sensual world

裏側の世界シリーズ


そのまま時は過ぎる。
セフィロスがクラウドと出会ってから二年を過ぎた。
この年の終わりにセフィロスは第二次性徴期を迎える。精通も起こった。
発育に見合うだけ、身体も成長した。

これも実験のひとつなのか。それとも単なる偶然の悪戯だったのか。
神羅から派遣されてくる女性研究員に、セフィロスはセックスを迫られた。
セフィロスよりも小さな、成熟した女性の身体を押しつけられる。あからさまに性的に興奮している年上の女は、慣れた手管でセフィロスを煽ろうとしていた。
研究員だからだろう。薬品で荒れた指が、どうにかしてセフィロスの股間へと潜り込もうと足掻く。
生臭いが充分に扇情的な光景が、目の前でしかも自分を対象に進んでいく。
初めて性的な対象とされたセフィロスだが、特に心を動かされることはなかった。
身体の発育は健全だ。ペニスを扱かれれば生理的反応として勃起はするが、どうしてもそうしたいと求めているのではない。
己の有する力をしっかりと認識しているセフィロスは、特に抗いもしなかった。超人であるセフィロスからすれば、この女性研究員は脆すぎる。
結局為すがままで、彼女が興味を失うまで待つのを選択しただけだった。

あくまでも他人事でしかないセフィロスの態度に焦れた女は、セックスの主導権を握ろうとする。潔く裸になると美しい少年の上に跨ったのだ。
初めて目にする女体。
丸く、柔らかく、白い。
ムッと吹き付けてくる生々しい生命力を感じ取ったが、きれいだとは思わない。
決して女のプロポーションが悪かったのではない。いきなりセフィロスに襲いかかる女だ。自分の容姿には自信を持っていたし、確かに自信に見合うだけのものは持っている。
ポイントはそこではなく…
セフィロスはもっともっときれいな裸を知っていたのだから。
――クラウド…
己の上に跨って一人乱れる女に、どうしてだかクラウドを当て嵌めてみたくなる。
当て嵌めてみて――とてつもなく興奮した。
そして解ったのだ。
自分がクラウドに何を求めているのかのひとつを。
――この身体ではない。
セフィロスは強引に押しのけると、裸の女から我が身を離す。

目を覚まして欲しい。
瞳の色を見てみたい。
声を聞いて見たい。
「セフィロス」と名を呼ばれたい。
どんな顔で笑うのか。怒るのか。微笑むのか。悲しむのか。
もっとシンプルに、何を好み、何を嫌うのか。
傍にいて、誰よりも一番近くに。
自分を認めさせたい。誰よりも一番だと。
心も身体も――セックスも。


セフィロスはそれからも、幾人かの神羅から派遣されてくる女性に迫られ続ける。
かなり頻繁であったことから考えるに、たぶんこれも実験のひとつだったのだろうか。
だが結局その誰とも最後まではいかなかった。
理由は至ってシンプル。貞操観念からではない。女達では満足出来なかったからだ。ソノ気にならなかったのだ。
一方でセフィロスは同性愛について調べ始める。
有り体に言うと、クラウドとのセックスの方法を知りたかったのだ。
つまりセフィロスにとってのセックスとは、種の保存として雄と雌が受精する行為でもなければ、性欲という本能を満たすものでもない。かといって互いが感じあえるお手軽なコミュニケーションでもなかった。
あくまでもクラウドだけを特定とする行為だと、定められていたのだ。
セフィロスにとってのセックスとは、クラウドという愛しい人を隅々まで存分に愛する行為。
クラウドの裸はいつでも細部まで思い出せるくらい、記憶にある。
髪の一筋から、花弁を並べたような爪の先まできれいなクラウドの裸。
強化カプセルの中で、眠り続けながら浮かぶクラウドは、繊細なガラスで出来た花のようにしか思えない。
淡い色味の唇――触れてみたい。吸ってしゃぶりつくしたい。
細身ながらしなやかな肢体を、思う存分に触れてみたい。
指で手で唇で、舌で。歯で囓ってみたい。
小さくほんのりと紅い乳頭。
普段はさすがに隠されているが、幾度か垣間見たことのある股間。髪と同じ金色の薄い陰毛にひっそりとあるペニス。
生殖器とは信じられないほどに、どこもかしこも整っている。
形のきれいな睾丸は、果実そのものだ。つるりとして食欲をそそる。
ペニスの大きさは決して小さくはない。形も立派に大人のものだ。
瑞々しく伸びた棹の先に、包皮がきれいに剥けた亀頭がついている。
亀頭の先端にある尿道口は残念ながら見えない。排泄の為の不細工な機械とカテーテルが装着してあったからだ。今となってはこの機械とカテーテルだけが、クラウドに取りつけられている唯一の医療器具となっていた。
掌大の機械は、クラウドの股間周辺から睾丸を通りペニスの裏側まで覆っており、そこから透明なプラスチック製の管が伸びており、カプセルの外にまで繋がっている。
冬眠状態にあるというクラウドだが、便はせずに尿だけを僅かに排出しているのだという。
この機械は不衛生にならないように取りつけられているのだ。
こうしてカプセルに漂っているクラウドは、血肉を持っていても人には思えない。
架空の存在である天の使い――天使を容易く連想させてしまうクラウドには、小さいとはいえ股間部分を覆う機械は似合わなさすぎた。
受ける違和感はグロテスクにさえ思えるが、かといって醜いだけになっていないのは、クラウドの美しさのせいなのだろうか。
機械とのコントラストが凄惨なアンバランスであればあるほど、そこには圧倒的に魅せられる“美”があるのだ。

こうしてセフィロスは、いつもクラウドを見つめ続けていた。
常にクラウドだけに興味の全てを持ち、クラウドの為に生きていく。

セフィロスの執着はある日動いた。
セフィロスの成長が青年期にまで達しようとした時、クラウドはやっと目覚める。


目覚めた日のことを、セフィロスは生涯忘れない。
この日もセフィロスはクラウドの傍にいた。
その当時のセフィロスは、体内にあるジェノバ細胞についての実験を一通り終えており、別の段階に踏み出していた。
モルモットの代わりにセフィロスに義務づけられたのが、戦い。

ジェノバ細胞を生まれながらに有するセフィロスは、正しく超人である。
これは戦闘においても例外ではない。
モルモットだった時は、少なくともクラウドに出会うまでは、そこにセフィロスの意志はなかった。
だが今度は違う。
セフィロスは自ら選んだのだ。
自らの意志で戦うことを選んだのだ。
それもこれも――クラウドの為に。

クラウドはセトラ最後の戦士であるという。敵であるウェポンの戦闘能力を考えてみても、クラウド以外の普通の人間では太刀打ち出来ないのが本当のところだ。
セトラの戦士だったクラウドの父がいない今では、クラウドが目覚めたのならば、独りきりで戦っていくしかない。
セフィロスはクラウドの力になりたかった。
頼られるべき戦力となりたかった。
自信に胸を張って、クラウドの隣に立つ。必要とされたかった。
よってセフィロスは熱心に学んでいったのだ。
戦いのノウハウを。防御、攻撃、素手での戦いを。剣を振るうこと。魔法を使うことを、自ら進んでたたき込まれていたのだ。

この考えは決してセフィロスのみ持っているのではない。
クラウドは絶対に目覚める。
だが、目覚める前にウェポンが襲ってきたとしたら…どうなる?
クラウドという戦士がいないからといって、みすみす滅ぼされてしなうなど論外。到底許されることではない。
ガスト、宝条達研究者を初めとして、プレジデント神羅や神羅幹部達は、クラウドだけを頼るのではない戦闘方法を模索していたのだ。
セトラだけではないただの人にでも出来る、ウェポン対処法を探すべく皆奮戦していた。
人という種がどんなに血の滲む努力をしようとも、また傑出した才能の持ち主が人の中に現れようとも、ウェポンには絶対に敵わない。
それどころか、対等に戦うのさえ現時点では不可能なのだ。
ここでスポットを当てられたのが、セフィロスをサンプルとしたジェノバ。正確にはジェノバ細胞だ。
セフィロスは胎児の時には、ただの人でしかなかった。
だがジェノバ細胞を胎内で移植され、この世に産まれて来た時には超人となっていたのだ。
視覚、味覚、触覚、聴覚、嗅覚の五感全てにおいて、人の平均を遙かに超えていた。この傾向は身体能力や運動能力においては、もっと顕著になる。
この能力に目をつけない筈などなく、どうにかして胎児ではない、普通に生まれてきて在る程度の年齢を経た人に応用出来ないかと試行錯誤していたのだ。
セフィロスは先天的にジェノバ細胞を有している。
そうではなくて、人として生まれ育ち完成された年齢で、後天的にジェノバ細胞を植え付け、定着させることは出来ないだろうか。
ジェノバ細胞とは両刃の剣。
超人的な力を与えもするが、ジェノバ細胞自体に適応出来る可能性は極めて低く、実際に応用するのは困難だ。
動物実験では後天的にジェノバ細胞を植え付けられたマウスは皆モンスターとなり、狂気の果てに死に絶えた。それは無惨な死に方だった。
この有様では、人体実験にはとても踏み切れない。

この試行錯誤を取り払うのは、やはりセフィロスしかいない。
セフィロスは再びモルモットとされる日々へと戻る。だが決して受け身のものではない。モルモットという痛々しさなど、すでにセフィロスにはない。
セフィロスはとっくに決めていたのだ。
この実験はクラウドの為になることだ。
多くの味方を得られれば、クラウドがこんなに傷つくことはなくなるだろう。少なくとも確率は低くなる。
人体実験の苦痛や屈辱を、セフィロスは見事に絶えきる。
幾たびもの失敗を繰り返し、ガスト、宝条両博士は答えを得た。
すなわち――魔晄。
セフィロスによって導かれた答えは、動物実験へと移っていった。


誰もいない地下の研究室の一角。
セフィロスは戦闘訓練で疲弊した身体を引きずって、クラウドが漂うカプセルの前にいる。
「なあ…――クラウド」
青い羊水に漂うクラウドはいつもきれいだ。
彼は見事な金髪碧眼の持ち主なのだという。
確かに何度か見せて貰った少年時代の写真にいたのは、眩い金髪と澄んだ青の瞳を持つはにかんだ姿だったが。
カプセルを囲む、冷たい強化ガラスに指で触れる。
青い培養液にたゆとう金髪の高さにまで指を滑らせてみて、梳く仕草してみた。
非の打ち所のない肢体は、男としてはやや小柄ではあるが、小さすぎるというのではない。
頭は小さく手足が長い。手足の関節の位置が高いから、細いのもあいまってとても長く映る。
全体の造りはセフィロスのよりも、ずっと緻密に繊細に出来ていた。
年月だけでいうならば、セフィロスは生まれて8年となる。
8年しか経っていないなんて、誰も信じないが。
外見だけで計ると、セフィロスは青年期まっただ中だ。
流石に今年に入って発育の急激さは落ち着いてきたが、身長は180を超え、肩幅も胸の厚味も充分にある。まだ線が細い部分もあるが、それはこれからも成長していくという証拠だ。
セフィロスの手に、小さなクラウドの頭はすっぽりと収まってしまうだろう。それくらいセフィロスは成長したのだ。

培養液に漂う金髪の流れを指先で追う。
「クラウド…俺がお前の隣に立つ」
「そして護る。必ず――」
だから、
「どうか……目覚めてくれ」
ガラス越しではなく、直に触れてみたい。
髪も頬も唇も。
手で握って口づけて、肌に触れられたとすれば、どんなに素晴らしいか。
身体の芯から熱がわき上がってくる。
熱は瞬く間に全身を満たし、酔わせるのだ。
これを官能と呼ぶのだと、セフィロスはすでに知っている。

身体の発育に伴い、第二次性徴も完了しているセフィロスは、一人前の男として心身共に充実していた。
実験サンプルとして精子の提供はしていたが、セフィロスはまだ女とも〜もちろん男とも〜性的な関係を結んではいない。
幾たびか誘われたり、ある時には襲われたりもしたが、その全部をセフィロスは拒絶する。
拒絶するしかなかったのだ。セフィロスにはクラウドしか、頭になかったのだから。
セフィロスが情動を覚えるのは、クラウドについてのみ。他の裸を目の前にしても、何も感じない。
己でも呆れかえるくらいに、はっきりしていた。
心と身体とは、実に密接に時としてデリケートに繋がりあっている。
クラウドと出会う前、セフィロスの心と身体は、遠く遠くに乖離していた。
それが…クラウドに会ってからは、心と身体の機能はピッタリとシンクロしてしまっている。
セフィロスははっきりと悟っていたのだ。
クラウドが――金の髪を持つきれいなハーフセトラが目覚めた時こそ、自分は本当の生きる価値を得られるのだと。

待つのは苦手ではない。
クラウドが目覚めるのを待つのだ。イヤではない。むしろ、それはそれで待つのも楽しいものなのだが…
それでも待っている時間は長すぎた。クラウドがいつか目覚めるという大前提は揺るぎなく信じているものの、日一日を追う毎に、待つ楽しみよりも目覚めて欲しいという焦燥感が、大きくなってきている。
「…クラウド――」
おとぎ話のセオリーなど興味のないセフィロスだが、彼は思わず伸び上がると、強化ガラス越しにそっとクラウドに口づけた。

ポコリ。
気泡が音を立てる。
ポコリ、…ポコリ。
いつもよりも大きくてたくさんの気泡が、次々と生み出されていく。
ポコポコポコ…
気泡の音が変わった。
そのことに気が付いたセフィロスは、身体をぶつけんばかりの勢いで、強化ガラスへとへばりつく。
セフィロスが見たのは、ゆっくりと夢見るように開いていく、青い瞳。
金色の睫毛は目頭から目尻までびっしりと生えそろっている。
その中心にある青。
「…――ク・クラウ、ド…」
なんと美しい青か。
清冽であり澄み切っている。
何より――官能的すぎた。
酔っぱらったような扇情的な戦慄の中、セフィロスは青い瞳に映る己の姿を、ひたすらにじっと見つめていた。

 




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