Justify My Love

裏側の世界シリーズ


2,


神羅カンパニー本社ビル、67階。
科学部門統括宝条が管理するラボに、クラウドはナナキと共にいる。
この67階のラボにはジェノバドームと呼ばれている一角があった。文字通り、厄災ジェノバがここにいるのだ。
ジェノバドームは四重構造で作られている。
一番外枠は鋼鉄製。分厚い鉄を何枚も重ねてある。次はチタン製。鋼鉄に比べると厚味はないが、巨大な盾となっていた。
三重目はなんとミスリル製だ。純度の高いミスリルをふんだんに使ってある。
この三重だけでもそうとうな強度だ。アルテマビームが直撃しようとも、ここまでで充分に耐えうるだろう。
この最強である三重の盾に守られたジェノバは、最後四重目となるクリスタル製の透明なカプセルの中で、特殊な溶液に浸り眠っている。
この薬液は宝条・ガスト両博士が特別に作り上げた物だ。ジェノバの身体の欠損した部分の再生と成長を促進させる為の物。つまりジェノバの羊水となる。

ジェノバとウェポン達との戦いは、ジェノバがこの星に飛来して以来、数千年の間ずっと繰り返されてきたのだ。
この星全体を巻き込んだ戦いは熾烈を極める。どちらが勝つか、負けるのか。勝敗すらつけられないまま、ウェポンもジェノバも互いに深く傷ついていた。
戦いが繰り返されるたびに、受ける傷は深くなる。ウェポンは修復の為の眠りにつき、ジェノバはその間に欠損していった身体を再生し、来るべき次の戦いに備えていた。
だがウェポンは五体。ジェノバは一体。ウェポンが交代で修復を終え、戦いに挑んでくるのに対し、ジェノバは再生を終えられないままで対抗しなければならない。
その結果、今のジェノバは実に身体の半分が未再生のままとなっている。
クリスタル製のカプセルに眠るジェノバは、人の形をしていた。乳房のついた女性形だ。人で言う腹の部分まではなんとか再生出来たが、そこから下、下半身はまだない。
ジェノバの異常な再生能力を以てしても、ウェポンの攻撃は、そこまで苛烈なのだ。

ジェノバは眠っている。だがその眠りは人と同じ眠りではない。
クラウドが意識を向けて呼ぶだけで、すぐに目覚めてくれるだろうが…ラボに閉じこもりドームの前に居座って5日の間、クラウドは一度たりともジェノバの名を呼ばなかった。
ジェノバの傍にはいたいが、それはジェノバと語り合う為ではなく――あくまでも己を見定める為にここにいるのだ。
第一、 宝条ラボにはセフィロスはやってこないのだし。


シュっと軽い擦過音がして、誰かがラボにやってきた。振り向かなくても解る。この足音、この気配はラボの責任者宝条だ。
「クラウド。体調はどうだ」
神経質そうにセカセカと喋るのが宝条の癖だ。
容貌もこの癖と一致している。いかにもマッドサイエンティスト風だ。
痩せこけた体付き。身なりは全く構わない。古ぼけた白衣を引っかけたまま、どこまでも出向く。高飛車で尊大な物言い。研究となると寝食など遠い彼方。笑ったり冗談を言ったりなど、想像すら出来ない。
これが皆の知る一般的な宝条だ。
でもクラウドは本当の宝条をよく知っている。本当の宝条を知る数少ない一人なのだ。
クラウドと宝条との出会いは、クラウドが産まれる前からとなる。
クラウドの父が出会った科学者、それがガストと宝条だったのだ。
セトラを研究し追い求めていたガストは、その後純血種では最後となるセトラの女と恋に落ちる。産まれたのがエアリスだ。

宝条は神経質そうに身体を揺らしながら、クラウドの返事を待つ。
眼鏡の奥にある鋭い目が、実はとても豊かで繊細なのだと、クラウドはよく知っている。
宝条は本当に不器用なのだ。頭が良すぎる為、己の本心をストレートに出せない。他人が向けてくれる好意にどう応えて良いのかさえも、頭が良すぎるせいで、様々な憶測が先に立ち判断がつかない。
そこで宝条は仮面をかぶりポーズをとった。マッドサイエンティストとしての己を確立したのだ。
そんな部分も含めて、宝条には親しみを持っている。何より宝条はセフィロスの――父なのだ。
セフィロスの生まれはある実験からだ。アルテマウェポンによって瀕死となったクラウドを、治療し元の姿に戻すためにガスト・宝条両博士が考えたものだった。
よってセフィロスと宝条とは、普通の意味での親子とは言えない。遺伝子自体も親子である相似はほとんどないらしい。
それでもやはり二人は親子なのだ。宝条とセフィロスはよく似ている。二人とも、なにしろ極端だ。

クラウドは宝条へと向き直る。
「体調は悪くありません」
宝条は手に持っていたファイルを捲りながら、
「脳波も正常だな…過去に渡った後遺症のようなモノを感じるかね」
「いいえ――」
古代種の神殿であったこと、経験したこと、見たものは、全て報告してある。
その後いくつかの検査も受けた。
身体はそのままで精神だけが肉体を離れ、時間の旅をするなどとは〜しかも遠い過去へと〜前例がない。
しかもクラウドは渡った過去世界で出会ったセトラと交流をしたのだという。
セトラの精神力とは、まだまだ解明できないほど奥深いのか。
過去の話が出て、ずっと黙っていたナナキが身を震わせる。
彼はクラウドを見上げてから、辛そうに顔を伏せた。

(どうしてオイラの一族は、セトラと一緒にいなかったんだよお)
クラウドの話を聞いた、これがナナキの第一声だった。
壁画の間に集まって話し合っている時はともかく、ジェノバが飛来してきた時には、絶対に傍にいてセトラを守るべきなんじゃないのか。
(よく思い出してよお…クラウド)
そう言われても、ノルズボルと呼ばれていたあの荒涼とした土地のどこにも、セトラ以外はいなかった。
クラウドが正直に答えると、ナナキは悔しさを滲ませる。
星の守り手たる一族の戦士は、これまで永き間ずっとセトラと誓いを交わしてきた。それが戦士の証であり、栄誉なのだ。
ナナキは言う。
(オイラ、父ちゃんから聞いたことがあるんだ)
星の守り手たる一族に受け継がれてきた伝承がある。
かなり昔、遠い遠い昔の話だ。一族の戦士は誓いを交わしていたセトラに殉して、多くが自らの命を絶ったのだと。
自殺は禁じられているが、殉死は別だ。だが一度に多くが殉死したのは、後にも先にもこの伝承の時だけだと言う。
(それって絶対クラウドが見たときのことだよね)
ジェノバが飛来した時、多くのセトラがアルテマビームによって死んだ。
ナナキの先祖達はセトラとは行動を共にしていなかったようだが、決してセトラを見捨てたのではなかった。
彼らは誓い合ったセトラの後を追ったのだ。殉死してまでも。
(でも…後から追いかけて死ぬんだったら、どうして一緒にいなかったんだろう)
アルテマビームの威力は凄まじい。だが星の守り手たる一族が傍にいれば、クラウドが見たような悲惨な死をセトラは迎えなかったかも知れない。
少なくともあんなに無抵抗に惨殺されはしなかっただろう。もしかしたらもっと多くが生き残れたかも知れない。
セトラ自身だって、星の守り手たる一族だって、そうなると解っていながら、どうしてセトラだけをノルズボルに行かせたのか。
しきりに悔しがるナナキの葛藤を傍で感じて、クラウドは当時のセトラの考えが解った気がした。
(ナナキ――セトラは、ナナキのご先祖達に生きていて欲しかったんだよ)
(星の守り手たる一族は、セトラだけを守るのが全てじゃない)
そうだろ。
(それにセトラは星の考えに反対していた。だから星の守り手は連れていけなかったんだよ)
ナナキの先祖達は、きっとセトラと共に戦う覚悟をしていたのであろう。だがセトラはそれを望まなかった。自分たちが死んだ後の星の行く末を託したのだ。
クラウドの話にナナキは顔をぐちゃぐちゃにして、黙り込んだ。

ナナキはクラウドの説明を理解はしたが、納得はしていない。
神殿から帰ってきて以来、クラウドの傍から離れなくなったのが、何よりも証拠。
誓い合ったセトラをみすみす見殺しにした先祖と、同じ間違いは絶対にしない。ナナキは何より態度で雄弁に語っている。
クラウドは跪き、顔を伏せるナナキのたてがみに顔を埋めた。
干し草の匂いがする。日溜まりの良い匂いだ。
見た目は獣だが、ナナキに獣臭はない。いつでもどんな時でも、よく乾燥した干し草の匂いしかしないのだ。


プープープー。連絡用のフォンが呼び出し音を立てる。
宝条は忌々しげに受話器を取った。
「何だ!…――ああ、そうか…」
ちらりと、ナナキに寄り添うクラウドへと視線をやってから。
「解った。仕方がない――入れてやれ」
とだけ言って切ってしまう。
その様子は何かが起こったのだと、クラウドに訴えていた。
「博士。何かあったのですか」
宝条の答えは簡潔だ。
「クラウドの迎えがやってきた」
「迎え――…」
――まさか!?
肌が粟立つ。久しぶりに感じるセフィロスの気配が、扉のすぐそこにあった。
シュッと軽い擦過音。そして、現れたのは――
「――」
――セフィロス…
ここに来るとは思わなかった、という驚き。
とうとうセフィロスに会ってしまったのだという、絶望感と。
だがそれだけではない。本当にセフィロスから逃げ出したいのならば、ミッドガルから出ていくべきなのだ。
それをしなかったのは、クラウドだってセフィロスと離れたくはなかったから。
もしかしたらこうして宝条のラボにいることで、セフィロスを試していたのかもしれない。
こんな様々な想いが乱れてしまい、クラウドは壮絶に美しい恋人を前に、止まってしまう。
一方のセフィロスは悠然としたものだ。真っ直ぐに、本当に他には注意すら払わずに、クラウドの傍へと歩いてくる。
まだナナキに抱きついたままでいるクラウドの高さに合わせるべく、セフィロスも長身を折り畳んだ。
「クラウド――迎えに来た」
止まったままのクラウドへと手を差し出す。
「お前は、本当に俺を捨てるのか」
――クラウド。
ずっと押さえ込んでいたものが、弾けた。

違う。違う。捨てたりなんてしない。捨てるだなんて、そんなこと。
ひたすらに首を振るだけで、声にならない。
引き締まったクラウドの頬をセフィロスの大きな手が包み込む。
潤んでいる青の瞳に、己しか映っていないことに、セフィロスは満足する。そう、足りるほどに満たされていく。歓びに細胞が歓喜の歌を唄う。
両手を広げると、自然な動作でクラウドが飛び込んできた。いつもならば人前でこんな行動をとらないクラウドだが、今は宝条の目も、ナナキの目も、忘れてくれているのが、愛おしい。腕の中へとすっぽりと収めてしまう。
「さあ、帰ろう」
逞しい胸に埋もれながら、クラウドは静かに頷いてくれた。


セフィロスは軽々とクラウドを抱き上げてしまう。いつもならば絶対に止めに入る口うるさいナナキだが、今日は何も言わない。これまでにない神妙な眼差しで二人を見守るだけで。
口出ししたのは宝条だ。
「セフィロス。お前はどうしてクラウドがここに来ていたのか。その理由が本当に解っているのか」
この言葉に一番先に反応したのは、他ならぬクラウドだ。
打たれたように恋人の胸から顔を上げ、身体ごと宝条へと向こうとする。
そうなのだ。クラウドが宝条ラボでもジェノバドームの傍にいたのには、理由があった。
同性同士だから、セトラの血を残さなくては…いや、そんな事は最初から解りきっていたことでしかない。今更迷うことでもない。それ以外の理由があるのだ。
――博士はどうして知っている!
宝条へと向き直ろうとした動きは、果たされないままとなった。宝条へと向こうとしたクラウドの頭を、セフィロスが押さえ込んでしまったからだ。
もう誰へも、己以外へは、クラウドの関心を向けさせたくはない。
小さなクラウドの頭を繊細な動きで己の胸へと押し当てる。
「そのくらいのことは、解っている」
「――フィ!」
思わず幼き日の、そして今となっては二人が睦み合う時以外には呼ばない名を呼んでしまう。
クラウドはそのまま今度はセフィロスを見上げようとするが、それすらも恋人の手によって阻まれてしまった。
「クラウドだけではない。お前達にも言っておこう」
セフィロスはクラウドを抱きかかえたまま宣言する。
「俺がクラウドを愛するのは、俺とクラウドの体内にあるジェノバがリユニオンを求めているからではない」

クラウドがアルテマウェポンによって瀕死となった時、ガスト・宝条両博士が考えついたのがこれだった。
ジェノバ細胞の移植。クラウドの体内にジェノバの一部を植え付けるのだ。
ジェノバの異常とも言える再生能力がクラウドの体内で発揮されれば、時間はかかろうともクラウドは復活する。
当時はもう本当にこの方法しかクラウドを助ける術が残されていなかった。これしかなかったのだ。
だがこれは伸るか反るかの危険な賭。こんな保証のない危ない賭で、万が一失敗をしてクラウドを失う訳にはいかない。それは本末転倒だろう。実験が必要だ。
ジェノバ細胞が人の体内に宿るのか。
宿ったとしても再生能力を充分に発揮できるのか。
人体はジェノバ細胞の移植に耐えうるのか――等々。
最良の実験体があった。人体実験をしても差し支えが無く、実験が失敗に終わったとしても、文句が出ない完璧な実験体が。
当時ガスト博士の助手にルクレツィアという女性がいた。まだ若く聡明な彼女はその時妊娠していたのだ――宝条の子を。
宝条とルクレツィアとの間にどのような遣り取りがあったのかは、当事者以外には解らないが、二人は共に我が子である胎児を実験体として進んで差し出した。
それがセフィロスだ。胎児の段階でジェノバ細胞を移植された実験体。
実験は成功。産まれ出たセフィロスは、素晴らしい能力を秘めた人間以上となる。
ガストと宝条は、赤ん坊のセフィロスに様々な実験を繰り返し、いくつものデーターをとった。そのデーターを元にして、クラウドにジェノバ細胞を移植。
移植してから約7年後。培養液の中で元の姿に再生したクラウドは目覚める。
セトラと人と、そしてジェノバが交じり合った者として。
アルテマウェポンに襲われてから実に9年の歳月が流れていた。

周りが、特に宝条がクラウドとセフィロスの関係を認められないのは、二人の想いが恋愛ではなく、単に互いの体内にあるジェノバが引き合うからではないのか、と危ぶんでいたからだ。
ジェノバ自身の承諾の元、ガストと宝条はジェノバの研究を長年行っている。
まだまだ解明しきれない部分が多いジェノバではあるが、はっきりしたこともいくつかあった。そのひとつがリユニオン、再生だ。
ジェノバの持つ細胞は互いにとても強く引き合う。分裂しても、遠くに隔てられても、それぞれが別の形になろうとも、再統合をする習性を持っている。驚異的な再生能力もこの習性の現れだ。
クラウドの体内にいるジェノバと、セフィロスの体内のジェノバがリ習性であるユニオンへと従っているからこそ、二人は互いに惹かれあっているのではないのか。人の基準に当て嵌め、それを恋愛だと勘違いしているだけではないのか。
クラウド自身、ずっとそれを考えていた。
この想いは?セフィロスへの想いはなんなのか?セフィロスの体内にあるジェノバ細胞と統合したがっているだけではないのか。
セフィロスは?――どうなんだろうか…
古代種の神殿で、クラウドはジェノバが飛来した二千年前に立ち合った。
無惨に死んでいくセトラを見て、黒マテリアを託されて、クラウドは己に流れるセトラの末裔としての血の役割を強く感じたのだ。
セフィロスと己の関係を、見直すべきなんじゃないのか――そう過ぎった時、セフィロスへ抱く己の想いを疑った。
やはり、リユニオンがあるから、惹かれあっているんじゃないか、と。

クラウドはこの考えをずっと黙っていたのだが、宝条はとうに気が付いていたのだ。
そしてセフィロスも――
「ジェノバなど関係ない」
「俺は俺とは別の存在であるお前が欲しい」
クラウドの頭を押しつけている手の力が、強くなっていく。頬から直にセフィロスの鼓動が伝わってきた。
鼓動と共にセフィロスの声が聞こえる。耳からの音としてではなく、押しつけられた胸から鼓動ごと直接響いてくるのだ。
「俺はクラウドと、ひとつにはなりたくはない」
全く同じ、ひとつの個にはなりたくはない。そうではない。
「俺は俺として、俺とは違う存在であるクラウド・ストライフが必要なんだ」
クラウドはただセフィロスにしがみつく手に力を込めた。


セフィロスは高らかに宣言し終えた。
宝条とナナキを一瞥すると、もうここには用はないとばかりに背を向ける。
長い足を伸ばし大きなコンパスを使い、クラウドと共にラボを後にした。
宝条も、ナナキも、誰も止めない。

 


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