五星落涙

FSS シリーズ

生まれてこの方、これ程恥ずかしい思いをしたことはない。
クラウドの視界をいっぱいに覆うのは、黒革のファティマスーツの光沢と、包むように滑らかに輝く銀髪だ。
こうして寄り添っていても生物という生々しさは感じないものの、絶大なる威厳は十分に伝わってくる。
こんなに恥ずかしいことなんて、きっとこれからもない筈――と、ここまで考えて、クラウドは考え直す。
――いや…
たぶん、
――このとびきり綺麗でおかしなファティマといる限りは、続くのかも。
諦観というよりも達観した気分のまま、クラウドは今自ら選んだ〜その実はおしかけに近いのだが〜ファティマに大切に抱かれながら、お披露目の会場となっている大広間を堂々と移動中であった。

クラウドは騎士である。
通常の人よりも遙かに優れた能力を持ち、MHを自らの身体のように使いこなす、選ばれた超人の戦士。
――それがこのザマはどうだ…
自らの状況に苦笑しつつ、クラウドは力を抜き、己を抱く腕に身を委ねた。
大柄ではないクラウドの身体は、逞しい腕によりほとんど傍目からは見えないだろう。
クラウドを軽々と抱き上げているファティマの名はセフィロス。
3Aという最高ランクの性能を持つ、五つの星団で最も優れているファティマだ。
また彼を製作したマイトも凄い。
5つの星団で1,2を争う天才、ガスト博士と宝条博士の共同開発なのである。
つまり現水準で最高の英知が結晶して生み出されたファティマ、それがセフィロスなのだ。
年齢設定にもよるが、小柄で針金のように細いのがファティマのスタンダードであるのに、セフィロスは違う。
自身こそが騎士のような長身と、広い肩幅、長い手足と。
何よりこの美貌だ。ファティマとは美形なものであるが、ここまでの神々しい美麗さは他のファティマにはない。
どれだけ美しかろうとも、どれだけ人以上の性能を備えていようとも、所詮ファティマは人形でしかなかった。
騎士にそして星団法に、人に従属すべき存在でしかなかったのだ。
それがセフィロスは別だ。根本が違う。彼は支配者であった。
彼の行動は彼が決める。彼の意志決定は誰にも邪魔出来ない。
「イエス・マスター」
とクラウドに忠誠を誓った瞬間、セフィロスは長い両腕を伸ばして、マスターとなったクラウドを抱きしめる。
その時わき上がった耳が痛くなるような喚声によって、彼は改めて自分の周囲を認めたのだ。
興味津々で見守るギャラリーたち。今回のお披露目に招待された、各星団の有名ゲスト達ではあるが、セフィロスにとってはただのピーピングトムでしかない。
絡みつく視線も、剥き出しの好奇心も、そのどれもが煩わしくてならない。
早くクラウドと二人きりになりたいのに。
第一、
――下素な視線でクラウドを見つめるとは、許さん。
やっと手に入れた、大切なマスターなのだ。
セフィロスの決断は迷い無く早い。
彼は自分よりも小柄なクラウドを軽々と横抱きにすると、そのまま肩に置いた手を滑らせて深く抱き込んで、マスターの整った顔をギャラリー達から隠してしまう。
セフィロスにはそういう意味での羞恥などない。
彼はクラウドの顔を隠しつつも、自身は毅然と顔を上げて、大広間の衆人の中央を真っ直ぐに進んでいった。
騎士とファティマが公私ともにパートナーとなるのは、珍しくはない。
己の娶ったファティマを公然と恋人として扱う騎士も多い。
だがその逆。ファティマから騎士を、こうしてあからさまに愛おしむのは、とても珍しいのだ。
ファティマのほとんどが女性型であることもあるが、やはりファティマとはどれだけよく出来ていても人形でしかないからだ。
己のマスターに敬愛は示しても、所詮は従属する存在でしかない。
こうして誰はばかることなく、マスターへの独占欲を露わにするなど、まずは出来ないこと。
セフィロスが二大天才マイトの作品だからなのか。
どう見ても、彼は人形には思えない。


大広間を出て、廊下にまで至って、やっとセフィロスは口を開いた。
腕にある大切なマスターに、
「宿はどこだ?」
と問う。
何せ早く二人きりになりたい。どこも人目がありすぎる。
セフィロスの問いにクラウドは別の提案をした。
「それよりもオレのアルテマに会いたくはないか?」
ファティマとMHは文字通り一心同体となるべき間柄だ。
クラウドも早く愛機に会わせてやりたかった。
アルテマもセフィロスを歓迎するだろう。なにせこのファティマは、おかしなファティマではあるが、性能はとびきりなのだから。
クラウドの提案にセフィロスは心囚われる。
クラウドと早く二人きりにもなりたいが、クラウドのMHにも会いたい。
それに別に部屋でなくとも良いのだ。カーゴベースでも二人きりになれる。
こう考えると、クラウドの提案は素晴らしい。
「会いたい――会わせてくれ」
よし。
「預けてあるカーゴルームに行こう」
だが、その前に、
「頼むから、下ろしてくれないか」
「この状態に何か問題でもあるのか?」
問い返すセフィロスは大いに不服そうだ。
クラウドは苦笑で肩を震わせながら、
「男が男を抱いて運んでいるなんて、目立つだろう」
恥ずかしいなどと言っても、絶対にこのファティマには通用しないに違いない。
だからクラウドはあえて、こういう言い方を選ぶ。
そしてこの選択は的確であったようだ。
「目立つのか?」
「ああ、とてもよく目立つ」
「――わかった」
セフィロスは腰を屈めて、そっと下ろした。
まるで深窓の姫君に対する態度に、クラウドは大声をあげて笑いたくなった。
――オレは騎士だぞ…
騎士はファティマよりも強い。いや、セフィロスならば騎士以上の性能を持っているのかもしれないだろうが、それでも騎士は騎士。
クラウドが騎士だということを、果たしてセフィロスはちゃんと理解しているのだろうか。
――お前さっきマスターって呼んだだろう。
からかいたくなってしまう衝動を、クラウドは首を緩く振って耐えた。
その様子をセフィロスは察知して、
「どうした――」
本当に、主思いのファティマなこと。
きっとある意味ティファよりも。
「いや…なんでもない」
「さあ、行こう」
クラウドは先に立って大股で歩いていった。
セフィロスもそれに続く。


エアリスの用意してくれたカーゴベースは、かなり立派なものだ。
そこにクラウドの愛機、アルテマウェポンは静かにあった。
漆黒のボディを見上げ、セフィロスは翠の瞳を見開く。コンタクトグラスを外しているのだろう。瞳と虹彩との間が妖しく煌めく。
二足歩行型のアルテマはどちらかというとスリムだ。余計な装甲は一切無く、すっきりとシンプルな外見をしていた。
MHの素人ならば、アルテマの真の能力を見抜くことなど出来ない。
ただ騎士ヘッドライナーならば、MHマイスターならば、アルテマの性能に脅威を感じるだろう。
クラウドはアルテマの装甲に手をかけて、軽く叩く。
漆黒の装甲は見た目よりも遙かに重い音がした。
「どうだ。これがお前の相棒になるアルテマウェポンだ」
どうだ、と言われてもセフィロスは声もでない。
一目見て、セフィロスにはわかったのだ。アルテマの性能の凄まじさを。
「これは…」
「――マイトとマイスターは誰だ?」
「さあ、オレも知らない」
「知らない!?」
「クラウド。お前の愛機なのだろう?」
知らないはずなどないだろうに。
「ああ、そうだ」
それでも、
「知らないものは知らない」
「どういうことか説明してくれ」
「アルテマは造られたんじゃない。発掘されたのさ」

コレルという星がある。そこでアルテマは発掘されたのだ。
コレルは天然の鉱物資源が豊かな星である。
コレルの古い鉱山で事故があった。その事故で露わになった古い地層から出てきたMH。それがアルテマウェポンなのだ。
「コレルのMHマイスターにバレットという男がいる」
バレット・ウォーレス。マイスターとしては星団屈指の腕前を持つ。
ただしかなり気むずかしい気分屋であり、金で仕事は請け負わない。
気に入った相手の仕事しかしないという、頑固な職人である。
「アルテマは発掘された後、バレットの元へ運び込まれた」
そして、騎士が乗りこなせるように改良されたのだが、十年以上誰も乗りこなせないままでいたのだ。
なぜならば、アルテマには意志があったから。
少なくとも、意志があるとしか考えられない不思議な出来事が続き、そのおかげでどんな騎士もアルテマに乗ることなど出来なかったのだ。
ティファのマイトダンカンとバレットは縁が深く、以前より親交があった。
その関係で騎士となったばかりのクラウドはMHを求めバレットの元をティファと共に訪れ、そこでアルテマと邂逅する。
その時アルテマは選んだのだ。若い少年騎士、クラウドを。

「――それからアルテマはオレと一緒に戦ってくれているのさ」
「そうか…――」
不思議な話だが、信じない理由もなかった。
セフィロスははっきりと感じていたからだ。アルテマがセフィロスを観察している、鋭い意志を。
セフィロスの容貌や性能を確かめようとしているのではない。アルテマは、いかにセフィロスがクラウドに相応しいのかを値踏みしているのだ。
ひいては、自分にとってどれだけ有益なのかを。
――このMHはただの機械ではない。
アルテマはクラウドだからこそ、動くのだろう。
そして今、新たなファティマとなったセフィロスを観察して、クラウドにそして自分に相応しいかどうかを推し量っている。
つまり名実共にクラウドのファティマとなれるのかは、このMHの意志にかかっているのだとも言えよう。
「ファティマシェルを見せてくれ」
だからと言ってアルテマなどに媚びるつもりはない。
セフィロスはあくまでも己の意志でクラウドと共にいるのだ。
アルテマがセフィロスを気に入らないと拒絶するのならば、力ずくで認めさせてやるだけだ。
「そこだ――」
クラウドが指したのは胸部分の赤いシェル。
セフィロスは一気に跳ぶと直にシェルまで辿り着く。
スイッチを押すと従順にシェルのハッチは開いた。中にいるのはエトラムル。無形態ファティマである。
ティファを失ってから、クラウドはファティマを乗せてはいない。
セフィロスはアルテマとエトラムルを繋ぐ配線に手を伸ばす。
「マスター。もうコレはいらぬよな」
セフィロスというファティマがいる今、エトラムルは必要ない。
「そうだな…」
「ならば、俺の好きなようにして良いな」
セフィロスは無造作に配線を素手で千切ると、エトラムルの記憶に干渉を始める。額のクリスタルが深い色味で輝く。
こうやってこれまでの戦闘データーを収集、分析するのだ。
こういえば聞こえが良いが、要するにセフィロスはエトラムルの脳を吸い出しているのだ。
エトラムルが記憶しているクラウドに関する全てを消し去る。
突き詰めてみれば、これがセフィロスの本音だ。
無形ファティマなどに、クラウドとの戦闘の記憶を与えておくつもりはない。
メモリーの吸い出しはすぐに終了した。セフィロスはエトラムルをファティマシェルから排除する。
エトラムルを押しのけて、そうしてセフィロスは初めてアルテマのファティマシェルに座ったのだ。
――匂いがする。
クラウドの匂いではない。微かに薄れてしまっているが、セフィロスにははっきりとかぎ取れた。
――以前のファティマの匂いか…
スラムの教会の花畑でクラウドと巡り会ってから、セフィロスは何も手を拱いていただけではなかった。
彼はクラウドの名と、その容姿から、すでに特定をしていたのだ。あのお披露目にアバランチの女王と共にやってくるのも調査済みだった。
その時にクラウドの経歴も調べた。彼が少し前にファティマを失ったことも。
確か、ファティマの名はティファと言ったか。
クラウドが最初に娶ったファティマだ。
彼女が死んだ後も、クラウドは次のファティマを選ばなかった。セフィロスに会うまでは。
足部と頭部のユニットは固定されている為、セフィロスのサイズには合わない。
これが前のファティマのサイズなのだと思い知らされて、セフィロスを余計に苛立たせる。
足をユニットに入れないで、シートから投げだして座り、かろうじて頭部だけはヘルメットに頭を突っ込む。
――アルテマウェポン…聞こえるか。
MHは確かに機械だ。鉄とボルトとナットとオイルが複雑に絡み合った集合体でしかない。
だがMHに携わる者ならば知っている。これは生き物なのだ、と。
とても高度で優れた生き物なのだ。
特にファティマは、自分が操るMHと深く交流しなければならない。
――俺はセフィロス。
――クラウドのファティマだ。
良いか。
――俺はクラウドを選んだ。これは絶対に変更のない事実だ。
だから、
――お前もクラウドと共に戦いたいのならば、俺を受け入れるんだ。
そうでなければ、
――クラウドをお前から取り上げてやる。
ヴヴゥィーン。
足下からわき上がってくるモーター音がはっきりと聞こえた。
セフィロスはこれをアルテマウェポンからの了解だと捉える。どうやらこのMHは愚かではなかったらしい。
――よし。これからお前と俺はクラウドの両腕となるのだ。
その為にまずは、
――お前の能力を俺に示せ。
モニターを下ろして、セフィロスは本格的にアルテマウェポンとひとつになる。




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