星の名前

裏側の世界シリーズ


 4,


通路の先は階段になっている。短い階段を下りて辿り着いた所は、とても奇妙な場所だった。
通路の先は唐突に切れている。道も階段も続いていない。
大きな底なしに見える穴が、ぽっかりと開いているだけ。
だがもちろんそれだけの場所ではない。大きな穴の周囲をぐるりと取り囲むように、いくつかの入り口があったのだ。今クラウド達が立っている場所もその入り口のひとつになる。
穴の中央には数人が立てるだけの、狭い足場があった。そこから二本の道が伸びている。石で造られているが、矢印の形をしたおかしな道だった。おまけに二本のうち一本は長さが短くて、入り口から足場までの距離に届いていない。つまり歩いて足場まで行き着けるのは、一本のみ。
数えてみると入り口の数は12。
「クラウド。数字がうってあるヨ」
余程興奮しているのか、ナナキの喋り方が明らかにこれまでのと違っている。まるで子供のような口調にザックスはぎょっとした。
なんでもないらしいクラウドの様子から察するに、こちらの方が本当のナナキなのだと、ザックスは理解する。これまでの厳めしい物言いは、ザックスに対する警戒心のアピールだったのだろう。
ナナキの言葉通り、入り口の真上には古い数字が彫ってあった。Tから順に、ぐるりと]Uまで。クラウド達が今居るのは]の入り口だ。
「まるで時計だな」
クラウドの言葉が正にそうだ。
そうだと思ってみると、矢印の形をした道は、中央の足場を軸とした、長針と短針に当たる。
これは大きな時計だった。
「思念体がいる――」
中央の足場に、小柄な老人のシルエットがあった。さっき会ったのと同じシルエットだ。
姿形は老人なのに、こちらをじっと窺う様子はむしろ幼い。
怯えさせないように、本当に初対面の幼子にするように、クラウドは長針を渡り、ナチュラルディスタンスぎりぎりまで近づいて、止まる。そしてその場で跪いた。
クラウドも男しては平均よりも小さいくらいだが、それよりももっと思念体は小柄だ。
子供サイズなのだ。跪いて、やっと視線があう。
緑の瞳はクラウドから離れない。だが逃げようとしていないのを、確かめつつ、
「どうしてセトラは星と対話出来なくなったのか――」
「いつからそうなってしまったのかを教えてほしい」
ゆっくりと言い切った。

思念体はクラウドの言葉を聞いて、ちゃんと理解をしたらしい。
変わらずじっとクラウドを見つめたまま、ややあって、手招きをしてくる。
クラウドに躊躇いはない。彼は招かれるまま歩き、思念体がいるすぐ傍、この変わった時計の中心の足場に至る。
思念体は、立ち止まり様子を窺ったままでいる、ナナキとザックスにも手招きをしてきた。元より二人もクラウドと離れて行動するつもりはない。
ナナキを先頭に長針を通り抜け、足場に到着した。

中心にある足場は広くはない。そこに思念体を合わせ四人が〜大柄で筋骨逞しいザックスといい、獣形のナナキといい、クラウド以外は場所をとるのだ〜揃うと、かなり狭苦しくなる。
結局ザックスはクラウドの背後にピッタリとくっつく格好となった。
クラウドの身長はザックスの肩を僅かに越えるくらいか。観察するのには丁度良い高さだ。
――男なのに華奢だな。
細い手首の内側に浮き出ている血管が、見事な紅だ。つまりそれだけクラウドの肌にくすみがなく、脂肪が薄いということになる。
奔放に跳ねる金髪もくすみがない。見事な金糸。
首も細い。肩が剥き出しとなったセーターを着ているから、余計に肩幅のなさが目立つ。
二の腕こそ確かに逞しいが、肩から背中、背中を経て腰に至るラインは、絶妙だ。
大剣とホルダーで背中のほとんどが隠れているし、腰から下にベルトで止めた黒い布を巻き付けている為、はっきりと確かめられないのが惜しい。
かと言って女々しい部分は皆無なのだから――とここまで考えザックスは閃く。
クラウドのきれいさは、女のそれではない。全く違う。
どちらかと言うとまだセクシャルとしては未分化の時代にある、少女に近いニュアンスか。
――生々しくないんだよな…
女とは産む性。生きる力やしぶとさは男より上だと、ザックスは考えている。
生物としての女が与えられた、世代を繋いでいく性の宿命なのだろう。
ザックスは女が好きだ。セックスの相手としての、とういう意味もあるが、女の豊かさ。女の強さ。包容力。しぶとさ。
女の持つ原始的なバイタリティを愛している。
クラウドにはそういう生々しいバイタリティが皆無なのだ。
感じられないのではなく、皆無。全くないのだ。
セフィロスも確かにそういう類は希薄だが、あの英雄の場合は、その分別の生々しさを飼っている。
――本当に、セフィロスの恋人なんだよな。
育ての親で、恋人。
――セックスもしてるんだよな。
セフィロスのセックスライフ自体は、なんとなくそうかなあ、と受け入れられるが、クラウドのは想像も出来ない。
クラウドが服を脱いで、裸になって、裸のセフィロスと抱き合い、交わる。
――ダメだ。考えられん…
クラウドに対して欲望を持つのは、禁忌のような気がしてならない。
抱きしめることは出来る。家族のように、親愛の形として、出来る。
キスもまあ、出来ないことはない。これも親愛のひとつだ。
でもその先は――無理。

緊張感なく考えているザックスの耳に、クラウドのつぶやきが飛び込んできた。
「…動いている」
「時計回りとは、逆だヨ」
ナナキが幼い口調で応じる。
顔を上げてすぐに解った。今三人が中心に立っている、おかしな時計の長針と短針が動いているのだ。しかもそのスピードはだんだんと速くなっていく。
加速は止まらず、ついには針の動きを目では追えなくなった。ソルジャーであるザックスからしても針の白い軌道を追えるだけ。
一体何回回ったのか。不意に針の速度が落ちてきた。みるみるうちに針の動きを目で追えるようになる。
そしてついに針は停止した。
ぼうっとひとつの入り口が光る。入り口の上の数字はY。長針もYの数字に向かって伸びている。
「――…」
――行くしかない。
声にせずとも三人の考えは同じ。
ナナキを先頭に、クラウドを挟んでザックスが殿にと。お馴染みとなった隊列を組んで、三人はYの入り口をくぐっていった。


丸い筒の形、円錐の部屋。壁に松明。祭壇の間と造りが似ている。
入って正面の壁にレリーフが刻まれていた。
頭部と顎が発達して大きい。覗いている牙が鋭い。
典型的な肉食恐竜。ドラゴンのレリーフだ。
松明に照らされ、ゆらゆらと揺れるレリーフは生きているかのようで――
「!」
気配にザックスは息を呑む。
全身の筋肉が一気に緊張し力を蓄える。ぎりぎりまで筋肉をたわめて、背中のバスターソードを抜き放ち、構える。
大きく息を吸い込み適度な緊張と弛緩を促す。肺を意識して動かすと、胸筋が膨れた。
藍の魔晄が光る。

戦闘態勢をとったのは、もちろんザックスだけではない。
ナナキは威嚇のポーズをとったまま、レリーフから距離をとる。頭を低くしながら、バネと化した筋肉をたわめた。
刺青の入った紅い毛皮の上からでも、くっきりと強靱な筋肉が浮かび上がっているのが、窺える。
ナナキは野性を剥き出しにした。

ナナキの隣では白銀が生まれていた。クラウドが背負っていた大剣を抜きはなったのだ。
ザックスの持つバスターソードよりは剣幅は少し狭い。バスターソードが単純で、だからこそ凶悪な“鉄塊”であるのに対し、クラウドの剣はもっと美しい。
細身のクラウドがもつにしては大きすぎる剣ではあるが、この体格に不似合いな大剣を実に巧みに扱う。剣の質量に振り回されることなく、完璧にコントロールしているのだ。
構えだけでわかった。クラウドの剣技は優れている。
だがそれだけでないのが、クラウドの恐ろしいところ。
クラウドの剣についているマテリア穴は6個。2個づつ3組の連結穴だ。
ザックスの持つバスターソードのマテリア穴は2個。1組連結なのと比べると、どれだけクラウドの魔力が高いかが窺い知れる。
やはりあの時、支柱の傍で見た魔力は伊達ではない。


三人がそれぞれ戦闘態勢をとる前で、ドラゴンのレリーフが変化を遂げていく。
色がつく。命が宿る。爬虫類の肌が現実と化していく過程が、再現された。
ぎろりと目を開けたドラゴンは、レリーフが刻まれている壁から抜け出るべく、短い両腕を前へと突き出して、躯を起こす。
真っ赤な全身。長い尾。これは――
「レッドドラゴンだ…」
ザックスは舌打ちする。
攻撃力の高い物理攻撃と、炎の属性を持つレッドドラゴンブレスを使って戦ってくる、厄介な相手だ。
物理攻撃はともかく、レッドドラゴンブレスをくらうと、魔力の低いザックスは不味い。
――まさか…こんな大物に出会うとはな…
先輩ソルジャーの言った“大変”の意味が身に染みるのは、何度目か…
ザックスはバスターソードのマテリア穴に、炎の属性をはめ込む。
「ザックス――」
視界に入る距離まで来たクラウドが、何かを投げてよこす。小さいモノだ。
反射的に受け取ってみると、
「これは…!」
「炎の指輪だ。つけておけ」
炎の意匠を象った指輪。炎属性のダメージを無効化させるアイテムだ。
「クラウド。お前はいいのか?」
魔力が低いザックスはとても助かるが…
「オレにはこれがある」
肘まで届かない黒い革手袋を捲って見せた。そこにあるのは、変わった腕輪だった。
ザックスの知らないものだ。金、銀、銅のリングが重ねてあり、金色の金具でひとつに纏められて、腕輪となっている。とても特徴的なデザインだ。
「ザイドリッツと言う」
「全ての属性の攻撃ダメージを半減させるものだ」
それが本当ならば相当なものだ。
「ありがとな。借りておくぜ」
ザックスは素直に受け取り、指輪を填める。

レッドドラゴンの長い尾が揺れる。爬虫類の禍々しい目が、三人を獲物として捕らえた。
口が大きく開く。鋭い牙がびっしりと並んだ大きな口は、三人を引き裂くのには、充分すぎる。
いきなりきた。レッドドラゴンブレスだ。
灼熱の炎が塊となってぶつかってきた。
三人はそれぞれ機敏に避けるが、狭い場所でのこと。空気が熱せられた。酸素が炙られると、それだけで呼吸が苦しい。
レッドドラゴンブレスを吹き付けられた後の石は、見事に熔けている。数千年、朽ちることの無かった石を、一瞬で融かすだけの激しい熱量。
ザックスは興奮した。
性的な快感に似ているが、どんなイイ女の、どんな扇情的なポーズでも、淫らな様だろうと、この脳天を突き抜ける興奮には敵わない。
暴力を戦いの恐怖も、己の死でさえも、強烈な快感として還元してしまう。
これがソルジャーなのだ。ソルジャーは狂っている。
だがこうでなければ、ソルジャーではない。
己の皮膚が焦げる匂いを嗅ぐ。
己の流れる血の味に酔う。
洗浄に身を置き続け、戦い続け、殺し続ける。狂気の戦場にありながらも、尚かつ勝利することを原則とするソルジャーとは、こういう生き物なのだ。

重力を全く無視したクラウドは、ドラゴンブレスを避けて壁へと飛び移っていた。
空中でマテリアを煌めかせる。魔力が満ちる。
魔力が低いザックスの肌が粟立つほどの強い魔力だ。
――召喚か!
煌めいたマテリアの色は赤。
この魔力の大きさといい、召喚マテリアを使うつもりなのだ。
レッドドラゴンを倒すのに一番有効なマテリアは、竜王バハムートか――
もし本当にバハムートが召喚されたら、勝敗はすぐ決まるだろうが…
――おもしろくねぇゼ。
歯をむき出しにして、ザックスは凶暴に笑う。


召喚マテリアを向けようとした軌道にザックスが割り込んだ。クラウドの端正な顔に疑問が走る。
「悪いな――」
「だが、コイツは俺一人に倒させてくれ」
こんな強いモンスターには、なかなか出会えない。しかもミッションに関係なく、戦えるなど稀だ。
「頼む、クラウド」
生か死か。この己の命をかけたスリリング過ぎる遣り取りほど、ソルジャーを酔わせるものはない。
ミッション時ならばまだ堪えも効くが、今は違うのだ。
――頼む。
思う存分、戦いたい。

青い瞳がすうっと細められる。
クラウドはもう一度床を蹴ると、部屋の端まで飛んだ。ナナキもそれに従う。
「すまねえ、クラウド」
「――ザックスはソルジャーだからな…」
こうなるのも仕方がない。
クラウドはソルジャーをよく理解している。
さすがはセフィロスの恋人兼育ての親だというところか。
まともなヤツならば、ザックスの身勝手な頼みなど無視するだろう。せめて共同で倒そうとする。
クラウドは知っているのだ。戦いの快感を求めるソルジャーは、気の済むようにさせるのが一番なのだ、と。
レッドドラゴンは強い。だがザックスは更に強い。
ザックス一人でも勝てるだろうが、リスクはある。ザックスも傷つくだろうが…
しかし、そうだからこそ戦うのがソルジャー。
クラウドは素直に剣を引く。ナナキにも退かせた。

――これで思う存分ヤレる。
ザックスの身体から闘気が溢れ出る。大柄な身体が、更に一回り膨れあがった。全身の筋肉が膨れたのだ。
藍の魔晄からも闘気がぎらぎらと放射される。
まるでザックスこそが、モンスターであるかのように。





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