sensual world

裏側の世界シリーズ


父を失い自らも死の淵に立たされたクラウドが、傷を癒すべく長い眠りにつく少し前の頃だ。
星が創り出した凶器、ウェポンを倒すべく、ガスト、宝条両博士の研究は、あるポイントに立っていた。
博士達の研究を詳しくは知らされていなかったクラウドも、自ら実験に参加した為に、どのようなポイントに立ち、悩んでいたのかは知っている。


星の創り出した凶器、ウェポンは人類…いやこの星に生きる全ての生物たちの敵となっていた。
モンスターではない。
もちろん生物でもない。
はたまた見た目通りである機械兵器でもなかったのだ。
一部のモンスターのように、元来あった動植物から突然変異したものでもなく。
当然だが、通常の進化によってこの星に誕生し、単にその存在を知られていなかっただけのものでもない。
つまり人類という種が考えられうる、どのようなモノにも当てはまらない、全くの未知であったのだ。
今や自他共に認める人類最高の頭脳を有する、ガスト、宝条両博士は、最大最強の敵であるウェポンが、戦闘中に偶然残していった痕跡を欠片残さず拾い集めていった。
痕跡に手がかりを求め、僅かな部分でさえも、様々な角度から数え切れない研究を重ねたが、ウェポンが何であるのかは説明出来ないでいた。
未知はどうやっても未知のまま。
結局人は己の敵が何者であるかわからないまま、最強の未知と戦わねばならない。
いや、すでに戦わされている。
どんなにハードな訓練をしようとも、どんな戦闘の天才が出現しようとも、ウェポンという最強の未知に勝つのは不可能。
そもそもレベルが違いすぎるのだ。相手にすらならない。
唯一同じ戦いのフィールドに立てるのがセトラ。クラウドの父だった。
だがそのセトラの戦士も、今や一人のみ。
もう一人のセトラの戦士たるクラウドが成長し、父親と同じだけの実力を発揮できるまでには、まだ時間が必要だ。
それに引き替えウェポンは数体確認されているのだ。これでは勝負にもならない。
――新たな戦士が必要だ。
セトラの戦士と変わらない強さとタフさを持つ、人間以上の人間の戦士が。
両博士は、このポイントに立っていたのだ。

新たな戦士を創り出す研究を進める手がかりは二つあった。
それがライフストリームとジェノバ。

ライフストリーム。それは星を循環するエネルギーの集合体。
まるで液体〜水のように、ある時不意に地中からわき上がってくる。
正体は判明していないが、エネルギーの塊であり、ライフストリームが生物に強い影響を与えるのは実証されていた。
両博士はライフストリームをつぶさに研究。
ついには人が扱えなかったライフストリームを、薄めて切り取ることに成功したのだ。
有りの侭のライフストリームは、エネルギーが強すぎて純度が高く、人が扱うのにはとても危険だ。
危険はまだまだ高いものの、薄めて切り取ったライフストリームは、取り扱いさえ注意すれば、人にも扱える。
薄めて切り取ったライフストリームに、更に手を加え精製をした。これを魔晄と名づける。
両博士は魔晄をエネルギーとした様々なモノを開発。
これまでの石炭石油などの化石燃料に比べて、魔晄エネルギーは格段の差があった。
例えば動力源。
魔晄炉を開発。枯渇しないエネルギーとして、人の生活を豊かにしていった。
武器への転用。魔晄を動力源とする兵器の開発。
魔晄はこれまでのエネルギーよりも大量の力を一気に作り出せるため、ウェポンに対抗出来るよう巨大な魔晄キャノンを作り上げることも可能となった。

そして魔晄エネルギーの究極が、マテリア。
マテリア自体は、星からとれる天然のモノが以前からもあった。
天然マテリアの場合、その多くは召喚マテリアであり、発動させるのに膨大な魔力が必要とされる。
人には発動させるだけの膨大な魔力は備わってはおらず、結局召喚マテリアを扱えたのはセトラしかいなかった。
また他のマテリアで、人が扱える魔力のものでも、非常に発動が不安定であり、戦闘には適していないのが実状。
両博士は魔晄によって天然をオリジナルとする人工マテリアを開発。
この人工マテリアは、使う人の相性や向き不向きはあれども、訓練を積めば在る程度の確率で人でも魔法を発動出来たのだ。
人工マテリアによって、人は魔法という新たな武器を手に入れる。
他にも人工マテリアの優れた点は多々あるが、戦闘という分野において一番優れていたのは、人工マテリアの力を武器にはめ込み発動出来たというところだろう。
マテリアの魔法力を同時に発動出来る、剣、銃、槍、ナイフなど。
強いマテリアと強い武器を組み合わせれば、通常兵器であるキャノン以上の魔力を発動出来た。
だが、ここで両博士はある壁にぶち当たる。
それだけ強く素晴らしい武器を使おうが、あくまでも使用するのは人間だ。
逆に言えば、使用する人間に武器に見合うだけに相応しい能力がなければ、どんな強い武器もガラクタ以下となる。

人を強化する――ここに辿り着くのには様々な葛藤があった。
どれだけ鍛え上げても、人という限界を超えられたとしても、尚ウェポンとは果てのない歴然とした力の差がある。
最高の武器を持ち人工マテリアを装備して、ウェポンに立ち向かっていった戦士達を、ガストと宝条は幾たびか見送ってきたのだ。
ウェポンとの戦いにおいて、一度目の戦闘の第一撃目、ファーストアタックでの死亡率は約6割。
ファーストアタックを耐え抜き、戦闘終了まで生き延びてどうにか帰還してくる数字は約2割しかいない。
その2割の内訳も、次の戦闘に出られるだけの身体で帰ってくる者となると、半数以下だ。
つまりたった一度の戦闘で、約9割が戦闘不能になってしまう。
それに引き替えセトラの戦士は、毎回帰還していたのだ。
アルテマウェポンと戦った、9年前のあの戦いまではであったが、人と比べると天と地とどの差がある驚異的な生還率であった。

よって両博士は、人の強化の手本をセトラに求める。
当時の生き残っていたセトラであるクラウドの父も、エアリスの母であるイファルナもその研究に協力をした。
両博士はまず人とセトラの違いをつぶさに鑑みる。
まずセトラは魔力が強い。人と比べてみるとずば抜けている。桁違いなのだ。
魔力が強いからなのだろう。ライフストリームとも、ライフストリームから作り出された魔晄やマテリアとも、とても相性が良い。
人がマテリアから取り出せる数倍もの魔力を、取りだして自由自在に使えるのだ。
無論発動率は100%であり、失敗はほぼない。
これは戦士たる訓練をつんだクラウドの父のみあらず、剣も持ったことがないエアリスの母イファルナもそうなのだ。
これはセトラという種族の特性であると考えるべきなのだろう。
元よりセトラは長寿長命。
単に寿命が長く成長速度が人よりも緩やかであるだけではなく、病や怪我への耐性が異常に高い。同時に治癒能力にも優れていた。
ハーフセトラであるクラウドとエアリスも、それらのセトラの特性を受け継いでいる。
人を、セトラの遺伝子を元にして強化する案は、研究当初からすぐに出ていた。
だがどのような研究を重ねても、自然に受胎する以外には、セトラの遺伝子を人に移し替えることは出来ない。
当時純血セトラの末裔であったのが、戦士であるクラウドの父と、ガスト博士の妻となったイファルナ。
セトラ特有の緩やかな成長速度によって、外見はそう変わらない二人であったが、その実二人の年齢差はかなりのものであった。
年齢の違いすぎた二人は、結局それぞれ別の伴侶を得て、人とセトラの混血ハーフセトラの子を作っていたのだ。
セトラという種は純朴だ。純粋な彼らの貞操観念は強い。
セトラ二人は、己の伴侶以外と交わるのを良しとはしなかった。
ただそれでも純血セトラの使命感により、研究に協力すべく、精子と卵子の提供は行っていたのだ。
ガストと宝条両博士は、提供された精子と卵子で人工授精を行っていた。
まずはセトラ同士で。純血セトラを人工的に生み出そうと試みる。
だがこれは悉く失敗。
次に人とセトラの混血を人工的に生み出そうとした。
だがこれもまた悉く失敗。
両方とも、失敗の原因さえわからない、惨憺たる有様であった。
生命の神秘としか言いようがないが、結局セトラの遺伝子は自然受胎でしか生まれないものなのだと認識するしかない。
結局純血セトラやハーフセトラを人工的に作り出す実験は、次世代へと伸ばした結果に終わったのだが、この実験の失敗によって二人の博士は考えを変える。
人の強化の手本はセトラだが、だからといってセトラ遺伝子を使い人の強化は不可能。
手本は手本として、強化の手段はセトラ以外からしか求めるしかないのではないのか。
どこから?――魔晄だ。

地上に生息するモンスターの多くが、動植物がライフストリームに触れて変異したものであるという現象は、数多く報告されていた。
ライフストリームとは、それだけ生態系に強い作用を及ぼしてしまうということなのだ。
とすれば、ライフストリームから創り出した魔晄にも、同じ作用があるのではないのか。
ライフストリームによって、変異したモンスターの能力を考えてみると、どれも変異する前の動植物オリジナルよりも、身体能力が格段に優れている。
力が強い上にタフ。信じられない生命力の強さ。
血を好み残虐な性質にさえならなければ…
人の理性と知能を残したまま、身体能力や生命力だけを変異させることが出来れば…
両博士はこの発想に基づき、動物実験を繰り返す。
だが魔晄を与えて出来るのは、モンスターばかり。
魔晄の濃度を薄くしても濃くしても、必ずモンスター化するのだ。
これではどうしようもない。

研究がすっかりと息詰まった頃、ガストはモンスターばかりを量産していく実験の一旦中止を決める。
さすがの宝条も、ガストの考えを受け入れるしかなく、二人は一時別の研究へと戻ったのだ。
ガストは再生しつつあるジェノバの管理を。
宝条は魔晄とマテリアの研究へと。
自らの手で創り出したといえども、魔晄もマテリアもその存在が何であるか、まだまだ解明出来ていなかったのだ。
ガストはジェノバに付きっきりとなり、宝条は魔晄とマテリアに没頭する日々がしばらく続いた。
だがガストは本物の天才だったのだ。
彼はある日閃く。
目の前にある再生途中のジェノバ。
管理をする為に調べ上げたジェノバ細胞には、いくつかの特性があった。
ひとつは異常な再生能力。
リユニオンと名づけられたその能力は、肉体や骨が粉々に破壊されようとも、細胞レベルで互いに呼び合い再生を果たす。
セトラ以上の再生能力を発揮するのだ。
そして擬態能力。
ジェノバの持つ擬態能力は、非常に高度であった。
一部の爬虫類、両生類、昆虫が有しているレベルを凌駕している。
この擬態能力は、驚異的な再生能力にも通じていた。擬態を完璧にするからこそ、再生に繋がる。
つまりジェノバ細胞とは、擬態〜真似る〜に特化されているのだ。
しかもその擬態は完璧だ。
細胞同士が寄り添った時、互いの細胞は予め遺伝子レベルで記憶されていたオリジナルへと戻る為に、擬態をするのだ。
例えば腕がなくなったとしよう。腕を再生しなくてはならないとなった場合、腕の設計図を記憶しているジェノバ細胞は、それぞれが設計図通りの腕を再生させようとして、それぞれのパーツを擬態しあうのだ。
そうやって新たな腕となり再生を果たす。
幸いなことに、この擬態能力は、ジェノバ細胞同士でなくとも有効であった。
人体の欠損した部分に、ジェノバ細胞を使ったとする。
ジェノバ細胞は忠実に人体の設計図を読みとり、擬態を始めていく。
擬態をしながら驚異的な再生能力を発揮、欠損部分をオリジナルそっくりに再生させるのだ。
この能力をどうにか利用できないだろうか――


クラウドが知っているのはここまで。
眠りに就く前、アルテマウェポンに襲われる前の記憶によると、ガスト、宝条両博士は、ジェノバ細胞の利用法についての理論を構築している最中だったはず。
実際の実験に至る前段階への第一歩だ。
魔晄とジェノバ細胞とが触れ合った時の作用や、その影響について推測を立てていたのだと記憶している。
クラウドは眠りに落ちる前の己の身体が、どれだけ酷い有様だったのかを覚えていた。
片腕はなくなっていた。利き腕だった。
出血は止まらず、アルテマウェポンの攻撃を避けるので精一杯だった。
最後アルテマビームをくらった時には、己の身体が焼けこげて炭化していくのを感じていたのだ。
父は、全身が灰になってしまったと聞いているし。
如何に生命力の強いセトラといえども、絶対に再生など不可能だった自分が、9年という月日を経て、こうして前以上の機能を取り戻そうとしている。
心も身体も、どこも完全だ。自分の身体に違和感はない。
脳も正常。長い眠りの後遺症は見受けられない。
五感は以前よりも冴えている。再生した右腕も身体も完璧だ。
どう考えても奇跡としか言えないこの現実を可能にしたのは何か?――ジェノバ細胞を使ったとしか考えられないではないか。
両博士はジェノバ細胞を、何らかの方法で、死にかけていたクラウドに使ったのだ。
実際にポッドを出てしばらく後に、「ジェノバ細胞で再生したのだ」とガストから聞かされ、この推測は正しいと証明されていたのだが…

だがここで疑問が起こる。
眠りに就く前のクラウドの記憶では、ジェノバ細胞を使うことについてはまだ理論の段階でしかなかった。
実験さえしていなかったのだ。目の前で死にかけているとはいえども、その不十分さではとても実際にクラウドにジェノバ細胞を投与することなど出来なかったであろうに。
何らかの理由により、クラウドが死にかけ、ジェノバ細胞を投与されるまでの短期間のうちに、理論から実験を経て、実用までが可能となったのだろうか?
いや、そう考えると理論から実用までの期間が、あまりにも短すぎる。
短期間の実用を可能にした、何らかの理由とは一体なんだ?
クラウドは驕りではなく、自分の価値をわきまえている。
ハーフセトラであり、最後の戦士クラウド。
両博士が如何にクラウドの価値を認めてくれているのかも知っている。
その二人が、クラウドを助ける為に他に方法がなかったといえども、有効性が実証されていない危険なジェノバ細胞を、安易に投与するだろうか?

ここまで考えてみると、やはりセフィロスという存在が大きくなる。
セフィロスについての詳しい話を、クラウドは聞かされてはいない。
だがクラウドは、セフィロスもジェノバ細胞を持っているのだと確信していた。
そうでなければ、彼の能力の高さを説明できない。
身体能力の高さ。
実際に訓練で手合わせしてわかった。
セフィロスはセトラの戦士と同等か、それ以上の能力を有している。
走る。跳ぶ。戦う。これのみならず五感までをも、セトラ以上だ。
その異常ぶりを顕著にしているのが、魔力の高さ。
彼がマテリアに触れているだけで伝わってくる魔力の高さ。
あまりにも魔力のレベルが高すぎるから、彼のもつ魔力が無尽蔵であるかのように思えるくらいだ。

つまり理由は知らないが、セフィロスもたぶんクラウドと同じように死にかけたのだろう。
その時には在る程度ジェノバ細胞の研究はなされており、また他に方法がなく、それ故にジェノバ細胞を投与され、クラウドと同じように再生を果たしたのではないだろうか。
再生能力については機会がない為、まだ確かめてはいないが、たぶんクラウドと同じく、異常に高くなっているのだろう。
そうやって人間以上となったセフィロスだからこそ、こうしてクラウドの訓練パートナーとなっているのに違いない。
クラウドが完全に復活した暁には、クラウドと肩を並べて戦士としてウェポンと戦ってくれるのだろう。
だとすれば、セフィロスがジェノバ細胞の持ち主であるのを、隠す必要などないのに。
人だったであろうセフィロスが、ジェノバ細胞を投与された事実は隠しようなどないのに。
むしろクラウドははっきりと聞きたかった。
新たな戦力となる戦士が誕生したのだ。両博士の研究が実ったのだ。
クラウドとしては大歓迎なのに…
なのに、ガストも宝条も、ちっとも話してはくれない。
――なぜ?





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