裏側の世界シリーズ

裏側にある世界

2,


セフィロスを取り巻く大気が変化する。
「エアリスの捜索はタークスに任せるぞ」
腰よりも長い銀髪が、風もないのに揺れた。その時、セフィロスは弾丸のように飛び出す。
1stソルジャーであるザックスも、ついていくのがやっとだ。
銀髪の軌道を必死で追いかけていく。
だがこれがセフィロスの全力では、もちろんない。
予め耳元に装着してあったレシーバーを使い、部下のソルジャーを呼び出す。
「パーシー」
『サー。何でしょうか?』
「避難の状況はどうだ?」
『プレートの上の避難は全て完了しています』
「よし。そのまま待機しろ」
これからここにパーシーを呼んでも間に合わない。セフィロスの決断は至って速やかだ。
『アイアイサー』
了解の返答を聞くと、次を呼び出す。
「ツイッテン――」
『こちらツイッテンです』
「テロリスト達はどうだ?」
『こちらの読み通り、ゴキブリみたいに排気パイプから這い出してきてますゼ』
「何名殺った?」
『27名です』
「一名だけでいい。生きて捕らえろ。どこに爆発物を仕掛けたのかだけでも、吐かせろ」
『サー?…それは?』
ツイッテンは古株のソルジャーだ。神羅のやり口は知り抜いている。
この爆発を神羅は止めないだろうことも。プレートを落とさせてスラムの人命を犠牲とし、反神羅組織の弱体、壊滅を狙うだろうことも。
それが今この時になって、止めようとするとは。
「ツイッテン。時間がない」
驚きと僅かな逡巡がレシーバーの向こうから伝わってくる。だがそれは僅かな時間だった。
『捕らえて、吐かせて、すぐにお知らせします』
「頼んだぞ」
『イエス・サー』
通信を終えてから、チラリと後方を一瞥。
どうにかザックスはついてきていた。なるほど1st昇格は伊達ではない。
「ザックス」
あくまでも動きが優雅なセフィロスとは違い、ザックスは見るからに必死だ。
「俺が爆発物を探し、作動を止め、回収する。お前は俺の援護をしろ」
ザックスが担いでいるバスターソードと腕につけているバングルとを確認して、
「シールドのマテリアは持ってきているか?」
「イエス・サー。持っています」
「よし。装着しておけ」
ザックスは若草色のマテリアを取り出すと、バングルにはめ込む。
あまり魔法が得意ではないが、それでも1stソルジャーだ。完璧でなくともそこそこは発動出来る。
頑丈な支柱を破壊するだけの爆発物だ。どれほどのものか、用心に越したことはない。
しかし、
――あの女め。こんな時まで俺を苛立たせる。
怒りが湧くのはあの女――エアリスだ。


エアリス。古代種セトラの末裔。
父親は人間。母親がセトラ。
栗色の髪と、緑の瞳をもつ少女。


――ただでさえ、目障りなのに。
切り捨ててしまいたい。
それどころか、存在そのものを抹消してやりたいのだ。
――いつも、いらぬことばかりをする。
セトラの末裔というだけでどれ程手厚く優遇されているのか。あの女には自覚が足りない。
セトラというだけで、エアリスはセフィロスの最も大切な人を奪おうとしているのに。
――大人しくあの教会にでもいれば良いものを。
こんな場所にまでしゃしゃり出てくるとは。


もしザックスがセフィロスの頭の中を覗けたとするならば、驚きで声も出なかっただろう。
いつもの感情の乏しさと、今のセフィロスは別人だ。
激しく熱い感情のマグマが滾っている。
セフィロスはそれ程までに、エアリスを嫌っていた。憎んでいると言っても過言ではない。
憎いエアリスを助けるために、己がこうして動かなくてはならないのも腹立たしいが、根本はもっと違う。
エアリスは認められている。エアリスは望まれている。それが許せない。
セフィロスが、己の命と引き替えにしても惜しくはない程に愛する人の、妻となるのを。
――クラウド。
セフィロスの愛しい人。セフィロスに生きる意味を与えてくれた人。
今はクラウドの為に、エアリスを救うしかない。


プツ。ツイッテンからの連絡だ。
『サー。吐きましたゼ』
「どこだ」
『支柱のほぼ中央部分。B3ブロックに繋がるダクトの中に仕掛けたそうです』
「そうか」
『サー。すでに時限式のタイマーが動いてます』
「解っている」
タイマーを作動させたからこそ、テロリスト共は逃げ出したのだ。そのくらいは予想内だ。
「ツイッテン。テロリストは全て殺ったな」
『はい』
「ならばお前達も退避しろ」
『ですが!サー』
「こんな茶番で貴重なソルジャーが犠牲になることはない」
『サー!』
「こちらは気にするな。ザックスにお前達の分まで働いて貰う」
『…解りました。――ザックス』
ツイッテンはザックスを呼んだ。
「――なんでしょう。ソルジャー・ツイッテン」
『いいか。しっかり働けよ』
「わかってますよ。俺だってまだ死にたくありませんからね」
ソルジャーになったばかりでくたばるなんて、ごめんだ。


何の障害もなく、支柱まで辿り着けた。ここからは時間との戦いになる。
巨大プレートを支える支柱は、正にそびえ立っている。いくつもの鉄骨が絡み合い、構造は複雑だ。
(どこをどう探せって言うんだ)
こんなに巨大にそびえる支柱の、どこを。
見上げたまま絶句するザックスとは違い、セフィロスはあくまでも冷静だ。
ツイッテンの報告にあったB3ブロックに辿り着く為、階段を使わずに、まずは支柱中程に向かって跳ぶ。
飛ぶ、と形容したくなるくらいの、見事な跳躍である。50メートルほど跳ぶと、足がかりになる場所を蹴り、更に高くジャンプする。
慌てたザックスが後を追うが、セフィロスほどの跳躍力はない。
すぐにセフィロスは目的の場所、支柱中程に到着した。
セフィロスの頭脳は普通ではない仕組みをしている。
一度目にしたもの、一度耳にしたものは、忘れない。特に記憶するという努力をしなくとも、だ。
セフィロスの記憶はいつもきちんと整理されているのだ。いわば、膨大な蔵書を有するライブラリーのようなもの。
項目別に分類してあり、何時いかなる時でも、迅速に必要な情報を取り出すことが出来た。
セフィロスの記憶には“ミッドガルの構造”なる分類もある。そこから支柱についての情報を取りだし、閲覧。
すぐに照合出来た。
「ここだ」
ぐるりと辺りをサーチ。目的の場所を発見。
セフィロスは巨大な支柱のほぼ真ん中にある部分に触れる。そこにはきっちりと溶接してある金属の蓋があった。そこを素手で引きちぎって、内部を露出させる。
支柱内部であるその部分は、空洞になっていた。ダクトというのは本当らしい。
本来ならば何もない空洞なのに、引きちぎって露出させた場所から顔を入れたセフィロスは、すぐに異物を発見する。
両手でそっと取りだした異物は、かなり大きな長方形の鉛の箱だ。
長方形の長い辺は5メートルはあるだろう。そしてかなりの重量がある。空洞に身体ごと突っ込んでいるセフィロスから渡された時、その重さにザックスは取り落としそうになったくらいだ。
「これだな――」
ザックスの耳にも確かに聞こえる。タイマーが時を刻む音。ありふれた音でしかないが、この状況ではとてもいびつに聞こえた。
セフィロスは鉛の箱に手を伸ばして、ピタリと止めた。
「これは、――核だ」
――核!?
「1ヶ月前、ジュノンの神羅軍から、戦闘機に搭載する核ミサイルが盗まれたとの報告があった」
鉛の箱にいれられて、保管されていた一基が盗まれたのだと言う。
「ここを見てみろ」
鉛の箱の側面にあるプレート。確かに神羅のマークだ。
「兵器開発部門が考案した、小型の核ミサイルだ。やろうと思えば持ち運びも出来るし、こうやって爆弾代わりにもなるようだな」
「サー!どうするんです」
いくらソルジャーでもこの近距離で核爆発をくらえば、どうなるか――ザックスは血の気が下がる。
第一、 自分たちだけの問題ではない。こんな市街地で核爆発をさせるなんて。
テロリストは気が狂ったのか。
「停止。回収をする」
あくまでも淡々とした物言いにザックスがキれそうになった。
「そうじゃなくって!どうやって止めるんだよっ」
「核だぞ。核!俺達でどうにか出来る訳ないだろうがっ」
口調が荒っぽくなる。
ザックスから詰め寄られても、セフィロスの態度に変化はない。
彼は鉛の箱を慎重に明けると、中を覗き込んだ。
箱の中にあるのは、予想通りのミサイルだ。神羅のマークが大きく入っている。
ミサイルの側面にはいくつかの配線とカウンターが取りつけてある。
そして、カウンターの数字は――
「!」
ザックスは戦慄する。
――時間が、もうない。
カウンターは120。つまり2分。
まともに処理をしている時間は、ない。


――くっそう。
生きてやる。生き抜いてやる。
死にたくない。
死の恐怖を目の当たりにして、ザックスは獣のように呻く。
生への執着が魔晄を活性化させる。藍色の瞳に魔晄がギラついた。

セフィロスはこんなザックスを前にしても、いや、この絶体絶命の状況にも、素っ気ない。
「これの回りにシールドを張る」
シールドの内側で爆発をさせる。そして爆発の衝撃毎、シールドに閉じこめてしまおう。
セフィロスの魔力が強いか。核爆発の威力が強いかの勝負だ。
「お前は俺の張ったシールドを囲むようにして、もうひとつのシールドを展開させろ」
シールドを二重にする。
「あんた、それでどうにかなると思ってんのか…」
ギラつくザックスに向かって、セフィロスは初めてゾッとするような美しい笑みを浮かべた。
「お前は今の喋り方の方がいいな」
「もうくだらん敬語は使うな。――いいな」
――こいつは、本物の英雄なんだ。
この状況でこんな台詞が出るなんて。
ザックスはシールドのマテリアに触れる。マテリアを感じて、シンクロを強くさせるように。
その間も唇が自然とつり上がってくるのを、止められない。
ソルジャーの血が滾る。この男、セフィロスは本物の英雄だ。
――こいつの下でならば、きっとスッゲー戦いが待っているに違いない。
命をかけても本望な、そんな戦いがきっと待っている。
ソルジャーは文字通り戦士。戦うための生き物。
どうしようもない血の滾りを、セフィロスならばきっとぶつけさせてくれるだろう。
ザックスはどうしてソルジャー達がセフィロスに忠誠を尽くすのかを、身を以て知った。



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