3,
長い長い石造りの階段の天辺に、三人は到着する。
「ここから入るのか?」
「ここは祭壇の間と言う。ここから入るのだ」
ナナキが先頭に、次にクラウド。殿はザックスが勤めた。
生き物の気配は全くしないのに、松明は今灯したばかりの勢いで、炎を上げている。
完全なる異空間。ザックスにもこの神殿の特異さが、肌で伝わってくる。
決して禍々しいものではなく、頭を垂れてしまいそうな、厳粛なものだ。
ザックスは無神論者だ。田舎出身のザックスだが、信仰とは縁遠いところで生きてきた。
ミッドガルに来て、神羅に入隊し、ソルジャーになってからは、特にそうだ。
そんなザックスでもここでは祈りを捧げたくなってしまう。
具体的な何者かにではなく、形ではないもっともっと大いなる者への祈りを。
祭壇の間は思いの外狭い。黒曜石で出来た祭壇があるのが目立つ。祭壇の正面にある壁には、変わった形をした像が松明の明かりで揺らめいていた。
クラウドは祭壇の前に進み出ると、黒く光るくぼみに、懐から取りだした何かをはめ込んだ。灰色とも緑ともつかぬ、丸い石。ゲートキーパー。
それが一体なんなのか?
何をしたのか――それはすぐに解った。
狭い祭壇の間から、道が出来たのだ。
「ここからが神殿の本当の内部となる」
クラウドとナナキはそのまま内部へと。追いかけたザックスは、辺りを見回して、思わず声をあげた。
「こりゃ、スゲえー」
それは石造りの、大がかりな迷路。
石の階段があちこちに複雑に組み込まれている。階段は上がっているのか、降りているのか。上がればいいのか、降りればいいのか。それすら判断がつかないほどだ。
ソルジャーの視力と感覚を以てしても、これは迷うだろう。
キョロキョロとしきりとあちこちに向け、見回すばかりのザックスを差し置いて、クラウドとナナキはしっかりとした足取りで先へと進んでいく。
「おい!待ってくれ」
慌ててザックスも後を追うが、その足取りはおっかなびっくりなままだ。
「コスモキャニオンと同じ匂いがする…」
呟くナナキにクラウドも賛成する。
「古代種の思念でいっぱいだな」
会話しながらも進む足取りは迷いない。
「道、わかるのか?」
そうだとしか見えないのに、クラウドの答えは否だ。
「ここに来たのは初めてだが、古代種の思念が導いてくれているから、迷わない」
そう言うクラウドの視線の先をザックスは辿る。
ザックスの視覚が映すのは、苔とツタと岩と、古い石造りの階段と――
「あっ――」
幻か!?
それとも陽炎か!?
半透明のシルエットがあった。確かに、ある。
更に目を凝らしてみると、シルエットは小柄な老人のようで。
「ちょっと!アレ、なんだ!?」
「――思念体だよ」
古代種の思念体。あれは生きている者ではない。
「心配しなくてもいい」
ちょっと怯えているザックスも愛嬌がある。
ソルジャーなのに。この世界の強さの象徴なのに。
丸太のように太い腕。張りつめた実用的な筋肉は、正に戦いを具現化したものだ。
厚い胸板。肉の張った太股。がっしりとした腰回り。
手一本あれば、人の命など容易く奪えるのに、どうやらこういうのは苦手のようだ。
ザックスは不思議だ。苦手だという己を殊更隠そうとはしていない。そんな単純さはクラウドにとって好ましかった。
ソルジャーとしての有能さ、その資質をも含めて、きっとセフィロスもザックスを気に入っているのだろう。だからこそ、セフィロスはザックスを同行させたのだろう。
これまでも幾人かのソルジャーを同行させてきた。その度に思う。
セフィロスは余程クラウドという人と成りを理解しているのだ。
同行させたソルジャーは皆、人付き合いの苦手なクラウドでも一緒にいて抵抗のない相手ばかりだった。
そして皆、セフィロス直属のソルジャーとなっている。
――でも、怯えたソルジャーは初めてだな。
不謹慎なことを考えつつ、クラウドは安心させてやる。
「オレ達が迷わないように案内してくれてるんだ」
「本当か!?そうと見せかけて、俺達を迷わせようってんじゃないだろうな」
本心から疑っているのではない。これも怯えからだ。
ザックスのこういうシンプルなところが素直で好ましい。
子供とはこんなものなのかも知れない。ふと過ぎった。
セフィロスはかなり一般から懸け離れた“子供”であったが、確かに成長した今よりも昔はもっと反応が素直だった。
ザックスと居ると、懐かしくなる。だから余計に憎めない。
「心配しなくてもいいよ」
ほら、と思念体の後に続いていくナナキを指して、
「ナナキがついていってるんだ。問題ない」
炎が点る尾が、優雅に揺れる。まるで指揮棒のようだ。
ザックスはおっかなびっくりのまま、左右に揺れる炎を見つめる。
「先を急ごう」
クラウドに促されて、ザックスはやっと重い足取りながら、先へ進んでいった。
石の階段を上がったり下りたり、蔦に掴まったり移動したりを繰り返し、ある入り口へと辿り着く。
その内部はうって変わって一本道。暗い空間にぽっかりと、石の通路だけがある。
ザックスは足を踏み入れた途端、襟足から震えがゾクゾクと上ってくるのを感じた。
「トラップがある。気をつけろ」
先頭を行くナナキが、振り返る。
「私の後に続け」
ナナキの辿る足取りをそっくり真似て、同じ場所を踏み外さずに進む。
するとやがて暗闇だった通路に一カ所だけ明るい光が射した。紫がかったなんとも不思議な光だ。
ナナキはその光に向かっていった。クラウドとザックスも後に続く。
不思議な紫の光の発生源は、通路の奥まった場所にあった。ここも石造りで出来ている。石で出来た四本の柱に囲まれた、丸い空間。そこから淡い紫の光が溢れていた。
ザックスの感じるゾクゾク感が一気に増す。
――なんだココは!?
恐怖ではない。モンスターの巣穴に入った時のような禍々しさはないが、やはりここは異質だ。異質さの中心のひとつがここらしい。
「井戸だ…」
「?」
「古代種の意識に溢れている」
自らが「井戸」と呼んだ丸い空間のすぐ傍まで、クラウドは近づいていく。
すると待ちかねていたかのように光が変わった。紫色が強くなり、輝きながら天に向かって貫く。
反射的に、ザックスは背中のバスターソードを引き抜いた。腰を低く落とし、警戒を露わにする。
ナナキが低く唸る。
「敵ではない。古代種の意識がクラウドに応えているのだ」
紫の眩い輝きに照らされて、クラウドも輝く。
それは幻想的な光景だった。クラウドも輝きの一部となっているかのように。
「――オレの名はクラウド」
静かに輝きに向かって語りかける。
「答えて欲しい――」
「星と対話がしたい。方法を教えてくれ」
紫の輝きが震える。と、輝きの内側の空間にある光景が浮かび上がってきた。
場所はこの神殿なのだろう。今よりもずっと神殿が新しく見える。これは過去の映像なのか。
石造りの部屋で一人の女が跪いて祈りを捧げていた。
長く伸ばした栗色の髪は、俯いた女の顔と肩に広がり、ベールのようだ。
相当深く祈っているのか、まだ若いであろう女の眉間には、不似合いな皺が出来ており、額には汗さえ浮いていた。
暫くしてたまりかねたのか、女が顔を上げる。瞳は緑。セトラの色。
――エアリスに似ている…
どこがどうというのではないが、エアリスによく似た面差しをしていた。
女は沈痛そうに顔を歪めて、叫ぶ。
「どうして…、祈りに答えてくださらないのですか」
星よ!アースよ!
「私達セトラは、何度もあなたの名前を呼んでいるというのに」
「アースよ。あなたは私達セトラを本当に見捨てられたのですか!」
アースよ。
アースよ。
――お願い…
何度も何度も、女は叫ぶ。
アースというのは星の名前らしい。星に人間のような意味でも名前があるのかどうかは知らないが、少なくともセトラは星を“アース”と呼んでいるのだ。
名前を呼びかけることが、対話のサインにでもなっているのか。女は答えがないのに、ずっと「アース」と叫び続けている。
「あなたはセトラと契約された、星の名前を捨ててしまわれるのですか!」
ついに、女の目から涙が落ちる。
それでも女はしきりと星の名前を叫ぶのだ。最後は泣きじゃくりながら、それでも必死に星の名前を叫ぶ。
「アースよ!星よ!」
場面が変わった。さっきの光景からはかなり年月が過ぎているらしい。
女は母となっていた。歳を取り、皺が出来た。瑞々しい若さはないが、その分落ち着きと豊かさが滲んでいる。
女の子供は娘だった。年の頃は13,4くらいか。母に連れられてこの神殿にやってきたようだ。
栗色の髪。緑の瞳。娘は明らかにセトラだ。やはりエアリスに、どことなく似ている。
少女は物珍しいのか、神殿のあちこちをしきりに見回していた。
「アースよ。私の娘です」
母となった女は娘を呼び寄せた。
自分そっくりの栗色の髪を優しく解く。
「あなたは私の声には答えてくださらなかった…」
ですが、
「私のこの命がある限り、いいえ、この身がライフストリームに還ったとしても、私はあなたの名を呼び続けます」
そして、
「この娘もあなたの名を呼び、私と同じように祈るでしょう」
娘の後も、又その子供が。次にその子供も。
こうしてずっと星の名前を呼び続ける。星の声を聞く為に。
「私達セトラが生き続ける限り、ずっとあなたに語り続けます」
女は娘に祈りの遣り方を教える。
跪き、両手を組んで、一心に星の名前を呼ぶのだ。
アース、と。
娘はぎこちなく母の動きを真似た。
ここで、映像は切れる。
――な・なんだ!?今のは…
(幻じゃなかったよな)
見たのだ。確かにザックスは見た。
幽霊なんて信じない。呪いなんて有り得ない。
田舎でまことしやかに囁かれていた、呪術なんて信じない。
人の核としての形容である“魂”は認めても、霊魂なんて信じない。
でも――見た。
今回は確かに見た。
幻でも、目くらましでもない。
古代種はいたのだ。
いや、クラウドの言葉が本当ならば、まだ古代種という人種は存在している。
映像の中にいた母親が言っていたように、古代種の末裔であるクラウドは、今でも星に祈ろうと、対話をしようとしている。
「どうしてなんだ!」
戸惑うクラウドの声が静寂に響く。
「どうして?なぜ?いつから…」
「星はいつから答えてくれなくなったんだ…?」
セトラはずっと祈り続けているというのに。
ずっと星の名前を呼んでいるというのに。
クラウドの父も星に祈り続けたセトラの一人だった。
クラウドははっきりと覚えている。父が一心に星の名前を呼び続けていたのを。
応じてくれないと半ば覚悟しつつも、諦めることなく最後の日まで祈っていたのだ。
「なぜに星は――セトラの呼びかけに応じてくれなくなったんだ!?」
星とセトラは強く結びついていたのだろう。それがどうして…?
何か理由がある筈だ。
そうでなければ、セトラが哀れすぎる。
紫の井戸に向かってクラウドは問う。その叫びは紫の光に吸い込まれていった。
すると、紫の淡い光が、別の場所で生まれた。井戸と同じ紫だ。
三人がやってきた方の通路ではなく、反対の、まだ行っていない所で光っている。
淡い紫はゆらゆらと揺れ、しきりと誘っているかのよう。
「…――あっちに行けってコトか?」
若干上擦ったザックスの声で、張りつめていた緊張が解ける。
クラウドとナナキは顔を見合わせ、まずナナキが先頭を切った。
慎重に紫の光を追っていく。そのすぐ後をさっきと同じくクラウドが続く。
今度はいらぬ軽口を叩かないで、ザックスもクラウドのすぐ後を追った。
バスターソードの柄に手を掛け、五感を張りつめさせたままで。