種類も比較的お上品だ。
ミッドガルにはそれなりの長いのだろうが、どうやら遊ぶ場所を知らないクラウドは、「じゃ、そこにしよう」とすぐオッケーしてくれた。
時間は昼下がりのティータイムの頃。大人の時間には早すぎるが、これもまだ未成年のエアリスを考えてだ。なあに、クラウドと飲みたくなったら、エアリスを家に帰してからで充分。
いつもは遅刻する立場のザックスではあるが、今回は違っている。
その理由はエアリスだ。彼女は、クラウドとの待ち合わせ時間よりも早い時間を、ザックスに提示してきて、二人でクラウドを待とう、と提案…と言うよりほぼ要求したのだ。
やっぱり女の子には甘いザックスは、従うしかなく。結果30分以上前には、こうして店で待ちこがれているハメに陥っている。
それでも悪い気がしないのは、エアリスの様子だ。今日会った時、一目でわかったが、エアリスはかなりおめかししている。
服はたぶん新しく買ったのだろう。いつもは着けてないアクセサリーも見受けられるし。靴もそうだ。いつもの実用的なものではなく、あきらかにデザインが洒落ている。
髪型もいつもより一手間かけているようだ。巻いた髪を触り、そうかと思えばリボンの形を整えて。とにかく、いつものマイペースさは皆無なのだ。
そんなエアリスの様子は、ザックスにとって微笑ましいものである。
彼女にとってクラウドの存在は、余程特別らしい。
目の前で他の男に焦がれているというのは、情けなく、腹立たしく感じるべきシチュエーションなのだろうが、ザックスはむしろクラウドに焦がれているエアリスを、いじらしいと感じる。
本末転倒かもしれないが、エアリスも女性なのだと、素直に実感していたのだ。

ひとしきり髪やリボン、スカートのひだ具合を整えると、次はじっと座っていられなくなってしまった。
エアリスはかろうじて座ったままではあるものの、身体を大きく傾けて、窓越しに外を覗く。
窓の外はいつもの雑踏の風景がある。老若男女、カップル、家族連れなのだろうか、学校に上がる前の小さな子供をベビーカーに乗せて。
そうかと思うとこれから仕事なのだろう、急ぎ足で歩く男達や。
様々な多くの人々をエアリスは、ひたむきに見つめていた。期待と若干の不安を映すその横顔はとてもきれいだ。
傍にいるザックスさえも浮ついてしまうくらいに。
「外に出てみるか?」
え?とザックスへと顔を向けたエアリスは、サッと頬を染める。
改めて己の行動を省みて、恥ずかしくなったのだろう。
「ごめん…わたし、落ち着かないね」
付き合わされているザックスも、さぞかし落ち着かなかっただろうと。
ザックスは、笑いながら否定する。
「いいや。なんかそうしてるエアリスもイイよな」
ザックスの言葉をどう受け取ったのか、エアリスは胸に手をあてて、
「わたし、小さい頃から、クラウド、特別だったの」
「きれいで、優しくて、強い――」
エアリスの理想の王子様だった。
「クラウドとわたし、結婚出来るんだって、嬉しくて」
――あぁっ!?
ちょっと待ってくれ。
「エアリス…、結婚って……」
クラウドにはセフィロスという恋人がいるだろう。
ミッドガルでは同性結婚も出来るし…、いや、それ以前に、セフィロスがクラウドを自分以外の、しかも女に渡すなど絶対に有り得ない。
――そうか…だからなんだ。
セフィロスがエアリスを嫌っているのも。エアリスがクラウドと会うのを、セフィロスにはナイショにして欲しいと言ったのも。
クラウドがそんなセフィロスとエアリスの、友好的ではない間柄を承知しているのも。
“結婚”がキーワードだったのだ。
――クラウドは、エアリスの許嫁なのか…
少なくとも、許嫁であると周囲は考えているということか。
クラウドも、セフィロスも、周囲にはそう考えられていると、承知しているのだ。
セフィロスはクラウドの心変わりを心配しているのではなく、クラウドとエアリスを結婚させようと考えている周囲に怒っている。
周囲の話を鵜呑みにして、クラウドと結婚出来るのだと信じ込んでいるエアリスにも怒っている。
このザックスの推測を裏付けるように、エアリスは幸せそうに微笑んで、
「わたし、クラウドと結婚するのよ」
「小さい頃から、そう決まってる」
「決まってるって、誰がそう決めたんだ?」
「わたしの、ホントのお母さん」
エアリスが現在一緒に暮らしているのが養母なのだとは聞いていた。
「それと、神羅の人たちも、そう言ってるの」
――神羅の人たちとは…誰だ?
「神羅って…セフィロスもか!?」
エアリスは顎をつと突き出して、
「――反対してる」
「セフィロス、クラウドを独り占めしたいのよ」
セフィロスは小さい時、クラウドと一緒に暮らしていたの。彼はクラウドに育てられたのよ。だから、
「大きくなってもまだ、クラウドに甘えているのよ」
――いや…それもそうだが……それだけじゃないだろう。
そこでハッと悟る。
――ひょっとして…
彼女はセフィロスとクラウド恋人同士なのを知らないのだ。
ザックスの知る限り、神羅では、少なくとも二人を知る人間の間ではほぼ公認のようなものだから、〜セフィロスは隠すどころかむしろ見せつけているのだから〜、エアリスはきっと知らされていないのだ。
――俺は……一体どうすりゃ良いんだよ…
セフィロスとクラウドの関係は、もはや変えようがない。それほどまでに二人は結びついてしまっているのだから。
だが――女の子を悲しませるのも、気が進まないし…

すっかり黙り込んでしまったザックスを、エアリスは心配そうに覗き込んでいたが、暫くしてから椅子から立ちあがってしまう。
「わたし、見てくる」
店から飛び出して行ってしまった。
慌ててザックスも後を追うべく立ちあがる。馴染みの店員に一声掛けると、店の外へと出ていった。
店の周辺からそう遠くには行っていないだろうに、辺りを見回してみても近くにはいない。
――結構、足速いよな。
意識して通りの向こうを見ると、ステーション方向へと走っていく栗色の髪を捉えることが出来た。ソルジャーでなければ、このまま見失っていたかもしれないところだ。
エアリスが向かっているのは、ステーションの裏手にある地下有料駐車場だろう。
クラウドはバイク、フェンリルを愛用していた。どこに行くにも車や列車ではなく、フェンリルで走る。エアリスに会いにスラムにやって来る時も、フェンリルに跨って来るのだという。
今日もきっと自身でバイクを転がしてやってくるに違いない。
待ち合わせに指定した店には、フェンリルのような大型バイクを置くスペースはない。ザックスはクラウドにそれを伝えていた。
安易に路上駐車をすれば、どうなるか。ここは比較的治安が良いといえどもスラムなのだ。無事である保証は出来ない。
ここから一番近いのはステーション裏手にある、地下有料駐車場となる。エアリスはそこに向かったのだ。
エアリスは小走りのスピードを緩めないまま、角を曲がっていく。
駐車場までは遠くはない。ザックスは余裕を持って、後を追っていった。


有料駐車場は地下にある。地上からゆったりとしたスロープをそのまま降りていくと、そこはもう駐車スペースだ。
スラムの駐車場は平日だというのに、すでに半分埋まっていた。まだ時間的に早いからなのだろう。これが街が本格的に動き出す深夜ともなれば、いつも満車だ。
地上のスラムは賑やかな喧噪があるのに、地下はひっそりとしている。自然と、エアリスの足並みも速度を落として、ゆっくりしたものになった。
地下の閉ざされた空間は肌寒いような気になる。エアリスはそっと己の肩を抱きしめた。
広い空間なのに、人の気配がしない。あるのが、自分の足音だけなのは、やはり心寂しいもの。
つい後ろを振り返ると、そこには人影があった。逆光に藍の魔晄が光っている。
右手を軽く挙げて、近寄ってくるのは、
「ザックス…」
大柄のソルジャーは、足音がしない。こんなに静かな空間にあるのにも関わらず、だ。
これがソルジャーというものなのか。エアリスは己の肩を抱く力を強めた。
少女の警戒感を拭うように、ザックスはあっけらかんとした態度で笑いかける。
「足、速いんだなあ」
とだけ言うと、促すように先に立って駐車場を歩いていく。
その通りに、エアリスも後に従っていった。

地下にエアリスの足音だけが小さく響いていく。その中でザックスの聴覚は、人の声を拾った。
――あっちだ。
ザックスは声のする方向へと向かって歩く。エアリスも何も言わずについていった。
そのうちにエアリスにも人の声が届く。
――クラウド!
はっきりとした声でなくとも、エアリスはそれがクラウドの声だと確信する。
同じハーフセトラ同士だからなのか。エアリスのクラウド感知能力は、驚くほど高い。
名前を呼ぶには、この地下の静寂がかえって邪魔をして、エアリスはなるべく足音を顰めて、ザックスの後を行く。
「…――た……でも――」
――やっぱり、クラウドだ。
今歩いている先、次のブッロク辺りからだ。

クラウド、と呼ぼうとする前に、耳にはっきりと飛び込んできたのは、エアリスが一番嫌いなヤツの声。
――どして…セフィロスがここに。
意味がわかる、ちゃんとした言葉が聞こえてきた。
「――…遅くなるな」
確かに、絶対に、セフィロスが喋っているのに――その調子はとろけるように甘い。
エアリスの全く知らない男の声のようだ。
「わかってる。フィーの仕事が終わる時間には、家にいる」
とろけるセフィロスに応えるのが、クラウド。
こちらもエアリスが馴染んでいるのとは、少し調子が違う。エアリスが知っているのよりは、ずっとずっと甘くて、少しだけ我が侭な声だ。
――ううん…それだけじゃない…
クラウドは無口だ。感情が高ぶっても、声は荒げない。感情がない平板な喋り方だ。
寡黙なのだが、一旦心を許した人には、いつも優しい。
それが今、セフィロスに応じるクラウドは、優しいだけではなかった。
卑屈な訳でもない。媚びているのでもない。
耳に付く素直に我が侭な響きは、それ以上で、それ以外の、更に深い感情の証拠なのだ。
その感情とは、クラウドがセフィロスの養い親だったからだろうか…
――きっと、そう。
そうに違いない。
そうに決まっている。
それ以外に、ある訳ないじゃないの。
必死で納得させようと言い聞かせるが、それだけではないのだと、エアリスの本能がわめく。




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