五星落涙

FSS シリーズ

セフィロスがファティマシェルに収まってしまってから、暫くの時間が過ぎた。
中で何をやっているのかは、だいたい想像出来る。
なぜならば、さっきからずっとアルテマが稼働しているのだから。
どうやらセフィロスはアルテマに、ファティマとして認められたらしい。
気むずかしいアルテマだが、バカではない。
きっと気に入らなくてもクラウドが選んだファティマを認めてくれるだろうとは予想していたものの、ここまでスムーズにいくとは意外だった。
これもあのセフィロスだからこそなのだろうか。
――そう言えば、ユニットは固定だったよなあ。
位置を変えるべく修理しなくてはならないだろう。
ティファサイズではセフィロスにはきつすぎる。
それにいつまでも以前のファティマの匂いを残しておくのは、セフィロスに失礼すぎるだろう。
クラウドは修理の段取りをつけるべく、一旦アルテマから離れようとしたが、その時呼ぶ声がした。
「――クラウド」
「どうした?」
「来てくれ」
きっとユニットのことだな、そうクラウドは見当をつけると、身軽に跳びファティマシェルまで辿り着く。
シェル内に身体を半分いれてセフィロスを見つけると、思わず苦笑を浮かべてしまった。
案の定、足部のユニットが合っていない。セフィロスのほれぼれする長い足は、芸術的なバランスのままで投げ出されているのだ。
足を投げ出し、腰の位置をずらして、そうしてやっと頭部ユニットを使うことが出来モニターを覗けるのだ。
「すまなかったな…すぐにユニットの位置を変える」
「ああ、そうしてくれると助かる」
――だが、呼んだのはそれじゃない。
セフィロスの長い腕が伸びてきた。無防備にファティマシェルを覗き込んでいたクラウドの身体を捉えてしまう。
そのまま狭いシェルの中で、クラウドはセフィロスの膝に乗り上げる格好となった。
間近で視線が合う。縦に裂けた翠の瞳とは、ファティマでも珍しい。
クラウドは見惚れた。だって本当に――美しい色合いなのだから。
見惚れている間にセフィロスの大きな手は、クラウドの形の良い後頭部をすっぽりと包み込む。
そうしてから耳元に唇を近づけて、この美麗なファティマは、新しいマスターに囁いたのだ。
「――このシェルには匂いがする」
「前のファティマの匂いだな」
「ティファの!?」
そうだ。
「俺はこの匂いが嫌いではない」
「だが――我慢は出来ないな」
「セフィロス……?」
「この匂い。消してやる」
美麗すぎるこのファティマは、やはりとびきりヘンなのだ。
セフィロスはそのままクラウドをしっかりと抱き寄せ、強引に唇を合わせて、吸った。
クラウドは慌てて藻掻こうと試みるが、セフィロスは上手に動きを押さえる。
クラウドは驚きのあまりに、セフィロスは挑むように、両者ともに目は閉じない。
きれいに珠となった青い瞳と、あり得ない形で縦に裂けた翠の瞳が、くっつかんばかりに近づいて見つめ合う。
「このシェルで前の死んだファティマと口づけたことはあるか?」
キスの合間の、この台詞。
クラウドの反応は素直だ。強引に絡めとった舌の動きから、ウソかホントかすぐにわかる。
この場合の答えはイエス。
この答えを受け、セフィロスは更に先へと進めるべく、片手でいきなりクラウドの股間を撫でた。
エアリスがクラウドの為に誂えた白いシルクが、セフィロスの手によって乱されてしまう。
「…っ」
息を呑むクラウドの耳朶に、直接次の台詞を送り込む。
「ならば、抱いたことはあるか?」
「――!」
どうやらこれは、ノー。
だとすれば、セフィロスが取るべき方法は決まっている。
「そうか…ならばこれからクラウド、お前をここで抱く」
セフィロスはあくまでも強引で直接的だった。クラウドの股間を握り、服の上から愛撫を加えようとする。
クラウドは己のペニスを握るセフィロスの手を外そうと試みながら、この急激な展開に驚くしか出来ない。
ファティマが、マスターを襲うだなんて。
マスターの命令ならば、己の死すらも易々と受け入れてみせるのが、ファティマだ。
それが――このファティマは…

ギリリとクラウドの眦がつり上がる。
――この野郎!
わき上がってきたのは強い怒りの衝動だった。
クラウドは普段は隠し通している己の力を解放する。
シェルの大気がいきなり圧をあげて凝縮して、セフィロスだけを押し潰す。
さしものセフィロスもこれには動きを止めるしかなく、結果彼はクラウドの股間から手を放すしかなくなってしまう。
股間が解放された所で、クラウドは拳できれいな顔を殴りつけた。
ゴギ、という骨が歪む音がして、非の打ち所のない美貌が歪む。
「馬鹿野郎!」
――まったく、何とち狂っていやがる。
「ここはそんな場所じゃないっ」
「セックスしたいなら他のヤツ探せ」
騎士の力で頬を殴られても顔もしかめなかったセフィロスが、この一言では見事に形相を変えた。
「俺を――見捨てるというのか…」
「クソ馬鹿野郎!!」
今度は頭の天辺に拳骨を落としてやった。
これは手加減はした。さすがに頭蓋骨が折れてはファティマであろうとも完治までに時間がかかる。
「ちゃんと人の話を聞け」
「お前は星団で最も優れたファティマのくせに、人の話も聞けないのか!」
――いいか。
「セフィロス。経緯はどうであれ、オレはお前を選んだんだ」
「お前が、オレのファティマだ」
「オレはセックスの為に、お前をファティマに選んだんじゃない」
「だが…」
「前のファティマとは寝たのだろう」
「そうだ――」
「オレはティファを愛していた」
でもな、
「愛しているから寝たんだ」
「寝るためにティファをファティマにしたんじゃない」
わかるか?この違いが。


セフィロスは酷く真面目な顔で考え込んでいる。
その僅かの間にも頬がだんだんと腫れてきた。
――頬骨をヤったか…
自己再生するだろうが、しばらくは腫れたままだろう。
だがセフィロスはやはり美麗だ。本当の“美”というものは、このような醜い痕まで美貌のスパイスにしかならないらしい。
充分時間をかけてから、セフィロスは解答をする。
「俺を前のファティマほど愛していないから、抱かないということか」
その時、セフィロスが全身で訴えていたのは絶望だった。
セフィロスは、自分が以前のファティマ、ティファほどに愛されていない現実に絶望しているのだ。
――星団一の頭脳が共同で造ったファティマはバカなのか!?
もう「バカ」と言うのすらも疲れてしまう。
それよりももっと虚しいのは、自分がこのファティマの愚かさを、嫌いではないというところか。
クラウドは今度は殴りつける為ではなく、優しくするべく手を伸ばす。
変色して形の変わってしまった頬を癒すように撫でた。
自分は嫌われているのだと思いこんでいるセフィロスには、このクラウドの行動が唐突で理解出来ない。
ただひたすらクラウドを見つめるしかない。
「――お前、ホントにバカだなあ」
「ティファにヤキモチを妬いてどうする」
ヤキモチ――?
「俺は、前のファティマに嫉妬しているのか?」
「ああ、たぶんな」
「だから、シェルに残っていたティファの匂いが気になったんだろう」
――そうか。
「お披露目の場で、俺はお前の姿を誰にも見せたくないと思っていた」
「もしかして――これも嫉妬なのか?」
「いいや。それは独占欲だな」
嫉妬も独占欲も、セフィロスの知識には確かにある言葉だ。
意味も無論知っているが、実体験でその本当のところを経験したのは、初めて。
こうしてクラウドに己の行動を指摘され、呆然と理解しているセフィロスは、まるで子供だ。
――やはり、マインドコントロールされていないな。
ガストと宝条両博士が何を意図してこうしたのかは解りかねるが、たまにはこんな変わり者のファティマがいても良いだろう。
少なくとも己のパートナーとしては、相応しいように思える。
「――セフィロス」
名を呼べばすぐに反応してくる様子は、まるで忠実な猟犬のようだ。
ただし猟犬にしては尊大ではあるが。
「オレにもお前にも時間はたっぷりとある」
「まだ知り合ったばかりだ。これからゆっくりやっていこう」
それにな、
「オレはティファしか抱いたことはない」
「男相手は初めてなんだ――出来るだけゆっくりと優しくしてくれないか」
セフィロスは今回初お披露目のファティマだった。
クラウドよりも性体験はない筈。つまり彼はまだ無垢なのだ。
知識はあっても実体験はない。
そんな自分を充分に理解しているのだろう。セフィロスは重々しく、
「わかった。善処する」
でも、
「キスまでは許可してくれないか」
これから先、きっと自分はこの奇妙で美麗すぎるファティマと恋人になるのだろう。
それはティファとの時のように、心穏やかなただ楽しいだけの関係にはならないかも知れないが、それでもこのファティマを選んで選ばれたのはクラウドだ。
少しずつでも前向きに、セフィロスとの関係を構築していかなければならない。
――今度犬の躾の本でも読むか…
頭の片隅でこんなことを考えながら、クラウドは了解した。
「いいよ。スキンシップの範囲内ならばオッケーだ」
「スキンシップの範囲内とはどこまでだ?」
「オレが教えてやるよ」
時間をかけて、じっくりと。
そうして、クラウドは初めて自ら口づけてやった。


ファティマシェルから降りる時、一足先に着地したセフィロスは、まるで姫君でも迎えるようにクラウドに手を差し伸べてきた。
クラウドはその手を拒まずに、そっと預ける。
「そういえば――」
「クラウド。さっきお前が使ったあの技は騎士のものではなかったな」
「あれは――ダイバー(魔導士)の技だった」
3Aランクのファティマが見逃すはずもない。
「そうだ。オレはバイアだ」
「騎士と魔導士、両方の能力を持ち合わせている」
騎士、ヘッドライナーが“天を取る者”という意味を持つのに対し、魔導士、ダイバーは“つらぬく者”という意味で呼ばれている。
ダイバーの能力は二種類に分けられている。この二種類の能力を同時に有するダイバーはいない。
ひとつは魔法。三次元以上の時間の力、生死の世界の力をこの次元において物理的エネルギーに変換するのだ。
変換された物理的エネルギーは、炎や雷撃、ショックや克空などとなり、魔導士の思うままに対象を攻撃する。
もうひとつはもっと霊的なものだ。預言や霊力と呼ばれるもので、その偉大な精神力で様々な現象をコントロールするのだ。
魔法が攻撃的な能力なのに対し、預言や霊力は防御的な性質を持っている。
その為か、前者が恐れられるのに対して、後者の魔導士は尊ばれ敬われることが多い。
天文学的な確率になるが、時折騎士と魔導士両方の能力を持って生まれる者がいる。この者をバイアと呼ぶ。
バイアは5星団合わせても10名もいないだろう。それ程までに希有の存在なのだ。
星団でもっとも有名なバイアが、セトラの血をひくアバランチの女王エアリス。
エアリスが後者のバイア、セトラの巫女であり預言者であるのに対して、クラウドは前者のバイア、彼は魔法を使うのだ。
どうしてバイアが生まれてくるのか――
騎士もそうだが、バイアも遺伝子操作では生まれてこない。故に考えられるとするならば、原因はひとつのみ。その“血の濃さ”だ。
アバランチの女王エアリスは、この世界で今や最も古い血セトラの末裔である為、バイアであるのも至極当然とされている。
だが、クラウドは――
少なくともクラウドの母は騎士でもダイバーではなかった。
彼女はクラウドを愛してくれたが、秘して語らずに死んでしまった為、母の血の成り立ちも知らず、ましてや父に至っては顔も名前さえも知らないクラウドは、自身のルーツを知らない。
だからどうして自分がバイアなのかも知らない。
「――バイアだと知って驚いたか?」
騎士とは違いダイバーは嫌悪の対象となる場合もある。
セフィロスは素直に認めた。
「驚いた。バイアに遭遇出来る確率は皆無に近いからな」
だが、
「これでどうして俺がお前をマスターに選んだのか、その理由がはっきりと解った」
「理由?」
「マスターを選んだこと。独占欲、嫉妬心、奇妙なMH、口づけ、そしてバイア――」
「クラウド、お前は俺にいつでも初めてをくれる」
「お前とならば、何年経とうが、どこでどう生きていこうが、きっと退屈すまい」
ひょっとしたら――
「クラウド。こういう感覚を人は恋愛感情と呼ぶのか?」
透き通るクラウドの肌に朱が走った。
「そんなの、自分で考えろ!」
馬鹿野郎、と言い捨ててクラウドは先にカーゴベースから出ていってしまう。
星団一の高い能力を誇るセフィロスを、バカ呼ばわり出来るのもクラウドだけだろう。
――出来れば、あの口から睦言を聞きたいものだがな。
とろけるような、とびきり甘いのを。
今は無理でも時間はたっぷりとある。
他ならぬクラウドがそう言ったのだ。
「――クラウドは俺のモノだ」
背筋が凍り付く美麗な笑みの目撃者は、アルテマウェポンのみである。

後に五つの星団で生ける伝説となった剣聖クラウドとファティマセフィロス。
だが出会ったばかりの今は互いに手探りでしかなく、ただ相手への言いしれぬ感情に振り回されるしかない不器用な者同士だったのだ。




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