裏側にある世界

裏側の世界シリーズ

3,


カウンターが5を切った。
セフィロスは少し離れた場所から両手をつきだし、シールドを発動。鉛の箱を囲むようにして、シールドを展開させる。
シールドを張り終えたのとほぼ同時に、まず鉛の箱が内側から弾け跳ぶ。炎が吹き出してくる。
少し遅れて、鈍い爆発音。
爆発のパワーは空気中に振りまかれた放射能ごと、セフィロスの張ったシールドにぶつかった。
ぶつかるたびに半透明のシールドから火花が散る。
その威力は、この場にいるザックスにも充分に伝わってきた。

マテリアを使い、魔法を発動させるのには、厄介な側面がある。
まずマテリアさえ使えば、誰もが魔法を発動させられる、というのではないこと。
魔法にむいているのか、むいていないのかの差が出てくるのだ。
魔法を発動させてからも難しい。
まず百発百中、魔法とは必ずしも発動しない場合もあるということ。
これも個人差がある。発動の確率が半分以下となれば、その時点でソルジャーにはなれない。ソルジャーの基本発動確率は70%以上と言われている。
次の問題は、発動の確率自体は高くとも、ちゃんとマテリアの能力を引き出して、発動できるのか、ということ。
魔晄を凝縮させて出来るマテリアは、大きく分けて5つの種類となる。
魔法マテリア。支援マテリア。コマンドマテリア。独立マテリア。召喚マテリア。
このうち召喚マテリアを除くほとんどのマテリアは、進化するのだ。
先頭により一定数のAPを溜めると、マテリア自体がレベルアップする。
最高レベルまで到達すると、ある条件によってマスターマテリアとなるのだ。
レベルの高いマテリアさえ持っていれば、高い魔法が使えるのか――これが残念ながらそうではない。
いくらレベルの高いマテリアを持ったからと言って、必ずしもマテリアのレベルにあった魔法を発動出来るのか、というとそうではないのだ。
発動する者の魔力、精神力によって差が出てしまう。
例えばザックスもそうだ。回復のマテリアで、ケアルガレベルのマテリアを持っていても、3回に1回はケアルラしか発動出来ない。
ザックスは特に防御系の魔法は苦手で、発動自体は出来ても、レベルが足りなかったり、発動時間が短かったりと、問題が多いのだ。
今セフィロスがやっているように、レベルの高い魔法を、己から離れた場所で、ある一定の範囲に固定して発動、継続させるのは、運に任せるしかない程の低い確率なのだ。


ザックスは精神を集中させる。
バスターソードを背負い、両手を揃えて前へと突き出す。
バングルに填っているマテリアを、心で感じた。
――頼む。
チカリ。
一際大きな火花がセフィロスの発動させているシールドに当たって、弾ける。
シールドの中は凄まじい高エネルギーの嵐が吹き荒れている。セフィロスはシールドで外に漏れないようにしつつも、その爆破エネルギーをシールドで押し潰そうとしているのだ。
セフィロスの魔力と、核爆発の威力とのせめぎあい。
それを肌で感じながら、ザックスの心が決まった。
「シールド」
魔力が吸い取られる感覚がする。


ザックスのシールドはどうやら成功したようだ。
セフィロスの張ったシールドから1〜2メートルほど離れた空間に、半透明で少しくすんだシールドが出現。
――頼む。持ってくれよ。
己の張ったシールドだけでは、核を防ぐ事が出来ないのは、承知だ。
いかなる英雄セフィロスだろうが、シールドを永遠に張り続ける訳にはいかない。
その時、シールド内に閉じこめられている、核汚染された空気をどうするのか?
様々な、始末の悪い現実が頭をもたげそうになる。
――どうする、どうする。どうなる…
ついセフィロスを窺ってしまった。
余程集中しているからなのだろうか、セフィロスは全くの無表情。
魔法を行使しているからか、少し浮き上がった銀髪が、羽根のように逞しい肢体を取り巻いている。
翠の魔晄にシールド内の火花が散って、妖しい。
だが、――おかしな余裕がある。
そう見えるのは、ザックスの気のせいではなく…

バチバチ。
更に激しい火花が散った。
ザックスの目から見ると、セフィロスの張ったシールドは凄まじい核の力に侵食されかかっている。
もう、あまり保たないのでは。
セフィロス本人がそれを解っていない筈などないのに。この余裕は、一体。


――セフィロス。
声が降ってきた。
誰だ?――と確かめるよりも早く、ザックスは見てしまったのだ。
セフィロスが、本当に優しく微笑むのを。

プレートの上から誰かが舞い降りてくる。
「――ゴメン。遅くなった」
目の覚めるようにくすみのない金髪碧眼。
美しいという形容よりも、“きれい”というのに似つかわしい。
凛とした容姿の青年だった。
完璧と判断しても過言ではない容姿。セフィロスとは違うが、彼も黄金率で出来ている。
そう体格の良い青年ではない。
170センチを少し越えたくらいか。セフィロスやザックスと比べると、小柄で細身。肉の厚味がまるで違う。
ただザックスの目から見ると、きちんと鍛えられた体の持ち主だと解った。
上腕二頭筋、腕の内側にある上腕三頭筋。肩を上げ下げする僧帽筋、腕を上に引き寄せる三角筋。背中の両側を覆う、広背筋などは、細身ながらかなり発達していた。
拮抗筋の働きが優れているのだろう。動きが全てにおいてスムーズだ。重力と体重を感じさせない。
背中にあるのはバスターソードに劣らない大剣だ。
大剣なのにバスターソードとは違う、システマティックな造りのようだ。
いくつかの様々な大きさの剣を組み合わせたり、バラしたりして、戦闘に応じて使いこなせるらしい。
何よりザックスが驚いてのは、剣と腕のバングルとに填っている、マテリアだ。
量もさることながら、全てがマスタークラス。
おまけに彼がつけている召喚マテリアは、ザックスでも弾くような大きな魔力を有していた。

青年は一目で状況を判断。
そして、手をかざすと、一言、
「デジョン」
瞬時に、シールド内にあった核爆発も、閃光も、高濃度ウランによって汚染された空気も、何もかも消え失せてしまったのだ。


魔力というには、何かが根本的に違う力だ。
魔力を発動される時につきものの、発動者にかかる負荷が見あたらない。
あれほど大きな魔力を使っていながらも、その片鱗すら感じさせない。
どう考えても、ザックスの使っている魔法とは違う。
ただし――セフィロスの魔法とは同じ匂いがしたが。
金髪の青年は緊張から解放され、荒い息をつくザックスへと顔を向けた。
見事は碧眼――青だ。
人の持つ青ではない。
魔晄を浴びた青に似ているが、やはりそれも違うような気がする。
――ソルジャーなのか…
ザックスの知らないソルジャーなのだろうか。
青年の引き結ばれていた唇が動く。
閉じていた時とは印象がまるで違ってしまった。
人形めいた硬質さが一気に薄まる。
「大丈夫か?」
淡い色合いの唇から出た声は、思いの外しっかりとした男の声だ。
「あ…――ああ」
呆然と頷くしか出来ない。
そんなザックスの前を銀色の軌道が通りすぎていく。セフィロスだ。
セフィロスは青年のすぐ傍までくると、
「俺の心配はしてくれないのか」
耳を疑ってしまう。
甘く豊かな低音。これは間違いない。
――ひょっとしなくても、恋人なのか!?
ザックスの予測を裏付けるように、セフィロスが微笑む。
見ているこっちがくすぐったくなってしまう、甘い笑顔で。
レアどころか有り得ないセフィロスにも、青年は平然としたものだ。
真っ正面から見上げて、
「あんたが無事なのは解ってるよ」
ぶっきらぼうな口調なのに、青年の手はセフィロスへと伸びていった。
まるで幼子を心配し、あやすような手の動きだ。
その手はセフィロスの頬に触れる直前で、止まってしまう。
この動きはどうやら無意識だったようだ。己の動きに気づいて、青年は手を止め、引っ込めようとする。
が、逃げる青年の手をセフィロスが追う。
己のよりもずっと小さな手を握りしめ、そのまま指先に口づける。
「セフィロス――」
「10日ぶりだ」
――甘えさせてくれ。
そのまま手を引くと、青年の身体はすっぽりと包み込まれてしまった。
とても大切そうに。さも愛しげに。
長いセフィロスの両腕が、青年の背中で交差する。
ザックスから窺えるのは、セフィロスの逞しい大胸筋に押し当てられた、奔放に跳ねる金髪だけだった。

青年の名はクラウドと言った。
あの後やっと駆けつけてきたツォンがそう呼んだのだ。
ツォン達がやってくる足音をソルジャー並の聴力で聞きつけた青年は、身を捩って抵抗した。
「人が来るってば」
暴れ始める青年に、やれやれとばかりにセフィロスはこれみよがしなため息を吐く。
「昔はいつも甘えさせてくれたのに――」
「それは子供の時。あんたもう大人だろ」
放そうとしないセフィロス。
暴れるのを止めない青年。
「――放してやっても良い」
その代わり、
「俺の部屋に来てくれ」
――今夜。
青年、クラウドは何かを言いかけて、口を閉じ、セフィロスの魔晄を見上げた。
翠の魔晄と青の瞳。
絡み合った眼差しの意味は、きっと二人にしか解らないのだろう。
「…解った。行く」
「約束だぞ」
「ああ――約束だ」
セフィロスは念を押してから、クラウドを解放した。
クラウドは解放されるとすぐさま背中を向け、歩き始める。
ずっと立って、このシーンの観客だったザックスを認めると、頬を見事に染め上げた。
セフィロスのようなメタリックな白ではなく、明度の高い肌に血が上る様子を間近にして、ザックスは本当にきれいだと思う。
女っぽいのではない。
セフィロスのような美麗さではない。
クラウドという青年は、男であるということと、性別を越えてある凛としたきれいさを、見事に調和させているのだ。

自分よりも小さな背中に大剣を背負って、クラウドは去っていく。
その背中が見えなくなってから、ザックスは天を仰ぐ。
そこにあるのはスラムからそびえ立ち、巨大プレートを支える支柱だ。
ここに本当の空はない。
どれだけ高見を臨もうとも、ここから見えるのは金属と無機質な鉄骨で出来た、巨大なプレートだけ。
足下はスラム。
プレートの上はアップタウン。
スラムとアップタウンの狭間にあり、二つを繋ぐこの場所は、ミッドガルの裏側になる。
セフィロスとザックスが守ったここは、裏側にある世界なのだ。






 17:28  七番街支柱爆破計画 失敗。

テロリスト、241名のうち死亡168名。負傷者73名。








END




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