エアリスが手配してくれた民間船でゴールドソーサーに入った。
アルテマはバレット自らが工場のシャトルで運び込んでくれて、そのままバレット懇意の工場に置いてもらうことになっている。
もちろんゴールドソーサーに来たのは初めてではない。
仕事でもプライベートでも、ティファと共に何度も降り立った地だ。
だが今回は降り立つ前から不思議な緊張感を受けている。
確かに騎士は希少な存在だ。セフィロスのような美麗なファティマも、人目を惹くのに充分すぎるが…だが決して初めて目の当たりにするものでもないだろうに。
ましてやゴールドソーサーは中立地帯という場所故、お忍びの騎士がファティマを伴い訪れるのなど、珍しくもないのだ。
以前にゴールドソーサーに降り立った時は、そうだった。
ティファを連れているクラウドは、それなりの好奇心を向けられはしたものの、それだけでしかなかったのに。
今回向けられている視線は明らかに違う。
皆が騎士であろうクラウドとそのファティマに、異常な関心を向けつつも視線は合わせようとはしない。
遠巻きにして、顔を背けながら二人をじっと観察しているのだ。
騎士というだけで注目されることは常であるクラウドにとっても、この感じは苛立たしい。ましてや娶られたばかりの尊大な性質を持つ新米ファティマセフィロスには、不愉快以外の何物でもなかった。
彼はクラウドの背後にいつも以上に貼り付いて、周囲を威嚇している。
クラウドに近寄ることは許さない。視線を向けるのも許さない。と敵意を剥き出しにしたセフィロスにより、ますます二人は周囲から観察され、存在が浮くのだ。
当初酒場や人の出入りの多い場所で探りをいれてみようと計画していたクラウドだが、これは早々に諦めるしかない。
これだけおかしな注目を浴びているのだ。誰もクラウドに気安い話などしてはくれないだろう。
何より、セフィロスがこれだけ威嚇しているのだ。
――先に宿を探すか…
さっさと宿にこもり、自分たちは人前に出ない方が良いだろう。
――バレットにそれとなく聞き込んで貰うか…
バレットならばマイスター仲間がゴールドソーサーにもいる。
マイスターはその仕事柄、騎士に関しての情報が入りやすいものだ。
騎士であるクラウドには喋らなくとも、同じマイスターのバレットならば、口も軽くなるだろうし。
「…セフィロス。今晩の宿を探そう」
愛しのマスターを不躾な視線にこれ以上晒したくないセフィロスは、クラウドの提案をすぐに了承する。
数時間後二人は首尾良く今夜の宿を決めた後、バレットに連絡をとった。
すでにゴールドソーサーに到着しており、早速アルテマの整備に入っているというバレットに、すぐに工場を訪れる約束をする。
工場はゴールドソーサーのメインエリアから少し離れた郊外にあった。
そこは工場ばかりを集めたエリアとなっているのだ。
一日中煌めくネオンと絶対に途切れない人波ばかりの、ごちゃごちゃと猥雑なメインエリアから小一時間ほど離れるだけで、そこは驚くほど殺風景な場所となる。
工場ばかりが建ち並ぶその区画は、鉄の匂いと煙で充満していた。
ここもゴールドソーサーなのだとは、信じられないくらいに違いすぎる。
工場の建ち並ぶエリアは、大きな十字道路により大きく4ブロックに別れていた。
クラウドが運転するバイクタイプのディグは、十字道路の端に備え付けてある表示板の前で静かに停止する。
表示板にはびっしりと細かい文字で、それぞれの工場の場所が記してあった。
セフィロスは素早く表示板を読みとる。そしてインプットされてある工場を探し出した。
その間0.2秒。
「クラウド。このまま右に折れろ」
「わかった、右だな」
セフィロスの指示通り、クラウドはディグを進める。
右折してそこからは細かい路地へと。2つ目の角を今度は左に折れて、セフィロスのナビ通りに突き当たりまで走った。そこで、クラウドは総毛立つ。
――殺気だ。
ここからクラウドの身体は反射で動く。
彼は自分の身体より巨大なディグを、減速しないままで強引に横倒しにして寝かせる。
ディグは減速さえしないままで行った無茶な動きによって、路面から僅かに浮き上がり地面と平行になった。これではこのまま路面めがけて突っ込んでしまい、クラッシュする寸前だ。
いきなりのGに苛まれながらも、さすがは星団最高のファティマ、セフィロスもマスターから瞬間だけ遅れて異変に気づく。
セフィロスはクラウドの意図を察すると、愛しいマスターの背中を庇おうとするが、行動に移るよりも先に命令が飛ぶ。
「セフィロス。行け!」
マスターの命令には逆らえない。
セフィロスは浮き上がったままのディグから跳びだす。
一般のファティマの能力数値は、握力200キロ以上。背筋500キロ以上。反応速度は騎士の平均値の85%とされているが、セフィロスの数値はこれを遙かに超えている。
彼はなまじの騎士よりも優れているのだ。
跳んだセフィロスは近くの建物の外壁に行き着く。垂直の外壁に両足で着地したそのわずかの間に、ファティマはマスターを狙う敵を見定めた。
――あそこか。
あそこにも。あそこも、いる。
敵は全部で5名。
――クラウドを襲うなど、後悔させてやる。
セフィロスは一番近い場所にいる敵に向かって、更に跳んだ。
セフィロスが敵を見定めているその時、地面と平行になっているディグの表面すれすれにレーザーが数本通っていた。
クラウドがディグを平行にまで倒さなければ、確実にあたっていたであろう角度だ。
レーザーの軌道を追いかけるようにして、今度はディグを真っ直ぐに立てる。ディグは地面に垂直となった。
背筋を真っ直ぐに伸ばして、クラウドはセフィロスの姿を認める。
工場の垂直の壁を踏み台にしたセフィロスが、一番近い襲撃者に向かっていくのを見た。
ディグの側面に備え付けられてあるホルダーを空ける。
シュウッ。と空気の擦過音がすると共に、ホルダー内部から押し出されてきたのは、一振りの刀だ。
かなりの長さのある黒い鞘の刀をクラウドは掴むと、一声、
「セフィロス!」
よく通る声で叫ぶと刀を振り上げ、セフィロスの向かっている地点めがけて投げつける。
予備動作もなく無造作に投げつけただけなのに、刀は弾丸のように飛ぶ。
普通の人間ならば目で捉えることすらも出来ない。
騎士〜ヘッドライナー〜は通常の人間ではない。
彼らの生体反応速度は異常だ。時速180キロ以上で地上を駆け抜け、ハイジャンプひとつで30メートルの高さにも達する超人なのだ。
反応の早さはもちろん、だがそれのみにあらず。
騎士を構成している肉体、筋力、骨力、生命力においても普通の人間という種とは、到底比較にならない。
そして騎士は己の持つ超人的な力を、MHという星団史上最強の兵器をコントロールする為に存分に奮う。
そもそも何故騎士という種がいるのか?
話は星団史以前にまで遡る。星団史以前の昔、文明は現在よりももっと発達していたのだという。
冨と権力とを追い求め、文明を発展させてきた人々だったが、残念ながら現在の人間よりも強欲だったようだ。
優れた科学力を使い、彼らは戦争に明け暮れる。
殺傷能力の高い兵器を作り、大型の火器を作り、惑星さえふっとばせる武器を作る。
そうして行き着いた先にあったのが、“超人”だ。
あまりにも強力な大型兵器では、全てを滅ぼしてしまうことになる。
戦争に勝利したとしても、残るのは残骸となった星くずのみ。
これでは勝利しても何の意味もなさない。
そこで戦争での被害を最小限にするべく、もっと局地的な戦闘を想定し、敵兵だけを確実に屠っていき、味方にダメージの少ない最強兵器を考えたのだ。
人だ。人を改良して“超人”を生み出せば良い。
リスクも少ない上に、大型兵器を開発するよりもコストがかからない。不必要にダメージを与えすぎることもないだろう。
各国はこぞって遺伝子改良に着手し始める。
遺伝子の段階から組み替え、超人を生み出す。生み出した超人に薬物や過酷な戦闘訓練を課す。
こうして造り上げられた超人は、戦争の最前線に向かった――と言われているが、その顛末がどうなったのかは、星団史以前の資料はまともに残っていないため、誰も知らない。
ただ超人の遺伝子情報は、人間全員のDNAの中に散らばって残った。
現世に稀に出現する“超人”の末裔が、騎士〜ヘッドライナー〜なのだ。
騎士の出生率は極めて低く、約20万分の1。つまり20万人に1人しか生まれないとされている。
その上この低い確率から生まれた騎士の力を持つ子供が、立派に成人し必ず一人前の騎士になれるのかと言うと、それは違う。
現在存在している騎士の確率は、1億人〜2億人に500人。
正しく騎士は奇跡なのだ。
“超人”の遺伝子自体は、5つの星団に暮らす全人類にほぼ平等に存在していると言われている。
この影響だからなのか、父親が騎士だからと言って、子供が騎士になるとは限らない。
騎士の遺伝子は最弱とされ、なかなか遺伝されないのだ。
遺伝子は全人類に平等でも、遺伝子に眠る騎士の特性を血筋で継承させることは出来ない。
騎士の世襲が皆無であるとされるのは、これが理由だ。
ただこれにも例外はある。星団史以前から続いていると言われている、5つの星団にある5つの旧い王家は別なのだ。
お受けに限り王が騎士ならば、王の子はほぼ騎士として生まれつく。
エアリスも騎士の遺伝子が世襲される旧い王家の姫だ。よって彼女はダイバーでもあり騎士でもあるバイアとなっている。
セフィロスに刀を投げつけた後、クラウドはディグを腕力だけで停止させ光剣〜スパッド〜を引き抜く。
スパッドは刃の部分が光学発生式となっている優れものだ。
鞘もいらずレーザー銃としても使用出来る。重くもなくかさばりもしない。
セフィロスの持つ正宗のような実剣を持つ騎士もいるが、多くの騎士はスパッドを有している。
そしてこのスパッドを所有出来る者は、限られた人物のみとされており、一種の身分証明も兼ねているのだ。
クラウドは普段は実剣を使うが、彼の剣は成人男性の身体ほどの巨大な質量を誇っている為、今回ゴールドソーサーには持ち込んでいなかった。
星団広しといえども、あんな巨大な剣を扱うのはクラウドのみ。
つまりあの剣を振るうことは、クラウドの正体を大声でアピールしているも同じなのだ。
今回の任務は基本隠密である故、クラウドは実剣ではなく光剣を選んでいた。
手の中でスパッドを回す。
――軽いな。
軽い。本当に軽すぎる。
却ってクラウドにはこの軽さが扱い難い。
レーザーの帯が襲ってくる。
クラウドは騎士の能力でレーザーの軌道を捉えると、スパッドの刃を出し、瞬きひとつもしない間に、全てのレーザーを切り落とした。
レーザーがクラウドに通用しないのは、予め予想されていたのだろう。
切り落としている最中に、二人の敵がクラウドの斜め後方と頭上から、同時に襲いかかってくる。
この動き。普通の人間ではないが…
――騎士!?ではないな。
騎士にしては動き方が違う。
こいつらを騎士のレベルに当てはめるとすると、騎士になったばかりの新米よりもお粗末だろう。
スピードもパワーもそれなりにはあるようだが、全身の統制がとれていない。
次にクラウドの脳裏に過ぎるのは、
――薬物か?
脳に直接刺激を与え、異常なパワーをださせるという薬物は確かに存在している。
しかし普通の人間がいくら薬物の助けを借りようとも、騎士に比べれば段違いに劣っていた。
おまけにこの薬物は副作用が酷い。一度使用すれば、異常なパワーをだす反動で身体はボロボロとなり、数度使用すれば脳が完全にヤラれてしまう。
よって星団法で禁止されているものなのだ。
だが完全に禁止される筈などなく。闇で改良品が出回っているとは聞いていたが。
クラウドは斜め後方から襲いかかってくる敵に、まず狙いをつける。
スパッドの刃を引っ込めてから、自ら敵に向かっていく。
騎士の走力は時速180キロと言われている。これはあくまでも騎士一般の数字だ。
クラウドは腰を落としバネをたわめて、一気にダッシュをする。
このダッシュは時速180キロを有に超えていただろう。
秒単位よりも短いコンマの速度でいきなり目の前に現れたクラウドに、斜め後方から襲ってきた敵に怯えが走る。
そこからのクラウドの攻撃はむしろシンプルだ。
彼は敵の両肩と両太股、それぞれの関節をスパッドで砕いてしまう。
最後とばかりに頸骨を砕かないように軽く撫でて、脳からの伝達機能を麻痺させる。
そうやって身動き出来なくなった敵の身体を片手で掴むと、頭上から襲いかかろうとしている敵に向かって無造作に投げつけたのだ。
無造作に投げつけた、といえどもクラウドは騎士だ。
投げられた敵は人の形をした凶器となって、味方に向かって飛んでいく。
うぎゃ、とも。あぎゃ、とも。なんとも形容しがたい叫び声と共に、ぐしゃりと肉が激しくぶつかる音がした。
何せ頭上から襲ってきていたのだ。当たり前にある重力によって、加速していた敵は、いきなり飛んできた仲間の身体から避けることも出来ず、クラウドの目論見通り激しくぶつかってしまう。
もつれ合いながら地面に落ちてきた二人の敵は、どうにか立ち直ろうとしても身体のダメージを受けすぎていてどうにもならない。
おまけに投げられた敵に至っては、脳からの伝達回路がクラウドによって寸断されているのだ。
意識はあっても手も足も、それどころか首から下はどこも動かない。感覚すらないだろう。
もがく仲間の上に乗り上がったまま、血走った目でクラウドを睨み付けるのが精一杯のところ。
クラウドは無造作に近寄ると、まだ動ける敵の身体も同じように砕く。
――あまりにも弱すぎるな。
コイツらが本当に、これまで騎士を攫ってきた犯人なのだろうか。
それにしては弱すぎる。
いくら隙をつかれたと言えども、こんな弱い敵に倒される騎士などいるまい。
――まあ、それは後で考えることにするか。
そうして敵二人の行動を完全に沈黙させてしまってから、クラウドは自分のファティマへと感心を向けた。
ファティマは一般には騎士の85%の能力を有しているとされている。
裏返してみれば、ファティマとは騎士以上の能力を持たないように制限されているのだ。
ただし物事とはいつもどこかに例外がつきもの。
ファティマの例外はこのセフィロスだ。
一人目の敵と遭遇する寸前、セフィロスはクラウドから投げられた刀を空中で受け取った。
刀の銘は正宗。
クラウドに娶られたセフィロスが、唯一持参した品物がこれだ。
セフィロスの生みの親の一人となる、ガスト博士がくれた実剣だった。
騎士でもないファティマが、自分所有のスパッドや刀を持つことはない。
だがガスト博士は正宗をセフィロスに与えたし、クラウドもまたセフィロスが正宗を所有することを認めてくれたのだ。
正宗は実剣にしては非常に刀身が長く、セフィロス以外には非常に扱いづらい得物であった。
クラウドも自分の身体の大きさと大差ない大剣を奮うが、彼にしては正宗は軽すぎるらしい。
軽すぎて、これでは存分に振り回せないというのが、クラウドの感想だった。
それに、きれいすぎて怖くなるような剣だ――とも。
正宗の長い刀身は、背筋が凍えるような曲線を描いている。
むしろ緩やかな反り具合の曲線は、他の形容〜優美だとか、典雅だとか〜も当てはまるだろうが、それよりもやはり刀を見つめているとゾクリとした震えが足下からせり上がってくる、そんな妖艶さがあるのだ。
「これは魔剣なのかもな」
人に魅入り、血を求める。
そんなあやかしを秘めている剣なのかもしれない。
クラウドはそう言ったが、だといってセフィロスが正宗を持つのには反対しなかった。
むしろ、
「その方がお前らしいな」
と笑ってさえみせたのだ。
クラウドの許しを得た瞬間から、正宗は正真正銘セフィロスの愛刀となった。
セフィロスは正宗を鞘から抜き放つと、みねの部分で敵を打つ。
クラウドは殺す気はなさそうだ。とすれば、ファティマは騎士の意向に従うべき。
胴体部分は急所の塊だ。当たり所が悪ければ、即死させてしまう可能性もある。
セフィロスはまず手足をもいで、敵の機動力を削ぐことにする。
計らずしもマスターであるクラウドと同じ行動となるが、これが一番有効なのだ。
みねで右足を。返す刀、鞘の部分を使い敵の利き手である右腕をうつ。
――!?
攻撃は見事に決まり、敵は声もあげられない苦悶の中で、地面へと落ちていくが、セフィロスはある違和感を覚えていた。
――こいつらは騎士ではない…
そして、
――これは、普通の人間でもない。
薬物を投与しているのか――と考えたクラウドとは違い、セフィロスにはある心当たりがあった。
――まさか…
思索するセフィロスの目前に、もう一人の敵が迫ってくる。
その敵が持つ実剣の鞘に填っている、独特の輝きを持つ石を見つけて、セフィロスの疑念は裏付けられた。
あまり大きくはない石。手に持てる大きさのこれは、ただの石ではなく――
――マテリア!?
マテリアを用いて戦うのは、決まっている。
――これは!ソルジャーか…
人工的に騎士の能力を与えられるべく、改造された人間。
これを研究者達はソルジャーと呼んでいた。