裏側にある世界

裏側の世界シリーズ

1,

 15:08  ミッドガルにおける反神羅テロの一報あり。
 15:16  治安維持部門統括ハイデッカー、ソルジャー部隊に出動命令を出す。
 15:20  サー・セフィロス率いるソルジャー部隊出動。

 15:40  壱番魔晄炉爆破計画 鎮圧。
 16:02  神羅本社ビル襲撃グループ 鎮圧。
 16:17  伍番外魔晄炉爆破計画 鎮圧。
 16:41  ステーション占拠計画 鎮圧。







 ミッドガル。魔晄都市である。
この都市を支配するのは、巨大企業神羅カンパニー。
神羅はただの巨大企業ではない。コンツェルンの形を取り、法律上は独立した企業を傘下におさめ、巨大な冨を吸い上げているのだ。
神羅という名はすでに世界一の財閥となっている
その象徴証拠が神羅軍。名目は一企業の私有軍隊となる訳だが、正に世界一の軍力を誇っている。
神羅軍を象徴するのが、マテリアとソルジャー。
商品化されたマテリアを振るい鬼神の如き強さを発揮するソルジャーのおかげで、神羅は泥沼化していたウータイとの戦争に勝利することが出来たのだ。
ソルジャーは厳密に言えば人間という種ではない。神羅のエリート兵士。魔晄により強化された人間。戦う為の人間兵器である。
ソルジャーのトップはセフィロス。味方には英雄と讃えられ、敵からは銀鬼と恐れられる1STソルジャーである。
この世界でセフィロスの名を知らぬ者はいないだろう。巨大な神羅軍の実質のトップでもある。
神羅軍に入隊を志す者は皆セフィロスを目指していると言っても過言ではない。


この日、反神羅組織による大規模な同時テロが行われた。
だが事前に入手していた情報により、神羅治安維持部門は、すでに警戒態勢をとっていたのだ。
一般兵のみならず、ソルジャー部隊も投入。
総指揮はソルジャートップであるセフィロスが執っていた。
反神羅組織のテロリスト達は、計画を実行する前に悉く潰され、何とか逃げ出した残党達は、七番街へと追い込まれている。


ミッドガル、七番街。
セフィロスは下士官が運転する軍用ジープから舞い降りる。
重力の干渉を受けていないかのような、身のこなし。僅かな空気の揺れを感じて振り返ると、セフィロスは悠然とその場に立っているのだ。
現場指揮を執っている一般兵指揮官が、報告の為に慌てて駆け寄っていく。
190を越える長身。長い銀髪は鋼の輝きで、逞しく美しいセフィロスを彩るのだ。
黒い軍用コートを身に纏い、正宗を手にするその姿は、とても現実とは思えない。
見慣れたセフィロス麾下のソルジャー達でさえそうなのだ。ましてや滅多に姿を目にする機会のない、一般兵ならば尚のこと。
セフィロスとはそれだけ圧倒的な男なのだ。
男としての造形美の究極が、ここにある。
翠の魔晄。筋の通った鼻梁。細めの唇。どれも非の打ち所がない。
美しく、強く、賢く、無敵。
相反しての、残酷、冷酷、銀鬼。
この形容のどれもが、セフィロスという存在を飾り立てるアイテムでしかない。

自分に向かってたどたどしくなされている報告を、セフィロスは途中でうち切る。
身振りで黙らせると、一言、
「何の用だ、ツォン」
セフィロスの右後方に、いつの間にかひっそりと控えているスーツ姿の男に向かってこう言った。
ブラックスーツを隙なく着こなしたその男。セフィロスとは正反対に、己の存在感を消し去ってしまう希薄さは、訓練されたものだ。
彼の名はツォン。神羅の影を司るタークスを纏めている。
「サー・セフィロス。失礼します」
セフィロスは返事もしない。視線さえ向けない。が、ツォンは心得たものだ。
「新しい情報を入手しました――」
「テロリスト達がここに逃げ込んだのには、理由があるようです」
「どういう事だ」
無表情なセフィロスの、翠の魔晄だけが、深みを帯びる。
「どうやら予め、全ての計画が失敗に終わった時のことを考えていたようで――」
「生き残った者がここに集まり、七番街の支柱を爆破し、プレートを落とすつもりなのです」
ツォンの声は低く静かだ。
空気に溶けてしまうかのような話し方は、人の耳に届かないし残らない。
だがソルジャーは違っていた。セフィロスと同じ軍用ジープに乗って8名のソルジャー達がこの場にきている。
ソルジャーの聴覚は普通の人とは違う。可聴範囲が極端に広いのだ。
ソルジャー達は皆ツォンの言葉に、顔色を変えた。

魔晄都市ミッドガルは一風変わった構造をしている。
大地に根ざして都市が建設されているのではない。ピザの様なプレート都市によって、構成されているのだ。
プレートはそれぞれ支柱によって支えられている。
支柱を破壊されれば、その支柱によって支えられているプレートは落下。
プレートの下にあるスラムめがけて落ちる。

「パーシー。七番街の避難状況を確認させろ」
「イエス・サー」
幸いなことに、ここ七番街は住宅区域でもなければ商業区域でもない。
その上今夜のテロ警備によって、立ち入り規制が敷かれており、5キロ圏内に一般人の出入りは、ほぼない。
セフィロスの命令を受け、茶色の髪をしたソルジャーが前へ出る。
2NDソルジャー、パーシー。槍の使い手だ。
パーシーは一般兵の部隊を引き連れて、確認へと向かう。
その背を見送りもせず、セフィロスはツォンへと向き直る。
「そう簡単にプレートが落ちるとは思えんがな」
プレートを支える支柱は、正しくミッドガルの要。テロ対策や地震などの自然災害への対策も万全であると。
ミッドガルの設計から携わっている、神羅都市開発部門統括リーブは、他の統括とは比べものにならない真面目な男だ。仕事への情熱もプライドも持っている。仕事において信頼出来る男なのだ。
「しかし、これは正しい情報なのです」
「アテになるのか――」
酷薄な嗤いが、セフィロスの唇の端にのぼった。
壮絶に冷酷な微笑。ソルジャーでも怯んでしまうところだ。
が、タークスを纏めるツォンもただ者ではない。
「――はい。私を信用して貰いましょう」
一瞬、二人の眼差しがぶつかる。
先に逸らしたのはセフィロスだった。
ふん、と鼻先でせせら笑うと、話題を変えた。
「報告によると、ここに逃げ込んだテロリスト共の人数は、30名ほど――」
腹の底によく響く声に、ソルジャー達は緊張する。
「そいつら全員が仲良く、プレートと一緒に心中などはしないだろう」
支柱を爆破させ、プレートを落とすのは確かだとしても、命に替えて、とまで考えているのかとは、別。
命をかけて、とたいそうなスローガンを掲げているテロリストに限って、己の命は惜しむものだ。テロに巻き込まれる他人の命は軽くとも、テロを起こす自分の命は必死で守ろうとする。
「ツイッテン」
1STソルジャーの名だ。
「イエス・サー」
「ザックスを残して、他のソルジャーを連れていけ」
「テロリスト共が逃げ出してくるルートを抑え――殺せ」
ソルジャー・ツイッテン。幾たびもの死線をくぐり抜けてきた巨漢。身長はセフィロスと変わらないくらいだが、厚味は倍以上ある。
両刃剣を振るい、力で圧すタイプのソルジャーだ。
ツイッテンは敬礼すると、他のソルジャーらを引き連れて音もなく走っていった。
一人残った1STソルジャー、ザックスに獰猛な笑みを残して。


「ツォン――」
「はい」
「スラムの連中は良いのだな」
プレートの落ちる先はスラム。
「避難命令は出していますが――」
「逃げ遅れたスラムの人間がどれだけ死のうと、神羅には関係ない、か」
「いいえ、とんでもありません。彼らの死は無駄にはしません」
ほほう。
「スラムの犠牲を声高に叫び、テロリストへの非難に使うのか」
テロリスト共。反神羅を掲げる者達は、こういうヤツらなのだ、と。
富める者の象徴、神羅を打倒。貧しき者を救う。魔晄のない平和を謳いながら、その実己らが救うと言っている者達を平気で犠牲にする。
そもそもテロリストとは、大義名分があってこそ。大義名分につられるからこそ、積極的でないにしろ手を貸す一般市民も出てくる。
ただの無差別殺人者の集まりならば、誰も手を貸さない。排斥するだろう。
つまり犠牲になるであろうスラムの人間たちは、反神羅組織壊滅のスケープゴートに利用されるのだ。
タークスであるツォンがそう言うということは、神羅上層部、すなわちプレジデントが命じたということだ。
「――まあ、良い。俺には関係ない」
そう。テロリストなどに煩わされている時ではないのだ。
やっとウータイが収まってきたというのに。
やっと戦力をウェポンだけに向けられるというのに。
「――愚か者めらが」
それすらも感情のなく低く吐き捨てると、一般兵指揮官を呼ぶ。
「一般兵は全員七番街プレートから退避しろ」
「イエス・サー」
このような茶番で兵から損害を出すことなどない。
こうしてこの場に残ったのはわずか三名。
セフィロスとツォン。ザックスだけとなった。


ソルジャー・ザックス。先月ソルジャーになったのと同時に1STの称号を得た青年だ。
大剣、バスターソードを使う。
セフィロスが1STであるザックスに指揮を執らせず、傍に残したのは経験の浅さからだ。

ザックスもまたセフィロスという指揮官に慣れていない。
念願のソルジャーとなり、至上最強であるセフィロス隊にも1STとして入隊出来たのは、本当に幸運だった。
一般兵として終戦直前のウータイ戦線でも戦っていたが、ソルジャーとしての戦いとは全くの別物。戸惑うことが多すぎる。
そんな中でも社交的で何事もポジティブなザックスは、徐々にではあるが、ソルジャーとしての己に、生活に、戦いに、慣れてきたばかりでしかなく。
やっとセフィロス隊同僚ソルジャー達と軽口が叩けるようになったばかりでは、セフィロスの存在は偉大でありながらも、安易に近付けない未知であった。

(けっ。反吐がでるぜ)
さっき交わされたセフィロスとツォンの会話は、全て聞こえていた。
ソルジャーの可聴範囲は普通の人間よりも広い。尤もセフィロスもツォンも、特に隠すつもりもなく声も潜めてさえいなかったが。
何にでも清濁がある。戦いは高潔な場合もあるが、戦場は特に汚い。
そうだと解っていても戦闘員でもない一般人が、しかも多数、スラムに住んでいるからという理由だけで、犠牲になろうとしている。
頭の上にあるプレートが落っこちてくるのだ。避難命令が出されているからと言っても、場所はスラム。速やかな避難は望めない。犠牲は甚大だろう。大惨事になる。
そうなると解っていて、セフィロスもツォンも、爆破自体を止めようとはしていない。
(この英雄さんは、やっぱり鬼か)
この一ヶ月間接してみて感じたのは、セフィロスという男は、到底普通では有り得ないのだろいうこと。
喜怒哀楽が薄い。皆無とまでは言わないが――果てしなく無に近いのではないのか。
感情全般がどこか遠い。
上官としては良い上官だろう。有能であるし、何より無茶をさせない。
手柄ばかりを欲しがり、部下の命を何とも思わないヤツらとは、天と地ほどの差がある。
最も効率の良い戦いを、自分が一番苦しい場所で支え、ミッションを確実に成功させていく。理想的な指揮官であると言えようが――
(納得はいかねえな)
少なくとも、今回は。


正宗を地面について、悠然と構えるセフィロスの様子が変わったのは、ツォンに届いた連絡からだった。
ピっ、と短い呼び出し音が届く。
「――私だ」
短く応じるツォンの形相が一変する。
セフィロスと対等にやり合えるくらい冷静だった男が、文字通り顔色を変えたのだ。
「それは…、確かなんだな――わかった」
ツォンの変化はただ事ではない。
セフィロスも問い質す。
「どうした?」
「――爆破を止めなければなりません」
「…何があった」
問いではなく、確認。
「エアリスが――七番街のスラムにいます」
エアリス――ザックスの知らない名前だったが、この名の持ち主はかなりの重要人物らしい。
セフィロスの様子も一変する。
「伍番外のスラムではなく、七番街のスラムにいるのか!?」
「はい…そのようです」
何故だ?と聞いても仕方がない。
セフィロスは思考を切り替える。
「スラムのどの辺りにいるんだ」
「それが避難の混乱で、正確な場所の特定が出来ません」
監視と護衛を兼ねたタークスと連絡がとれたのはついさっき。タークス自体、避難の混乱で対象であるエアリスとはぐれてしまっている。
セフィロスの美貌が歪む。そこにあるのは怒りだ。
「サー・セフィロス。エアリスを守らねばなりません」
――絶対に。
焦るツォンは、先ほどとは別人だ。場合が場合ならば、この変化だけで充分楽しめただろうが、今はその場合ではない。
「わかっている――ザックス」
「イエス・サー」
「二人で突入するぞ」
「!?」
「テロリスト共の仕掛けた爆発物を撤去、回収する」
――今更、そんな無茶苦茶な!
戸惑いつつも、上官命令が絶対なのが軍隊というもの。
「イエス・サー」
ザックスは愛剣、バスターソードの柄を強く握る。



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