Justify My Love

裏側の世界シリーズ


 1,


特殊加工された黒革のロングコートに滑る銀髪。
広く逞しい背中に流れる麗しいコントラストは、セフィロス直属となるソルジャーにとっては見慣れたモノである。
それは1stとなって日が浅いザックスにとっても、よく見かける光景のひとつだ。
ザックスがセフィロス直属となって半年以上が過ぎているのだ。そろそろ見慣れてきてもおかしくはない頃なのに、こうして身動きひとつしない姿は、例えそれが後ろ姿であろうとも、ひとつの芸術品にしか見えない。
無機質な肩当てでさえ、セフィロスの美丈夫さを損なうことはなく。ロングコートを留めるやたらと数の多いバックルでさえ、セフィロスの美貌を讃えるかのようで。
芸術にも美術にも無縁のザックスは、だからこそ余計に居心地が悪くなるのだ。
所々毛羽立つソルジャー専用の制服を所在なく引っ張った後、無意識に左手で己の硬い髪を掻きむしってしまう。
思い浮かぶのはひとつだけ。
――なんか俺、マズいことでも書いたのかあ?
どう考えても思い当たることはないのだが。


クラウド、ナナキと共に古代種の神殿から戻ってきて5日が過ぎた。
デスクワークが大嫌いなザックスにしては珍しく、報告書は次の日に提出出来た。
理由は簡単。書くことがあまりなかったから。
モンスターとは山ほどやりあった。ヘリから飛び降りた直後から、クラウド、ナナキに合流するまでの間、ザックスは不眠不休で襲いかかってくるモンスターと戦い続けていたのだから。
その上神殿ではレッドドラゴンともサシで戦い、戦利品も手に入れた。今も腕にあるドラゴンの腕輪がそれだ。
だがザックスが見聞きした中で、レポート出来るのはこれくらいのもの。後は訳の解らないまま、クラウドとナナキの後をついていっただけなのだから、報告のやり様がない。
翌日提出したレポートには、その辺りも包み隠さずに記入した。正直なのがザックスの取り得と言うよりも、なまじ嘘を書いてもすぐにバレてしまうから。何せ提出するのはセフィロスに、だ。
ザックスから報告書を受け取ったセフィロスは、その場で誤字脱字、スペルミスを指摘。目の前でザックスに書き直しを命じる。
書き直し後の再提出をしてからは、誰も何も言ってこず、ザックスはすっかりと報告書のことなど忘れきっていたのに、それが――

――今になって…何なんだよ?
午後になりいきなりセフィロスに呼び出された。すごすごとやってきたザックスを見るや一言、
「先日の報告書について詳しく聞きたい」
とだけ。
「えっと…書いてある通りなんだけど……」
「ならば、ここで報告書を声に出して読め」
先日出した報告書を鼻先に突き付けられてしまったのだ。
――お前は何か隠しているだろう。
セフィロスの態度ははっきりそう言っている。
だが、ザックスに心当たりなどなく。仕方なしにザックスは報告書を手に持ち、音読し始めたのだ。

ぽつぽつとたどたどしく読み始めたザックスに、セフィロスは相づちすら打たない。いや、セフィロスの反応が極端に薄いのはよく知っているが、今回はいつも以上に無反応なのだ。
そもそもザックスに読ませておいて〜これじゃ子供の宿題だろうが〜聞いているのかいないのか。
ご機嫌が斜めらしいのは、セフィロスの前に立った瞬間に伝わってきたが、どうやら普通に怒っているのでもなさそうで。
かといって、どう考えてもザックス自身に原因があるような、そんな心当たりもないし。
――俺に関係ないコトで怒ってるんだったら、わざわざこんなトコに呼び出してこんなコトさせないよな。
つまりザックス自身の与り知らぬところで、セフィロスの不機嫌である原因に、関与していたのだろうか…


セフィロスはずっと背中を向けたまま、微動だにしない。
その美しい後ろ姿を前にして、延々と音読し続けるのは面白くない。はっきり言って腹が立つ。
何の嫌味か嫌がらせか。それとも八つ当たりかは知らないが、聞きたい事があるのならば、はっきり言うべきだろう。
少なくともいつものセフィロスはそうだ。こちらの聞いて欲しくない所までズケズケと踏み込んでくるのに、どうして今回だけはこんなに回りくどいのか。
――よし。
ザックスは開き直る。
「なあ、セフィロスさんよお。結局俺に何が聞きたいんだ?」
やっとセフィロスがこちらを向いた。
大して面白くもなさそうな口振りで、
「――クラウドのことだ」
――やはり、そうか!
古代種の神殿、報告書と自分。これにセフィロスの態度をプラスして。
これらをまとめて考えると、思い当たるのはひとつだけ。それがクラウドだったのだ。


クラウド・ストライフ。古代種、セトラの末裔。
セフィロスの保護者であったらしい青年。何よりセフィロスの恋人。
「クラウドがどうしたんだい」
神殿からヘリで共にミッドガルへと帰還してから、一度も顔を合わせてはいない。
たかがミッションを一度共にしたくらいの自分よりも、恋人であるセフィロスの方が、クラウドの動向など知り尽くしているだろうに。
「会ってない…」
「へ?」
「古代種の神殿から、お前と共に戻ってきてから、まだ一度も会っていない」
ヘリがミッドガルに到着したとき、セフィロスは生憎と会議中だった。出迎えがなかったのは、ザックスも知っているが。
「あれから5日も経つんだぞ」
それは、ひょっとして、
「そうだ。クラウドは俺を避けている」
セフィロスの不機嫌はこれだったのだ。
そうと解っても、ザックスに納得など出来ない。二人は恋人同士なのだろうに。しかも相愛の。
「なんでクラウドがあんたを避けてんだ?」
これは素朴な疑問だ。
セフィロスは本当に不機嫌そうにして、
「俺にも理由がわからん」
吐き捨てるように言って、デスクの上に直に尻を乗せる。
行儀が良いとはお世辞でも言えないが、セフィロスがすると計算されつくしたポージングにしか見えない。それ程にセフィロスは非人間的にまで美しい。
デスクに尻を乗せたまま、膝から下をクロスさせる。
セフィロスの足は人並み外れて長い。長いだけではない。形も素晴らしく良いのだ。
膝から下が見事に長い。しかもしっかりとした筋肉が理想の形でついているため、長くても棒きれのような不格好にはなっていないのだ。
膝上ブーツがここまで似合うのは、セフィロスだけだろう。
「古代種の神殿に行く前は、どこも変わったところはなかった――」
毎夜の如く、睦み合っていたのだ。それが、
「神殿から戻ってきてから、様子がおかしい」
「俺から逃げ回っている」
「なんでクラウドはあんたから逃げなきゃいけない?」
「――わからん」
「共に神殿に行ったお前なら、何か知っているかと考えたのだ」
それならば、
「俺じゃなくてナナキに聞けよ」
たかだかたった一度ミッションを共にしただけ。しかもセトラがなんであるのかさえも知らなかったザックスに聞くより、クラウドに寄り添ってずっと生きているナナキに問うべきだろうが。
星の守り手の一族であり、クラウドと誓い合ったナナキの名を出した途端、セフィロスの眉間に不快そのものの皺が寄る。
「俺はナナキと相性が悪い」
ナナキはクラウドとセフィロスとの間を引き剥がしたがっているのだ。クラウドがセフィロスを避けるのは大賛成なのだ。
と、ここまでの説明をする気もなく、すぐに口を閉じてしまったセフィロスの態度にザックスも感じることがあったのだろう。不貞不貞しく歯を剥き出しにすると、
「あんたとナナキは合わなさそうだもんな」
いけしゃあしゃあと言ってのける。
これが他の人間が言ったのならば、不快感を感じ問答無用で黙殺するところだが、不思議とザックスには違うのだ。
ズケズケ言われても、馴れ馴れしい態度をとられても、不思議と気にならない。
ザックスだからこそ、と評価するべきなのか。何にしてもザックスというキャラクターの成せる業。ザックスがこういう男だからとしか考えようもない。
クラウドもナナキも同じように感じたようだ。もっともそうなるだろうと予想して、今回のミッションにザックスをつけたのだが。
取り敢えず、ナナキについては考えるのを止めたセフィロスは、長い腕で腕組みをする。これ又嫌味としか思えないほどに理想的な腕だ。形も長さも逞しさも、正しく黄金率。
「そうか――お前も見当がつかないか…」
「悪かったな。役に立てなくてサ」
それで、
「どうするんだ?」
ザックスはザックスなりに二人の間を心配してくれている。セフィロスにこう問うてくる様子は、単なる好奇心だけではないものがあった。


――初めてかもしれんな。
セフィロスは感慨を覚える。
セフィロスとクラウドの関係を知りながら、ここまで単純に二人の関係を肯定的に受け入れたのは、きっとザックスが初めて。
周囲の人々は皆、セフィロスを諫め、クラウドにはセトラである責任を果たすように迫った。
それは偏に二人が同性だからというのではない。同性愛はマイノリティではあるが異端ではなく、すでに社会的にも認められている。
まず大きな問題はクラウドにあった。
クラウドがセトラの末裔であり、彼はセトラの血を残さねばならない立場にあるからだ。
二人が好意を感じ合っているだけならば、広義の意味でのパートナーであるならば、二人の関係は許容されたかもしれない。
問題はセフィロスにもあった。セフィロスがクラウドに向ける激しすぎる恋情を目の当たりにした者は、二人を引き離さなければならないと感じた。
あまりにも激しすぎるセフィロスの感情は、クラウドを滅ぼしてしまうまで収まらないのでは、とさえ思われたのだ。
周囲は引き離す為に、本当にあらゆる手だてを用いてきた。

どのような目にあっても、セフィロスは絶対にクラウドを放さなかった。
保護者であった金髪の青年を、セフィロスは己だけの宝物だと信じ込んでいる。クラウドだけが唯一であり絶対の理解者だと決めたのだ。
これは信仰に似て非なる、狂信である。
クラウドはセフィロスのモノだ。セフィロスだけのモノだ。
あの光を凝縮させた金髪の一本から、流れている血の一滴までをも。これからも絶対に離さない。
――どうするだって?決まっている。
逃げるのならば、捕まえるだけ。
泣いても喚いても土下座してでも、どんなにみっともない真似をしようとも、絶対に捕まえてみせる。

もし――それでもクラウドが逃げるのならば?
逃げ続けて、セフィロスの元に戻らないと決めたのならば?
――殺す。
ずっと前から決めていた。
周囲が決して自分とクラウドの関係を受け入れないのだと知ってすぐ、セフィロスは決めたのだ。
自分以外に恋人を持つクラウドはいらない。
自分以外を大切にするクラウドは必要ない――それどころかそんなクラウドは消さなくてはならない。
セフィロスはクラウドの生には干渉出来なかった。
当たり前だ。クラウドの方が先に産まれたのだから。
だが死には、死ならば、干渉出来る。
クラウドを己の手で殺す。あのこの上なくきれいな愛する身体を、骨まで残らずしゃぶってやろう。
クラウドを失った哀しみと恐怖できっと己は狂うだろう。
狂いながら、これでもう己だけのクラウドだと、安堵もするだろう。
そうしてクラウドの骸を抱いたまま、この星を壊してやろう。
セトラの血も、人の血も、この星に生きる物全てを壊して、クラウドへの手向けとしよう。
この星をクラウドの墓標にしてやろう。
最後に狂った己も滅ぼして、そうしてクラウドと二人きり、ゆっくりと眠るのだ。

 


<< BACK HOME NEXT >>