ラブ・プロフュージョン

裏側の世界シリーズ


1,


セフィロスは手早く猛然と事後処理を終えると、残りのいくつかの事項を部下のソルジャーに振り分け、翌日の休暇までもぎ取ると、帰途についた。
いつもとは違い、意気揚々と帰り支度をする。
セフィロスのこの常にない行動の理由を知っているのは、ザックスのみ。
執務室を出ていったセフィロスをザックスが追う。
「サー!待ってください」
振り返ったセフィロスはシニカルだ。
「くだらん敬語はやめろ」
数時間前になる。目の前の男は確かにそう言った。
ザックスは吹っ切るしかなく。
「――旦那。あんたに聞きたいことがある」
旦那、とはソルジャー達が親愛をこめて、セフィロスを指している言葉だ。
「クラウドのことか?」
「…そうだ」
予め解っていたらしい。
「あれはソルジャーではない」
「ソルジャー以上の能力を持っている」
ソルジャー以上とは――だが違うとは否定出来ない。
セフィロスがこんな嘘をつくような男ではないと解っている。
そしてあのクラウドという名の青年には、確かに力があった。
ザックスは感じたのだ。並々ならぬ力が、クラウドには秘められているのだ、と。
「あんたとは、どういう関係なんだ?」
――恋人、なのか?
いいや――、セフィロスはむしろ誇らしげに首を振ると、
「あれは俺の保護者だ」
「はぁっ!?」
保護者だって?
どう見ても、どう考えても、年齢はセフィロスの方が上だろうに。
セフィロスの保護者って?
愕然と大口を開けるザックスに、
「ザックス。あれには惚れるなよ」
「――クラウドは、俺のモノだ」
ぎらり、と魔晄が煌めく。
まんざら、最後の台詞は冗談ではなかったらしい。


自ら車を運転し、セフィロスは素晴らしいスピードで帰途につく。
神羅本社ビルからやや離れた郊外にある一軒家。かなり広大な敷地の中央に、ぽつんと家だけが建っている。有効活用されていない敷地には、何もない。
隣との境界線付近には、おざなりのように木が植えてあるだけ。
これが神羅からセフィロスに与えられた家のひとつだ。
土地の貴重なミッドガルで、こんな建て方をされているのは、ごく僅か。これも全てテロ対策であった。
車を乱暴に、だが見事なハンドル捌きでガレージにいれると、セキュリィティを解除。
玄関へと飛び込む。
「クラウド――」
まるで待ちきれない子供のように、セフィロスは玄関からリビングまで移動する間、ずっとクラウドの名を呼ぶ。
クラウドはリビングにいた。
革張りのソファーに座っていたクラウドは、自分の名を呼ぶ英雄に、微苦笑しながら迎えてくれた。
「おかえり、セフィロス」
セフィロスにとって名とは、個体識別記号以上の意味はないが、クラウドがこうして呼んでくれる時だけは、己の名の響きをとても気に入っている。
「ただいま」
両手を伸ばし抱き寄せようとするが、クラウドは身を捩って避けた。
「ダメだよ。セフィロス」
避けて逃げる身体をセフィロスは追いかける。
「クラウド――甘えさせてくれる約束だ」
更に、クラウドをかき口説く。
「抱きしめるだけならば良いだろう」
セフィロスがまだ少年でしかなかった頃、よくクラウドは抱きしめてくれた。
感情の乏しいセフィロスが、それでも自覚無いままに疲れ切った時や困った時や、どうしれば良いのか戸惑っている時なんかに。
それを思い出して――というよりも、クラウドはセフィロスの抱擁に応えるべく、そんな過去の思い出を言い訳にするのだ。
もちろんセフィロスも、この愛しい人に言い訳を与えるべく、態とこういう言い方をする。
これで抱きしめ会う言い訳が出来た。
俯いたままのクラウドを、セフィロスの長い腕が抱きしめる。

クラウドは子供ではない。セフィロスが大きすぎるのだ。
身長は20センチ以上。肩幅など倍も違うように見える。
だからこうやって抱きしめられてしまうと、本当にすっぽりと余裕をもって収まってしまう。
セフィロスはクラウドの首筋に顔を埋めると、唇を押し当てた。
直に感じる、クラウドの脈動。その清潔な匂いを思いっきり吸い込む。
押し当てた唇をそのまま耳の後ろへと移動させると、クラウドが抗議の声をあげる。
「それ以上はダメ」
セフィロスは素直に唇を離した。
もうひとつ、別の言い訳を与えなければ、この愛しい人は許してはくれないようだ。
――ならば。
耳に直に声を吹き込む。
「一緒に風呂に入ってくれ」
「あんた…一人で入れるだろう」
耳に直接セフィロスの声が吹き込まれて、クラウドは首を竦める。
そうして桜色となった。
この敏感さをセフィロスは歓ぶ。
クラウドは変わっていない。人よりも遙かにゆっくりとしか歳をとらない外見だけではなく。想いが募りすぎ、思いあまってセフィロスが口づけた時からも、抗う肢体を押さえつけたセックスも。
愛の交歓も、二人でこっそりと囁く睦言も。
彼は昔と同じで慣れないまま。
何度抱いてもクラウドは素直に愛させてはくれない。
己の役割は、あくまでもセフィロスの保護者代わりなのだと信じ込んでいる。
セフィロスに抱かれる言い訳を与えてやらなければ、拒絶してくるのだ。
クラウドへの想いが込み上がってくるたびに、いつも思う。
恋ならば、いつでも出来る。
簡単でありふれたラブストーリーならば、セフィロスは相手に不自由などしない。
だがきっとそれだけでは、己という器は満たされないのだろう。
セフィロスが欲しいのはもっと複雑で繊細でありながらも、不変だと信じられるもの。それがクラウドなのだ。
セフィロスの育ての親。憧れの人。
永遠に追い求める人でもあり、己が全てをかけてでも守りたいと願う。
盾にもなり剣にもなろう。その為にセフィロスはソルジャーになったのだ。
セフィロスの存在意義はクラウドに集約される。
よってクラウド以外に愛などない。

桜色のクラウドに言い訳を差し出す。
「甘えさせてくれるのだろう」
「それとこれとは、話が別だ」
クラウドの桜色がだんだんと紅になっていく。
これから先の展開を予想して、クラウドも欲情しているのだ。
肉欲とは無縁そうな凛とした容姿が、徐々に染まっていく光景は、いつもセフィロスをそそる。
「昔はよく一緒に入ってくれただろう?」
「それは――あんたがまだ小さかったから…」
小さいと言っても、すでに一人で入浴できる年齢ではあったな、とセフィロスは昔を思い出す。
「初めてクラウドの裸を目にしたとき、俺がどう感じたか教えてやろう」
――きれいだった。
「本当にお前はきれいで――」
「俺は初めてきれいという言葉の意味を知ったのだ」
「――…恥ずかしいことばっかり言うなよ…」
消え入りそうなクラウドは、本当に恥ずかしがっているのだ。
「俺と、一緒に、風呂に入ってくれるな?」
「――もう、…勝手にしろ」
仰せの儘に――セフィロスは軽々とクラウドを抱き上げた。


個人の家としては驚くほど広いバスタブに湯を張っている間に、セフィロスはまず自分の服を脱いでいく。
美しい上に逞しい裸身。ひ弱さや女々しさは欠片すらない。
古からの芸術家たちが、こぞって理想だと求めた男性美が凝縮されていた。
陰影のくっきりとついた筋肉が全身を覆う。
広い肩、厚い胸、引き締まった腹から腰にかけての緊張感。
そのどれも位置が驚くほどに高い。
太股はみっしりとしており、いかにも戦士の足だ。
そして股間。神と同じ性質の銀色の陰毛から、太く長いペニスがすでに半分勃ちあがっていた。
よくペニスを剣に例えたりするが、セフィロスのは正しく正宗である。
生殖という生物の業そのままの原始的なグロテスクさは見あたらず、抜き身の刀のように妖しくも逞しい。
己の裸体の価値など、セフィロスにとっては詰まらないことでしかない。あっさり脱ぎ終えてしまうと、クラウドへと手を伸ばす。
伸びてくる手を、さすがに拒んで、
「いいよ。…自分で脱ぐ」
そうか、とセフィロスはすぐに手を引いた。
その代わり魔晄の瞳がクラウドの肢体に食い付いてくるような気になって、
「先に入ってろよ」
「――わかった」
だが、
「早く来い。待っている」
セフィロスが浴室に消えてから、ハイネックの上衣の喉元からのファスナーを下げる。
顔を上げると、そこにいるのは鏡の中の己だ。


セフィロスを愛している。
己が育てたという親愛も、頼りになるパートナーとしての側面も、いつの間にか自分を越えていってしまったその現実さえも、好ましい。
きっと素直になれないけど――恋人としても。
恋人としてのセフィロスの熱愛には、素直に応じられない。
理由は、クラウドがセトラだから。
厳密に言うとハーフセトラ。父がセトラで母が人。
セトラは古代種という人とは違う種族なのだ。きわめて長寿。500年ほどは生きる。
歳を取るのも、成長していくのも、人よりもずっとゆっくりだ。
尚かつ一番活発な年代、人で言うところの20代〜30代までの外見のままで、一旦老化は止まってしまう。
このままでかなり長い間を過ごすのだ。
寿命の終わりが見えて来たとき、再び老化は始まり、そして星へと還る。
クラウドはハーフセトラとして生まれた。外見は人である母親似だったが、セトラの血が濃く引いたようだ。成長の過程はセトラのままきている。
途中アクシデントがあり、今では純粋なハーフセトラでもないが、やはりとてもゆっくりとしか歳は取らない。
セフィロスと出会ったのは彼が幼い頃。6歳になったばかりの頃か。
彼の出生の秘密を知り、己に関わることだと知ったクラウドは、セフィロスを育てる決心をする。
ニブルヘイムの神羅屋敷で、二人は過ごした。
研究観察もかねて、セフィロスの遺伝子上の両親もよく訪ねてきてくれたが、そのほとんどは二人きりだった。
外界に一切の反応を示さなかった男の子は、クラウドと過ごすことで感情を得る。
そしてセフィロス12の時、二人でここミッドガルにやってきたのだ。
その出生故に生まれつき魔晄を帯びているセフィロスは、己の意志でソルジャーになることを決める。
その夜、クラウドはセフィロスに愛を告げられたのだ。
深く大きく、狂気に孕む愛を。

セトラの末裔としては受け入れてはならない。クラウドには課せられた義務があったのだ。
セトラという種は絶滅寸前。残っているのは、クラウドと、クラウドと同じハーフセトラであるエアリスという少女のみ。
エアリスの父は人だ。母がセトラとなる。
エアリスの母はその昔、クラウドの父との結婚を定められていたのだが、二人は年齢が違いすぎた。
見た目こそ同年代としかうつらなかったが、実際はクラウドの父の方が100歳近く年上だったのだ。
エアリスの母が適齢期を迎える前に、クラウドの父は成熟し、恋に落ちる。
人の女性と恋に落ち、クラウドを得た。そして、死んだ。
結局クラウドの父とエアリスの母の代では、純粋な次世代セトラは生まれなかったのだ。
セトラとの関わりが深い神羅。神羅の研究者宝条。エアリスの父であるガスト博士すらも、クラウドとエアリスが結ばれるのを願っている。
エアリスはもうすぐ適齢期に入る。すでに成熟しているクラウドとの間に子を成せるようになるだろうが――
――ごめん。エアリス。
妹のようにしか思えない少女と、どうして交わることが出来ようか。
しかも他に――愛する人がいるというのに。
この世には義務や責任感だけではどうにもならないことがある。
クラウドにとってエアリスとの間に子供をもうけるのは、このどうにもならないことに他ならないのだ。
純粋なセトラを待つ、みんなには申し訳ないが。

鏡に映る己は、いつの間にか微笑んでいる。
男と男が結ばれる。所謂同性婚や同性カップルは、すでに世間で認知されていた。
そんなカップル達と同じ類の想いを、自分とセフィロスが抱いているのかは、クラウドには解らない。
ただ――セフィロスが可愛い。
クラウドの為にソルジャーを志し英雄と呼ばれ、正に最強の戦士となった今でも、一心にクラウドだけを求めてくれる、彼が可愛くてならない。
――結構、幸せそうな顔してるな。
鏡の中微笑む己は、なるほど幸せそうだ。




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