五星落涙

FSS シリーズ


どこの星でも、大気とは時間によって変化していくものだ。
色や匂い。はっきりと形には出せない感触のようなものなど。
騎士である卓越した五感は、普通の人間では感じられない些細なところまで察知して無意識にかぎ分けてしまうのだ。

今は夜明け前、まだベッドから起きあがるには早すぎる時間帯。
クラウドはある気配を感知する。
半分まどろみながらも、近づいてくる気配に意識を向けた。
彼を娶ってからこの気配がやってくるのは、ほぼ毎晩のこと。そろそろ馴染んできた気配に、クラウドは応じるように寝返りを打って、いつもの通りベッドの半分をあけてやる。
気配の持ち主はそっとクラウドを窺うと、なるべく静かにあいたベッドの半分に逞しい身体を滑り込ませてきた。
普通のシングルよりはかなり大きめのサイズであるとはいえ、並はずれて長身の彼には伸び伸びとしている空間とは言えないだろうに、むしろ二人で眠る窮屈なことを歓迎しているようだ。
クラウドの隣へと滑り込んだ彼は可能な限り密着してくる。かなりの至近距離だ。吐息すら感じられるくらいに。
そうやってから彼は眠っているクラウドをじっくりと観賞し始めるのだ。

それにしても、やはり、
――おかしなファティマだなあ。
クラウドよりも彼自身のほうが、遙かに観賞に値する美貌だというのに。
そもそもファティマが騎士に捧げるのは、ただの純真な献身などではない。
ファティマとしての己の能力を存分にふるえるだけの騎士を冷静に判断して、そうやって認めた騎士を自分の価値を高める為に利用するのだ。
それはとてもシビアなもので、一度認めた騎士だろうが、実力が劣ればまた別のマスターを選ぶファティマも多い。
それがどうしたことか。星団一、二を争う天才マイト二人がつくった最高レベルのファティマセフィロスは、マインドコントロールを受けていないせいなのか、マスターと選んだクラウドだけを一心に求めてくる。
クラウドの能力の優劣も関係なしに。
クラウドこそが己にとっての唯一無二の主であると定めたのだと。
その様子は痛々しいくらいに真摯であった。
また幼子が必死に親を求めているようで、つい絆されてしまうこともしばしば。
これだってそうだ。
クラウドはいくら見目麗しいからといって、セフィロスをセックスのパートナーにするつもりなどリアルには考えもしなかった。
以前のファティマ、ティファとは確かに肉体関係があったが、それはあくまでも恋人同士としての関係が二人の間で自然と構築されていたからこそ。
本当に自然な流れでベッドを共にするようになったのだ。
可愛らしい女性型であったティファと比べると、セフィロスは男性型であることだし、立派すぎる完璧な体躯を誇っている。
いくら稀にみる美麗だといえども、クラウドは性欲さえ押さえられないような獣ではない。
もしかしたら将来はそういう関係になるかも知れないという予感はするものの、あくまでもそれは予感だけの話。
性欲を処理する方法ならばいくらでもあるのだ。かえって男同士なのだから、肉体を介在しない関係をつくるべきなのだ、と…そう考えていたのだが、セフィロスは違っていた。
彼は最初からクラウドを求めてきたのだ。
心も、もちろん身体さえも。
独占欲を剥き出しにして、クラウドに迫ってきたのだ。

自分とのセックスを拒否したクラウドに、表面上セフィロスは落ち着いていると見えた。
それ以上の無理強いはせずに、クラウドのファティマになるべく、精進しているように見えたのだが、そのうちに夜中眠っているクラウドをこっそりと窺うようになっていく。
クラウドが寝入った時間帯を見計らい、寝室の扉越しにそっと様子を窺ってくる。
暫くはその状態が続いたが、そのうち様子を窺うだけでは物足りなくなったのだろう。
他のファティマはともかく、少なくともセフィロスは強欲だ。
彼は寝室の扉を開け、部屋に入り、クラウドが眠るベッドの側までやってくるようになる。
かと言って手はださない。どこにも触れない。
ひたすらに気配を殺して、クラウドの寝姿を観賞するだけなのだ。
いくらどうであれクラウドは騎士だ。どれだけセフィロスが己の気配を殺そうとも、気が付かない筈がない。
ただじっと寝姿を見入り、そしてクラウドが目覚める前には、自室へと帰っていく。
正直、自分はそんなセフィロスに絆されたのだろう。
ある夜、クラウドは態とらしい寝返りをうって、ベッドの半分を空けてやる。
クラウドのこの行動で、セフィロスは己が許されているのを悟った。
彼は迷うことなくベッドの空いた空間へと潜り込んでくる。
不埒なことでもするのかと思えば〜そんな行動を許すつもりはないが〜セフィロスは身体をずらせて、二人の身長差を埋め高さを合うようにした。
そしてそのままそっとクラウドの背中に頭を押しつけてくる。
何をしているのか――クラウドは軽いデジャヴに襲われた。
――鼓動を聞いてるんだな…
ティファも同じことをよくやっていた。
彼女はいつもクラウドの鼓動を聞きたがっていた。
何故そんなことをするのかと問うと、彼女はこう言っていたものだ。
(落ち着くの――クラウドの音を聞いていると)
心音だけではなく血流の音も、聞きたいのだと言う。
どうやらそれはセフィロスも同じということなのだろうか。
寝間着代わりの薄手のシャツ越しに、セフィロスはクラウドの生きている音をじっと聞き入り、己を委ねているようだ。
そうして――眠っていった。
強引で美麗すぎるファティマの眠りにしては、とても健やかな寝息にクラウドは考える。
――そう言えば…
母親の腹にいる胎児は、様々な音を聞いているのだという。
外界の物音。人の声。母親の腹越しに妊娠期間中ずっと聞いているのだと。
だが胎児が一番よく聞いているのは、もちろん母親の胎内の音だ。
母親の心音。自分の周りを流れる血流の音。母の肉体を通しての外界の音。
ファティマは人の手によって造られる人工生命体だ。
無論胎生ではない。ファティマは母親の胎内ではなく、カプセルの中で育つのだ。
母親の胎内を知らない筈のファティマが、生きている音を求めてくるこの行為を、ティファだけではなく、この尊大で傲慢で美麗なファティマも求めてくるなんて。
ティファもセフィロスも、別にクラウドに“母親”を求めているのではない。
それでも、やはり彼らも生きている音が恋しいのだ。
――寂しがりやで甘えん坊なファティマか。
どうやら、自分はそんなファティマと縁があるらしい。
クラウドは投げ出されたセフィロスの大きな手を、そっと握ってやった。

その夜から、毎夜の共寝は習慣となった。
セフィロスは夜ごとやってくるし、クラウドはそんなセフィロスの為にベッドに居場所をつくってやる。
一ヶ月も経つ頃になると、クラウドもセフィロスもくだらない建前をとるのはやめにした。
これまでのとは一回り以上大きなサイズのベッドを買い、二人は本格的にベッドを共にするようになる。
ただし、肉体関係はないままであったが。


クラウドがセフィロスを娶ってから二ヶ月が過ぎた頃、二人の姿はコレルにあった。
惑星コレル。鉱物資源が豊かである為、MHに関わる人々の中継点ともなっている。多くのヘッドライナーやMH整備士であるマイスター。優秀なMHを求める者たちが集まってくる場所なのだ。
二人はすぐにバレットの元へと向かう。
バレット・ウォーレス。星団に名を轟かせるMHマイスターの一人だ。
彼はコレルに己の工場を持ち、ずっとここに住みついている。
腕は随一だが、なかなかに癖のある性格の持ち主で、クラウドも知り合った当初はかなりぶつかり合ったものだ。
バレットとしては、騎士になったばかりでどこか頼りないクラウドを案じてのことであったが、自分の容姿が幼いのを気にしていた当時のクラウドにとっては、バレットの忠言は不必要な干渉でしかなかった。
もっとも付き合いが長くなるにつれ、バレットが本当は気の優しい男であると理解出来、友人関係を結ぶようになったのだが。
ティファが亡くなってからも、バレットにはアルテマのメンテナンスで世話になっている。
次のファティマをかたくなに拒むクラウドを咎めもせず、エトラムルをアルテマにつけてくれたのも、バレットだった。
そのこともあり、娶ったセフィロスをバレットに紹介をかねて、アルテマとセフィロスとの調整を頼もうとコレルにやってきたのだが、クラウドが予想していた通り、バレットとセフィロスの対面はあまり心地の良いものではなかったのだ。

予め連絡をいれておいた為、工場に到着した二人を出迎えてくれたのは、バレット本人であった。
浅黒い肌に刺青。頬には生々しい傷跡。何よりもその逞しい巨体。
バレットは外見だけで言えばマイスターには見えない。おまけに彼の片腕はギミックなのだ。
バレットは丸太のような両腕を組んで、二人を待ち構えていた。
アルテマを乗せたままのモーダーヘッド・キャリアから二人が出てくるのをじっと眺めている。
まずセフィロスがキャリアから現れた。彼は辺りを鋭く睥睨すると、いつものようにクラウドをエスコートしようと、手を差し出す。
これがまず、どうにも気に入らなかったらしい。バレットのただでさえ厳つい顔が、一層険しくなる。
クラウドは、と言うと、彼はセフィロスのエスコートを苦笑混じりに断って、ひらりと重さを感じさせない動きで地面に立つ。
そして、青い双眸はすぐに旧知の人物を捉え、
「バレットっ」
小走りに駆け寄った。
クラウドはその育ちからか、人見知りする性質だ。対人関係には不器用で、哀しいくらいに素直になれないところがある。
そのクラウドが向けてくれる親愛に、バレットの険しい顔も一気に解れた。
「久しぶりだなあ、クラウド」
「長い間連絡もせずに、すまなかった」
「いいや。お前さんが元気なら良いってことよ」
ギミックでない方の手が、クラウドの肩に置かれようとしたその瞬間、絶妙のタイミングでその手を遮った者がいる。
セフィロスだった。
クラウドの親しげな態度を目にして、本能的にこのマイスターを気にくわないと判断したセフィロスは、バレットの手がクラウドの肩に届く寸前で、愛しいマスターの腰を引いて、位置をズラせたのだ。
空振りしそうになるバレットに向かって、フフンと冷笑を与えてから、これみよがしにクラウドの耳元に囁く。
「紹介してくれないか」
「あっ…ああ、そうだな」
と、空振りに終わったバレットもただで済ませるつもりはない。
売られたケンカは買う。出来れば倍返しだ。これがバレットの遣り方。
「クラウド――俺にも紹介してくれ」
セフィロスとバレットとの間に流れる不穏な空気が読めないほど、クラウドはバカではない。
セフィロスという存在が、誰かに譲歩することなどないのだと覚悟していたが、バレットもあまり気安い男ではないと理解しているが、どうして初対面でここまで険悪になれるのかについては、はっきりと解らない。
それでもとりあえず紹介をと、クラウドは自分よりも20センチほど高い二人の間に立ち、まず、
「バレット――これがセフィロス」
「先日のミッドガルのお披露目で娶ったファティマだ」
「セフィロス――彼はバレット・ウォーレス」
「コレルのMHマイスターだ。アルテマも彼の世話になっている」
クラウドの紹介を受けた両者は、言葉も社交辞令もなく、互いに遠慮もなく睨み合っている。
こうして並んでみると、セフィロスとバレットの外見は、見事に正反対だ。
身長の高さは、だいたい同じくらい。だが肉の量はまるで違う。マイスター〜整備士〜であるバレットだが、筋骨逞しい肉の厚い体躯をしていた。
対するセフィロスも、逞しい身体をしているものの、これみよがしな筋肉の塊はない。
人工生命体にも関わらず、野性のしなやかな筋肉を持っているのだ。
ただファティマの基準から考えると、セフィロスもなかなか筋骨隆々の範囲なのだが。
バレットの浅黒い肌に対して、セフィロスの白皙。
生々しい傷跡が残る容貌と、欠点のない完璧なる美貌と。
いや。例えセフィロスの容姿が自分と正反対だからと言って、バレットが最初から悪意を持つ筈などなく。
考えられるのはひとつだけ。
――ティファか…
バレットはティファをとても可愛がっていた。
ティファのマイトダンカンと以前より親交があったバレットは、クラウドよりもずっとティファとの付き合いが長いのだ。
そのティファが死に、バレットは気落ちするクラウドに次のファティマを娶るのを勧めてくれてはいたものの、やはり現実となり目の前に立たれると良い感じはしないのだろう。
しかもセフィロスはティファとは違いすぎる。
ティファに好意的だったバレットが反感を持つには充分すぎるくらいに。
二人の間がこれ以上険悪になる前に、クラウドは先制することにした。
「セフィロス――」
クラウドは己のファティマに命じる。
「アルテマの乗ったキャリアを移動させてくれ」
「バレット――アルテマに用意してくれたゲージは何番だ?」
不審を訴えかけてくるセフィロスを黙殺して、クラウドは話をバレットに振る。
「…25番だ」
ここから一番遠いゲージのナンバーだ。
「そうか。セフィロス、25番ゲージにアルテマをセットアップさせておいてくれ。オレもバレットと打ち合わせしてからすぐに行くから」
言いたいことはたくさんあるだろうが、この場はセフィロスは引いてくれた。
「…――わかった。移動させてセットアップさせておく」
「頼む」
長い銀髪を揺らせながら、セフィロスはモーターヘッド・キャリアに乗り込んだ。
工場の表示を確認してから、25番ゲージへと移動させた。


キャリアが小さくなっていくのを見送っていると、バレットが気まずそうに口を開く。
「…すまねぇな」
「良いよ…バレットの気持ちは、解るから」
「だが、クラウド――どうしてアイツを選んだ?」
これを一番問いたかったのだ。
ティファとよく似た可愛らしいファティマならば、バレットも納得出来ただろうに…
「お披露目の場で、マスターになったお前を抱き上げたっていうのを聞いた」
「それは!?」
さすがは星団に名を轟かせるマイスターだ。情報は早くて正確。
だがその情報源に心当たりがあるすぎるクラウドは、事実あったこととはいえ、やや耳が痛い。
「エアリスだな――」
エアリスとバレットの間も親交がある。
「そうだ。エアリスがお前がファティマを娶ったと教えてくれたんだ」
「他にエアリスは何を言ってた?」
不愉快そうにバレットは表情を変えて、
「Dr、ガスト。Dr、宝条。この二大天才マイトの共同作品。信じられないほど禍々しい男のファティマが、クラウドをかっさらって行ったと聞いたぞ」
禍々しい――この言葉に、クラウドは形の良い眉を顰める。
「こうとも言ってたな」
「あれは普通のファティマではない、と」
「俺もそう思うぜ。お前さんが娶ったファティマは、ファティマの形はしているがファティマじゃねえ」
バレットは心配しているのだ。そうクラウドは悟る。
バレットとしてはティファのような、可愛らしく気だての良い忠実なファティマを娶るべきだと考えてくれていたのだろう。
そしてティファの時と同じように、甘く優しい結びつきを作るべきだ、と。
それがどうだ。セフィロスは同じファティマでありながらも、ティファとはまるで違う。
あれではクラウドの穏やかな幸せは望めない。そうバレットは案じてくれているのだ。
クラウドを案じる気持ちが、そのままセフィロスへの嫌悪となってしまっている。
案じてくれる気持ちはありがたいが、クラウドはセフィロスと別れる気はない。
こんなに簡単に別れてしまうのならば、そもそも最初から娶りはしなかったのだから。
「バレット――」
「セフィロスはマインドコントロールを受けていないようだ」
「まさか!?」
ファティマなのにマインドコントロールされていないだなんて、有り得ないのだが。
「それでも、オレはセフィロスを娶った」
「解消する気はないよ」
「しかし…マインドコントロールされていないなんて、大丈夫なのか?」
そうだな、
「セフィロスは見かけよりもずっと素直だ」
「今のところ上手くやっていると思う」
さっぱりと言い切ったクラウドに、バレットは密かに面食らう。
クラウドはいつも心のどこかに重い憂鬱を抱え込んでいた。この憂鬱は心の深淵にいつもあって、いくらティファが解きほぐそうとしても、払拭できなかったのに。
――なかなか良いツラしてやがるぜ。
クラウドは安定している。少なくとも安定しているように見える。
ティファと共にいる時よりも。
「ヤツはアルテマに乗れたんだな」
「セフィロスはちゃんと操縦出来るよ」
「ならば、俺が口を出すことはねえな」
アルテマが許したのだ。バレットも認めるしかないのだろう。
「ティファとかなり体型が違うから、改造が必要だな」
シートの位置も変えなければならないし、ファティマシェル内部全体を見直すべきだろう。
「改造が終わったら試乗して見せてくれよ」
あのファティマをパートナーとしたクラウドが、どんな風にアルテマを駆るのか、是非見てみたい。マイスターとしてのバレットの本能が擽られる。
「こちらからも頼むよ。是非見てくれ」
クラウドがバレットの肩を軽く叩く。
それから二人は肩を並べて、セフィロスが待っているゲージへと向かった。






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