星の名前

裏側の世界シリーズ


5,


レッドドラゴンの禍々しい目。爬虫類の目によく似ているが、それよりももっと根本的な本能が剥き出しになっている。
本能とは――殺す。喰らう。
殺戮と食欲が滲む目とザックスの藍の魔晄とが、正面からぶつかりあう。
その瞬間、ザックスが跳んだ。弾丸のように一直線に発射される。
ソルジャーの肉体限界ギリギリのスピードだ。レッドドラゴンブレスを放とうにも、間に合わない。
ブレスを放つ代わりに、レッドドラゴンは長い尾を使った。重量のある長い尾は、それだけで立派な凶器だ。
瞬時に反応したのとは思えない驚異的なスピードで繰り出された尾が、真っ向からザックスをなぎ払う。
ザックス自身のスピードと、レッドドラゴンが繰り出した尾のスピードとが、倍加されザックスを襲った。
まともに当たれば如何なるソルジャーといえども、無事では済まない。筋肉は衝撃により弾け、全身の骨は耐えきれずに折れるだろう。
しかし、
「ぐううっ」
ザックスは受けきる。
バスターソードでレッドドラゴンの尾を受け止めたのだ。
バスターソードを持つ両腕の筋肉が、縄となって捩れ盛り上がる。食いしばった歯の間から、押し出された空気が音となって零れ出た。
尾を受けきったまま床に着地したザックスは、文字通り吠える。
「はああああっ」
バスターソードが弧となり煌めく。
ごとり。重い音と共に、レッドドラゴンの尾が断たれた。
モンスターの持つ粘液質な血液が噴き出す。ザックスは跳び、距離をとった。
あぎゃあ〜。
痛みと怒りでレッドドラゴンが無茶苦茶に暴れる。
その目は真っ赤に染まっていた。

今やレッドドラゴンの怒りは、ザックスのみに向けられている。
真っ赤な目がザックスだけを捕らえると、大きく口を開く。
レッドドラゴンブレス。
灼熱の塊がザックスを襲う。
ザックスは避けない。むしろ自らレッドドラゴンブレスへと、走り出し飛び込んでいく。
無茶としか言いようがないが…ザックスには炎の指輪がある。そこはちゃんと計算済みだ。
レッドドラゴンブレスから抜け出したザックスは、どこにも炎によるダメージはない。
その姿を見て、真っ赤な目に驚きが浮かんだ。必殺のブレスを、何もかもを焼き尽くす灼熱を、この獲物は耐えきったのか、と。
初めてみせたレッドドラゴンの弱気だ。そしてこの弱気はすぐ怯えに変わる。
ザックスは敵の怯えを見逃さない。強い戦士というのはそういうものだ。戦場の空気を敏感に読み、流れに乗る。
全身の筋肉がぶちぶちと音を立てた。闘気が勝利を確信して、更に膨れあがっていく。
ザックスは歓喜に沸き立ち、バスターソードを振り上げ、渾身の力で振り下ろす。
最後の抵抗のつもりなのか、短い手を振り上げようとしたまま、レッドドラゴンの時は終わった。
バスターソードは見事に、レッドドラゴンの首を落とす。
鋭利な切断面から血がまた吹き上がる。凄まじい血臭が、部屋いっぱいを覆った。
胸が悪くなるほどの血臭を、ザックスは性的エクスタシーに似た恍惚の中で、大きく吸い込んでいた。


飛び出す血の勢いが、それでも漸く収まった頃、ザックスは恍惚から現実へと還る。
握ったままだったバスターソードをくるくる回し、曲芸のような器用さでホルダーに収めた。
そこにクラウドとナナキがやってくる。
ザックスは左手の親指だけをつきあげて、
「あんたらのおかげで、スッキリしたぜ」
血を浴びて本当にスッキリしたらしい。ザックスは生来の人懐こさを取り戻している。
炎の指輪を外してクラウドに返す仕草も屈託がない。
この様子だけ見ると、とてもこんな荒っぽい戦い方をするようには思えないが、得てしてクラウドの知るソルジャーには〜つまりほとんどがセフィロスの部下達なのだが〜こういうタイプが多い。
如何にも血に飢えた獰猛な乱暴者、というソルジャーは意外に少ない。人殺しと言う影を、殊更に重苦しく背負っている者もいない。
皆もちろん影は背負っているのだろうが、他人にはアピールせず、己だけでじっと噛みしめて、日常生活はむしろ普通に送っていた。
少なくともセフィロスの回りにいるソルジャーはそうだ。

陽気に笑いかけてくるザックスに、ナナキは呆れ果てる。
「やっぱりソルジャーっておかしいよう」
面と向かってこう言ってのけるナナキにも、批判がましい響きはない。
むしろザックスの戦い方に無茶だと呆れながらも、親しみを感じ始めているようだ。
ナナキの心の動きはザックスにも伝わっていく。
「当たり前だ。おかしいからソルジャーなんて出来んのサ」
どこまでも屈託ないザックスに、とても付き合いきれないとばかりに、ナナキは態とらしくそっぽを向く。
クラウドはそんな二人の遣り取りに、薄く笑う、と――
「――何かある」
目を閉じ、クラウドは集中した。
それはほんの短い時間のこと。すぐ目を開けると、
「あそこにある」
クラウドの指す“あそこ”とはレッドドラゴンの屍。
太い首の途中からと、長い尾を断ち切られ、血を流し尽くしたモノ。
血だまりを踏んで、クラウドは屍に寄る。首の切断面に触れ、黒い革手袋を填めた手をそのまま滑らせて、鎧のような皮膚で覆われた腹へと。
「ここだ」
おもむろに背の大剣を抜くと、一閃。
鮮やかな剣技。ぶん、とソルジャーの聴覚でしか追えない音だけが、クラウドが剣を振るった証明のようなもの。目で追えないほど速くて、なによりもキレがあった。
あまりにも剣速が速い為、剣には一筋の血もついていない。肉や脂による汚れもなかった。
ややあって、腹がパックリと口を開く。途端内臓が傷口から零れ出てくる。
血はほとんどない。ザックスが全て流させたのだから。
ドサリ。と重量感のある音と共に、内臓が床に散らばってしまう。なかなか生臭い場面だが、クラウドは眉一つ動かすことなく、じっと散らばった内臓を観察している。
そして、
「ザックス。来てくれ」
素直にザックスがやってくると、
「あれを見ろ」
内臓の間に確かに何かがあった。深紅の輝きが目を惹くそれは――
「腕輪か?」
「そうだ――拾ってみろ」
ザックスは内臓をかき分けて、拾う。
中央にはめ込んであるのは宝石。色は深紅。さっき目を惹いた輝きはこれだったのだ。
深紅の宝石を中心に、翼が大きく左右に開いた意匠は、ドラゴンを模したものに見える。
「これは…?」
マテリア穴は6個。2個づつ3組の連結穴。
「これってドラゴンの腕輪だね」
「お前、知ってるのか?」
うん。ナナキは幼い仕草で頷くと、
「ドラゴンに挑み、勝利した者だけが手に出来る腕輪だヨ」
その通りだ――とクラウドが先を続ける。
「炎。冷気。雷の属性による攻撃ダメージを半減する能力を持った腕輪だ」
「へえ〜!そんなにスゲェもんなのかよ!」
目の前にかざし、しげしげと眺める。
面白いモノを拾ったやんちゃな子供そのものだ。そこには下心など存在しない。
「ザックス。これはあんたのモノだ」
――填めておけ。
「へ?俺の?」
「ドラゴンの腕輪を持つことが出来るのは、ドラゴンに勝った者のみだヨ。ザックスが持たないと、死んだドラゴンも可哀想だよう」
立ちはだかる敵は殺す。だが殺した敵は蔑ろにすべきではない。
ナナキの言い分に納得したのだろう。
「解った」
ザックスは右手にドラゴンの腕輪を填めた。


円錐形の部屋にはレッドドラゴンの屍。そして、その向こうには――
「あそこが入り口って訳か」
ドラゴンのレリーフがあった壁は、今やレリーフの形をした穴となっている。穴からは向こう側が覗けた。次の間があるのだ。
「さあ、行くヨ」
先頭にはナナキが立つ。
レリーフの形そのままの間から顔を付きだし、用心深く鼻をヒクつかせる。
ぐるりと見渡し、トラップがないのを確認して、前足から躯を滑り込ませていった。
次いではクラウド。壁に手をかけて、まず覗く。長方形になっている部屋の奥まで視線を向けた途端、
「――これは…」
急いで身体を滑り込ませると、そのままナナキよりも先に奥へと駆け出したのだ。ナナキもクラウドを追いかけていく。二人とも、もちろんザックスを待ってなどいない。
「おい!ちょっと待ってくれよ」
この情けない台詞は本日二度目だろうか。
ザックスの体格からすれば、レリーフの形をした穴は狭い。足から飛び込んでいくと、直ぐさま二人の後を追いかけた。

長方形の広い間だった。その短い辺に当たる壁から、三人は入ってきたのだ。
この間は古代種の神殿の中でも、手の掛かった、特別な場所らしい。
長い辺にある装飾は見事なものだ。天井から床まで等間隔で円柱がそびえている。円柱と円柱とはアーチにより連なっていた。松明ではなく大きな篝火が、アーチ毎に置いてある。よって今まで入ったどの間よりも、この間は明るい。
明々と照らされた壁には、色鮮やかで緻密な壁画が一面至る所に描かれていた。
そして極めつけが一番奥。そこには厳かな祭壇がある。
初めて来た場所なのに、見覚えがあるここは――
「やはり…あそこだ」
古代種の思念が見せてくれた映像の中で、母となった女が祈りを捧げていた所。ここが正にそこだったのだ。
クラウドは自然と祭壇前に立ち、跪く。
女がしていたのと同じポーズをとった。
クラウドに呼応するように、思念の力が増す。
「セトラだ!セトラをたくさん感じるよう!」
感じたのはナナキだけではない。星の守り手の一族たるナナキが、セトラに敏感なのは当然だろうが、無関係であるザックスも、この力は強く感じていた。
ビシビシと目に見えない圧力のようなモノに周囲を取り囲まれたように感じる。
モンスターや敵から受ける、敵意や悪意がある圧力ではなく、もっと純粋なモノだ。
この時ザックスは、初めて神と言うべき存在を知ったのかもしれない。


クラウドは祭壇の前に跪き、目を閉じて頭を垂れている。
意識を研ぎ澄ませて、集中させた。急に視界が開けていくような、そんな不思議な感覚が降りてきた。
もちろん実際は目を閉じたままだから、現実はそうではない。
視覚ではなく、クラウドの脳が直接“視て”いるのだろう。
跪いたクラウドの身体の内側から、光が放射される。光は最初は朧気であったが、だんだんと強く輝きを増す。
そうしてクラウドは、ナナキとザックスの目の前で、輝きの結晶体となった。

「――これは、リンクだヨ!」
「リンク!?」
「セトラが交感――つまりお互いの感覚を繋いだ時にでるものなんだ」
それって、
「つまり…今クラウドはセトラの思念体とやらと……」
「うん。クラウドはここにいる思念体達とリンクしてるんだと思う」
魔法以外の不思議な力に、ザックスは目を丸くするしかない。


クラウドは別の世界に在った。だがそれは「存在している」という意味での“在る”ではない。
しかも“視ている”だけしか出来ないらしくて、触ることも感じることも、匂いを嗅ぐことも出来なかった。
場所は古代種の神殿。長方形をした間。円柱が連なりアーチで繋がっている。アーチの間から覗く壁には色鮮やかな壁画が所狭しと描かれおり、部屋の一番奥には祭壇がしつらえてあった。
ここはあの間だ。クラウドが跪き、ナナキとザックスがいるあの間なのだ。

この間にはセトラ達がいた。以前映像で見た女ではない。別のセトラ達だ。
栗色の髪と緑の瞳。年老いて髪が白くなっている者も数名いた。
セトラははこの間にぎっしりといる。その数おおよそ百名ほどか。男もいるし女もいる。子供こそいないが歳も様々だ。
床の上に直に座り、口々に何かを喋っていた。皆共通して表情が硬い。
こんなに多くのセトラを見るのは初めてだ。
なにせクラウドの知るセトラは、自分と父と、エアリスとその母の4名のみなのだから。
祭壇の一番傍にいるセトラが立ちあがった。
白いヒゲをたくわえた老人のセトラだ。一体どれだけの歳月をこの老人は送ったのだろうか。顔にある皺は年輪のように思えた。長く生きている、という以上の威厳がある。
老人は両手を高く挙げる。口々に喋っていたセトラ達は、一斉に黙り込んだ。
どうやらこの老人はセトラ達にとって敬意を払う存在のようだ。
老人を見つめる眼差しは、どれも深い信頼と尊敬に溢れている。

 

 


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