五星落涙

FSS シリーズ


いざ改造を始め、試乗ともなると、バレットはセフィロスを認めるしかなかった。
なによりマイスターとして、ファティマとしてのセフィロスの素晴らしさを見せつけられるのだ。
いくら心情的に気に入らないからと言え、これだけの性能を持つファティマは他にはいないだろう。
マイスターとしては素直に認めるしかない。


アルテマウェポン――それは謎のHMである。
数千年前と推定される地層から偶然発見されたマルテマウェポンは、全く未知のMHだった。
こびりついた土と泥を落としきれいにした状態でバレットの元に持ち込まれてきたのが、アルテマとの出会いとなる。
一目見て、これは現在の科学力では有り得ないMHだと気づく。
バレットはマイスターとして携わるMHには、どれも敬意を払ってきた。
MHとは不思議な機械だ。装甲を肉とし、オイルを血とし、最先端のメモリーを脳として、彼らは生きているのだ。
生きて、何より自分の意志というものがある、と。
バレットの考えを裏付けるかのように、数多くの騎士やファティマ、マイト、マイスター達も、同じようにMHの意志に遭遇してきたのだ。
だが特にアルテマの意志は強固であった。整備はかろうじてさせてはくれるものの、誰にも操縦させようとはしない。
完璧な整備がしてあるというのに、誰かがコクピットやファティマシェルに整備目的以外で乗り込もうとすると、彼は動かなくなるのだ。
拒絶して己の殻に閉じこもってしまう。
この変わった謎のMHの噂は、すぐに広まる。バレットの元に多くの騎士がやってきた。
麗しいファティマを従えた著名な騎士も、幾人もいた。
だがアルテマは、どのような働きかけにも全く動かず反応さえしない。
こっとこれはただの骨董品なのだと、アルテマの存在が忘れ去られようとした頃に、クラウドがやってきたのだ。

当時のクラウドはまだ騎士になったばかりの子供でしかなかった。
娶ったばかりのティファと揃って現れたクラウドは、バレットの目からみれば、存在自体が儚いほどに頼りないとしか思えなかったものだ。
(どっちがファティマなんだよ)
まだ未発達のほっそりとした肢体。濁りのない見事な金髪。深く澄んだ蒼い瞳と白く透き通る肌。
何よりもまだ面構えが騎士のものではない。
美醜年齢性別に関わらず、騎士とはやはりそれらしい顔つきになるというのに、目の前にいる少年はガラス細工ような繊細な顔立ちのままだ。
超人として戦いを宿命づけられた、騎士の顔にはどうしても見えない。
身長もまだ大してなく、ティファよりもかろうじて高いくらいでしかなかったのもあるのか、どこからどう見てもファティマが二体仲むつまじく並んでいるようにしか思えなかった。
腕は良いが偏屈者のファティママイトダンカンは、バレットの古くからの友人である。
そのダンカンが久しぶりに製作したファティマ、それがティファだった。
それからダンカンはファティマを制作していない為、ティファはダンカン最後のファティマである。
カプセルに入る前、まだ幼い頃からティファを知っていたバレットは、彼女をとても可愛がっていたのだ。
本当の人間の娘として、バレットはダンカンと共にティファに接してきた。
ティファもバレットの親切に応え、彼を純粋に慕っていたのだ。
自分が選んだ騎士を慕っているバレットに合わせたかったのだろう。クラウドがバレットの元を訪れたのは、ティファが言い出したから。
クラウドはまだほんの駆け出しの騎士でしかなく、所有のMHを持ってはいない。
出来立てほやほやの騎士とファティマは、紹介ついでにクラウドでも持てるようなMHはないか、とバレットの工場のあちこちを見て回り、そしてアルテマを見つける。


漆黒の巨体。威風堂々とした佇まい。
迫力に気圧されてしまうティファと違い、クラウドはアルテマに魅入られる。
そして――アルテマも。


あの時の出来事をバレットは忘れない。
アルテマはそもそも人目に触れないように、鍵のかけられた一番奥の倉庫に保管してあったはずなのに、どうしてだかクラウドを案内したカーゴにあったのだ。
あるべきはずのない場所にたたずむアルテマは、どう考えても自分の意志で勝手に移動したとしか思えない。
あるはずのないアルテマを認めて驚愕するバレットの目の前で、クラウドが操られたようにアルテマへと近づく。
そして信じられないことに、教えてもいないのにクラウドはこう言ったのだ。
「…アルテマウェポン――」
と。
小さく呟かれた声に、動力も入っていないアルテマが応じる。
ブイィィィィィ。
作動音が地鳴りのようだった。
そして、アルテマの目が開く。いや正確に言うと、動力が入った為、目の部分のカメラが作動を始めたのだが、どう見てもアルテマが自分の意志で目を開いたかのように見えたのだ。
目を開けただけではない。
クラウドがアルテマへと手を伸ばすと、アルテマもそれに応える。
固定してあった拘束具のボルトを飛ばしながら、アルテマの左手が動いたのだ。
クラウドへ向かって。

アルテマはクラウドを選んだ。
クラウドもアルテマを選んだ。
だが残念ながら、アルテマはティファは選ばなかった。
ファティマシェルにティファは乗せたが、支配はさせなかった。
クラウドのファティマだからこそ、ティファの存在を許しはしたが。


それがどうだ。アルテマはセフィロスを選んでいる。
戦闘時のみであろうとも、セフィロスを認め、己のコントロールを預けている。
ティファの性能ではアルテマの真の力を引き出すことが出来ないままだったが、セフィロスは違う。
彼はクラウドのサポートを完璧にこなし、アルテマをねじ伏せ、その能力全てを的確に存分に発揮させているのだ。
試乗や簡単な模擬戦でさえそう思わせるのだ。
これが実戦となるとどうなるのか――バレットは戦慄する。
すでに“金の騎士”という二つ名で呼ばれているクラウドだが、このファティマをパートナーとした今、この先更に強くなるのは間違いない。
ティファとでは辿り着けない境地まで至るだろう。
もしかしたら“剣聖”の域までも。
その上なにより、
――このファティマ、本気でクラウドに惚れてんだな。
始めエアリスから話を聞いた時には、とんでもないファティマだと思った。
禍々しい存在だと。絶対にクラウドの側に置いて良い筈はないと。
今はいないティファの為にも、セフィロスなどクラウドの側から引き剥がしてやろうとさえ考えていたのだ。
――まったく、呆れるぜ。
そんな事を考えていた自分にも呆れるが…


バレットは試乗を終えて戻ってきたアルテマを出迎える。
まずファティマシェルからセフィロスが飛びだしてきた。正しく“飛びだしてきた”という形容がピッタリくるくらい素早い行動だが、セフィロスがやるとどこまででも優雅に見えるから不思議だ。
セフィロスは飛びだして、クラウドが出てくるのを待つ。
その様子は恋する姫君に忠誠を誓う騎士そのものだ。騎士はクラウドの方だと言うのに。
コクピットから出てきたクラウドにセフィロスは当然のように手を差し出す。
クラウドは苦笑しながらも、セフィロスに付き合ってやった。
セフィロスはクラウドの手をそっと握ると、エスコートをする。
二人の身体は腕一本の距離で寄り添った。
――あ〜あ。ファティマのくせに、嬉しそうなツラしやがるぜ。
大きく表情を作っているのではないが、傍目から見ても充分にセフィロスの歓びは伝わってくる。
このファティマは、本気でクラウドに惚れているのだ。
バレットは“全身全霊”という古い言葉を思い出す。
人工生命体、ファティマセフィロスは、己の全身全霊を傾けてクラウドだけを追いかけている。
クラウドもそのことを理解しているようだ。
生来の不器用さのままではあるものの、クラウドは彼なりの方法でセフィロスを受け入れようとしている。
こんな二人の様子は、なぜかしら微笑ましい。
ぎこちなくて不器用で、顔を見て手を取るだけであんなに歓んでいるのだ。
遙か彼方にある淡い初恋のようで、見ているこっちが呆れてしまう。
バレットは別々に用意していた部屋を、二人一緒にしてやろうと決めた。


コレルにあるバレットの工場にやってきて、もうすぐ二週間となる。
夜が明けてきた。徐々に白く明けていく外の風景を頭に描きながら、セフィロスはすぐ隣に眠る愛しいマスターの背中にそっと耳をあて集中する。
トクン。トクン。トクン。
規則正しい鼓動を耳だけではなく全身で聞きながら、セフィロスは目を閉じられる。
クラウドと共に過ごすようになり、セフィロスにとって世界はやっと意味を成すものとなっていった。
充実しているというのは、こういうのを指すのだろうと。
クラウドと共に過ごす時間は、特に何もしなくとも歓びに彩られるのだが、特にベッドの中での二人きりのこの時間が、セフィロスは一番気に入っていた。
ファティマの人工皮膚に負けない美しい肌は、透き通るようだ。
病的に白いのではない。ちゃんと生きている美しさだ。
生きている肌は滑らかで、幾度触れても飽きが来ない。
動くたびに皮膚の下から現れてくる筋肉のうねりに、やはり彼は騎士なのだと実感はするが、セフィロスにとってクラウドはすでに愛しい存在だ。
クラウドが騎士であるとなかろうと、すでに共に生きる決意はしている。
目を覚ますタイムリミットまであと少し。
その時がくるまでゆったりとまどろんでいようと睡魔に委ねかけたその時、無粋な電子音が鳴った。
――誰だ。
セフィロスがこの不愉快な電子音に眉を顰めている間に、すぐ目の前を白い腕が伸びる。
寝間着代わりのシャツの間から伸びる腕は、クラウドのものだ。
さすがに騎士と言うところか。この一瞬に覚醒しきったらしい。
剣を振るうべく鍛え抜かれた腕は、セフィロスの腕と比べても遜色のない筋肉がついていた。腕は伸びて迷うことなく呼び出しに応える。
『――クラウド。早くからすまねぇ』
バレットの野太い声が繋がる前に、クラウドはベッドから身を起こして、ちゃんと応対出来る体勢をとっていた。
ついさっきまでセフィロスがくっついていた背中は、すでにしゃんと伸びている。
「どうした?なにかあったのか?」
ただし声は、まだ寝起きのままだ。少し掠れていて、甘い。
『エアリスから通信だ。繋ぐぞ』
「わかった」
オフとなっていたモニターが繋がる。
そこには栗色の髪を柔らかく巻いた、いつものエアリスがあった。
セフィロスはこの女が気に入らない。クラウドの側近くにいて、自分よりも付き合いが長いだけでも腹立たしいのに、エアリスはクラウドがセフィロスを娶ったことに反対なのだ。
その上まるで自分の所有物のように、クラウドを支配しようとしている。
こんな女にクラウドが仕えているというのも、大いに気に入らない。
今だってそうだ。起床する前の幸せなまどろみを、まんまと奪い去っているではないか。
セフィロスも仕方なく起きあがると、モニターの可視範囲から外れた場所から、愛しいマスターの横顔を観賞した。
――クラウドは、きれいだな。
寝起きだからいつもより更に奔放な金髪も良ければ、目尻まできれいに生えそろった金の睫毛の長さも丁度良い。
髭など見あたらない滑らかな頬のラインも、鼻梁の角度も絶妙だ。
身体のサイズも丁度頃合いだ。これ以上小さければ長身のセフィロスにとって物足りないだろうし、かと言って自分と代わらないほどゴツイ身体も遠慮したい。
腕の中にしっくりと収まる。思いの丈を込めて抱きしめても、壊れない強さ。
セフィロスという明らかに規格外のファティマを娶ってくれる、強靱でしなかやな精神と。いつまで経っても物慣れない不器用さと。
そのどれもがきれいだ。
いつもならばじっくりと観賞できない姿を、セフィロスは堪能する。

一方、モニターが繋がったエアリスは、クラウドの姿を認めると緊張で強張らせた頬を少し緩めた。
『ゴメン。こんな朝早く』
「いいよ。それよりどうしたんだ?」
エアリスの背後にはザックスの姿があった。ザックスはエアリスの背後かなり近い位置にいる。
エアリスを気遣ってのことだと、すぐにわかった。
『ゴールドソーサーで騎士の一人が消息を絶ったの』
ゴールドソーサー。星団の中立地帯のひとつだ。クラウド達が滞在しているコレルにほど近い。
中立地帯故に様々な国籍の人間が出入りし、活発な交流が盛んに行われている。
何よりゴールドソーサーの売りは、娯楽だ。
大きなテーマパークが建ち並び、大人から子供まで楽しめる娯楽を提供している。
エアリス配下の騎士がゴールドソーサーで消息を絶つ。
確かに騎士が仕えるべき主との連絡を絶つのは珍しいが、エアリスが早朝からクラウドをたたき起こすまでのことでもあるまい。
つまりもっと深い核心があるということ。
そうと察したクラウドは、余計な口を挟まずに、エアリスが本題を話し出すのを待つ。
『クラウド。知らないかな』
『半年くらい前から、ゴールドソーサーエリアで、いろんな国の騎士が消息不明になっているのヨ』
「騎士が!?」
まさか――といぶかしむクラウドに、
『ホントなの!』
エアリスの説明によると、ここ半年ばかりの間に仕事プライベート関わらずに、ゴールドソーサーに入った騎士の数名が、短期間の間に原因不明で消息を絶っているのだという。
戦闘でも、もちろんない。生死すら定かではなく、かといって中立地帯故にこちらから公に介入して捜索することも出来ない。
そこでこの事態を憂慮した神羅以外のそれぞれの星団トップが秘密裏に話し合い、互いに行方不明者をだしていることを確認。合同で秘密裏に捜査をしようということになったのだが。
『捜査に向かわせた騎士とも、連絡とれなくなって』
ついにはエアリス配下の騎士も連絡を絶ったのだと。
ここまで話を聞いて、クラウドは悟った。
エアリスが自分に何をさせたいのかを。彼女はクラウドの身を案じて、言い出しにくそうだが。
「――わかった。ゴールドソーサーはすぐ隣だ。これから向かう」
『クラウド…あたし……』
「オレの心配はいらない」
蒼い眼差しをじっと観賞しているセフィロスに向けて、
「優秀なファティマもいるんだ。問題ないよ」
『そだね――』
次に顔を上げた時、エアリスからは友人を案じる不安さは消え、一国の女王としての威厳があった。
『騎士クラウド。ゴールドソーサーでの探索を命じます』
『騎士の消息不明の原因を突き止めてください』
『ゴールドソーサーへは民間船を使ってください。手配をしておきます』
エアリスの勅命だとはバレないほうが良い。
『アルテマはバレットにお願いして、ゴールドソーサーに持ち込めるようにします』
「わかりました」
「騎士クラウド。エアリス女王の勅命を歓んでお受けいたします」
『くれぐれも――気を付けて』
通信が切れた時、クラウドは戦闘に臨む騎士の顔になっていた。
「セフィロス――」
「ああ…」
「聞こえたな」
「これからすぐゴールドソーサーに向かう」
「わかった」
クラウドはそのままベッドから出て、シャワーブースへと向かう。
その背中を見送りながら、セフィロスはすでに切れてしまっているモニターに呟いた。
「心配など必要ないぞ、女王」
「クラウドは、俺が護ってみせる」
その為のファティマなのだから。



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