星の名前

裏側の世界シリーズ


8,


敵であるジェノバを認めたアルテマウェポンが、天空から再びアルテマビームを発射する。
第二波目。これがジェノバに直撃すれば、ジェノバのみならず、かろうじて生き残っているセトラ達も焼かれてしまい死に絶えるだろう。
アルテマウェポンは、生物であるといえども兵器。敵に手心をくわえることもなければ、状況を読みとり臨機応変な対処も出来ない。自己判断機能がないのだ。
クラウドがアルテマウェポンに襲われた時もそうだった。
アルテマウェポンは、クラウドがセトラの血を引く者であると解っていながらも、ジェノバを庇って隠している一味であるという位置づけをして、アルテマビームを放ったのだ。
今回もそうなのだろう。クラウドはアルテマウェポンの意志など感じたこともないが、きっとセトラが敵ではないとは、解っていると思う。
そうであると解っていても、ジェノバの傍にいる限りは、敵であるジェノバを排除すべく、セトラでもウェポンの攻撃に晒されるのだ。

第二波のアルテマビームが見る見る近づいてくる。凄い速さだ。
アルテマビームの発射を認めたジェノバは、アルテマウェポンに向かって、二本の触手を向ける。と、触手の先端から、クラウドの知らない力が放たれた。アルテマビームと真っ向からぶつかる。
ばちん!大気が震える。
二つの大きな力は空中でぶつかり反発しあった。
そして互いに互いの力を侵食しあい、そのままかき消えてしまう。
属性が正反対となる魔法を、全く同じ力でぶつけあうと、稀に反作用が起こる。
互いに互いの力を食い合いして、魔法自体が反作用により消滅してしまうのだ。
だがこの反作用を起こすのは、とても難しい。瞬時に相手の魔法の力を見極め、それ以下でもそれ以上でもなく、属性が正反対でありながらも、全く同等の力の魔法を放たなければならないのだから。
戦いの最中において、そんな手間の掛かるまどろっこしいことは、誰もしない。
ビームを避けるのならば、移動すれば良い。バリアを張れば良い。反作用よりも有効な方法はいくらでもある。反作用をする必要がないのだ。
それなのに、ジェノバは反作用を選択した。その意図するところはひとつ。
――セトラを守ったんだ。
避ける為に移動すれば、ビームはセトラに直撃する。
バリアでビームを弾いてしまえば、弾かれ拡散したビームは、セトラの頭上へと降り注ぐだろう。
ジェノバはセトラの身を考えて、反作用による消滅という方法を選んだのだ。

くおぇぇぇぇー!
初めて耳にするジェノバの雄叫びは鳥の声に似ていた。
戦いの雄叫びを上げたセトラは、驚くほどの速度で飛び上がり、アルテマウェポンにぶつかっていく。
光が、起こる。
さっきよりもずっと強い光だ。
クラウドは目を瞑り、両手で顔を覆う。
目を閉じても光の残像は焼き付いたまま。
痛みすら感じる残像に頭を振って耐えていると、


――裏切り者め!


それは“声”ではない。
もっともっと大いなるプレッシャーだ。
それは“言葉”でもない。
言語すらでもない。
むしろ――感覚だ。
五感全部で受け入れなければならない程の、とてつもない巨大なプレッシャー。
――これが…星の声か!
とても…信じられない。いや、信じたくなどない!

クラウドは星の声を知らない。だがクラウドの父は聞いたことがあるのだと言う。
父はクラウドに星の声のことをよく話してくれた。
父が話してくれた星の声は、こんなモノではなかったのだ。
もっと儚く。もっと優しいモノだったのに――
第一、 裏切り者とは?誰を、何を指すのか。


――目をかけてやったのに。
――厄災を選ぶなど。


かろうじて感知して理解できるのはここまで。
後は負の思念にどす黒く塗りつぶされすぎていて、クラウドには到底理解など不可能。
それどころかクラウドの精神など、押し潰されてしまいそうだ。
頭が、脳が、かき回される。
クラウドはゾッとする。
――これこそが、本当の星の声だとしたら…
星はどうしてここまでセトラを憎み、呪うのだろう。
セトラにとって星とは母たる存在であっただろうに。星だとて、永き間常にセトラと寄り添い、共存してきたのに。
セトラはライフストリームを活性化させ、星を豊かにしていく。豊かになった星はセトラに知恵とその力を貸す。
星とセトラは共生関係にあった。依存しあう関係でもあった。
少なくとも、星に呪われる関係では、絶対になかったのに――
己に流れるセトラの血が動揺している。
星の放つ負に、クラウドは呑み込まされそうだ。


その時、誰かがクラウドに触れた。呑まれそうだった意識が戻る。
「……あなたは、誰ですか?」
掠れきった声は、震えていた。
クラウドは閉じていた目を開ける。
そこはあの壁画のある間。目の前にいるのはジェノバの名付け親になった、盲目の女セトラだ。
視覚としては映っていない筈の女の目が、実体となっていないクラウドの姿を捕らえている。真っ赤に泣きはらした緑の目が、重く腫れぼったい瞼の下から、しっかりとクラウドだけへと向けられているのだ。
盲目の女セトラは、再び問うた。
「――誰?」
クラウドは感じる。女セトラの感覚が、クラウドに触れてくるのを。
だが果たして、未来から迷い込んだ己が、過去に生きているこのセトラと会話などしても良いものか…判断がつかないまま、クラウドは黙り込んでしまう。
彼女の感覚が、返答しないクラウドにさっきよりも深く触れてくる。
彼女の感覚は穏やかで暖かい。触れられても不快さはないのだ。むしろもっと深い接触を望んでしまう。
「あなたは――別の場所からやってきたのね」
「セトラなの?」
眉を寄せ感覚を集中させる。
「3つの血があなたに流れているのね。――そのひとつがセトラだわ」
当たっていた。
ハーフセトラであるクラウドには、人とセトラと、後天的に得たあとひとつの血を持っているのだ。
彼女の能力は卓越している。
こうしてクラウドの存在を感知して、接触までしてしまったのだ。ここまできたら話をする・しないは最早あまり関係あるまい。
「私の名は、ジェノバ――」
「あなたの名前を教えてください」
実体のないクラウドは声が出せない。思念で感覚を通して応じる。
(オレの名はクラウド。父がセトラだった)
「そう。クラウドさんと言うのね」
「――あなたはとても遠い場所から、魂だけになってここにやっていた。それはなぜ?」
クラウドは考え込む。
さっき見た光景、あれはこの女セトラが体験してきたこと、そのものだ。
同胞の悲惨な死に様を目の当たりにして、その上星から裏切り者と糾弾されたこの女セトラの心は、クラウドという未来からの異邦人の話を果たして理解出来るのだろうか。
そんなクラウドの考えなど、感覚で触れ合っている彼女に隠し様などなく。彼女は小さく笑った。
「心配しないで、クラウドさん」
「あなたの存在をこうして感じていると、心がとても落ち着くのです」
私は本当に狂いかけていたのだろうけど、今はそうではないの。
「私はあなたを感じた時、こう思ったわ」
閃いた、と言っても良い。
「私がどうしてノルズボルから、生きてこの神殿に帰ってこられたのか――」
きっと、
「クラウドさん。私はこうしてあなたと話すために生かされたのよ」
(まさか!?)
「いいえ――きっとこれが真実」
盲目の女セトラジェノバは、己の両腕を差し上げる。
ボロ布となった袖の間から覗いているのは、惨い火傷の痕。
この火傷は腕だけではない。全身に及んでいることは、すぐに解った。
「あのビームの一撃で、私の身体の半分は焼かれました」
本当ならば、そこで死んでいた筈。それなのに、
「気が付くと。私はかなり遠くまで跳ばされていたわ」
気が付いた時にはすでに、
「身体の火傷は治っていました――そんなこと、有り得ないのに」
そしていつの間にか、この神殿にいた。
「私の力ではありません。セトラの力でもありません。きっと誰かが、私とあなたを会わせる為に、私を助けてくれたんだわ」
とても信じられないが、彼女が正気を失っているとは思えない。触れ合っている感覚からも彼女の確かさは伝わってくる。
確かにクラウドと会話し始めてから、彼女の意識はどんどんクリアとなっているのだ。それも感覚を通して顕著に訴えてくるから、疑いもない事実。
「クラウドさん。私が知っていることは何でもお答えします」
――さあ、話してください。

(オレの生きている世界ではセトラはとても少ない…)
「少ないとは、何人いるのですか?」
(オレとあと一人だけ。どちらも人とのハーフセトラで、純血のセトラはもういない)
「そう…そうなの……」
(そんな状況なのに、アルテマウェポンが復活したんだ。他のウェポン達もすぐに目覚めるだろう)
(ウェポンは人を殺す。いや、人だけではなく星にいる生き物たち全てを根絶やしにしようとしている)
約二千年前、そうこの女セトラジェノバが生きている時代に、ウェポンは厄災ジェノバと戦い、痛み分けに終わる。
ウェポンは永き眠りについた。だが幾度か目覚めたことがあったのだ。
目覚めたウェポンは例外なく、人を獣を動物たちを見境無く襲い、その度に数を減らしていたセトラが、厄災ジェノバと協力して封印してきた。
ジェノバもまだ二千年前の傷が癒えていない状況でのウェポンとの戦いは、いつも高い犠牲を払ってきた。犠牲は常にセトラが背負う。結果セトラはただでさえ少ない数を減らしていき、今に至る。
(オレはウェポンを止めたい)
(その為に、星と対話する方法を求めているんだ。その為にこの神殿にやってきた)
ウェポンを止められるのは星だけ。

意識や言葉だけではなく、感覚も触れ合っているせいか、彼女にクラウドの真意は充分に伝わっていた。
彼女は暫く考えてから、
「あなたの時代には、星との対話は失われているのね」
「星との対話をしなくなったのは、いつからですか?」
(さあ――オレの父は星の声を聞くことが出来ていたんだけど…)
ジェノバはクラウドの記憶と触れ合い、やがて首を振る。
「あなたのお父様が聞いていたのは、本当の星の声ではありません――」
どこかで、やはりそうか、と納得するのは、クラウドが彼女の記憶の中ででも、本当の星の声を聞いたからだろう。
負一色に塗りつぶされていたとはいえ、クラウドの父が話してくれたものとは、全く違うものだったというのは、はっきりと判別がついたのだ。
それくらい星の声は強烈だった。
「きっとお父様は、星から滲み出た欠片を聞いていらっしゃったんだわ」
(欠片?)
「星はとても強い魂を持っている」
強い意志。強い思念と言い換えても良い。
「あまりに強すぎるから、抑えていても眠っていても、自然に滲みだしてしまうのです」
そうやって星から滲み出たものは、星の中心部からわき水や、大地に根ざす樹木によって、地表にまで吸い上がってくることがあるのだという。
わき水が池や湖になるとき、樹木が花をつけ葉を茂らせるとき、地表までやってきた欠片たちは大気に漂う。これを星の欠片と、セトラは呼ぶ。
「それはとても小さい声です。それをお父様は星の声だと考えられたのね」
全くの間違いではないのだが。
「そうだったのか…――」
これで父の話してくれた“星の声”と、彼女を通して実際に聞いた“星の声”との違いが説明されたのだ。

父を思い出す。栗色の髪は色こそ違えども、クラウドの髪によく似ていた。
まとまりがつかず、あちこち奔放に跳ね回っている。
大きな緑の目を細くして、よく笑う人だった。
クラウドを宝だと言い、その大切な宝をよくぞ産んでくれたと母を讃え、家族をこよなく愛してくれた人。
良く言えば朴訥。悪く言えば単純。ロマンチストでもあった。
戦士として強い人だったが、最後まで非情にはなりきれなかった。いや、父はそんな戦いは望んでいなかったのだろう。
殺すためではなく、守るため。家族を、この星を救うために父はウェポンと戦い続け、最後は息子を救う為にアルテマウェポンとたった一人で戦い、命と引き替えに封印した。
そんな父が星の本当の声を知らずに逝ったのは、それはそれで幸せだったのかもしれない。
父ほど悪意と縁遠い人はいないのだから。

 


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