星の名前

裏側の世界シリーズ


7,


傷ついている厄災と、癒したいセトラとの魂は、対話を深める度に吸い付いたように寄り添っていく。
深く傷ついた孤独な厄災の魂は、対話ごときでは癒されはしない。
ほんの表面を均し始めた程度だ。それでも厄災は言葉ではないもので、こう言ったのだ。
『セトラの女よ。お前はなんと呼ばれているのだ』
「――私の名はジェノバと申します」
『我には名などはない。お前の名をくれぬか』
ジェノバが己の存在に、破壊以外の意義を見いだそうとしている瞬間だった。
女の盲目に明るい光が射す。
――セトラと厄災は解り合えるに違いない。
「はい――歓んで」
厄災は自ら“厄災”の名を捨てたのだ。
男の性も、女の性も持っていない。雌雄同体と言ってしまうには、あまりにもこの星の生き物たちとは身体の構造が違っている。
だが名は決まった。ジェノバだ。


ジェノバ――クラウドはこの名を持つ者を良く知っている。
そう言えば昔、まだクラウドが本当に幼く、父がまだ生きていた頃、父から聞かされたことがあった。
ジェノバはとても遠くからやってきた、この星に産まれた生き物ではないのだと。
――そうか!厄災とはジェノバなのだ。
――ジェノバがこの星にやってきた時のことを、オレは見ているのだ。
荒ぶる魂。こう女は言っていたが、クラウドには俄には信じられない。
クラウドのよく知るジェノバは、いつも哀しげだから。
クラウドの知るジェノバの外見は雌雄同体である。男でもあるし、女でもある。己に宛われた研究室から一歩も出ずに、それでもこの星に生きる命を深く想っている。
ジェノバは異端だ。それでもジェノバは誰よりもこの星に対しての責任を感じ、その重すぎる宿命を独りで背負おうとしているように見えた。
セトラという種が絶滅しようとしている現状に対しても、この星のこと、ウェポンの存在についても、ジェノバはその全責任を己が背負うべきだと信じている。
その理由が、ずっとクラウドには解らなかった。
この星の者ではないジェノバが、どうしてここまで辛そうなのか、を。
答えはここにあるのだ。今見ている、過去のこの時に。

クラウドが全神経を傾けている前で、過去は進行していく。


「星は確かに、セトラに動くな。何もするなと仰ったが――」
長老はすでに意を決しているのだ。
「わしは厄災…、いやジェノバがこの星の一員となるよう、セトラが手助けしてやるべきじゃと考えておる」
ジェノバがこの星で生きていけるように、セトラは協力をする。
星とジェノバの間に立つ。この星に生きる他の生き物たちと共存していく術を探す。戦いは選ばない。
もしどうしてもジェノバがこの星に生きることが出来ないのだと、はっきり解ったその時には、ジェノバと対話しより良い選択としての別れも選ぼう。
セトラとはそういう種なのだ。どの生き物に対しても、ずっとこうやって敬意を払ってやってきたのだから、今更変えられない。
「星は、わしが説得する――」
きっと最後には解ってくれる筈だと、信じて。

その後、長老と4人のセトラは、かなりの勢いで星にぶつかってやってくるであろうジェノバを、どうやって星の傷を少なくしつつ迎え入れるか、という議論に入った。
その際には、ジェノバをこの星のどこに誘導すべきなのかも含めて。

結論はすぐに出る。大きな大陸丸ごとに、生き物がほとんどいない場所。
広大な土地が広がっているだけのノルズボル。ここがジェノバを迎え入れる地として選ばれる。
だが普通に迎え入れるだけでは、ジェノバにも星にもダメージがありすぎる。
セトラはライフストリームを使うのを選択。
セトラがライフストリームを使い、ジェノバを迎え入れる“ベッド”を作る。
星に出来た傷も、ライフストリームを使い、セトラが即座に修復するのだ。
この計画を成功させるには、かなり多くの成人した、星を癒す能力の高いセトラを揃えて迎え入れるべきだ。

そして又、場面がうつる。時間が進んだようだ。
場所は同じ壁画のある間。そこにいるのは唯一人だけ。ジェノバに己の名を与えた、盲目の女だ。
だが女の身に一体何が起こったのか。
同じ女とは信じられない程、女の容貌が一変しているではないか。
ふっくらとしていた頬はげっそりと削げ、肌の色つやもとても悪い。病んでいるのかといぶかしんでしまうくらういに。
緑の瞳は泣きはらして真っ赤だ。相当酷く泣いたのだろう。瞼も無惨に腫れ上がっている。
髪も乱れ、衣服も酷く汚れている。自分で癒したのだろうか。大きく切り裂かれた袖の間から覗く腕には、治ったばかりの火傷の治療痕が見えた。それもかなり酷い痕。指の爪の間には、血の混じった土が入っている。
知性溢れる顔も放心しきっていて、クラウドは女の気が狂ったのではないのか、とまで心配する。
女の色のない唇が動く。ぶつぶつと繰り返して何かを呟いているのだ。
クラウドは聴覚の焦点を女に当てた。そのうちに、呟きが囁きとなって、クラウドはかろうじて拾うことが出来る。
「……どうして――こんなになるなんて…」
頼りなく、この言葉だけを繰り返し続ける様子には、絶望だけが色濃くあった。
女の盲目の眼差しが、クラウドとぶつかる。瞬間――女の心が流れ込んできたのだ。


荒涼とした広大な大地。360度、東西南北どこを向いても地平線が見える。
村や町はおろか、人家すらない。生き物の気配もない。植物や動物の気配もほとんど感じられないくらいに、ない。
ここノルズボルにセトラが集まっていた。その数2万弱。成人しているセトラ、ほぼ全てに当たる。
集まっているセトラはどれも成人していた。成人していて尚かつ老化が始まっていない者ばかり。
つまり一番元気で、己の持つ能力を充分に発揮出来る者達が集まっているのだ。
老人は唯一人、長老のみ。
セトラ達は長老の指示により、手と手を繋ぎ、大きな輪を作る。
そうやって待っているのだ――ジェノバを。

場面はスライドのように進行していく。
クラウドには時間の感覚がないが、きっと数時間は経ったのだろう。
いきなり空が動く。雲をかき分け、空がそのまま落ちてきたのだ。
――ジェノバだ!
星が厄災と呼ぶモノが到来したのだ。
空はじりっじりっとゆっくりではあるが確実に落ちてきている。
天変地異が頭上で起こっているにも関わらず、どのセトラにも動揺はない。落ちてくる空を見上げもせず、手を繋いだまま目を閉じ、集中しているばかり。
そのうちにセトラが作った輪の内側から、じわりと溢れ出てくる不思議な輝きがあった。
ライフストリームだ。
ライフストリームの輝きは、セトラの作った人の輪を岸とする湖のように広がっていき、だんだんとその輝きを強くしていく。
ライフストリームの輝きが、セトラの輪の湖に溢れんばかりに溜まった時、落ちている空が割れる。
空の亀裂からやってきた物体。大気圏を越えてきた摩擦熱により真っ赤に熱せられているが、あれこそがジェノバなのは明白だった。
ジェノバはそのままの角度と勢いで、セトラの作ったライフストリームの湖に墜落してしまう。
凄まじい衝撃が大地を揺らす。
ライフストリームの湖は、墜落の衝撃により底が捻れてえぐれてしまい、巨大なクレーターとなる。
しゅわわわ。熱せられたジェノバを包み込んだライフストリームから、水蒸気が上がった。
長老は急いで意識をジェノバへと向ける。
ややあって、長老は顔を上げ満足げに頷く。ジェノバは無事地球にやってきたのだ。
輪となりライフストリームの湖を作っているセトラにも、安堵が訪れる。

いきなり、分厚い雲の狭間から雷が落ちてきた。
衝撃と光。
あまりにも眩しくて、実際にその場にはいず、女の心を追っているだけのクラウドでさえも耐えきれない。思わず目をぎゅっと瞑り手で目を覆うが、網膜は真っ白に焼き付いたまま。
――これは…まさか!?
不穏な記憶が、怖気となってクラウドを打つ。
――アルテマビームだ!

クラウドも一度だけ、このアルテマビームを受けたことがあった。
たった一撃で、幼かったクラウドは半死半生にまで追い詰められたのだ。
皮膚の半分が炭化。かろうじて残った皮膚もズル剥けてしまい、肉が剥き出しとなった。両手と右足は寸断。クラウドは芋虫のように姿になる。
息があるのが不思議なくらいにまで、徹底的にやられたのだ。
アルテマビームを放ったアルテマウェポンから、まだ幼いクラウドを救ったのが、クラウドの父とナナキの父セトである。
クラウドの父は、無惨な姿となった息子をセトに託し、己独りだけでアルテマウェポンに立ち向かう。
そうやって己を犠牲にしながらも、クラウドの父はアルテマウェポンを封じたのだ。
セトも深手を負いながらも、クラウドをガスト・宝条両博士の元に運んで、そのまま絶命。こうして運ばれたクラウドだが、到底助かる見込みなどなかった。即死でもおかしくなかったのだ。偏にセトラの長寿と生命力が、即死を免れさせただけで。
高熱に炙られた為に眼球でさえ弾け跳んだ哀れな肉塊。これがガストと宝条の前に運ばれたクラウドだった。
予断のない状況にまで追い込まれた両博士は、ある決断をする。
この決断が功を奏し、クラウドは甦ったのだ。代償としたのは、甦るのにかかった9年の歳月と、一人の少年の存在。
クラウドが意識を取り戻した時に、最初に目にしたのがこの少年だった。
小さな、でもとても美しい男の子。銀髪の男の子は、その美しい顔を眉一つ動かさずに、再生ポッドで漂っているクラウドに向かって、じっと翠の瞳を注いでいたのだ――


やっと網膜の光が薄くなってきた。クラウドはそっと目を開ける。
――なんてことを…!
正に地獄絵図。
天空高くから放たれたアルテマビームの一撃で、セトラの半分は死んだ。直撃だったのだろう即死だ。
生き残りの大半も、身体を生きながらに焼かれている。ここまで酷い有様では、セトラの癒しも通じないのを、クラウドは身をもって知っていた。
荒涼とした大地に出来たクレーターは、アルテマビームの直撃の為、更に大きく深くなっている。すり鉢状のクレーターの側面にはびっしりとセトラの骸が〜炭化してしまったモノや、肉を晒し痛みに呻くモノや〜こびりついている。
セトラの輪で出来ていた湖も無惨に崩れた。ライフストリームはあちこちへと流れだしており、乾いた大地に吸い込まれ星へと還っている。
雲の切れ間から黒い物体が降りてきた。
翼の生えた生物兵器。これこそアルテマウェポン。

クラウドは戦慄する。思わず過去の記憶がリアルに甦るが、戦士となり鍛えられた精神が、過去の恐怖をねじ伏せた。
今のクラウドは強い。ジェノバでさえ、世辞抜きでその強さを讃えるくらいには。
クラウドとまともにやり合えるのは、ウェポンを抜きにすれば、セフィロスだけだろう。
――セフィロス…
可愛い養い子であり、大切な恋人であり、最高のパートナーでもある名を心で呟く。
セフィロスの名は万能の呪文だ。クラウドはいつでもどんな場面でも、セフィロスの名を唱えてきた。セフィロスには絶対に教えない秘密だが。
振り回されていた感情が、一気にクリアとなる。万能の呪文は今回も有効だったようだ。
クラウドにはセトラの惨劇を、冷静に観察出来るだけの余裕が出来た。
セトラの輪という岸がなくなり、大地を通じて星へと還っているライフストリームだが、そうではないモノがある。
ライフストリームのかなり大きな塊がひとつだけ。セトラが作っていた湖の真ん中部分に残っているのだ。
注意を払いよく観察してみると、
――…生きているのか!?
塊は蠢いていたのだ。
これはライフストリームの動きではない。ライフストリームのこの塊の内側に、何かがいる。
クラウドは目を凝らす。すると徐々にではあるが、内側にいる何かが、己を覆っているライフストリームを吸い込んでいるのが解った。
それは、つまり、
――ライフストリームを吸収しているのか…?
その力を。
そうだとすれば、クラウドはあの塊の正体を知っている。
――ジェノバだ。
ジェノバの異常能力のひとつに再生〜リユニオン〜がある。
切り刻まれようとも、焼き尽くされようとも、細胞の一片のみさえ残っていれば、ジェノバは他者の力を吸収し、自己再生をすることが出来るのだ。その再生能力は桁違いであり、セトラの癒しとは根本がまるで違っている。
ジェノバの脅威はここなのだ。魔力の高さや攻撃力のみでいえば、ジェノバはそんなに異常ではない。
ただこの再生能力だけは、この星にある生物の理を遙かに超えている。
細胞の一片だけでも残っていれば、ジェノバは死なない。他の力を己のものとして取り込み、何度でも再生してみせる。
防御能力が高いジェノバであるが、さすがに大気圏をぬけるダメージはあったのだろう。セトラが作ったライフストリームの湖で、ジェノバはライフストリームを吸収。そしてダメージを再生しているのだ。

固唾を呑むクラウドの前で、ジェノバはライフストリームを全て吸い尽くす。そうしてその内側にあるジェノバ本体がさらけ出された。
ほぼ円形となっているが、単なる円ではない。花弁のようにいくつかの器官が重なり、円に近い形を成しているのだ。
色は外側部分が肌色。中心に行くほどに赤味が強い。一種のグラデーションとなっており、色は紫にまで変化している。
その中心に人型に近いフォルムがあった。人で言う腹の部分で切れており、二本の長い触手のようなモノが生えている。

あれはジェノバだ。――きっとジェノバなのだろうが…
クラウドの見慣れたジェノバとはまるで違っている。敢えて似通っている部分を上げるとするならば、中心にある人型に乳房らしき突起がついているところか。
ジェノバは言うなれば雌雄同体。無性ではなく両性である。
そもそもどうやらジェノバとは種ではなく、単体。ジェノバには己以外の同族などない。よってジェノバには初めから生殖というものもなく、雄雌の別さえもないのだ。
欠けている生殖や種を補うべく、ジェノバは再生を繰り返している。
クラウドの見慣れているジェノバは、触手が生えている部分から下、つまり腹から下の部分が欠損しているものの、あくまでも人間と同じ外見であった。花弁のように重なり円形となっている器官など、知らない。
大きさもクラウドとそうは変わらない。髪も眉も目も鼻も口もある。
食物は摂取しないから、食道や胃などの人と同じ消化器官があるのかは、クラウドには知らされていないものの、歯と舌はある。言葉も操れるから声帯もあるのだろう。
つまりクラウドの馴染むジェノバとは、限りなく人に近い存在なのだ。
それが――このジェノバは限りなく異端だ。

 


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