五星落涙

FSS シリーズ

お披露目当日の朝、当たり前のように行く気のないクラウドは、朝からゆったりと過ごしていた。
バスに湯を張り、くつろいだ時間を贅沢に過ごす。いつもは手早くシャワーで終わらせるが、このホテルのバスは浸からなければ勿体ないほどの造りだったのだ。
サッパリしたところで、ボトムだけを身につけて、これまたホテル備え付けの酒に手を伸ばす。
どうせ支払いはエアリスだ。酒一本で困るようなレベルではない。
なみなみとグラスに注いだ酒の香りを楽しんでいたところに、いきなりドアが開いた。
キョトンとするクラウドの前に現れたのは、
「クラウド!」
「やっぱり、来ないつもりだったのね」
美しいドレスに身を包みながらも、仁王立ちするエアリス本人であったのだ。
誰かがお披露目に参加するようにと、せっつきにやって来るだろうとは予想していたものの、まさかエアリス本人が来るとは。
エアリスの後ろには、長身の男性型ファティマ、ザックスが苦笑いをしていた。
その手には大きな衣装ケースがある。
驚くクラウドが慌てて不器用な言い訳を用意するよりも前に、エアリスはザックスに合図をした。
ザックスは進み出て、衣装ケースを開く。
中にあったのは、アバランチ王宮の正装。純白の光沢がある生地に、金の縁取り。アバランチ王家の紋章でさえ金糸で縫われていた。
聞かなくとも一目見ればわかる。これは全て手作業で出来ている、高価な品だ。
「これ、着て」
「エアリス……オレは」
「ダメよ!」
言い訳など一言も許さないと、態度で示すエアリスは、
「ザックス、見張りにつけておくヨ」
もし、クラウドが逃げれば、
「あたし、ザックスを叱りつけるからネ」
ザックスにとってはとんだとばっちりだが、クラウドにはこれが一番効くのだと、エアリスは知り尽くしているのだ。
またザックスも主の命に反抗するつもりもなく、クラウドに向かって苦笑いしつつ衣装を差し出す。
「――わかった」
どのみち本気になったエアリスには勝てない。
クラウドは素直に降参する道を選ぶ。
ただ、これだけは、
「でもお披露目に参加しても、オレはファティマは――」
「わかってるヨ」
「無理はしなくていいの。でも、あたしと一緒には来てちょうだい」
エアリスは今回のお披露目に護衛の騎士を伴ってきていないのだという。
正確に言えば、もちろん護衛はいるのだが、お披露目の会場に入れるだけの騎士は連れてきていないのだ。
元よりクラウドを連れていくことに決めていたから。
それを聞いて、苦笑しか出ない。
「着替えるから、待っていてくれないかな」
「うん。待ってるヨ」
「ザックス。着替えを手伝ってくれ」
「おう、任しておいてくれ」
ザックスは陽気にウィンクなぞやってのける。
星団のどこを探しても、ウィンクするファティマなどザックス一人だけだろう。
この陽気なファティマザックスは、これでもガスト博士製作の2Aランクのファティマであった。


金髪碧眼、北国特有の白い透ける肌を持つクラウドに、この衣装はぴったりだった。
クラウドこそがまさに王家の一員にさえ映る。
実際クラウドは、自身にどのような血が流れているのかは知らない。
物心ついた時には、身内といえば母しかいなかったのだ。
母は騎士ではなかった。平凡なごく普通の、息子を愛する母親であった。
だが結局母は父の名前を明かさずに死んでしまったから、クラウドは己のルーツを知らないままでいるのだ。
父の名さえ明かさなかったのが、母の愛情だったのかどうか。今でもクラウドは判断しかねたままでいる。
最後に金の留め金のついた白いマントを羽織ると完成。
白と金のみの衣装。白い肌にくすみのない見事な金髪と。その中にある明度の高い青い瞳と。
「やっぱり!よく似合うヨ」
白と金とひとつだけある青と。このコントラストの成せる想像以上の姿に、エアリスは上機嫌だ。
ホテルから直に乗り付けて、お披露目の会場へと向かう。会場となっているのは、ミッドガルで一番格式のあるホテルだった。
これが他の星ならば、国賓待遇とのレセプションで使用する迎賓館やら王宮などになるのだが、さすがに神羅は企業。
お披露目さえも営利目的を含む、華やかなイベントとなる。
ただホテルと謂えども、ただの宿泊施設にはあらず。辺境の星の迎賓館などに比べると格段にこちらの方が贅沢だ。
床と壁は蒼に着色された天然の大理石。蒼と言っても白い大理石に淡く青いライトがあたっているような、そんな上品な色味で統一されていた。
そこに鮮やかな朱の絨毯が引かれている。絨毯の縁取りは白金。本物のプラチナを糸にして織り上げた最上級品であった。
まず先頭をエアリスが進む。クラウドと同じ色使いのドレスは、肌の露出が控えられており、エアリスの清楚な高貴さを存分に引き立てていた。
ティアラから滑り出るベールは、これまた手縫いの総レース。長さは3メートル以上あり、付き従うクラウドとザックスは踏まないように気を付けていなければならなかった。
エアリスの右隣にはクラウド。エスコート役だ。
左の背後にはザックス。マスターエアリスに忠誠を誓うファティマの姿がある。
一行が今回のお披露目の会場に入ると、そこはすでに多くの人々で埋め尽くされていた。
右を見ても左を見ても、5つの星団で著名な人物ばかり。
統治者。王侯貴族。名のある騎士。天位を持つ者も数名いた。もちろん騎士に付き従っているファティマも数多くいる。
皆エアリスを認めて、礼をもって迎え入れてきた。
エアリスは由緒ある王族らしい鷹揚さで向けられる礼に応えると、まずは今回のお披露目の主催者、神羅の社長の下へと向かう。
5つの星団に暮らす者ならば、みなその顔を知っていよう。
プレジデント神羅は、でっぷりと肉のついた身体を窮屈そうにスーツの中に収めていた。
エアリスはほんの一瞬だけ、その緑の眼差しをきつくする。
だがすぐに上品な微笑みに変え、プレジデントの前に進み出た。
「これはこれはエアリス様にお出まし頂けるとは、光栄に存じます」
脂ぎった手をだして握手を求めてくるが、エアリスは絶妙にこれを避ける。
彼女は握手に応じる変わりに、ドレスの裾を引き、正式な礼をとってみせたのだ。
「お久しぶりでございますわ。プレジデント様」
「今回はこのような盛大なお披露目にお招き頂きまして、とても嬉しゅうございます」
にこやかに微笑むエアリスに、プレジデントも握手に応じられなかったことなど忘れ去ってしまったようだ。
「今回は何せあの天才二大マイト、ガスト博士と宝条博士が共同で作ったファティマのお披露目ですからな」
「是非エアリス様にも立ち会っていただかねばと思いましてな」
「まあ、お気遣い痛み入りまする」
ところで、とエアリスは視線をプレジデントの隣へと向ける。
そこに立ってさっきから二人の遣り取りを聞いているのは、
「ご紹介が遅れましたな――」
プレジデントは隣の青年を促しながら、
「息子のルーファウスにございます。どうぞお見知り置きを」
本当に遺伝子が繋がっているのかと、問い質したくなるほどに、息子と紹介されたルーファウスの見目は整っている。
クラウドとは質の違う金髪と碧眼。引き締まっているが男として充分な体躯。
長い手足にも広い肩幅にも、引き締まった腰にも、スーツがよく似合っている。
そして何より目を惹くのが、ルーファウスの背後には、一人の騎士が控えていた。その黒髪の騎士の関心はずっとクラウドに注がれている。
「ルーファウスと申します。女王様」
「エアリスです。よろしく」
見目の良いルーファウスと、エアリスとの遣り取りは、本物のおとぎ話の再現だ。
ただし両者共に、腹のさぐり合いではあるが。


長くてくだらない一通りの挨拶を終えると、クラウドはすぐにエアリスの側から退散する。
一応エスコートの役目は終えたのだと言わんばかりに、クラウドは会場の中心から離れ、グラスを片手にバルコニーへと出た。
バルコニーからはミッドガルの夜景が一望出来る。
色とりどりの灯りは、まるでおもちゃ箱のようだ。ごちゃごちゃしていてどこか猥雑。
その時大きな喚声が会場から漏れ出てくるのが聞こえた。
きっとお披露目が始まったのだろう。だがクラウドには関係のないこと。
人に溢れた場所にいたため、疲弊した神経を休めるべく、クラウドはグラスを煽った。
爽快な喉越しがすっと溶けてしまうこの味わいは、酒に弱いクラウドでも美味だと素直に感じられる。
無論これも神羅マークの製品なのだろう。
――神羅はいただけないが、酒は美味だな。
収まりの悪い金髪を風が掻き上げていく。
少し目を閉じて、クラウドは体内に入ったアルコールを感じた。
会場からは頻繁に喚声が起こっているようだ。
騎士とファティマ。様々な思惑があろうとも、星団法に縛られるファティマにとって、このお披露目は唯一の自由を行使出来る大切な場なのだ。

ティファとクラウドがあったのは、お披露目の場ではない。
ティファがクラウドを見初めてくれて、追いかけてきてくれたのだ。
騎士である変化を遂げたばかりの、何一つこなせない未熟なクラウドを、彼女は愛してくれた。誠心誠意仕えてくれたのだ。
死んだ者は戻らない。500年の寿命があると言われているファティマでも、死ぬ時は死ぬし、壊れる時は壊れてしまう。
失った者をずっと未練し続けるのは、ティファの為にも良くないのだとはわかっているのだが…

フッと、先日あの教会であったファティマを思い出す。
(クラウド――俺の騎士)
(俺のマスター)
ファティマだと言い切ってしまうには、あまりにも絶大だった。
あのファティマは、どういうつもりでクラウドをマスターだと思ったのだろうか。
彼はクラウドに、何を見たのか。
――まあ、いいさ。もう会うこともない。
グラスのお代わりをもらおうと考えたその時、悲鳴そのものにしか聞こえない一際大きな喚声が会場から溢れてくる。
自分には無関係であると信じているクラウドは、空になったグラスを片手に酒を求めて会場へと戻ろうとした。
きっちりと締められていた両開きの扉に手をかけた時、扉は会場側から勝手に開く。
自然の流れで顔を上げると、そこにいたのは――
――!
「クラウド。やはり会えたな」
教会の花畑であった、あのファティマではないか。
今回はマント姿ではない。首から手足の先まで、きっちりと覆い隠した革製のファテイマスーツを身につけている。
黒のファテイマスーツの光沢が銀髪に映えて、妖しいほどに美しい。
「――お前は…」
「俺の名はセフィロス」
「ガストと宝条によってつくられたファティマだ」
つまり彼は、今回のお披露目での目玉だったファティマ本人なのだ。
「俺のゲージは3Aを超える」
本当は高すぎて測定不能なのだが。
「騎士以上の働きもするぞ」
「何より――俺は絶対にお前を裏切らない」
哀しませもしない。
「お前だけを護り支えよう」
「俺の忠誠はお前だけに捧げられる」
クラウドが先に死ねば、歓んで後を追ってやろう。
「どうだ――ここまで誓うファティマは他にはおるまい」
だから、クラウド。どうか。
「俺のマスターになってくれ」
「俺にお前をくれ」
セフィロスはここまでを一気に言い切ると、跪き、クラウドの右手を取る。
そして手の甲に口づけたのだ。
まるで騎士が姫君に、永遠の忠誠を誓うように。


このワンシーンにため息が起こる。
やっとお披露目に現れたものの「こいつらではない」と言い捨てて、何を求めているものやら会場中を探し回っていた奇妙で美麗なファティマ、セフィロスを追ってやってきた人々からわき上がったものだ。
皆この美麗すぎる最高級のファティマが選ぶ騎士を見たかったのだ。
わき上がったため息で、クラウドは我に返る。
手を引こうとするが、セフィロスは放さない。
顔をあげて、ニヤリとタチの良くない笑いを浮かべ、
「今回は立ち会いの騎士も大勢いるしな」
教会の花畑でクラウドが言った言葉を忘れてはいないのだ。
――なんてヤツだ!
どうしようかと頭を働かせるクラウドの視野に、心配そうに見守っているエアリスの顔を認める。その背後によりそうザックスも。
その時不意に湧いてきた感情は、不器用な自分の本音だ。
―― 一人は嫌だな。
寂しいのも嫌だ。ずっと一人で行動するのも。MHを一人で操縦するのにも厭きた。
こうやって周りからファティマを失った騎士なのだと、気遣われるのにもうんざりだ。
それに、このとびきりきれいだがちょっと行動がおかしいファティマほど、クラウドに忠誠を誓ってくれる者は、この先ももういないだろう。
ティファを忘れるんじゃない。彼女は永遠に忘れない。
でももうそろそろティファを解放してやるべきなのかも。
じいっと見上げてくるセフィロスの眼差し。翠の美しい色合いに不安が混じっているのを、クラウドは見逃さない。
「――…解ったよ」
――オレの負けだ。
「セフィロス。オレのファティマになってくれ」
「イエス・マスター」
セフィロスはそのまま手を引いて、クラウドを己の腕に抱きしめてしまう。
わーっとまたわき上がった喚声を、クラウドは逞しいファティマの胸で聞いた。
お披露目の場でマスターを抱擁したファティマは前代未聞である。



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