再生への光

裏側の世界シリーズ


魔力というのは厄介なものだ。適性というものが常に付きまとう。
ウェポンを寄せ付けないだけの、大きくて頑強な結界を張るのには、クラウドの父の魔力ではダメだったのだ。
魔力の量は追いついても、適性が相応しくなかった。
それでも結界を張らなくては、それぞれのエリアはいつかウェポンの攻撃を受けてしまう。
当時、人々の住んでいたエリアというエリアは、どこも等しくウェポンの脅威にさらされていた。
現在よりもエリアの数は多かったのだ。すでにいくつかのエリアは跡形もなく消されてしまった所もあった。
ウェポンの攻撃は酷く気まぐれで、セトラがいないエリアでも襲っていたらしい。
クラウドの父たった一人だけで全てのエリアを護れる筈もなく、自衛の為には結界を早急に張るしかなかったのだ。
セトラ戦士であるクラウドの父以外で、エリア全体に及ぶ大きくて強固な結界を張るだけの魔力を持つ人物は当時いなかった。
またそれだけの結界を長期間にわたり、出来れば永久に維持し続けるのにも、大きな困難がある。
だが迷っている暇はない。セトラ戦士たるクラウドの父に匹敵する魔力の持ち主を、これから捜し求める時間もない。
選ばれたというよりも、選ぶしかなかったのだ。
エアリスの母――セトラの巫女たるイファルナを。

クラウドの父は、イファルナに魔力を魔法にして使う方法ではなく、魔力を形として編む方法を教える。
イファルナにはこの方法が合っていたようだ。彼女は期待以上にこの遣り方をマスターする。
問題はこの編んだ魔力を結界として、どうやってエリアに定着させるかだった。
さすがのセトラ戦士もその方法は解らず、これにはガスト、宝条両博士の知恵を借りることになる。
確かに両博士は天才だった。
単純に知能指数が高いというだけではなく、彼らには余人が到底真似の出来ない閃きと、その閃きを実現させるだけの行動力や忍耐もあったのだ。
閃きを得られれば、後はスムーズ。
数ヶ月後には結界をエリアに定着させるだけの術を実用化させたのだ。

「まず結界そのものを編んだ魔力で描くことにした」
普通結界というものは、空間は床など特定の場所に印を施すことから始まる。
印を施す為には、結界を作る術者の強い意志が宿る何かで、陣を描かなくてはならない。
陣を描くのに使われる術者の強い意志が宿るものとは、別になんでも良いのだ。これしかダメだという決まりはない。
絵や字を描くように、インクと同じ役目をするものを使う場合もある。
だがより強い効果を望むならば、多くの場合は術者自身の血肉を使う。
己の血や肉、時として己の糞尿で陣を描くのだ。
他にも声で陣を描く術者もいるそうだ。
ウェポンに対抗するだけの結界を造り上げるにあたって、ガストと宝条はイファルナの血肉ではなく、彼女の編んだ魔力そのもので陣を描くのを提案したのだ。
この提案は“魔力を形として編む”という遣り方にも合致していた。
魔力で陣を描く場所も、ライフストリームの地脈の流れとも呼応させることにした為、実際に結界を張る作業は、とてつもない集中力を必要とすることにもなった。
こうやって様々なハードルを乗り越え、イファルナが初めてつくった結界がミルディールであったのだ。

どうしてミルディールという場所を、結界を張る作業の最初の地と選定したのかには、理由がある。
結界を張るのは全くの初めて。
研究は重ねた。リハーサルも周到に重ねた。理論的には破綻はない。成功の確率も高い。
あとは実際の行動のみとはなったが、結界を張ること自体がまだまだ手探りの状態だ。
その為町の規模が小さく、失敗した時に人命というリスクが低い場所でありながら、灼熱でも極寒でもない自然環境が選ばれたのだ。
ミルディールで結界は成功する。
そしてこの成功を受け、次の場所に選定されたのがニブルヘイム。
神羅研究所のひとつがここにあり、クラウド達親子がここに住んでいたからだ。
ミルディールとニブルヘイムでの経験をふまえ、次にようやくミッドガルに取りかかる。
だが前の二つの町や村と比べ、ミッドガルは広い。
おまけに住んでいる人の数、出入りするモノでさえミルディールやニブルヘイムと比べると桁違い。
ミルディールやニブルヘイムはただの田舎でしかなく、対してミッドガルは当時でも中心地であり大都会だったのだ。
結界を作るに必要な魔力もこれまでのよりも遙かに膨大な量を費やすだろう。
むろん結界を張り終わるまでの時間も一層かかる。
実にミッドガルに結界を張り終えるまで、半年もの月日を要した。
その間イファルナは娘エアリスを、すでに結界を張り終えていたニブルヘイムのガストの元へと残し、クラウドの父と共にミッドガルで生活を送っていたのだ。


ここまでくると、エアリスは苛立たしげに反応して、話を遮る。
自分の母親とクラウドの父親のことは、エアリスにとっては鬼門なのだ。
「あたし。やっぱり、信じられない」
「こんなの見せて、クラウド、あたしに何をさせたいの?」
クラウドは頑ななエアリスを責めない。
むしろ痛ましげに、
「さっきセフィロスから連絡があった」
セフィロス――この名にエアリスはあからさまに顔を強張らせるが、クラウドは敢えて話を進めた。
「ミルディール駐屯の神羅兵から報告があった」
「どうやら、ミルディールの結界が弱まっているらしい」
たぶん、
「結界の効果が薄れてきているようだ」
「それって…」
「そうだ――近い内に結界が消える」
エアリスは、クラウドが自分に何をさせたいのかを、はっきりと悟った。
思わず立ちあがると、
「イヤ!」
「エアリス――」
「ダメよ」
「あたし。絶対にムリ!」
エアリス。エアリス。
「落ち着いてくれ」
そんなに興奮しないで。
「これは、君にしか出来ないことなんだ」
「なんで!?どして!?」
こんなこと、本当は聞かなくても解っているのだが。
「エアリス、君が――」
「セトラの巫女だからだ」
「戦士であるオレには、どうやっても結界は張れない」
セトラの巫女。
これまでこの言葉は、自分こそが特別な存在なのだという、むしろプラスのキーワードだった。
誇らしいと感じこそすれ、こう呼ばれることはイヤではなかったのに。
それがどうだ。一人前と認められ、責任という目に見えない強力な檻に囚われた途端に、これほど重い意味を持っていたのだと知らされるなんて。
でもクラウドはもっと前から、たった一人で逃げないで、セトラの戦士という責任に耐えて果たしてきたのだ。
エアリスも逃げることは許されない。
それはよく解っているのだが、戦いとは縁のない場所で、ずっと護られて生きてきたエアリスは、セトラの巫女という宿命からも、母イファルナからも、正面から向き合えない。
何か…逃げ道が欲しい。
「もし……」
「あたし、やらなかったら――」
――どうなるの?
震えを帯びた声に、クラウドは金色の眉をキュッと寄せて、
「ミルディールに今暮らしている人たちみんなが、ウェポンの危険にさらされることになる」
場合によっては、
「ウェポンが襲ってくれば…多くの人が死ぬことになるだろう」
重苦しい現実を僅かでも和らげようと、クラウドは続ける。
「エアリス。君は、君のお母さんよりも適性がある」
イファルナは魔法を使えなかったが、エアリスはかなり強い魔法も使えるのだ。
能力としてはエアリスの方が、イファルナよりも数段上となる。
魔力との相性が良いのだ。エアリスならばイファルナよりも苦労せずに、結界を造り上げられるだろう。
「結界をどうやって造るのか。遣り方はオレと宝条博士が教えるよ」
それに、
「君一人じゃない」
「オレも一緒に行く」
「君を護るよ」
立ちあがったままのエアリスの手を、座ったままのクラウドがそっと引いた。
クラウドの手。体温。感触。
エアリスの心に甘い魔が差す。
「クラウド…もし、あたし、ちゃんとやれたら――」
――ダメだヨ。
「怖がらないで、やったら」
「上手くいくように、ガンバルから――」
――こんなこと言っても、なんにもならないのに。
解っているのに、口は止まらない。
「ちゃんと、結界、つくれたら」
――こんなこと言ったら、あたしがあたしのこと、嫌いになるだけなのに。
頭では解っているのに、どうして心は止まらないのだろう。
「あたしと、――結婚してくれる?」
クラウドの繋がった手が、震える。
その震えが伝わってきて、エアリスの胸を重く塞ぐ。
思わず凝視したクラウドの顔は、隠しようのない哀れみに満ちていた。
――なんてバカなの!
イヤな子。イヤな子。
――あたし。母さんみたいに、酷いこと、してる。
クラウドとセフィロスが恋人なのだと知っていながら、結界と引き替えに我が侭を押し通そうとするなんて。
――エアリス…イヤな子!
クラウドに嫌われるのが当然なんだ。
エアリスは自ら手を解いた。クラウドの手から逃げたかったのだ。
「あたし……、ゴメン」
「考えて――考えてみるから…」
クラウドの前にいるのが耐えられなくて、大好きな人に哀れまれるのが苦しすぎて、エアリスは全速力で教会から走り出ていく。
「エアリス!」
脱兎のごとく駆け出したエアリスを追いかけようと、クラウドは腰を浮かす。
丁度その時絶妙のタイミングで、携帯電話が鳴った。
発信者、セフィロス。
(あたしと、――結婚してくれる?)
さっき聞いた言葉が甦るが、
――ごめん。エアリス。
クラウドはエアリスの後を追いかけるよりも、電話をとることを選んだ。


教会から走り出たエアリスだが、足は自然と走るのをやめて、すぐにゆっくりとした歩調となる。
そんな己に気が付いて、エアリスは自嘲するしかない。
――バカね。あたし。
どれくらいゆっくり歩いてたって、クラウドが追いかけてくれることなんてないのに。
クラウドはとても誠実だ。不器用すぎるくらいに。
いつもならばすぐに追いかけてくれるだろうが、今日は絶対に来ない。
――だって。あんなこと、言ったんだもの。
(あたしと、――結婚してくれる?)
これを聞いたのに追いかけて引き留めるなんて、答えはYESになってしまうではないか。
クラウドは追いかけたくとも、追いかけられないのに決まっている。
クラウドの選択肢をここまで追い詰めたのは、他ならぬエアリス自身。
エアリスだって身に染みて解っているのだ。クラウドには、すでに恋人がいるということを。
「…――セフィロス」
銀髪の戦士。
ずっと昔から、いつもクラウドの側にいた人。

意地悪で冷たくて、この世界なんてどうにでもなればいいって顔をしていながら、クラウドだけにはいつも甘えてばかりで。
クラウドの視線が自分から放れれば、わざわざ割って入り。
クラウドの感心が自分から逸れれば、用もないのにしゃしゃり出てくる。
いつもエアリスと宝条博士を目の敵にしていた。
セトラなんて、ジェノバなんてくだらないと、いつも言っていた。
エアリスだって彼が嫌いだったから、まともに喋ったこともない。
セフィロスはいつも高い場所から、気持ち悪いくらいに冷たい目で、エアリスを睨み付けているだけ。
エアリスがクラウドと喋ろうものなら、すぐに引き離そうとしていたものだ。
セフィロスのクラウドへの異常な執心はよく知っていた。セフィロスは兎に角クラウドの全部を独占したがっていたのだ。
その独占が恋愛という形をとるとは、エアリスは考えてもみなかった。
これはエアリスの幼さ故なのだろうか。
強すぎる独占と恋愛とは、エアリスの価値観では似ていても違うものでしかなかったのだから。
ましてやクラウドがセフィロスの想いに応じるだなんて。
エアリスは信じ込んでいたのだ。クラウドは同じハーフセトラである自分のものなのだと。
何の疑問もなく、頭からそうなるものだと信じ込んでいた。
その上、エアリスはクラウドという人物を理解している。
クラウドは誠実だ。
一時の浮ついた恋愛感情だけに囚われるなんて、絶対にない。
様々な状況を考えて、己の伴侶を選ぶだろう、と。
そして一度選んだ伴侶を裏切ることは決してなく、彼が注げる愛情全てで愛し続けてくれるに違いない、と。

このエアリスの考えは間違ってはないと、今でもそう確信している。
ただクラウドが選んだのがエアリスではなく、セフィロスだっただけのこと。



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