星の名前

裏側の世界シリーズ


2,


クラウドが飛行中のヘリのドアを開けたから、強い風が一気に吹き込んでくる。
思索に囚われていたザックスは、風の強さで我に返った。
へ路はすでに密林の上空、ぎりぎりの低空でホバーリングしている、
ちらりと下を確認だけして、
「先に行くから」
それだけ言うと、クラウドのしなやかな身体は空へと消えてしまう。ヘリから飛びだしたのだ。ひらひらと黒い袖のシルエットだけ残して。
パラシュートなしのダイビングを何の躊躇いもなくやってのけるとは。
正に唖然とするザックスを一瞥だけして、ナナキが続く。
燃える尾が視界から消えて、やっとザックスに現実が戻ってくる。
飛び降りなければならないのだ。次ぎに、己が。
ヘリは不安定な乗り物。長時間同じ位置にホバーリングし続けてはいられない。
ザックスは腹を括った。この時ザックスの背中を押したのは、1stソルジャーの意地だったのだろう。
誰もいなくなった後部座席に移動。ザックスは開け放たれたままの扉から、空中に向かってダイブを敢行したのだ。

よくぞ生きていた――と、我ながら震える。
物理ダメージを避けるべく、バリアのマテリア使いながら、飛び出す。
身体は重力と引力の作用で、飛び出した勢いそのままで密林へと落ちていく。
体重があるのが裏目に出た。ザックスは己の身体が恐ろしい勢いで地面に、いや密林に向かって落ちているのを感じる。
ソルジャーの優れた平衡感覚でかろうじて保っていられるものの、普通の人間ならば落ちている今の時点で気絶だ。
だがいかなるソルジャーと謂えども、この勢いの儘では全身を強く打ち付けて死ぬか、頭蓋骨が割れるか、熱帯の木に串刺しになるか…なんにしろケアルガではなくアレイズが必要となるだろう。それも間に合えば、だが。
その時、視界の隅で何かが光っているような気がした。
それは光を弾く金。
――クラウドか!?
輝く金はひとつの高い木の天辺近くの枝で光っているようだ――少なくとも、ザックスにはそう映った。
――格好悪いトコ、見せられねえよな。
密林の緑はすぐそこにある。ザックスを呑み込もうと待ちかまえていた。
バスターソードを握る。両手で大きく振りかざしたまま、ザックスは緑に向かって突っ込んだ。
「おおおおおおおおっ!」
ザザザザ。
枝が葉が、ザックスの身体を強く打つ。
叫びながらザックスは渾身の力を込めて、バスターソードを手近な木の幹に、水平に突き刺した。
上腕と僧帽筋がくっきりと盛り上がって膨れる。
肺が大きく動き、胸板が激しく鼓動を刻む。
唐突に落下の速度が止まった。幹に突き刺したバスターソードによって、だ。
その分反動のショックがザックスを襲う。
手がバスターソードから離れようとする。身体が大きくブレて跳ね上がった。
その全てをザックスは堪えきる。幹にぶら下がった身体はやっと止まったのだ。
こうしてザックスは、やっとこの島に降り立てた。

はあ、と深呼吸をしながら、身体の緊張を解く。木の枝や葉でついた切り傷はあるものの、大きな外傷はない。つくづく、ソルジャーとはタフな生き物だ。
と、そこへ、
「どうやら無事だったようだな」
クラウドだ。
さっき見たのは本当だったらしい。ザックスがぶら下がっている木の根本に立ち、上を見上げている。
澄み切った青い瞳が、熱帯のむせかえる緑の中、涼やかだ。
その様子はどこにも乱れがない。少し、悔しい
「神殿はあっちだ」
革手袋をはめた手が上がり、ある方向を指し示す。
そこにはナナキがいた。クラウドを待っているのだろう。緑の中の紅が燃え上がるようだ。
「神殿の前で待っているからな」
たったそれだけ。クラウドはザックスの反応も確かめず、身を翻していく。
ナナキのたてがみに触れたのがスタートの合図だ。
ぶら下がったザックスの目の前で、二人は弾かれたように密林へと行ってしまったのだ。
「あぁぁ!?」
ぶら下がったまま気の抜けた声をあげても、応えてくれる人はいず。
「ちょっと!待ってくれよ〜」
突き刺さったバスターソードを幹から引き抜きながら、そのままの動作でひらりと地面へと着地する。
そのまま二人を追いかけようとしたザックスは気配を感じ、立ち止まった。バスターソードの柄を握り直す。
現れたのはドァブゥルが数匹。むせかえる緑でムッとする密林の間から、ザックスを取り囲もうとしている。
「チっ。しゃーねーな」
戦いへと己の血が沸き立つのを、ザックスは感じる。バスターソードを構えた姿は、正に嬉々としていた。これがソルジャーなのだ。ソルジャーという生き物の本質は“戦い”への本能に似た欲求。
普通の人間が感じる怯えも、恐怖も、戦いにとってマイナスなものすらも、ソルジャーは全て闘争本能へと還元してしまう。
ザックスの魔晄の藍が凄みを増す。血を浴びる禁忌を知っている者のみが持つ輝きだ。
剣先を一番傍にいるモンスターに向けた。
そのまま、突っ込む。

ドァブゥルの集団を倒したと思ったら、次はユンシャントドラゴンの登場だ。
ポイズンフロッグを蹴散らしながら走っていくと、ヘクトアイズが待ちかまえている。
ソルジャーの卓越した方向感覚は、しっかりとクラウドが指し示してくれた方向、古代種の神殿を目指していたが、どこまで行ってもクラウドも、ナナキも、いない。
それでもたまに気配だけは嗅ぎ取ることが出来た。後から考えるに、これはきっと二人が態とつけてくれた目印だったのだろう。
夜は危険を避けて木の上で。レーションを囓りながら、ザックスは二人を追い続ける。
そうこうして3日。わらわらと湧いてくるモンスター達を残らず蹴散らし、ザックスはやっとの思い出追いついたのだ。
そして、今に至る。


ザックスは怒りを引っ込め、バスターソードをくるっと回して、背中のホルダーに戻した。空いた両手を肉の厚い腰に当てて、神殿を見上げる。
今にも落ちそうな古い木の吊り橋の向こう、石造りの神殿がそびえている。
建てられてから相当の歳月が過ぎているだろうに、神殿周囲だけは密林の緑に侵食されていない。神殿の上は広い空がぽっかりとある。
ヘリで島の上空を旋回した時、どうしてこれだけの空間があるのを発見出来なかったのか。これもその“古代種”とやらの魔法なのだろうか。
台形に組み合わせた石の一塊りをいくつか重ね、神殿は出来ている。天辺に黒い入り口がある部屋が望める。それがどうやら入り口のようだ。
入り口まで続くのは、長い石造りの階段だけ。
「へえ〜。こんな島にこんなデカいもんがあるなんてな」
ところで、とクラウドへ振り向き、
「古代種って何なんだ?」
ザックスとはこういう男だ。
解らないことは解らない。知っていることは知っていると。
何事も無駄に取り繕わない。
女の子と仲良くなる手段のひとつとして、話を事実よりオーバーに演出することはあっても、コトミッションになると話は別。
戦う場所、地形、気象、敵について――誰が敵で誰が味方なのか。等々、情報は正しく得ておく大切さを知っている。
これが過酷な戦場の中でも生き残る条件のひとつなのだと、ザックスは心得ているのだ。
ザックスの質問に、クラウドではなくナナキが不審を露わにする。
「古代種も知らないのか?」
ナナキはずっとザックスを小馬鹿にした態度をとっていたが、今回は違っている。ナナキは悔しさともどかしさを滲ませていた。
ザックスだけではなく、クラウドもそう感じたのだろう。ナナキの頭を撫で、魔よけの飾りを指先で弾いてやる。
ひとつしかないナナキの目が伏せられた。深い後悔と懺悔を滲ませて。
クラウドはナナキに触れたまま、話し始めた。
「古代種はセトラとも言う――」
「文字通り、昔――大昔にこの星にいた人種だ」
「昔って?何時だ?」
「今から約2000年前にセトラは滅びた」
「クラウド!」
ナナキが遮る。
「セトラは滅びていないヨ!」
ああ、そうだね――クラウドは淡い、どこか儚い笑顔を浮かべる。
クラウドの容貌はきれいだ。どこもかしこも端正に出来ている。素晴らしい黄金率。
だが同じ黄金率のセフィロスとは違い、成長しきっていない幼さが残ったままなのだ。
それなのに、こんな表情をすると一気に年齢不詳となる。若いという意味の年齢不詳さではなく、年輪を感じるのだ。とても老成しているように見えてならない。
クラウドのこんな笑顔に、ナナキは黙り込む。ただ己の身体を一層強くクラウドに押しつけるだけで。
この遣り取りにザックスは察した。
滅びたらしい古代種セトラと、この二人とは縁が相当深いのだ、と。
「それで…――何でここに来たんだ?」
目的を知りたい。
「ここは今でも古代種の思念が強く残っている、数少ない場所なんだ」
古代種の知識の宝庫でもある。
「オレ達は古代種の知識を借りて、出来るならば星の声を聞きたい」
「星と対話出来れば良いと考えている」
――星の声?
――対話だと?
ザックスは疑念をいっぱいにする。
セフィロスの知り合いでなければ、頭のオカシイ奴らだと決めてかかっただろう。ザックスは知っていたのだ。セフィロスがどれだけリアリストなのかを。
クラウドも言葉を惜しむつもりはなさそうだ。話し続ける。
「セトラは星と対話をして、星を育て豊かにしてきた人種だったんだ」
それって――
「それは、つまり、あんたはそのセトラが2000年前にやってたコトを、今もう一度やってみようとしているってコトか?」
これも奇妙奇天烈な話であるが。
「――そうだ」
「あんたがヤルのか?」
「そうだが…」
そりゃクラウドがヤルか、ナナキがヤルしかないのは解っているが、ザックスが聞きたいのはそうではなくて、
「でも…それはセトラってのがヤレてただけで、俺達が出来るもんじゃねえんじゃないのか?」
セトラでなくとも、現代の人間でも出来るのならば、星の声というものは、もっとそこら辺りに溢れているだろうに。ザックスは少なくとも星と対話した人間も、星の声を聞いたとかいう人間も、そんな話も知らない。
星と言えば、せいぜい反神羅組織アバランチが「星、星」と吠えてるくらいのもんで。
「そうだ。今の人間には出来ないだろう」
「それじゃ、あんたも――」
「セトラは種族としては滅びている。でも完全に滅亡したと言うんじゃない」
「生き残りがいるっていうのか!?」
そうだ。
「純粋ではないが――末裔がいる」
「オレだ――」
――へ?
藍の目を見開き、まじまじとクラウドを見つめてしまう。
癖の強い金髪。作り物のように整った顔。年齢はよく解らないが…ザックスより年下か、同じ歳くらいだろう。
さっきのような老成した表情や、どこか品のある物腰。現実に生きて動いているのだと、生々しさの薄い雰囲気。
確かに――普通という一般の範疇には収まりきらないが…
「人間にしか見えないけど…」
というのが率直なところだ。
「外見はセトラも人間と同じだ」
「じゃどこが違うんだ?」
人間とは別の人種としてセトラがあるのならば、星の声を聞く以外にも何かの違いがあるだろう。
クラウドの答えは明確だった。
「寿命が長いんだよ」
「寿命――?いくつまで生きるンだ?」
「500年くらいは生きる」
「へえ!」
じゃあ、もしかして、
「あんた。ひょっとして俺より年上?」
「そうだ。あんたよりずっと年上だよ」
そうか。そうなのか――
「セフィロスの保護者っていうのは、ホントだったんだな」
苦笑するクラウド。こうやって表情が多くなると、断然お近づきになりたくなる。無表情の時はマネキンそのものなのが、一旦表情が柔らかくなると愛嬌が出てくるのだ。
――悪いヤツじゃねえな。
不器用なのは人付き合いが下手だからなのだろう。
他人との距離が測れないのだ。だからついぶっきらぼうな行動になってしまう。本人はそんな気はないのに。
セトラについての疑問も、ちゃんと答えてくれているし。ザックスを粗末に扱っているのではない。
どうやら年上らしいが(セフィロスよりも年上なのだろうか?)、この不器用さには何となく庇護欲も湧いてくる。
「まあ、とにかく――」
ザックスは思いっきり人懐こい笑顔をクラウドに向ける。
「よろしく頼むわ、クラウド」
名を呼んで握手を差し出す。
目の前に笑顔と共に差し出された分厚い掌にクラウドは戸惑う。
ザックスは辛抱強く待った。どちらかと言うと短気なザックスではあるが、クラウドに関しては待つつもりでいる。少なくとも、クラウドには待つだけの価値があった。
「――よろしく、…ザックス」
革手袋をはめていても、小さい手だ。女のような華奢さはないが、細工物のように繊細な造りだ。
ザックスはしっかりと握りしめる。はにかんだ笑顔をクラウドが浮かべ、握手に応じる。そっぽを向いたナナキとは対照的だった。



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