sensual world

裏側の世界シリーズ


ポッドを出てから数週間も経つと、クラウドの身体はめざましい――というよりも、人の基準で異常と呼べる回復ぶりを存分に発揮していた。
“日常生活に差し支えない”という段階をクリアした途端、五感や筋肉、神経、それぞれの伝達機能など全ての身体機能にスイッチが入ったのだ。
毎日毎日の身体の発達が、目で見てわかるくらいに。
ジェノバ細胞を得たセトラ最後の戦士クラウドは、素晴らしい。
戦闘に耐えうる体力をつける基礎訓練を軽々と越えると、実戦形式の訓練へとうつっていった。
訓練のパートナーを勤めるのはセフィロス。
クラウドの相手を過不足無く勤められるのは、セフィロスしかいなかった為、必然としてこうなったのだ。
当然、二人が共に過ごす時間も増えてくる。
共に過ごす時間が増えるということは、セフィロスが欲しがる“証”を確かめ合う時間も増えてくるということ。
こうしてクラウドはセフィロスについて、個人的な事をより深く知ることとなった。

例えば、セフィロスは左利きではあるが、両腕共に使える、とか。
食事には全くの無頓着。何でも食べるがそれだけのこと。
空腹を感じることもなければ、好物すらないのだ。
当たり前にあるだろう、食欲への好奇心や執着も、見事に見あたらないのだ。
よって出されたモノを出されただけ、出てきた時間にただ食するだけ。
こうして思えば、セフィロスは何に対しても等しく執着がない。
セフィロスほど、自分以外の世界と接点を持たない者はいないと思う。
持たないというか、持つ気がないというべきか。
もしくは、接点を放棄しているというのが、一番適していると言うべきか。
執着がないばかりか、もっと軽いニュアンスの「あれがしたい」「こちらのほうがいい」という類の欲求でさえない。
食事。衣類。嗜好品。果ては音楽や読書などの趣味的な分野においても、彼にとってはどうでもいいのだ。
そこにセフィロスの意志はない。
セフィロスの意志が尊重されていないのではなく、セフィロスが意志を持っていないのだ。意志を持つ気すらもない。
だがこのセフィロスの無頓着ぶりにも、ただ一つだけ例外がある。
それがクラウドなのだ。

セフィロスという男の関心の全ては、クラウドへと凝縮されている。
最初この事実に思い当たった時は、とても信じられなかったが、何よりあからさまな現実が目前にあるのだ。
自己評価が下手であるクラウドも、認めるしかない。
セフィロスの世界はクラウドで出来ている。
セフィロスにとって世界というのは、クラウドしかない。
クラウドの好むモノを好み、クラウドについてはどんな些細な事でも何でも知りたがった。
そして一度聞いた事は絶対に忘れない。
奇跡の美貌を持つこの男は、クラウドの為だけに存在したがっている。
――クラウドさえいればいい。
彼が時折口にするこの言葉は、決して誇張されたものではなく、心からの事実なのだ。
そして彼はことある毎に、クラウドに証を求めてくる。
「クラウド――」
微妙に掠れたニュアンスで名を呼ばれた時が合図。
伸びてくる長い腕も、求めてくる唇も、もうクラウドは拒めない。
拒む理由が見あたらないのだ。
こんなに一心に求められれば、応じたくなるのが人の性。
それにクラウドは知ってしまったのだ。
家族とは違う他人との触れ合いが、どれほどに官能的かを。


素手での組み手を終えた後、セフィロスは手を伸ばしてくる。
だが彼は強引にはならない。いつもどんな時にでも、クラウドに許しを請うてから触れてくるのだ。
それもまた、クラウドにとっては可愛らしい。
「…クラウド」
名を呼ぶ響きには、己が受け入れられて当然だという傲慢さはない。
セフィロスは毎回こうだ。
クラウドが拒絶したことなどないというのに、名を呼ぶ音はいつも哀切に満ちている。
自分にはクラウドしかいないのに――拒絶されたらどうしようか…
――お願いだから、この手をとってくれ。
哀しくもひたむきな決意を込めて伸ばされてくる手を、クラウドは素直に受け入れてしまうしかなくて。
伸びてきた長い指に己の指を絡ませて、握ってから微笑んでやる。
触れるのを、甘えてくるのを、許してやるのだ。
するとセフィロスは全身で歓喜を露わにしてくる。
この馬鹿馬鹿しい程の変わり身に、いつも絆されるのだ。
だから次に腕を引くのは、クラウド。
――おいで。
クラウドの意志を、セフィロスはいつも忠実に読む。
絡んだ指をしっかりと握ってから、セフィロスは自分より小さな身体を包み込む。
長い両腕でしっかり抱え込むと、胸と胸をピッタリと合わせる。
互いの鼓動を感じ合ってから、キスが始まった。
もういちいち証を要求することもなく、二人はごく自然に睦み合う。
追いかけっこのようなキスを繰り返しながら、頬と額を合わせ、あちこちを甘噛みしあう。
こうしているセフィロスは、本当に幼くて可愛らしくて。
身体のサイズは一回り、いや、二回り近くセフィロスの方が大きいのに、幼い子供のようにしか思えない。
まるでセフィロスの保護者になったような気がして、クラウドはつい声を立てて笑ってしまうのだ。
クラウドが笑うと、セフィロスも笑う。
笑われた。などとセフィロスが気を悪くすることなどない。
セフィロスはいつもクラウドの反応に飢えているのだから。どんな反応でも自分に対してのものならば、そこには喜びしかない。
「クラウド。クラウド」
何度も名前を呼ばれて、クラウドはその度に笑った。
流れる銀糸を軽く引っ張りながら涼やかに笑うクラウドは、素晴らしくきれいだ。
このきれいな人に、セフィロスは甘えたくてしょうがない。
「クラウド――…」
――聞いてくれ。
「お前にもっと触れたい」
熱っぽく囁いて身体を押しつけてくるのだから、意味はストレートに伝わってくる。
衣服越しにはっきりとした力を持つ股間を感じられた。
でももう、クラウドはこうして押しつけられる欲望も、それを受け入れようとする己も怖がることもない。
あからさまにセックスを強請る、逞しくて美麗な子供へと思い切り背伸びをして、流れる銀色の頭を撫でてやる。
「欲張りで甘えん坊なんだな、セフィロスは」
全く、どんな育ち方をすれば、こんなにアンバランスな人格が形成されるのか。
「もっと甘えさせてくれ」
「これ以上!?それは難しいなあ」
「いいや。難しくなどない」
――クラウド…
「お前に触れたい」
出来るならば、
「お前のナカに入りたい」
「――…」
意味はわかる。
セフィロスが何を求めているのか――わかる。
クラウドにとってのセックスとは、あくまでも恋愛感情を持つ男女がすること。
セフィロスに対して確かに好意は持っている。
可愛いと思う。絆されてしまっている。
彼の我が侭な要求には、なるべく応じてやりたいと。
だが――果たしてこの感情は、愛だとか恋だとかと言えるものなのだろうか?
同性愛というものを知らない訳ではないが…己がセフィロスを、男が女を愛するのと同じような想いの対象としているのかと問われれば――正直よくわからない。
ずっと戦士たるべき未来を歩んできたクラウドにとっては、恋愛事など自分には無関係でしかなかったのだ。
第一、 クラウドにはエアリスがいる。
彼女は今はまだほんの子供でしかないが、クラウドと同じハーフセトラであるエアリスとは、生まれ落ちた瞬間から将来結ばれることを定められているのだ。
――セフィロスの気持ちを安易には受け入れられない…
セフィロスを可愛いと思う。
だからこそ、気休めの嘘はつきたくはない。
セフィロスを大切に想う分だけ、彼には誠実でありたいと願う。
セフィロスとエアリス。そのどちらの手も簡単に取れるほど、クラウドはいい加減な男ではない。

撫でている銀の髪は、さらさらと指の間を零れていく。
滑らかで輝かしい銀糸。
夢物語の世界にしかない完璧な美だ。
その持ち主たるセフィロスが――こんなに可愛いだなんて。
「それは――…」
――それは、出来ない。
こう言おうとした唇を、長い指が触れてくる。
唇を撫でる指先は、とても優しい。彼の自分に対する想いが滲んでいるのだ。
セフィロスに触れられるたびに、クラウドは自分がとても特別な存在になった気になる。
ハーフセトラとしての特別ではない。クラウド自身としての特別だと、セフィロスはいつも自分をそう見てくれているのだ。
その優しさに、声が出なくなった。
「クラウドは、俺が嫌いか?」
真摯な問いに、ただ首を振った。
何度首を横に振っても、セフィロスは唇に触れるのを止めない。
彼は言葉での答えを欲しているのだ。
クラウドはこの場に適した言葉を探す。
「嫌いじゃないよ――でも…」
「それならばいい」
言葉の続きをセフィロスは遮った。
「俺を嫌っていなければ、それでいい」
「俺はずっと待つ」
――それで、いい。
満足げなため息と共にキスを仕掛けてくるセフィロスに、もう抗えない。
むしろクラウドも積極的に応じる。
差し入れられる舌を強く吸いながら、今更ながらに思う。
――どうしてここまでオレを想ってくれているのか!?
泣きたくなる程に、セフィロスはクラウドを求めてくれている。
少なくとも今は、セフィロスの気持ちに応じられないと言うのに、それでも良いと彼は言う。
嫌いでなければ良いだなんて。
しかも、満足そうに。
セフィロスとは、一体何者なのだろうか――


セフィロス。長身の美丈夫。英雄を語るサーガ世界から抜け出してきた主人公のような完璧さ。
縦に裂けた翠の瞳。長い銀髪。
完璧すぎる美貌は、非人間の域にまで達している。
だが年齢はたぶんクラウドよりも下だと思う。
クラウドがセトラであり、人とは成長速度が違うというのもあるが、セフィロスと接すると彼の幼さが目に付くのだ。
今一番、クラウドの傍にいて、そしてかなりの高い能力を持つ戦士。
その実力はセトラ最後の戦士であるクラウドにも匹敵するだろう。

セフィロスについての話を、クラウドは未だに聞かされていない。
幾度がガストや宝条に問うてはみたが、二人は問いには答えないままに話の流れを変えてしまったのだ。明らかに不自然に。
クラウドはハーフセトラとして、幼い頃より二人の博士と接してきた。
穏やかな人格者であるガスト。
あくまでも自分本位でありながらも、その実は繊細な宝条。
全く正反対の性質を持つ両博士であるが、共通点はいくつかあった。
まず両博士共に、自他共認める天才であるということ。
天才であることに胡座をかかず、ひたむきな努力も怠らない。
研究に対するあらゆる真摯さ。
己を捨て去ってまでも、彼らは研究に没頭する。
求める答えへの道程がどれほど困難であろうとも、必ず果たしてしまうだけのとびぬけた熱意。
そして何より幼いクラウドが打たれたのは、何者も、自分さえも偽らないという点だった。
幼いクラウドに対しても、彼らは常に嘘や安易な慰めを口にはしない。
どんなつまらない事でも、幼いクラウドが正確に理解出来なくとも、必ずその時もっともベストな答えを教えてくれる。
誤魔化さないということが例え裏目に出ようとも、そのスタンスは変わらないままだった。
両博士の性質は、クラウドが目覚めてからも変わっていなかったのに。
セフィロスに関してだけはおかしいのだ。

この事実はある推測を、クラウドにもたらす。
セフィロスの戦士としての卓越した実力。
クラウドが眠る前に両博士がたてていた仮説。
明かされないセフィロスの素性。
キーワードはジェノバ細胞だ。




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