sensual world

裏側の世界シリーズ


あの日以来――セフィロスに証を求められてキスをしてから、リハビリには身が入らなくなってしまった。
今もそうだ。手すりに手を置いて、ボーっとしてしまっている。
もっとも皮肉なことに、ロクなリハビリをしていないのにも関わらず、日を追う毎に活性化していくジェノバ細胞のめざましい働きにより、日常生活を送るのに何ら問題はなくなっていた。
あと数日もすれば、戦闘訓練の基礎へと移る予定になっているが…クラウドの心は混乱したままだ。

――キス、したんだ…
証だと言われた。
実際にセフィロスはそのつもりなのかもしれない。
五度目のキスの後、再びクラウドを抱きしめたところで、どうやらタイムリミットがきたようだ。
名残惜しそうにクラウドから身体を離したセフィロスは、そのまま去っていったのだから。
――なぜ、キスしたんだろうか?
セフィロスのことは何にも知らないのに。
セフィロスだって、同じだろうに。クラウドのことなんて、何も知らない筈。
同じ男なのに。家族でも親しい間柄でもないのに。恋愛感情が生まれるほどの付き合いがあったのでもないのに。
いや――やはりあれはただの“証”なのだろうか?
確かに男同士でのキスは、異性とのに比べて困難だ。
困難を乗り越えて差し出せ、と。そういう意味で求めた“証”なのだろうか?
思考は千々に乱れるが、所詮相手あってのこと。
いくら悩んだとしても、答えはセフィロスしか持っていないのだということくらい、クラウドだって解りきっている。

クラウドの混乱を突き詰めてみると、セフィロスからのキスの意味以外に、大きなポイントがもうひとつあった。
そう、五度目のキスの間、クラウドは己の身体の芯が熱っぽくなっていくのを感じていた。
クラウドはセフィロスのキスに、反応していたのだ。
セフィロスが離れてしまってから、己の状態を改めて確認して、愕然とする。
クラウドとて男。生理的反応として己のペニスが勃起している状態には、幾度も直面してきた。
だがこの勃起は生理的なものではなく、セフィロスからのキスに感じた結果だったのだ。
――セフィロスに感じているだなんて!?
セフィロスは見かけよりもずっと幼い。
はっきりした年齢は知らないが、そのくらいは解る。
彼はクラウドをとても慕ってくれているが、その感情は幼子が持つ純粋なものではないかと思う。
逞しくて美麗なセフィロスが、不器用な幼さで一心に己を慕ってくる様は、とても可愛らしい。
あのキスだって、純粋な意味での証だとすれば…
――オレはなんてことを!
純粋に慕ってくれているセフィロスを、汚しているのも同じではないか。
――セフィロスに興奮するだなんて。
確かに、あのキスは官能的すぎたが、
――恥ずかしい…!
合わせる顔がないというのは、正にことこと。


それなのにキスをした次の日も、そのまた次の日も、これまでと変わりなく毎日セフィロスはやってくる。
欠点などひとつもない美麗な姿を目にした途端、みっともないくらいに動揺してしまうクラウドとは対照的に、当の本人は悠々としたものだ。
小憎らしいくらいに、これまでと変わりない。
リハビリに取り組むクラウドを、じっと見つめているだけ。
ひとつだけ、ささやかではあるがこれまでと違うところといえば、挨拶だ。
これまではずっとクラウドから挨拶をして、セフィロスが返してきていたが、キスをして以来、最初に挨拶をしてくるのはセフィロスの役目となった。
セフィロスの姿を認めて挙動不審なほどに動揺するクラウドは、彼にとっては許容範囲内らしい。問いつめようとはしない。
縦に裂けた翠の瞳は、異端なほどに美しすぎるだけで、感情は読みとれないが、それでもクラウドに対して好意的なのくらいは解る。
その眼差しで彼はじっとクラウドを窺い、少しだけ間をおいてから言うのだ。
「――おはよう。クラウド」
と。
挨拶という一連の流れは、すでに二人の間では習慣となっている。
だからつい、
「……おはよう」
セフィロスから視線を外しながらも、応えてしまうのだ。
我ながら子供っぽいと思う。
思うが……このテの事はクラウドのキャパ外なのだ。
明らかに態度がおかしいクラウドを前にしても、やはりセフィロスは平然としたもの。
決まった時間いっぱいまでクラウドを眺めて、時間がきたら去っていく。
それもこれまでと何ら変わりはない。
一方のクラウドは、セフィロスがいる間は当てつけるかのように、がむしゃらにリハビリに打ち込んでいるのを装うが、彼が去ってしまうと気力は一気に萎える。
床に直に座ると膝を抱えた。
「はあー……」
出るのはため息ばかり。
――こんなんじゃダメだ。
やらなければならないことは山ほどあると言うのに。
以前のレベルまで戦えるように、早く力を取り戻さないといけない。
リハビリが終わったら、戦闘の基礎訓練だ。基礎訓練が終わったら剣の訓練。
以前の勘を取り戻せたら、もっと実践的な戦闘訓練に入る。魔法も使うことになる。
その頃には、以前のように世界のあちこちを回ることになるだろう。
そしていつかきっと――ウェポンを全て倒す。
父に対する私怨だけではない。
これがセトラ最後の戦士たるクラウドの宿命なのだ。
――しっかりしろ!クラウド・ストライフ。
こんな大事な時に、たかがキスくらいで動揺して、なんとする。
心を鍛えろ。感情に振り回されるな。身体と心を切り離せ。下手な情を持つな。
――オレは戦士なんだ。
未熟なのは身に染みている。
ならば血の滲む努力を積み重ねなければならない。父のように。

抱え込んだ膝はちっぽけだ。膝を抱える手もそうだ。
手もそうだ。9年も眠っているせいなのか、記憶にある己の手よりも、ずっと弱々しく思えてならない。
目覚めてからの僅かの間で、身長は数センチ伸びた。対してウェイトはあまり変わらない。だから余計にやせっぽちに思えるのかもしれない。
男としてはそれなりの体型だが、戦士としてはどこもかしこも小さい。
身長だけではない。手の大きさ。リーチ。肩幅。胸も腹も腰回りも足も。
もしも、もっと体格に恵まれていたとするならば、もっともっと良い戦士になれたのだろうか…父のように。
――セフィロスくらいにデカくなれれば…
――いいや。考えまい。
マイナス思考に陥りやすいのは、クラウドの良くない性質のひとつ。
何をどう願おうとも、クラウドは己の身体と己の力で戦っていくしかないのだ。
ないものねだりをしてまで我が身を嘆く暇などない。
大きく深呼吸して気合いをいれる。
立ちあがろうとした時、気配を感じた。
立ちあがりながら振り向くと、そこにいたのは、
「セフィロス!?」
戻ってきたのだ。
――どうして?
疑問符だらけのクラウドの元へと、セフィロスはやってくる。
そしておもむろに、クラウドとの距離を自ら詰めた。
すぐ正面までやってきたセフィロスは、いきなり跪くとクラウドへと抱きつく。
腹の辺りに顔を埋め、長い両腕を細い腰へと回した。
そう――まるであの時と同じように。
ただ違うのは、あの時クラウドは椅子に座っていた。今は立っている。
あの時は椅子にすわっていたために距離があった股間部分でさえも、セフィロスの胸辺りに押しつけられてしまっているのだ。
こんな体勢で万が一反応したとすれば、すぐにバレてしまう。
慌てて身体ごとで捻って、なんとかこの抱擁から逃れようとしたが、到底無理だ。
それでも往生際悪く、どうにかしてさりげなくこの腕から逃れようと考えを巡らせるクラウドを、セフィロスは追い詰めていく。

追い詰めると言っても、手酷くはしない。
セフィロスがクラウドを傷つけるなんて、出来ないのだから。
もちろん、力ずくでもない。
クラウドに――縋るのだ。
弱味を魅せて、甘えて、縋る。
これがどれだけ情けないか、セフィロスは自覚しているが、そんなことはどうでも良い。
矜持やプライドなど、クラウドを手に入れられるのならば、取るに足らないチンケなもの。
クラウドを得る代償ならば、捨て去ってもむしろ安いモノだ。
――絶対に逃さない。
クラウドの足に、己の股間を擦りつける。
何を擦りつけられたのか、はっきりと伝わったのだろう。
表情にこそ出さないように、注意深く自制をしてはいるものの、クラウドは性的な接触に全く不慣れだ。
憧れの人が聖童であることに、セフィロスは心底安堵する。
「クラウド――…」
哀しさを漂わせ縋る声で呼ぶと、ずっと逃げていた青い瞳が、やっとセフィロスを捉えた。
無垢な青に己のシルエットが映っているのに、満足する。
「証をくれ」
「証……って?」
何を指すのか、思い当たったクラウドの顔に、羞恥が走る。
「あれは、もうっ…」
「もう?」
「もう」とは?
「クラウドはもう俺に、証をくれないのか?」
「あれで充分だろっ」
いいや、クラウド。
――俺は欲深いのだ。
――お前は解っていない。
――俺がどれほど、お前を求めているのか。
「充分など、有り得ない」
大きくはっきりと。センテンスを区切って、セフィロスは説く。
「クラウド。証とはその都度示すものだ」
「そんな…」
「出来ないと言うのか?」
ならば、
「あれは嘘か」
「約束しようと言った。誓おうと言った言葉。あれは嘘偽りなのか?」
「違う!」
「嘘じゃない!」
首を必死で振って、全身で違うと訴えてくるクラウド。
クラウドは知っているのだ。捨てられることの寂しさと、欺かれることの辛さを。
不器用で柔らかいその心に、セフィロスは縋り付き甘えて、追い詰めていく。
「では――クラウド。証をくれ」
セフィロスは静かに目を閉じると、口づけを請う為に顎を上げる。
先日の“証”はセフィロスからした。
今回の“証”はクラウドから。

そのまま暫く時が過ぎていく。
クラウドの逡巡が解るセフィロスにとって、この時間は決して長いものではない。
いつ目覚めるかわからないクラウドを待っていた時間に比べれば、こんな時間などむしろ優雅な楽しみだ。
かなりの時間が経過しても、セフィロスは待ち続けていた。
時間が経てば経つほど、セフィロスに有利に働く。だってその間ずっとクラウドはセフィロスのことだけを、考え悩んでいるのだから。
――クラウド、諦めろ。
どんなに無様になろうとも、俺はお前を離しはしない。
――俺はお前の為だけに生まれてきたのだ。
だからこそ、
――俺がお前をもらう。
欲して求めるのは当然すぎるのだから。


フッと空気が揺れる。
暖かな体温がぎこちなく近づいてくるのを感じた。
乱れている吐息が頬と唇に当たるのを、夢見心地に知る。
やがてやってきたのは、キスというには短すぎて、口づけというにはとても不慣れな、クラウドからの“証”だった。
瞬き一つにも満たない軽い接触をセフィロスは許さない。
腰を拘束していた左手を伸ばし、金色の後頭部を押さえ込む。
クラウドの頭は、本当に小さい。セフィロスの片手だけで後頭部のほとんどは隠れてしまう。
骨格から筋肉から、頭の先から足の指まで、クラウドはセフィロスよりもずっと精巧に出来ている。
身体を緊張で硬くするクラウドを、下の位置から見上げて、
「クラウド――足りない」
伸び上がったセフィロスはクラウドの唇を求める。
緊張するだけでどうして良いのか判断出来ないクラウドに、逃れる術などない。
これが戦いならば、セフィロスが攻撃を仕掛けてきたのならば、クラウドは充分に対応出来ただろう。
まだまだ筋肉も萎えており、思った通りに身体が動かないとしても、それでもここまで翻弄されなかったに違いない。
それほどまでに、クラウドは恋愛事やこの類の駆け引きに対するスキルがなさすぎたのだ。
何よりも、クラウドが眠っている間から、この時を用意周到にシュミレートしていたセフィロスの、作戦勝ちと言えるだろう。
セフィロスは一気に距離を縮め、求める唇に吸い付く。
後頭部を束縛する左手が、かなりの力を込めたため、クラウドはバランスを狂わせる。
バランスを崩したクラウドは、足で踏ん張るよりも前に、セフィロスによって絡め取られてしまった。
唇に吸い付かれたまま、セフィロスの上に乗り上げた格好で、二人床に転がってしまう。
衝撃は全て下になったセフィロスが、クッションとして吸収した。
唇を吸われ、長い手足で絡め取られてしまったクラウドは、もうどうにもならない。
そうこうしているうちに、吸い付かれた唇の間から、舌が侵入してきた。
舌はそれ自体が意志を持つ生き物のように、巧みに動き回る。
蹂躙されるという言葉はそぐわないほどに、荒々しさとは無縁の丁寧さで、クラウドの小さな口腔をまさぐるのだ。
まず歯。歯列を通り一本一本を歯茎から舐め上げる。
次は歯の裏。頬の内側。口蓋の上を擽った後、余裕を持って舌を絡ませてきた。
キスに慣れたテクニックと言うよりは、執拗な丁寧さを発揮され、恐怖ではない感情で心が絆されていく。
ずっとセフィロスの舌を受け入れっぱなしでいるから、口に唾液が溜まってきた。
口内に溜まる唾液でさえ、セフィロスは大切そうに啜っていく。
自分が分泌する体液を啜られる感触。ずっと眠っていた、クラウドのある部分が目覚めていく。
――アっ。
目覚めたその部分は、セフィロスに向かってだけ、開かれていった。
――どうしよう。
――気持ちがイイ。
何よりもずっとこうしていたい。
そんなクラウドの心中に呼応するかのように、セフィロスがやっと唇を離した。
桜色に染まる柔らかい耳朶に、
「――ずっとこうしていたい」
壮絶な美貌が囁く。
「不思議だな…」
「クラウドに触れていると落ち着く」
――オレも、だ。
オレもセフィロスと同じことを感じている。
これは偶然なのか。必然なのか。

セフィロスの両腕が、さっきまでの荒々しさを捨て、包み込むように触れてくる。
鼻と鼻が甘えるように触れ合って、離れて、また触れ合って。
セフィロスの視界はクラウドの青でいっぱいだ。
クラウドの視界に映るのも、セフィロスの縦に裂けた瞳だけ。
一種の奇形とも言えるその瞳孔は、やはり美しい。
美しくて、どこか可愛らしい。
「クラウド――」
「もっと証をくれ」
この言葉をとても自然な気持ちで受け入れる。
唇が触れ合うだけの、じゃれ合うキスで戯れながら、申し合わせたように舌が絡み合う。
――凄く、イイ。
ピッタリと合わさった太股に、セフィロスの勃起を感じた。
もちろんクラウドのも、同じ状態になっている。セフィロスも腹に当たったクラウドの勃起を感じているのだろう。
それは相変わらず恥ずかしいことではあるが、セフィロスとならば構わないのだと素直に思えた。






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