五星落涙

FSS シリーズ


風の音が変わった。乾いた風が高く低く唸っている。
きっと天候が変わるのだろう。
騎士の感覚とは鋭いもの。どうしても鋭敏になってしまう。
ここニブルヘイムは寒い星だ。五つの星団の中でもっとも日照の少ない場所である。
年間のほとんどは雪と氷と吹雪によって閉ざされてしまう。
つかの間の短い夏ももうすぐ終わりを告げるのだろう。
クラウドにとってはこの風も耳に馴染んだ季節の足音だ。
辺境の星、ニブルヘイム。ここはクラウドの故郷でもある。
クラウドはこの星で生まれ育ち、そして騎士の力に目覚めた。


身体を半分コクピットに突っ込んで愛機MHアルテマウェポンの整備をしていたクラウドの動きを、無機質な合成音が止める。
『通信が入っております』
柔らかい女の声ではあるが、合成音は合成音。
つい半年前ならば、別の少女の声が教えてくれた言葉だ。
(クラウド。通信入ってるわよ)
全ての憂いを吹き飛ばす明るい少女。
どちらかというとネガティブな性質であるクラウドを、あの少女型ファティマはいつも助けてくれていた。
少女ファティマティファは、クラウドの強力な助け手であったのだ。心身共に。
姉であり母であり妹であり、そして恋人でもあった。いや、恋人というよりは妻か。
気弱な夫を叱咤激励してくれる。どんな時でも支えてくれる。
ティファは己が忠誠を誓った騎士クラウドに、いつもそんな風に接してくれていたのだ。
だが――
悪夢の瞬間を思い出し、クラウドは唇を噛みしめる。
ティファは死んだのだ。いくら人でないファティマであろうとも、死は訪れる。
でもティファの死は避けることが出来たのだ。
――オレがもっとしっかりしていれば。
14の歳に騎士になってはや8年。そのうちの7年あまりの間ずっとティファはクラウドのファティマであった。
辺境ニブルヘイムの田舎騎士でありながらも、クラウドの名が5つの星団に知られているのは、ティファのサポートがあったからこそだ。
ティファを失ってしまった今は、とても次のファティマなど考えられない。
クラウドはずっとファティマなしで戦ってきた。

――オレがもっとしっかりしていれば。
14の歳に騎士になってはや8年。そのうちの7年あまりの間ずっとティファはクラウドのファティマであった。
辺境ニブルヘイムの田舎騎士でありながらも、クラウドの名が5つの星団に知られているのは、ティファのサポートがあったからこそだ。
ティファを失ってしまった今は、とても次のファティマなど考えられない。
クラウドはずっとファティマなしで戦ってきた。

プツン、という小さな音と共にモニターにエアリスの顔がうつる。
セトラ特有の緑の瞳がクラウドを正面から捉えていた。
『久しぶり、クラウド』
「…ああ」
ティファが死んだ時以来となる。
『いつまでニブルにいるつもり?』
「アルテマの機嫌が悪いんだ。修理と調整が必要なんだよ」
『エトラムルなんか使ってアルテマを動かしてるからだヨ』
「――…わかってるよ」
MH〜モーターヘッドは最強の凶器である。鋼鉄の人造物であり、その性能を使いこなすのに、人では不十分なほどに進化した兵器なのだ。
乗りこなすには人以上の運動能力や反射神経が必要となる。
よって人は遺伝子を組み替え、モーターヘッドに乗り操縦することが出来るモーターライナーとして騎士を生み出す。
だが史上最強の騎士だけではモーターヘッドは操りきれない。
モーターヘッドと騎士。両者共に優れすぎていて妥協が出来ないからだ。
MHと騎士とを繋ぐべくファティマが生み出される。ファティマは人でも騎士でもない。
人が作り出した人形。
初期のファティマは使い捨て扱いされ、あくまでもモーターヘッドの一部品としてしか扱われなかったが、改良に改良を重ね、ファティマは人形以上の存在となる。
複数の騎士に使い捨てとされるよりも、そのファティマと相性があう一人の騎士に仕えることこそが、ファティマの能力を飛躍的に向上させるのだと解ってからは、ファティマはモーターライナーである騎士の勲章のひとつとなった。
クラウドはティファを失ってから、エトラムル、形のない人工脳だけの存在をファティマの代用として、愛機アルテマウェポンに搭載しているのだ。
エトラムルは本当の部品だ。形がなく心を通わせることがないだけ、気安く扱える。
だがアルテマほどのMHはエトラムルで充分に扱いきれる筈もなく、どうしても齟齬が出てきてしまうのだ。
「わかってるよ――そんなことは」
視線を伏せるクラウドは、とても騎士には見えない。
クラウドを初めて見た者は、彼の容姿に驚く。見事な金髪碧眼。白い肌は北国特有のものか。青年なのに、まるで処女のような清潔さを持ち、男にしては線の細い肢体は騎士というよりも、むしろ彼こそがファティマに見えるのだ。
特にこうして所在なげに途方に暮れている様は、ずっと傅かれてきたエアリスをしても、庇護したくなる。
モニター越しに久しぶりに対面するクラウドの憂いを見て、エアリスは兼ねてからの計画を実行することを決めた。
――ティファだって、こんなクラウド嫌だよね。
彼女は深くクラウドを愛していた。
騎士とファティマという枠を越えて、とても大きな愛でクラウドを包み込んでいたのだ。
エアリスはそれをよく知っている。だからこそ――
『クラウド。ミッドガルに来てちょうだい』
「何かあるのか?」
『ファティマのお披露目があるのヨ』
「オレは――ファティマはいらないから」
『参加するだけでもいいヨ』
とにかく、
『あたしも招待されてるの』
『久しぶりに会おう。クラウド』
『ザックスも会いたいって』
エアリスの懇願と気遣いをはねつけるほどには、クラウドは幼くはなかった。
アバランチの歴とした女王様だというのに、エアリスはいつも出会った頃そのままだ。
「わかったよ――これからニブルを出るから3日後にはミッドガルに到着すると思う」
『ありがと。クラウド』
ミッドガルで落ち合う手はずを打ち合わせてから、エアリスからの通信は途切れた。


この星団の主星ミッドガルは、神羅の本社がある場所でもある。
神羅――国にあらず。企業である。
いや、今となってはただの企業であるとは、到底言えないが、それでも神羅は会社〜カンパニー〜なのだ。
巨大なモンスターとなった神羅は、経済面から、そして私設軍隊によって軍事面から侵攻をしており、今や5つの星団の3分の1が神羅の支配を受けている。
企業である神羅の遣り方は、やはり国家とは異質なもの。価値基準は全て金。儲かるか儲からないか、のみによって動いている。
エアリスの治めるアバランチは、唯一対抗出来る反神羅組織ではあるが、交戦状態にあるのではない。
また神羅も金にならない戦争はしようとはしていない為に、アバランチと神羅の間には、一種の緊張感がある平和と友好が築かれているのだ。

ファティマはその能力を存分に発揮する為に、己が仕える騎士を選ぶ自由を与えられている。場合によっては公平な自由とは言えないものだとしても、闇でひっそりと売買されるようなことにはならない。これは星団法で定められているのだ。
よって名のあるファティママイトの新作ファティマの騎士選びは、社交界の大きな儀式となる。“お披露目”と俗に呼ばれていた。
今回エアリスがクラウドを呼んだのは、生きながらもすでに伝説と化している二人のマイト、ガスト博士と宝条博士が共同製作した新作ファティマのお披露目であった。
もちろんその新作の為だけのお披露目ではなく、他にも数体のファティマが出されるのだが、目玉はこの両博士共同の新作ファティマに決まりきっている。
5つの星団から王侯貴族や地位のある名士らが名のある騎士を引き連れて参じており、神羅も軍に所属する騎士を揃えていた。
新作ファティマが、果たしてどこの陣営に属する騎士を選ぶのか。
微妙な政治背景もあり、興味津々で今回のお披露目は行われようとしていたのだ。

ミッドガルに入ったクラウドは、エアリスが用意しておいてくれたカーゴベースに愛機アルテマウェポンを預ける。
それからこれまた用意されているホテルへと。
ミッドガルは初めてではない。ティファと共に幾度か訪れたことがあったが、それはどれも仕事がらみであった。
クラウドはアバランチに属する騎士という形を取っている。
だが内実はもっと気楽なものだ。
王宮軍という歴史と伝統のある、つまりそれだけ堅苦しい組織では、クラウドの能力が発揮できないだろうと解っているエアリスが、特別に自分直属としたのだ。
よって軍の命令ではなく、友人としてのエアリスのお願いでクラウドは動く。
その為騎士クラウドの収入は一定しておらず、あまり贅沢は出来なかった。
ティファはミッドガルをあまり好きではなかったようだが、さすがに神羅の主星だけのことはあり、この星で手に入らないものはなにもない。
――もっと何か買ってやれば良かった…
そもそもファティマは金が掛かる。
身につけるものは全て天然繊維でなければならない。よって絹か革と限られている。
ファティマスーツもそうだ。額の制御クリスタルも高価であるが、もっと稀少である天然の宝石ルビーやエメラルドサファイアなどをファティマスーツに付けるのが当然なのだ。
つまりファティマは高額な一財産を身につけて、生きているのである。
またこうやってファティマに金を掛けてやるのが、騎士の甲斐性ともなるのだ。
クラウドはティファに掛ける金銭を惜しむつもりなどなかった。まとまった金が入るたびに、ティファにかけてきたが、やはり王宮軍の騎士よりは劣ってしまう。
またティファも、そんなクラウドを気遣ってか、物を欲しがることもなかったのだ。

ティファとの記憶は素晴らしい。素晴らしければ素晴らしいほどに、たまらなく哀しくなる。
そして哀しくなれば哀しくなるほどに、記憶は余計に輝くのだ。
初めてティファと会った時のこと。
初めて「マスター」と呼ばれた時のこと。
初めてのキス。初めてのセックス。
「愛してる」と囁いてくれた。耳元で恥ずかしそうに頬を染めて。
ティファとそっくり同じ想いを果たして自分が抱いていたのかは定かではないが、それでも確かにクラウドにとってティファは大切な特別だったのだ。
ファティマなど所詮は人形だと、割り切る騎士も多くいるが、クラウドはそうではなかった。
もっと彼女を愛してやりたかった。
もっと、もっと――

――やはり、お披露目に出るのは止めよう。
エアリスは怒るだろうが、やはりまだ無理だ。
それに失ったファティマをずるずると恋しがるような騎士を、どのファティマが選ぶと言うのか。
第一、 五つの星団に名だたる天才、ガスト、宝条両博士制作のファティマなど、クラウドを選ぶ筈などない。
ティファのマイト、ダンカンの名でさえ、田舎騎士のクラウドにとっては身分不相応だったのに。
お披露目に出ないと決めれば、心も少しは軽くなる。
エアリスからは今回お披露目になるファティマに関する資料が届いていたが、クラウドはそれを見ることもなく、好奇心と気分転換から久しぶりにとミッドガルの街へと出ていくことにしたのだ。







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memo連載だったFSSパロです。以下続きます。

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