sensual world

裏側の世界シリーズ


この日の訓練でクラウドは、目覚めてから初めて剣を握った。
場所は以前クラウドがリハビリに打ち込んでいた部屋だ。リハビリに使用していた物はすっかりと片付けられており、今は広いトレーニングルームとなっている。
バスターソードタイプの剣は、幅広で分厚い。剣というよりも鉄塊だ。
切れ味よりも、その重量で敵を押し潰す。
柄の部分も入れると長さはザッと160センチはあるだろう。
体格に恵まれていないクラウドが持つと、その巨大さがよくわかる。
背中に背負ったバスターソードは、クラウドの身体のほとんどを隠しているのだ。

己の体重よりも遙かに重い剣を、クラウドは片手で振り回す。
剣の巨大さに振り回されているのではない。
クラウドが、巨大な剣を、軽々と操っているのだ。
大剣を振るうたびに上腕二頭筋がきれいに盛り上がる。
首の後ろ、やや下方に広がる僧帽筋と、背中の両側覆う広背筋のうねりが、薄手のシャツの上からでもはっきりとわかる動きだ。
剣を振るうクラウドの動きは、いささかのブランクも感じさせないくらい滑らかで美しい。
「さすがだな、クラウド――」
セフィロスは惜しみない賞賛を送る。
秀麗な美貌に陶然とした色を讃えるセフィロスは、クラウドの熱狂的な崇拝者。
縦に裂けた粋の瞳が、さらに焦点を絞り込んでいく。
その眼差しが注がれるクラウドは、ポッドから出た頃とは、見違えるようだ。
まず、筋肉がついた。
細身なのには変わりがないが、壊れ物のような華奢さというイメージは消えた。
ただ筋肉の付き方は、セフィロスのとは全く違う。
これはクラウド自身の体質なのだろう。
分厚い筋肉が盛り上がって付かないのだ。
その代わり、しなやかで柔らかい筋肉が、大剣を振り回す腕と、腕の筋肉を引き上がる背中や腹とにかけてしっかりと付いている。
クラウドが剣を振り回すたびに、とろけそうな白い肌から浮かび上がってくる筋肉の流線は、厳つさよりも芸術品の持つ緻密な美を強く訴えかけてくる。
胸から腹。特に腰にかけては、筋肉がついても相変わらず細い。
セフィロスの片手で簡単に抱き込めて、尚かつ余るだろう。
きっとクラウドという生き物は、骨も肉も神経も血管でさえも、緻密に出来ているのだ。
だからその上に付く筋肉も、これ以上なく魅せられる。


いくつかの型を決まったパターンで演じ続けているクラウドの肌が、だんだんと上気していく。
しっとりと輝く金色の産毛が、トレーニングルームへと差し込んでくる光りを弾く。
額から右頬へと、スッと一筋の汗が流れていった。
その光景に我知らずセフィロスは心を打たれ、ホッと一息をつく。
一息つきながら、己がどれだけ剣を振るうクラウドの虜になっていたのかを、自覚するのだ。
見つめているだけでは耐えられなくなり、セフィロスは押さえた声で呟いた。
「…クラウド」
このささやかな呟きを、クラウドの聴覚は零さずに拾う。
「もう休憩の時間か?」
「ああ…そうだ。初日からやりすぎない方が良い」
クラウドの勘違いに便乗した、下心いっぱいの嘘なのに。
「わかった。休憩しようか」
憧れの愛しい人は疑いもせず、剣を置いてくれた。
主を慕う忠実なる臣下のように、セフィロスは直ぐさまクラウドへと駆け寄ってくる。
いつものようにピッタリとくっつこうとするが、クラウドが笑いながら、
「汗をかいてるから」
と距離を取ろうとした。
距離と言ってもせいぜい腕一本分ほどか。
大して遠い距離でもなく、他人行儀な冷たい距離でもない。
友人としてはごく当然の距離でしかないが、狂信的な崇拝者であるセフィロスにとっては、薄皮一枚の距離も千里の道のりとしか感じられない。
距離を取ろうとする金色の身体をやや強引に引っ張って、汗がうっすらと輝く額に口づける。
唇で汗の珠に触れると、チュっと音をたてて吸い取ってしまった。
初めは軽いキスだとでも認識していたのだが、すぐにセフィロスが何をしているのかに気が付いたクラウドは、驚き抗い始める。
「何やってんだ!?汚いだろう」
汗を吸うだなんて。
「汚くない」
汚くなんてない。むしろ、
「美味い」
きっぱりと言い切るセフィロスには、一点の曇りさえない。
心底、美味いと感じ、更に強く信じてもいるのだ。
この先ずっと、クラウドの体液しか糧に出来ないとなったとしても、セフィロスは困惑するどころかむしろ本望だと喜ぶだろう。
クラウドを独占して堂々と触れられる理由が“証”以外に増えるのだから、これ程都合の良いことはない。

ひたむきに求めてくる翠の瞳から、思わず目を逸らそうとする。
「美味い訳、ないだろ」
ミネラル分がふくまれている汗はしょっぱいもの。そう海の味。
そもそも人の体液で美味いものなどない。
ハーフセトラだからと言っても、そこは人と変わらないのだし。
クラウドが背けた顔の代わりに、男にしては細い首筋が晒される。
ささやかではあるが喉仏もくっきりとあった。
これは確かに男の首だ。
汗の珠がセフィロスの目の前で、露わになった首筋を流れていく。
シャツの襟元へと流れ込み、すぐに吸収されて消えていった。
たまらなくなって、汗の珠が通った道筋を唇でなぞってしまう。
汗の匂いはしない。
むしろ若々しい陽の匂いに包まれた。
「うわっ。ちょっと!」
いきなり首筋にキスをされ、そのまま離れないセフィロスを、身を捩って何とか剥がそうとするが、彼はすでにしっかりとくっついてしまっている。
「離れろよっ」
つれないことばかり言うクラウドだが、その実本気で逃れようとしていないのを、セフィロスは知っている。
クラウドはセフィロスを根本の部分で拒まない。
自分を受け入れてくれる愛しい人に、セフィロスは惜しみなく心を捧げる。
「愛している、クラウド」
「――!」
「クラウドの体内に挿りたい。ひとつになってしまいたい」
以前にも告げられた言葉。
だが、以前も、今も、クラウドはこう答えるしかない。
「それは――…」
ダメだ。と。
だがこれ又以前と同じく、セフィロスは決定的な一言を閉ざした。
今回は唇で。
そうして本格的な恋人のキスへと。


キスにはもう慣れてきた。
初めは何も考えられなかったが、今ではやっと口づけを味わう余裕が出てきている。
どうすればちゃんと気持ちの良いキスが出来るのかを、セフィロスも学習しているのだ。
緩く開いた間から、舌を忍び込ませると、クラウドが何か言葉を発したのか、声に成る前の振動が舌へと伝わってくる。
それらごとを、セフィロスは吸い取った。

唇や舌だけではない。同時に掌でもクラウドを味わう。
右手でクラウドの背中を抱きしめて、二人はピッタリとくっついた。
空いている左手で、小さな尻に触れる。
細い腰に相応しい小さな尻。
だが小さいが貧弱ではない。筋肉と脂肪のバランスが絶妙だ。
女のように横に大きく張り出しているのではなく、重力に逆らって上へとすっきりと上がった尻は、見事な半球。
やわやわと揉むと、しっかりとした弾力が跳ね返ってきて、セフィロスを夢中にさせる。
キスをして尻を揉んでいるだけで、セフィロスはすっかりと興奮した。
ペニスは勢いよく勃起して、すでに下着の中で痛いほどだ。
我慢出来なくなって、密着しているクラウドの腹へとこすりつける。
口も休んではいない。舌を誘い出しながら強く吸う。
尻を揉み、勃起したペニスをこすりつけて、同時に舌を吐息ごと吸い続けている。
傍目から見れば、さぞかし浅ましい姿だろう。
肉欲の官能を恥ずかしげもなくクラウドに求める己を、セフィロスは当然だと思っている。
相手はクラウドなのだ。
クラウドにならば、どんな己でも素直に認められる。
どんなに浅ましくても、愚かで醜くて淫らであろうとも、クラウドならば全てを受け入れてくれるのだから。

セフィロスの太股に当たるクラウドの股間も、熱を帯びて硬くなっている。
反応してくれているのが嬉しくて、セフィロスはクラウドの身体がしなる程に力を込め抱きしめた。
女ならば、いや男でも、骨か肉が壊れてもおかしくない強い力を、クラウドだけは受け止めてくれるのだ。
ジェノバ細胞を有するハーフセトラ最後の戦士クラウドは、見かけの繊細さを裏切って、非常にタフなのだ。
セフィロスと同等。もしくはそれ以上。
これ程セフィロスに相応しい相手はいない。
己の持つ全感覚でクラウドを感じ、求め、受け入れられて、セフィロスは痺れる幸福感に酔う。
――このまま、ずっと…
だがこの幸福感は破られた。


他人の気配。
ここにいてはいけない第三者が、登場したのだ。
「何をしているっ」
それは宝条だった。
針金の痩身に薄汚れた白衣。
肉付きが良くいかにも穏やかそうなガストとは正反対の、神経質で傲慢な容貌を持つ宝条は、眼鏡の舌の眦をこれ以上ないほどにつり上げながら、有無を言わさない勢いで、抱擁する二人に突進してきた。
彼は怒っている。
しかもかつてないほどに、猛烈に、だ。
突進する宝条の形相にただならぬものを感じたセフィロスは、クラウドを放そうとはせずに、むしろ宝条から護るべく愛しい人を抱き直した。
己の身体を、宝条への盾としたのだ。
ほれぼれする体格を有するセフィロスに、しっかりと抱き込まれてしまったクラウドの身体は、ほぼすっぽりと隠されてしまう。
腹の上の部分で見えているのは、奔放に跳ねる金髪の毛先のみ。
胴体部分はセフィロスの腕の中で、他からは見えない。
宝条はその金髪めがけて手を伸ばす。
怒りの余り力がこもっているのだろう。薬液で荒れた細い指はくっと曲がり、かぎ爪となっていた。
伸びてきた宝条の手を、セフィロスは己の腕で受け止めた。
例え髪一筋だろうとも、触れさせたくはない。
宝条の怒りを込めた手は、逞しいセフィロスの上腕によって阻まれてしまう。
「セフィロス!」
宝条は盾となっているセフィロスの上腕を掴もうとするが、鍛えられた筋肉が密な上腕を、科学者でしかない宝条が掴むことなど不可能。
鷲掴みにしようとした手は、逞しい筋肉によって弾かれてしまう。
悔しさの余り、宝条は上腕に爪を立てた。
薄手の服の上から、尖った爪が食い込んでいく。
宝条は容赦しない。更に力を込めて、爪を突き立てていった。
手入れなどしない宝条の爪は、鋭く尖っている。鋭い刃先に似ていた。
一方のセフィロスには、引く気など毛頭ない。
爪を突き立てられる痛みなど、些細なこと。皮膚を破る爪に、筋肉を緊張させて対抗する。
「セフィロス…!クラウドから離れろ」
「貴様こそ。クラウドに触れるな」
「愚か者が!お前が離れるのだ」
「クラウドは――オレだけのクラウドだ」
自分の意志などなく、これまでの人生を実験動物に甘んじてきたセフィロスが、初めて見せる反抗の様子に、宝条はおののく。
おののきは恐怖ではなく、さらなる怒りとなった。
「セフィロス!お前になどクラウドは渡せん」
そんなことなど、セフィロスとて解りすぎるくらいに弁えているだろうに。

その時、宝条とセフィロスの緊迫した遣り取りに、半ば自失していたクラウドが、やっと我に返ったのだ。
「博士……これは………」
戸惑いを露わにするクラウドに、宝条は矛先を変える。
「セフィロスから離れなさい。クラウド」
セフィロスとのあんなシーンを観られるなんて。
恥ずかしくておかしくなりそうだが、だからといって、このままにはしておけない。
――取り敢えず、きちんと話さないと。
セフィロスとのことを、まず話さないと。
何よりも、目前で展開される宝条の怒りは異常すぎる。
単に同性と抱き合っていたからという理由だけとは思えないくらいに。
もし宝条の怒りに理由があるのならば、それを知って、ちゃんと話がしたい。
少なくともクラウドは、セフィロスを可愛いと思い絆されてはいるものの、生涯の伴侶が定められているハーフセトラの宿命は弁えているのだから。


相当な力で、隙間無く抱き潰されている己の身体を、どうにかして動かした。
逞しい胸に押しつけられている首を動かして、セフィロスを見上げる。
落ち着いて。なるべく優しい声で。
「セフィロス――」
いつもならば名を呼べば、喜んで振り向いてくれるのに。
セフィロスはクラウドを抱きしめたままで、宝条を威嚇したまま。
非人間的な域にある秀麗な美貌はますます鋭くなり、この男が血肉を持っているのが信じられないほどだ。
人の形はとってはいるが、人ではなく、鋼と鉄で出来た抜き身の、妖しくも美しい一振りの刃物のようにさえ思える。
「セフィロス――」
「オレを見ろ」
弾かれたように、セフィロスが反応した。
クラウドに頬ずりをしたのだ。
「クラウド、離れるな」
「あいつは俺達を引き離そうとしているんだ」
「なんでもするから――俺の傍にいてくれ」
――セフィロスは泣いているのだろうか…
――何をそんなに怖がっているのだろう。
こんなにも激しく一心に慕ってくれる、美しくて可愛い子から、誰が離れるというのか。
「クラウド。クラウド」
名を呼ぶ声は泣きじゃくっているようだ。
逞しくて大きくて。美しくて可愛いセフィロス。
クラウドは自然と口に出す。
「大丈夫だから――」
「オレは離れたりはしない」
だから、
「話をさせて欲しいんだ」
セフィロスは頑なだった。
「話など必要ない」
聞く耳を持とうとしない美しい甘えん坊を、やはり嫌だとは思えない。
根気強く言って聞かせる。
「それじゃダメだよ」
解ってるだろ。セフィロスも。
「博士だって驚いてるんだよ」
いきなり、こんなシーンに遭遇して。
「話をしなくちゃ、博士はずっと驚いたままだ」
「それじゃあ、博士の怒りは解けない」
「セフィロスから離れないって約束するから」
「良い子だね。セフィロスは。オレの言うことをきいてくれるよね」
ここまで言ってもセフィロスの返事は同じだった。
「嫌だ。クラウド。離れたくはない」
頑ななセフィロスは頬ずりしたまま、顔を上げようともしない。
そんなセフィロスに、どこまでも愛情しか湧いてこないのが、自分でも不思議だ。
「フィー」
柔らかく、歌うように。
この一言の効果は覿面だった。
セフィロスがおずおずと顔を上げると、クラウドを覗き込む。
整いすぎているが為に、無表情にしか見えない美貌の中に、はっきりとした感情が込み上がっていく様子を、クラウドは発見した。
歓びと。初めてそう呼ばれる照れくささと。
きっと「フィー」なんて呼ばれたのは、初めてのことだったのだろう。
誰もセフィロスに愛称などつけようとしなかったのに違いない。
これはクラウドがあげた、セフィロスの初めて。
縦に裂けた神秘の瞳を覗き込んで、もう一度。
「フィー――」
「少しでいいから、力を緩めて欲しいんだ」
フィーと呼ばれたセフィロスは、クラウドに忠実だった。
長く逞しい両腕はクラウドを囲うべく回されたままだったが、さっきよりはずっとマシだ。
力はすっかりと抜けており、そっとクラウドを包んでいるだけ。
忠実なセフィロスの頭を、背伸びしたクラウドが撫でる。
さすがに身長差がかなりあるために、頭の天辺までには届かなかったが、慈愛を込めて撫でていくクラウドの手のままに、セフィロスは首を傾けた。
「ありがとう。フィー」
「――…フィーとは、俺のことだな」
「フィーって呼ばれるのは嫌いか?」
答えなど、もちろんNOに決まっている。
「もっと…もっと呼んでくれ」
「これからもずっとそう呼んでくれ」
平坦な音声だが、そこには確かに動いていく感情があった。
「俺をそう呼んで良いのは、クラウドだけだ」


セフィロスは己が生まれ変わるのを感じている。
モルモットでしかないいびつな“セフィロス”は、この瞬間から“フィー”という何とも優しい響きを持つ、クラウドに愛されるべき者へと変わったのだ。
セフィロスという古い衣を脱ぎ捨てて、フィーへと脱皮をする。





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