1,
古代種の神殿は南海の孤島にある。密林にそびえ立つ石造りの神殿だ。
こうして苔むした神殿を見上げると、懐かしい気持ちになってしまう。
それはナナキも同じらしい。
「星の匂いがする…」
しきりと鼻をヒクつかせている。
ナナキは星の守り手たる一族の生き残りだ。本来はコスモキャニオン辺りに住んでいる。
ナナキの父セトはクラウドの父に仕えていた。共に戦い、そして共に死んでいったのだ。
外見はネコ科の大型肉食獣に近い。燃えるような紅い体毛。尾の先は文字通り小さな火が点り燃えている。
一族の戦士である証たる刺青が四肢に入っており、装身具も身につけている。どれも魔よけの意味があった。
ナナキの一族はセトラと同じく極めて長寿だ。
星の守り手である一族だが、一族は代々戦士となる子が産まれると、生まれた子と同年代のセトラに仕えて共に生きていく、という習わしがあった。
一人の戦士は、一人のセトラに。仕えると言っても主従ではない。
セトラと戦士は互いに幼い頃引きあわされて、終生の誓いを結ぶ。
この誓いは絶対であり、もしセトラが先に星へと還った場合には、戦士は自ら望んで仕えたセトラと共に星へ還るくらいの、固い絆なのだ。
ナナキは人の数えでいうと48歳となる。星の守り手たる一族の年齢で換算するとまだまだ子供。15,6歳のやんちゃ盛りだ。
クラウドとナナキは生まれてすぐ互いの父によって引きあわされ、すぐに誓いを結ぶ。
それ以来つかず離れず。ある大きなアクシデントによってクラウドが眠りについていた9年近くの間さえも、ナナキはずっと眠り続けるクラウドの傍にいた。
ナナキはクラウドが好きだ。大好きだ。
強くていい匂いがする。それに優しい。きれいだ。
ハーフセトラだというが、匂いはセトラと同じ。クラウドの父そっくりだ。
髪と目の色以外は、とてもよく似ていると思う。
セトラはどうしてだか、栗色の髪と緑の目で生まれてくるものだ。
ナナキの知っているセトラ、クラウドの父や、エアリスの母、エアリスも、皆その色をしている。
それでいうと金髪碧眼のクラウドは、セトラとは言えないのかも知れないが、それは違う。色は違っていてもクラウドはセトラだ。
ナナキと誓い合った大切な、たった一人のセトラ。
星の守り手たるナナキ一族も、もう戦士はナナキで最後。もう一人のハーフセトラであるエアリスに仕える戦士は、もういない。
ナナキは内心エアリスではなくクラウドと誓えて良かったと思っている。
女の子のことは解らないし――何よりもクラウドが大好きだから。
ただひとつだけ、納得出来ないのは…、銀の髪とアヤシイ目の色をした、イヤなヤツのこと。
あのイヤなヤツはクラウドに育てられて大きくなった。まだ小さかったアイツをクラウドが抱き上げていた光景を、ナナキは幾度も見た。
イヤなヤツはどんどん大きくなり、クラウドよりもずっと大きくなった。
大人になって独り立ちしたのだ。
独り立ちしたのだったらクラウドに甘える必要なんてないのに、アイツは今でもずっと甘えっぱなしだ。
雄なのに、同じ雄であるクラウドを自分の番いにしようとしている。
誓い合ったナナキにさえも、クラウドの傍に居させようとはしない。
ナナキの前だというのに、クラウドの口を吸ったり、体中を舐め回したり、態とやるのだ。
大抵そういう時のヤツは、勝ち誇ったように嗤う。そういうトコも大嫌いだ。
――クラウドはエアリスと番いになるのに。
新しいセトラが生まれてくる。エアリスはともかく、クラウドはセトラの血が濃いから、きっと純粋なセトラに近い子供が産まれてくるだろう。
きっとそのころにはナナキも子供を作っている。ナナキの子供を、クラウドとエアリスの間に出来たセトラと誓わせるのだ。
それにはあのイヤなヤツがとっても邪魔なのだが…
――クラウドはアイツが好きみたいだもんな…
思い通りにいかないことや、納得出来ないこともあるんだって、まだまだ子供のナナキにも解っているんだけど――
ナナキはクラウドへと躯を寄せる。見上げて、金髪が風に揺れているところや、青い目がじっと神殿へと注がれている横顔を、やはりきれいだと思った。
クラウドの指がナナキのたてがみをスッと撫で上げる。視線を神殿から後方、うっそうとした密林へとやった。
遠くから誰かがこっちへと向かってくる足音。だんだん近づいてくる。
やってくるのは、もう一人のメンバー。
クラウドと二人きりなのを邪魔されてるような気がして、コイツのせいでナナキはずっと不機嫌なのだ。
体格の良い男だ。目は不思議な藍色。
山アラシのような硬そうな黒髪は、密林の中でも一際目立つ。
大きな動作にも関わらず、下草を踏む音もしない。確かにしっかりと踏んでいるというのに。
この男の動きは大型肉食獣のパワーと俊敏さを併せ持つ、野生そのものだ。
男はクラウドを見て、愛想良く笑う。瞳だけが尋常ではない魔晄の藍色。
ソルジャー・ザックス。これがこの男の名だ。
ザックスは密林から飛び出てくると、クラウドとナナキを認める。まさに3日ぶりの邂逅だ。
笑顔のままで軽く肩を竦め、人懐こそうなオーバーアクションをとった。
「ひっでーなー。俺を置いていくなんて」
3日前、ザックスと二人は別行動となった。それから丸二日、ザックスはモンスターと戦い、野宿しながら追いかけてきたのだ。
「ここでお前が来るのを待っていただけだ」
答えたのはクラウドではない。うっそりとナナキが大人びた口調で応じる。
「でもさあ、あれだけのモンスターの数だぜ。俺一人に押しつけないで、手伝ってくれてもいいだろ」
密林はモンスターだらけだった。ザックスのレベルからすれば大したことないモンスターばかりではあったが、数が数だ。比喩ではなくザックスは取り囲まれてしまったのだから。
クラウドとナナキは、と見渡してみても、二人(厳密には一人と一匹なのだろうが)はすでにザックスを置いて走り去っていった後で。
戦うのが仕事のソルジャーではあるが、置いていかれてしまった立場としては、何か一言言いたくもなる。
それなのに、ナナキは一言。
「あれくらい振り切れ」
セフィロス並の冷酷さで、バッサリと切る。
このナナキの態度にさすがにカチンときたのだろう。ずっと愛想の良かったザックスだったが、笑顔が引っ込んだ。こうなるとソルジャーの持つ非人間性が魔晄から立ち上ってくる。
星の守り手の一族、しかも戦士であるナナキはこのくらいでは竦まない。毅然と藍の魔晄を見返した。
剣呑になりかかったムードに割って入ったのはクラウド。
ナナキの腹を優しく撫でながら、ザックスに向き直ると、
「悪かったな。かえってオレ達がいたら、足手まといになるかと思ったんだ」
媚びへつらうものではない。
熱帯の植物が密集している為、開けた場所がない。狭く戦うスペースのほとんどない密林。ザックスが存分に剣を振るうのにかえって味方は邪魔になる。
クラウドが本当にそうだと考えていたのだと伝わってきて、ザックスの機嫌はすぐに上昇していった。
「それにセフィロスから言われてるしな」
「?」
セフィロスが?なんだった?
「あんたを鍛えるようにって」
――あっちゃー。そうだったな。
確かにそうだった。セフィロスはそう言ってクラウドにザックスを宛った。
かれこれ4日前になるか。ザックスはセフィロスに呼び出され、神羅本社にてクラウドとナナキを紹介されたのだ。
「護衛として二人に同行しろ」
もっとも、この二人に護衛の必要などないが、そこは方便だ。
「お前自身をしっかりと鍛えてこい」
「サー?」
「二人の、特にクラウドの命令は絶対だ。何時いかなる時でも彼の指示に従え」
「ザックス。これは命令だ」
「アイアイ・サー」
敬礼をして応じたが、いまひとつ納得は出来ない。
クラウド・ストライフと名乗ったのは、あのテロ事件の際に会った、あの青年だった。
すっきりと無駄なく整ったやけにきれいな顔。どこをどう見ても欠点がない。ザックスはついつい凝視してしまう。
そんなザックスが気に障るのか、ナナキと呼ばれた人語を操り理解する獣が、ぐるる、と低く唸る。
「では、明朝」
この一言でセフィロスに退室を促され、ザックスは腑に落ちないまま今回のミッションに就くことになったのだ。
ただ戻ってきたザックスの話を聞いたソルジャー達〜セフィロス直属のソルジャー達だが〜は「やはり、そうか」と囁きあう。あまつさえその中の数名に至っては、
「俺もやったことがある」
「ホントですか?ソルジャー・バルク」
1stソルジャー、バルクホルンは傷跡の残る頬を引きつらせ、
「気ィいれてしっかりやれよ」
同情を込めてザックスの肩を叩く。
「そんなに大変なんっすかあ!」
バルクホルンのタフさはザックスとてよく知っている。
そのバルクがこう言うなんて、どれほどの過酷さが待っているミッションなのだろうか。
ナナキはともかく、クラウドの外見とミッションの過酷さとが結びつかない。
「護衛っていうのは大変じゃない」
こちらは1stソルジャー、リック。神羅一の漁色家と噂される色男な顔をしかめて、
「二人には護衛なんていらないからな」
ならば何が大変かと言うと、
「二人にくっついていくのが大変なんだ。気を抜くと置いていかれてしまう」
クラウドの体格を考えると――。ナナキはそりゃくっついていくのが大変そうだが。
いつものタフな陽気さを消し去り、すっかりと思案顔になったザックスに、
「しけた面すんな。いい経験になるからしっかりやってこい」
バシン、と背中をソルジャー・ツイッテンにどやしつけられて、「はい」と返事はしたのだが…。
クラウド、ナナキ両名と行動を共にするようになって3日が過ぎた。
この3日でザックスは、ソルジャー達が言っていた“大変”の意味が掴めかけてきている。
ザックスとてソルジャー1st。神羅が造りだした人間以上の生物兵器。
人間は己のもつ潜在能力の30%しか使っていないのだと言う。
神羅は魔晄とそしてある特殊な処置によって、眠っている潜在能力を引き出すのだ。
知力、体力を始め視覚・触覚・嗅覚・味覚・聴覚などの感覚が飛躍的に向上する。集中力と精神力もあがる。持久力がつき筋力があかる。出せるパワーも桁外れとなる。反射神経が鋭くなる。
何よりも生命力。あきれるほどタフでしぶとい。異常なほどに。
皮膚の30%を焼かれると、命の危険に晒されるものだが、ソルジャーは違う。身体の半分以上が黒こげになっても死なない。
頭のすぐ隣で手榴弾が爆発しても、ソルジャーも生きている。せいぜい鼓膜が破れるか、軽い火傷を負う程度。
実弾が一発や二発、いや二、三十発当たったところで、脳か心臓にさえ命中しなければ、生きる。血液の半分を流しても死なない。
まさに超人であるソルジャーの、しかも1stクラスのザックスが、だ。
クラウドとナナキの動きには、ついていくのがやっとなのだ。
ナナキについては有る程度の覚悟は出来ていた。それはナナキの外見、姿形が獣だったからだ。
ザックスはニブルウルフやカームファングなどの、獣型モンスターを基準に、ナナキの能力を予測していた。これまで戦ってきた獣型モンスターよりも、上の能力を想定していたのだ。
この予測はある意味当たっていた。ナナキはザックスの想定より遙かに能力が高かったが、基本能力においてはそう齟齬はきたさなかったから。
全くの予想外はクラウドだ。身長でいうと190あるザックスとは20センチ近く小さい。体重に至ってはそれ以上に違うだろう。
なるほど背中に大剣を背負うだけはあって、筋肉はしっかりとついているし、身のこなしも鍛えられている。
テロの夜、七番街支柱爆破事件で垣間見た魔力のすさまじさは記憶に焼き付いていた。だからただ者でないのは解っていたが、ここまでとは。
4日前に指令を受け、翌朝ミッドガルからBIA式ヘリコプターに乗せられる。
クラウドはナナキのスリプルによってすぐ眠りにつき、目的地の島につくまでの間、実に5時間ほどずっとそのままだったのだ。
BIA式ヘリは通常神羅幹部達の送迎として使われている。ザックスがいつもミッションの際に乗せられている輸送機ゲルニカと比べると、乗り心地が雲泥の差だ。
何より内装が違う。コンテナ扱いされて乗せられるゲルニカは、本当に内装など何もない。剥き出しの鉄板の上に、弾薬や武器などと一緒に並べて詰め込まれるだけ。
それがどうだ。この快適な空調は。乗り心地の良いシートは。ゆったりとスペースがとられていて、轟音さえなければヘリに乗っているのを忘れそう。
ザックスは操縦者の隣に。クラウドとナナキは後部座席に並んでいる。眠りに落ちているクラウドを守るかのように、ナナキはひとつしかない獣の瞳を炯々とさせる。
ナナキを指すのに幾度か出てきた言葉“星の守り手”の意味など、もちろんザックスは知らない。だがナナキがクラウドを守ることに誇りを強く感じているのは、とてもよく伝わっていた。
ミッドガルから南に進路をとって、5時間近く経ってヘリはこの島についた。
上空から見ると島はどこもかしこも木、木、木。熱帯の植物が所狭しと競い合うように密集している。密林に覆われて島の様子を窺うことさえ出来ない。なにせヘリを着陸させるスペースすら見あたらないのだ。
ここでナナキがクラウドを起こした。目覚めたクラウドは島を眺めて、すぐに結論を下す。
「ヘリから飛び降りよう」
ソルジャー並の荒っぽい決断をこともなげに言い放つクラウドに、ザックスは内心驚く。容貌だけでその相手の実力を決めつけるつもりはないが、やはりこれだけきれいな顔をしているのに、これ程遣り方が荒っぽいのは、どうしても結びつかない。
何より――と視線はクラウドの身体へと向けられる。
女とは違うが、ほっそりとした腰。淡い色味をしている唇へと吸い寄せられてしまう。
――セフィロスの恋人なんだよな…
同性愛は世間一般で認められて久しい。マイノリティではあるが、異端ではない。
現に神羅には同性カップルは多い。ザックスも何カップルか知っている。
それは問題ではない。神羅の英雄の恋人が同性だというのは、別にショックではない。
クラウドに向けるセフィロスの執着が、普段の取り澄ました完全無欠な英雄様を知っているザックスとしては、認められないのだ。
あの時、七番街支柱の傍でクラウドがやってきたとき、セフィロスは甘えていた。
甘えた声を出して、抱き寄せて、抱きしめて――
あの光景は単純なものではない。すごくシンプルに恋人だから、という理由のものではなかった。
ザックスだって幾人モノ“恋人達”とそれなりに楽しんできたし、見てきたのだからそのくらいは解る。
もっと違う形があそこにはあった。
恋人以上で、ひょっとしたら父子・母子以上だったのかもしれない。
確かセフィロスが言っていた。クラウドは己の保護者だと。
そのことが深く関係しているのだろうか。ザックスはクラウドに縋り付くセフィロスに、多くの種類の愛情が凝縮した、ひとつの形を見たのだ。
――あれはなんだったのか?
その理由が知りたい。
あの形の意味を知りたい。