6,
老人はこの場にいる一同をゆっくりと見渡し、重々しく口を開く。
特に声を張り上げているのでもないのに、老人の声は凛とよく響いた。石造りの壁に、壁画の中へと、通っていく。
「各村の長達よ。よくぞ集まってくれた」
「さて、皆の村でも星の声を聞いたのであろう…」
「星はこう言われた――もうすぐ空の果ての遠い遠いところより、災厄がやってくる、と」
「災厄はこの星にいる生き物たち全てを食らいつくし、最後には星を破壊するだろう、と」
「――星はこうも言われた」
「星は戦う、と」
この一言で緊張はピークに達する。
たまりかねたのだろう、一人の男が手をあげて立ちあがった。
「長老様。星はやはりウェポンを使うつもりなのだろうか…」
ウェポン――この言葉に一同はすくみ上がった。
口々に、喋り始める。
「ウェポン!」
「あれは危険すぎる」
「例えその災厄とやらを退けたとしても、星自身が酷く傷つくではないか」
「星は全部のウェポンを起こすつもりなのだろうか……」
「一体でも恐ろしいのに、五体全部を使えば、星に住む生き物たちはそれだけで滅びてしまう」
ウェポン――星が自衛の為に産み出した、生きた兵器。
全部で五体。
それぞれダイヤ・ルビー・エメラルド・サファイヤ、そしてアルテマという名で呼ばれている。
五体どれもが恐ろしい能力を持つため、セトラはウェポンを非常に恐れ、嫌っている。
セトラとウェポン。
同じ星に寄り添うのに、両者はきっと永遠に相容れないであろう。
何故ならば、セトラとウェポンは、備わっている性質が全く違うからだ。正反対とまで言い切ってしまっても良いくらいに。
セトラは星に古くから生きてきた人種。
星と対話し、星を育てる力を持っている。セトラはライフストリームの脈を、星の各地に開いた。その場所に村を作り生活を営むことで、星の生命の循環を活発に行い、結果星を豊かにしているのだ。
つまりセトラは産み、開き、育む者。
一方のウェポンは兵器。
殺し、奪い、破滅させるものなのだ。
自分たちが心を込めて育てあげた星が傷つく様を、どうして歓迎出来ようか。
星を傷つけることが出来る兵器を認めることは出来ない。
よってセトラはウェポンを嫌っている。もっともウェポンには感情らしきものはないため、セトラが一方的に嫌っている形となってはいるが。
「長老様――」
次に立ちあがったのは女だった。
ふくよかな中年女性は、穏やかな顔立ちを曇らせている。
「本当に私達…いいえ、星はその災厄と戦うべきなのでしょうか?」
これは皆が持っている疑問だった。一斉に賛同の声が上がる。
「災厄とは、本当に私達に災厄をもたらすのでしょうか?」
「もしかしたら――…心を通い合わせることは出来ないのでしょうか?」
「そうだ!」
「何か破壊以外の目的があってこの星にやってくるのかも知れない」
そうだ。そうだ。
「いくら獰猛な獣でも、襲いかかってくるのにはちゃんとした理由があるもんだ。その理由がわかれば、戦わずに住むかも知れねえ」
「星は災厄と呼んでいるけれども、本当は違うのかも知れないわ」
「私達は星と対話をして声を聞いて、そうやってこの星を豊かにしてきました。豊かになればなるほど、生き物は争わずに済む」
「そうやって生きてきた私達セトラが、戦いを選んで良いものかしら」
「なんとか災厄と対話出来ないだろうか…」
「ああ、そうだな。災厄の考えがわかってからでも、戦うのは遅くはないだろうし」
セトラは平和を愛する。
セトラは生きている物を育む。慈しむ。
セトラの慈しみは、自分たち種族のみにあらず。星に生きる物達、全てに。
星自身にも。
そして――遠くからやってくる災厄と呼ばれている物に対しても。
長老は再び両手を挙げた。静まったところで、話し出す。
「わしも皆の考えと同じじゃ」
「星は初めから戦うつもりでいなさる」
「だがやはり…わしはこう考えるのじゃ」
「我々はセトラだ――」
「セトラである以上、遠いところからやってくるモノを、この星にいるモノでないからと言って、厄災と決めつけて、戦っても良いのじゃろうか…」
一人の男が立ちあがった。
どちらかと言うと素朴な容姿が特徴のセトラにあって、この男は華やかな顔立ちをしている。まだ若いのだろう。注目されて戸惑っている。
「…星はなぜやってくるモノを厄災であると考えられたのか――…」
「やってくるモノのことをよくご存じなのでしょうか?」
長老は首を振る。
「星はこう言われただけじゃ」
「やってくる厄災はとても生命力の強い、恐るべき力を持っているのだと。この星を破壊しようとしているのだ、と」
じゃが、
「いくら生命力が強く、恐ろしい力を持っていようと――」
「例え、この星を壊すつもりであろうとも――」
「我々が厄災だと、初めから決めつけてしまうことで、本当の厄災になってしまうのではないのか」
やってくるモノ=厄災、というだけでは済まなくなるのではないのか。
星と厄災の戦いが、戦いにかり出されるウェポンが。
それらが全て、この星に住む生き物たちにとっての厄災になってしまうのではないのか。
ある者は大きく、ある者は何度も、ある者はホッとした表情と共に。
集まったセトラ達は皆長老の言葉に賛同した。
長老は皆の考えが己のと同じなのを確かめてから、
「わしは星に話してみようと思う。我々セトラの考えを、なんとか解ってもらいたいのじゃ」
ここで、一旦朧気になる。
クラウドは何かに引っ張られた。
抵抗出来ないまま、引っ張られていってしまう。
場所は同じ。だが時は違う。場面も違っている。
あの壁画の描いてある間に、さっきと同じようにセトラ達が集まっている。長老もさっきと同じく、祭壇の傍に立っていた。
ここまでは似ている。状況だけはさっきとそっくりだ。
ただ決定的に違うのが、セトラ達の、そして長老の表情だった。
長老は苦渋に満ちた面もちのまま目を閉じていた。
集まっているセトラ達は、悔しげに唇を噛む者。真っ青になり俯いている者。泣いている者さえいる。
それらの表情のどれもが、集まっているセトラ達の直面している現実について、どうにもならない所まで追い詰められているのか、をはっきりと物語っていた。
「何故だ!――どうしてだ!?」
「どうして星は…解ってくれないのか!」
一人の男がたまりかねたように叫ぶ。
それが切っ掛けとなって、セトラ達は口々に叫び始めた。
「星はセトラの考えを聞いてくださらない……」
「我々はただ――、戦わずにすむよう努力すべきだと言っているだけではないか」
「戦えばきっと星だって傷つく」
「そうだ!ウェポンも破壊力は凄まじい。ヤツらが戦えば、セトラだけではなく星に生きる物達の多くが、死に…傷つくだろうに」
「戦うよりもまず、相手と話すべきではないか!」
セトラ達は口々に自分の考えを嘆きにしている。皆同じ考えだ。
長老は目を閉じたまま、じっと考える。
一人の男が、声を張り上げた。セトラらしい純朴な顔を興奮で真っ赤にしている。
「なあ、みんな!」
立ち上がり、一同に向かう。
「我々だけで厄災に話しかけてみようじゃないか!」
反応はすぐ返ってくる。
「そうよ!」
「ああ――それがいい」
「やってみるべきだな」
「話しかけてみて、何の反応もなければ、星の言うとおりにあれが邪悪なものであると判断することも出来るしな」
ウェポンを使うのも仕方がないのだと。何より自分たち自身に言い聞かせることも出来よう。
この提案に盛り上がる中、小さな声が上がった。
「でも……」
女が立ちあがった。目をいっぱいに見開いて、興奮する一同を見渡しながら、
「もしかして厄災と対話出来たとしたら…どうするの?」
「そりゃあ、決まってる。どういうつもりでこの星にやってくるのかを聞いてみればいいだけだ」
提案をした男は当たり前とばかりに言い切った。
だがそれだけではないのだと、女は更に言い募る。
「厄災と対話が出来て、もし星の言葉通り、この星を壊すためだけにやってくるのだと解れば、星と共に戦えばいいだけだけど――」
もし、
「住むべき所を失って、止むに止まれない事情でここまでやってきたのだったら……、もし私達やこの星の生き物たちと一緒に暮らしていけるのだと解ったら――どうするの?」
男は女の言葉の意味が解らないまま、不可解だという表情で、
「星に言って、ここでみんなで一緒に暮らせばいい」
「いいえ!よく考えて」
女は強い調子で、
「星は最初から厄災と戦って滅ぼすのだと決めつけているわ」
そうだとすれば、
「星は厄災がどうであろうと、共に暮らすなんて…絶対に受け入れてはくれないんじゃないのかしら」
皆、ぎょっとした。
確かに、今回に限って言えば、星はおかしい。
これまで星は母であった。この星に暮らす全ての生き物を暖かく包み込み見守る、母性そのものであった。
セトラでも、獣でも、昆虫でも、心の通じない微生物に至るまで、そのどれもを星は豊かな心で慈しんでくれていた――少なくとも、セトラにはそう思えていたのだ。
それが今回についてはまるで違う。
星は厄災を最初から敵だと決めつけているではないか。
セトラの意見も聞き入れず、敵だと決めつけている理由さえ教えてはくれない。
あまりにも危険すぎる為に封印していたウェポンまで起こして、戦うことしか考えていない。
星はどうであれ、厄災を滅ぼすと決めてかかっている。そんな星が、この星に暮らす新たな種のひとつとして、厄災を受け入れてくれるだろうか。
女はそれを憂慮しているのだ。
厄災が、本当の意味での厄災でないのならば、セトラはなるべく受け入れてやりたい。
だが星がそれを許さないとしたら――どうする?
セトラは星につくのか。星の戦いを許すのか。戦いによって犠牲になるであろうこの星の生き物たちを見過ごすのか。
それとも、厄災を救うのか。星の意に反してでも、戦いに反対して、厄災を受け入れるのか。
皆、この矛盾に気が付き、黙り込んでしまう。
長老は顔を上げ、各村の代表としてここに集っているセトラ一人一人を見つめていった。
セトラは穏やかでのんびりとした、素朴な性質をしている。もっとも個人差はあるが。
これはセトラという種が、壊すのではなく、創り出すのを歓びとする種だからだろう。
朴訥で素直。与えられる恵みには素直に感謝出来る。
またセトラは平和を好む。各村に戦士はいるものの、それはあくまでも困った時の助け手であり、戦闘だけを目的とはしていない。
そもそも武術や剣術は大人の男の嗜みのようなもの。セトラには星の守り手たる一族たちがついてくれているから、実際に戦う必要などないのだ。
守るべき民、セトラの顔を全部見終わってから、長老は心を定める。
「厄災と話をしてみよう」
「星は怒られるかも知れんが――対話はしてみるべきじゃ」
セトラ達は緊張した面もちではあったが、反対する者は一人も居ない。
再び、場面が切り替わる。
場所は同じ。壁画のある間だ。
そこにいるのは長老と4名のセトラだけ。立ったまま話し込んでいる。
どの表情も深刻ではあるものの、不思議と吹っ切れているようだ。
「やはり――星は聞き入れてはくださらんか…」
長老を取り巻く4名のセトラ達。男のセトラが一人。あとは女のセトラだ。
どのセトラも穏やかな英知を感じさせる。
「長老様、厄災は厄災ではありません」
静かな物言いで女のセトラが口を開く。特に容姿が良い訳でもないが、一度見たら絶対に忘れられない清浄さに溢れていた。また魔力が恐ろしいほどに高い。こうして映像で見ているだけなのに、女の持つ魔力がクラウドの肌を刺激してくるくらいに。
女はどうやら盲人らしい。本来ならば生活がかなり不便だろうが、そこは溢れている魔力が補っているようだ。立ったまま語りかける様子に、ぎこちなさはない。
「厄災は確かに気性が荒く攻撃的です」
「そして、星の仰るように、とても強い力を持っています」
ですが、
「それは、己の持つ能力の大きさに振り回されてきた、厄災の心がとても傷ついているからです」
厄災本来の気質ではない。
「私は対話をして、それがとてもよく解りました」
「厄災の心の傷を少しでも癒せるのならば、厄災はこの星で私達と共に生きていくことが出来るでしょう」
長老は穏やかに、
「そなたは――はっきりそうだと、言い切れるのじゃな」
「はい。厄災は本当の意味での厄災ではないのです」
長老に言い切る女の姿には真理があった。
何者にも覆せない、至高の真理が。
「私達セトラで、厄災の心を包みましょう」
別の女が優しく微笑む。
「わざわざ恐ろしいウェポンを起こして、戦わせて、それによって星を傷つけ、多くの生物を傷つけることはないのです」
「しかし!――」
すっかりと腹を括った女達とは違い、男はまだふんぎりがつかないようだ。
「しかし星は……、セトラに動くなと…何もするなと仰ったんだぞ」
セトラは星に無断で厄災と対話をした。幾度も幾度も諦めずに呼びかけ続けて、やっと厄災は応じてくれたのだ。
最初は対話にはとてもならなかった。厄災の心は傷つきすぎていて、他者の声など届かない。圧倒的な破壊しかなかった。
その心にセトラは耳を傾ける。悪意のひとつひとつを包み込む。
そうやって厄災が鎧として覆っていた悪意を通り抜けていき、ついには厄災の本心に触れることが出来たのだ。
荒ぶる厄災の魂は、寿命を全うできずに朽ちてしまった木々たちとよく似ていた。ある程度感情を発散出来る動物とは違い、植物はその場に“在る”しかない。だからこそ植物の感情はどれも根深い。
己の種を残せない哀しみ。寿命半ばで朽ち果てねばならない、怒り。
セトラはそうした木々を手厚く扱い、ライフストリームで魂を癒してから、加工して生活に利用してきたものだ。
厄災は己の持つ強大すぎる能力を憎んでいる。この能力故に厄災に安息はなく、常に異端とされ、敵視されてきた。
この能力故に厄災に味方はない。出会う者、全てが敵だ。
こうやってずっと戦いながら、宇宙を彷徨ってきた。
厄災との対話を願ったのはセトラが初めて。
単なる好奇心からか、無視するにしては五月蠅すぎたのか、それともただの気まぐれか。
兎に角時間を掛け何度も何度も呼びかけているうちに、厄災は対話に応じてくれる。
こうして触れた厄災の魂は、セトラにとってすでに敵ではなく、癒す対象でしかない。