sensual world

裏側の世界シリーズ


セフィロスは産道を経て、この世に生まれ落ちた瞬間からの記憶を有している。
幼い頃、世界の全ては遠かった。

色はついていないのではないが、澱んでくすんでいる。鮮やかさがない為、モノクロで無機質に映る。
サイレントではなく、音はするし聞こえもするが、ただそれだけ。
話しかけられたり、己の事について言われているのだと解っていても、理解こそ出来るが、もっと深い部分にまでは届いてこない。

セフィロスという子供は、生まれ落ちた瞬間より、めざましい超人ぶりを発揮した。
ほんの赤ん坊の頃から、彼は全てを理解していたのだ。
知能の面だけではない。身体的な発育も並はずれて早い。
倍どころか三倍の速さで、発育していた。
歯は生まれつき生えそろっており、乳はほとんど飲まずに固形物を好む。
いきなり立ち上がり二本の足で歩いて見せたのが、生後四ヶ月も経たない頃。
あらゆる言語を理解し、声帯を使っての受け答えが完全に出来たのが、生後九ヶ月。
幼児用の玩具には見向きもせず、屋敷に置いてあったあらゆる専門書を読みあさるようになったのは、初めての誕生日だった。
正にこれは異常だった。
――ジェノバ細胞とはこんなに凄まじいものだったのか…!
セフィロス誕生に関わった者は、皆その異常ぶりに恐怖する。

泣きもしない。笑いもしない。とても美しい子供。
頭脳は天才。一を知って十を知るどころか、一を聞けば百を己がモノとしていく。
身体能力も桁外れ。一歳のセフィロスの外見と発育は、五歳児に匹敵していた。
この細胞の異常発達さは、老化へ向かっているのではない。ジェノバ細胞は己が一番安定して活動しやすい大きさ・能力を有する年齢まで、セフィロスを押し上げていたのだ。
その証拠にセフィロスの身体がおよそ二十代半ばまで成長しきると、そこから発育はピタリと止まる。
ただの人間からすれば、憧憬や畏怖を越えて、恐怖するしかなく。
良くも悪くも人という生物は、己の種族以上の能力を持つ相手には、絶対に敵わないからこそ、恐れるのだ。
多くの場合この恐れは、些細な切っ掛けで容易く憎しみへと変形してしまう。
もしセフィロスがこのまま無感動無関心な人形として、人以上の存在のまま成長していったのならば、遅かれ早かれ何時の日にか彼は人と敵対していくしかなかっただろう。
星よりもウェポンよりも先に、セフィロスが人を滅亡させていったのに違いない。

だが、現実は違った。
セフィロスは目覚めたのだ。
いや――この時こそ、セフィロスの真の誕生であると言い換えても過言ではない。
この時――セフィロスがクラウドに初めて出会った日のことを。

クラウドと初めて邂逅した時、セフィロスはまだ子供でしかなかった。
外見はすでに少年である。精通こそまだであったが、第二次性徴期の入り口に立っていた。
毎日毎日質の高い知識を与えられ、吸収。己のものとしたのが確実かどうかを、テストされていく。
身体能力を数値として測られ、様々な実験を施される。
そう、セフィロスの生とは、モルモットの生と何ら変わりなどなかった。
実験がひとつ、またひとつと繰り返されるたびに、セフィロスは人という種の限界を超えて、だんだんと現実世界から乖離していく。
そんなセフィロスを憂いていた人物がいた。
このプロジェクトの責任者、ガストだ。
神羅にて宝条と共に天才の名を恣にしてきたガストだったが、アナーキーでエキセントリックな面が強い宝条とは違い、至って善良なむしろ穏和な性格だった。
彼はこのプロジェクトの始まりである、ジェノバ細胞を子宮内の胎児に移植したその当時から、深く懊悩していた。
我々は良い。
実験が成功して、セトラの戦士たるクラウドが目覚めれば、それで目的は果たされるのだから。
だが――この子はどうなるのだ?
精子提供者たる父親にも、卵子と子宮提供者たる母親にも、ちっとも似ていない…それどころか人を超えた超人であるこの子供は、実験が終了した暁には、どうすれば良いのだ!?
かと言って、宝条やルクレツィアに、セフィロスの両親役をさせるというのは、すでに無理。
第一セフィロスという子供は、己自身にすらさえも興味を感じていないのだから、今更父親だ母親だと言っても意味などない。
悩んだ挙げ句、ガストは思い立つ。
肉体は再生しながらも、未だに眠り続けているクラウドに、セフィロスを引き合わせてみよう、と。
同じジェノバ細胞を有している者同士の、なんらかのシンパシーを求めてではない。
ガストは科学者だ。そんな曖昧なものなど考えてもない。
ただセフィロスに解って欲しい。
自分の生というものの意義を、少しでも知って欲しかったのだ。
クラウドの為に。この世界を救うセトラの戦士復活の為に。
お前が実験に耐えてきてくれたおかげで、クラウドがここまで再生したのだと、はっきりと見せてやりたかっただけ。
セフィロスは物珍しいモルモットなどではなく、貴い礎なのだ、と。


クラウドが眠るのは、透明な強化ガラスで出来たカプセルだった。培養液は薄い青。
肉体の半分近くが失われていた当初は、クラウドの身体はしっかりと固定され、数多くの機械と繋ぐコードや、肉体を管理する様々な管で覆われていたが、身体のほとんどが再生した今では、排泄用に一部分だけ隠されたのみの全裸体で、青い培養液の中に浮かんでいた。
全裸であるのは、単に服を着せることが出来なかったからだ。他意はないにしろ、青年期の入り口の、一番美しく完成された状態で、クラウドは時を止めて漂っている。
このクラウドを目にすれば、誰しもが神秘という敬虔さに魅せられるだろう。

漂うクラウドは自然と胎児のポーズをしている。
その前にガストはセフィロスを連れてきた。
「彼が…、クラウドだ」
青き培養液の羊水に漂う美しき青年。
長い間ずっとこうやって浮かんで漂ってきたからなのだろう。筋肉はすっかりと落ちており、白い肌の醸し出す伸びやかな華奢さが、幼子のようだ。
どこをどう見ても、青年――男なのに、少女めいた清楚さがあった。
この瞬間、セフィロスの世界は鮮やかに変わる。
――きれいだ!
なんと官能的な世界よ。
縦に裂けた翠の魔晄に、初めて感情が吹き込まれる。
無意識のうちに、カプセルに近づいていく。薄い唇が、大切な言葉を紡いだ。
「……クラウド――」
白皙の頬に、初めて血の気が上っていく様を、ガストははっきりと認める。
美しいだけの良くできた人形に、生命の息吹が吹き込まれていくのだ。
「クラウドは、ハーフセトラの戦士だ」
セフィロスにはすでにセトラの知識がある。ハーフセトラの意味も解る。
「クラウドはウェポンとの戦いで、死にかけていたのだ――」
それが、
「セフィロス。お前のおかげで、クラウドはここまで復活したんだよ」
「俺の、おかげで…?」
あの毎日繰り返された実験には、こんなに大切な意味があったのだ。
自覚した瞬間、セフィロスの全身が震える。
これは――歓喜だ。
コポコポとカプセルに送るエア音も、機械の低いうなり声も、隣に立つガスト博士も、機械だらけのこの実験室さえも――クラウドが存在する世界とは、なんと素晴らしいのだろうか!
感動に身震いが止まらない。
「クラウドは――目覚めるのか?」
このきれいな人が、動いて、話して、笑ってくれたとしたら。
今は硬く閉じられているが、金色の睫毛が囲む瞳は、どんな色をしているのだろうか。
その瞳は、セフィロスを映してくれるのか…
ガストは鼓舞するように、大きく頷く。
「きっとクラウドは目覚める」
ならば、その瞬間を。その素晴らしい時を、待ってみよう。
「ガスト博士――」
「何だね?」
「クラウドのことを、もっと教えてください」
少年の声に宿るのは情熱。
ガストはその結果に満足する。
「わかった。私の知ることは全て話そう」
ガストはセフィロスが初めて表す情熱を、深く歓迎したのだ。


この日からセフィロスは空いている時間の全てを、クラウドの傍で過ごす。
セフィロスの運命はすでにこの時には、始まっていたのだ。

クラウドはセフィロスの世界の中心となった。
例え、彼がずっと眠っているだけであっても。
これまでは何の意義も見いださず、淡々と受けていた実験も、クラウドの為と知ってからは、どんなものでも意欲的に進んで受けた。
実験される者としての意見も進んで発言する。
クラウドの肉体の回復と共に、むしろセフィロスに課せられる実験はほとんど必要なくなってきていたのだが、セフィロスはそれを物足りなく感じていた。
――クラウドの役に立ちたい。
あのきれいなクラウドの肉体を再生させたのは、己の存在が大いに貢献しているのだ。
ガスト博士の話によれば、クラウドの肉体はおよそ半分が失われ、炭化してしまっていたのだという。
ガストや宝条ではどうにもならなかった。神羅の科学力を持ってしても、再生は不可能。クラウドはこのまま死んでいくしかないと――
だがクラウドはこの世に残された最後のセトラ戦士。絶対に失う訳にはいかない。
ガストと宝条は決断をする。ジェノバ細胞を使うのだ。ジェノバの驚異的な再生能力をクラウドに植え付ける。
その為に生み出されたのがセフィロス。胎児の段階でジェノバ細胞を移植された、初めての存在。
絶対に失敗を許されないクラウド再生の為の、彼はモルモットだったのだ。
セフィロスに課してきた実験をふまえて、ガストと宝条はジェノバ細胞を使い、クラウドの肉体を再生することに成功する。
だとすれば、セフィロスとクラウドは、ジェノバ細胞を仲立ちとするたった二人きりの同種なのだ。
身体は回復したクラウドだが、なぜだか未だに目覚めない。
目覚めない理由はガストにも解らないのだと言う。
現在セフィロスが受けている実験は、クラウドを目覚めさせるものだと。
解っているのは、クラウドの眠りは、動物や植物が行う“冬眠”に近いものだということくらいか。
呼吸、脈拍などの身体の代謝機能を、生存出来る最低ラインギリギリにまで落として眠っているクラウドは、カプセルと培養液の中でセフィロスとは違う時を刻んでいるのだ。
この上なくきれいで、この上なく神秘的な生き物。
これだけでもセフィロスを虜にするのは充分なのに、おまけにクラウドは強いのだと言う。
クラウドが今はもう絶えかけているセトラの末裔であり、ただ唯一の戦士であるのは、ガストから聞かされた。
――こんなにきれいなのに、強いのか…
セフィロスは己を鍛えることを決めた。
クラウドが目覚めた時誰よりも傍近くにいて、彼の隣に胸を張って立てるように、と。


こうしてセフィロスが傍にいるようになってから一年が過ぎても、クラウドは目覚めないまま。
一向に目覚めなくても、セフィロスの想いは変わらない。それどころかますます強く激しく募るばかり。
振り返ってみれば、どうしてここまで想いが募っていくばかりなのか。
己自身でも不可解ではあったが、セフィロスはこの想いを疑わなかった。
クラウドに出会うまでのセフィロスは、生きてはいたがただそれだけでしかなかった。
なるほど潜在能力は人間以上。容姿も抜きん出て整っていたが、それだけのこと。それ以上でもそれ以下でもなく、少なくともセフィロス自身は自分の生に何の意味も見いだしていなかったのだから。
真実、セフィロスが一人の個として生まれたのは、クラウドに会ってからだ。
――これを、運命と呼ぶのか。
それとも、
――縁というものなのか?
人と人との関わりとは、単純に関わってきた年月の長さだけではないのだと、昔読んだ何かの書物に書いてあった。
カプセルに浮かぶ大切な佳人に、セフィロスは心で語る。
――クラウド…
――お前の瞳は青いと聞いた。
どんな青なのだろう?
海の青か?空の青か?
そのどちらでもない、セフィロスの知らない青なのか?
――どんな声をしているのだろうか?
残念ながら、動いているクラウドの記録はない。
セフィロスが有しているクラウドについての知識は、ガスト博士から語られた話が主だ。
与えられた少ない情報を元に、予測や推測をたてるのはよくある。セフィロスもそうやって知識を深めてきた。
それが、クラウドに関してはまるで違う。
全くの未知。考えれば考えるほどに、エラーばかりだ。
情報を元に想像が出来ないというよりも、想像する以前にセフィロス自身が激しく混乱するのが原因だった。
自分で自分の行動や感情が把握出来ない。よって乱れる感情を統制出来ないでいる。
セフィロスにとっては初めてのこと。
だがこの“初めてのこと”は不愉快ではなく、むしろ好ましい。
――不思議だな。
本当に、不思議だ。
この世界とは、不思議に満ちているのだ。
その中でも、
――俺は一番お前が不思議でならない。
不思議だと感じる理由を知りたいと思う。
また、知りたくないとも思う。
こんな矛盾でさえ、官能的だ。
はっきりと解るのは、
――クラウド…
――全てはお前から始まった。
――俺が知りたい答えはきっとお前にある。
クラウド以外にセフィロスを満足させる真理は持っていない。



<< BACK HOME NEXT >>