episode:1Believe Me


SW シリーズ

白い小型船は優美な円を描きつつ着陸態勢に入った。
銀に近い白の外壁にあるのは、そぐわない神羅のマーク。
この小型船が共和国議会、通称神羅から派遣されてきたものであることを示している。
神羅をよく知る者ならば、この小型船からもっと多くの情報を得るだろう。
まず小型船の形。これは共和国議会神羅の中でも乗るのが限られている型だ。
特殊な能力を持つ者たちにのみ使用を許された船。すなわちソルジャーのみが移動の際に使用する特別な船なのだ。
ここはコレルエリアにある公共発着場。今小型船着陸を見守っているのは、コレル統治評議委員会の面々。
実際の統治は各エリアにて選挙により選ばれた評議委員が行う。
ただし何らかの事件が起こり、各エリアのみで対応できなくなった場合には、共和国議会へと提訴されるのだ。
共和国議会すなわち神羅はこれを審議。必要に応じてそれぞれの問題に対応出来るコンサルタント、すなわちソルジャーをエリアへと派遣する。
今回コレルエリアが提訴したのは、反共和組織テロ殲滅について。
コレルでのテロ行為はすでにエリアの自治を超えていると判断した神羅は、ソルジャーの派遣を決定。
派遣されてくるソルジャーの名に、コレル統治評議委員会は驚いた。
ソルジャーセフィロス。数あるソルジャーの中でも桁外れの力を持つ英雄。
英雄の出迎えとしてこうしてコレルの有力者が一同に集まったのは、当然であると言えよう。

小型船は見事に着陸する。ふわりと浮いた機体は一瞬静止したかのようにさえ見えた。余程腕の良いパイロットが操縦しているに違いない。
衝撃もほとんどなくエンジンを停止させた機体からタラップが伸びる。下りてきたのは英雄セフィロスだ。
見上げるほどの長身に長い銀髪が美しくなびく。美丈夫という言葉が相応しい英雄がこうして立つ姿は、それだけで芸術となった。
タラップを下りた英雄の背後から小柄な人物が続く。
待ちかまえていた有力者たちは、その小柄な姿に思わず目を細めた。
だがそれも一瞬のこと。降り立った英雄は愛刀正宗を持ったまま、辺りを睥睨する。
慌てて評議員代表が口上を述べた。
「…ようこそいらっしゃいました。英雄の来訪に我々…」
「挨拶は必要ない」
英雄セフィロスは社交辞令をばっさりと切って捨て、
「テロリスト共についての情報を出してくれ」
「はい…ですがまずは歓迎の宴を」
「俺は仕事に来たのだ。宴などいらん」
英雄の威圧感はそうとうなハイプレッシャーだ。思わず萎縮して、頭を下げ腰を折った有力者たちに、少年の声がかかる。
「申し訳ありませんが――」
顔を上げると英雄の隣に立つ少年の姿があった。
いくつなのだろうか。どう見ても14,5か。年齢相応の発育はしているものの、隣にあるのが英雄だ。どうしても小柄で華奢に見えてしまう。
そしてその容姿。銀髪翠玉、完璧な美貌の英雄と比べても遜色がないのだ。
見事な金髪碧眼。少年とも少女ともつかない容姿は、中性ではなくセクスレス〜無性〜に見える。
奔放に跳ねる金髪だが、一部分だけ長く伸ばして編み込んである。ブレイドと呼ばれる、これはパダワン、つまりソルジャーの弟子の証だ。

ソルジャーはとても特殊な者たちだ。あまりにも特殊すぎて、後継が出来にくい。先天的な素質に加え、その素質を開花させる為には特別な教育が必要だからだ。
よって神羅では各エリアにタークスと呼ばれているスカウトマンを派遣している。
タークスがソルジャーの才能のあると考えられる子供を発掘して、養成所にて教育。ここで認められた子供は、ソルジャーのパダワンとなり、私生活も仕事も全行動を共にして、才能を磨きあげるのだ。
ソルジャー筆頭であるセフィロスだが、長い間パダワンを持とうとはしなかった。
それが二年ほど前急にパダワンを持つ。それがこのクラウド。金髪碧眼の少年だったのだ。

クラウドは機嫌を損ねたマスターに代わり、口を開く。
マスターセフィロスは随分と気分屋さんなのだ。これはクラウドしか知らない秘密だが。
こういう時は早く仕事に入るに限るのだと、経験上よく承知していた。
「テロリストのいる場所の詳しい地図。これまでの掃討作戦の全容について教えてくださいませんか?」
あと、
「部屋への案内をお願いします」
無垢な少年のはにかんだ様子は、セフィロスというプレッシャーを隣におくと、天使のように見えた。


宛われた部屋へと案内され、やっと二人きりとなった。
クラウドは詳細地図をモニターに映している。
マスターたるソルジャーセフィロスは、愛しいパダワンの様子に傾いていた機嫌が上昇するのを感じる。
――我ながら単純だな。
と思いつつも、やはり可愛いものは可愛いのだからと開き直っているのだ。
「マイパダワン」
「はい。マスター」
「俺のパダワンはそんなに地図が好きなのかな?」
言外に、自分を放っておいてまで好きなのか?という意を込めると、頭の良いクラウドはマスターの真意を見事くみ取って、頬を染めた。
両手を降りながら、
「いいえ!そんな…ただ、面白い地形だなあって」
「確かに、コレルには古い坑道があるしな」
と言いながら、セフィロスは椅子に座ったまま両手を広げた。
少し恥じらいながらも、クラウドは素直にマスターの傍に寄る。
小さな少年の身体は、長い腕に捉えられて包まれる。膝に乗せられて頭の天辺に口づけられた。
「テロリスト共を退治してから、坑道を案内してやろう」
「マスターが案内してくださるんですか!」
「そうだよ、マイパダワン」
クラウドと共に戦い、テロリスト共を殲滅してから、可愛いパダワンの好奇心を満たしてやろう。
その時の様子が目に浮かぶようだ。神秘的な坑道の中に二人きり。坑道の光景に興奮して言葉を無くしたクラウドが、精一杯の敬愛を込めて自分を見上げる。
そう考えるだけでセフィロスの心は酩酊してしまうのだ。
何をするよりも、そうセックスよりも遙かに、セフィロスは可愛いパダワンに夢中。
弟子など死んでもとるまいと思っていた過去の自分をせせら笑ってやりたい。
そして、クラウドをパダワンと出来た自分の幸運を褒めてやりたい。
だから、
「クラウド――俺から離れてはいけない」
こう囁く自分の胸にせり上がってくる感情の名前を、セフィロスはまだ決めかねている。
「はい。マスター」
当たり前だと返事をする少年の頬にそっと口づけた。


コレルエリアにおけるテロリスト掃討作戦の計画は、英雄ソルジャーセフィロスの協力によって立てられた。
セフィロスのパダワンとして、クラウドも計画の立案に加わっていたが…

――やっぱり、おかしい。
目の前にあるのは坑道の地図。テロリスト共が潜んでいそうな場所。テロリストが通路として使用している抜け道などの詳細が細かく記されている。
コレルの坑道の歴史は古い。コレルエリアのみで採掘されるジリリウムは、魔晄に次ぐエネルギーとして普及している。
ジリリウムは人工的に合成出来ないという性質を持っていた。よってジリリウムはあくまでもコレルエリアで採掘された天然のものしか存在しない。
採掘場は地下深く。採掘し尽くすともう一層下の次の場所へと。そうやって長い年月をかけて出来た坑道は、古いものが地表近くに。新しいものほど地下深くに、とびっしりと埋め尽くされている。
確かにクラウドの前にあるモニターに映されている地図もそうなってはいるが、注意深く見つめていると、いくつかのおかしな場所があった。
どう見ても、やはり不自然だ。
――まるで、何かを隠してるみたいだ。
そこにあるべき坑道が消されているようにしか見えない。
古い地図ではない。これが最新の坑道地図だという話であるというのを考えると、導き出される答えはひとつ。
――僕たちに勘づかれないように、わざと隠してある地図を出してきたんだ。
つまり、コレルエリアには、神羅に知られたくない秘密があるということか。
――マスターはご存じなのか?
ここは二人だけではない。コレル統治評議会の者もコレル治安維持部隊の長もいる。
クラウドはなるべく自然にさりげなく注意を払いながら、マスターへと視線を上げる。
すると、それまで表情を完全に消してコレル側の話を聞いているだけで動かなかったセフィロスが、こちらを見た。
縦長の翠の魔晄が、クラウドを捉える。
それだけで充分だった。
――マスターは解っていらっしゃるんだ。
全部承知している。
――マスターは凄い。
胸が高鳴る。マスターは解っている。全部。クラウドが気が付いた事も。
そして気づいたクラウドを褒めてくれている。
(マイパダワン)
声が響いてくる。
白い頬をほんのりと染めて、クラウドは敬愛するマスターに微笑んだ。

皆がいる場だから、微笑みは小さなものでしかない。
だがセフィロスにとってパダワンが向けてくる微笑みは、あらゆるものを凌駕する。
――賢いな、クラウドは。
さすがは、マイパダワン。
クラウドは坑道の地図から、コレル統治評議会の裏を嗅ぎ取った。
すなわちこのテロリスト掃討作戦には、神羅の利益に反する裏があることも悟った筈だ。
いや、クラウドのことだ。話さなくともどうしてこの一件が英雄と呼ばれるセフィロスの元に回ってきたのか、それも理解しているだろう。
神羅は最初から裏があるのをわかっていて、わざわざテロリスト掃討という任務に、セフィロスを派遣してきたのだ。ジリリウムの為に。
今聞かされている上っ面の計画ではない、もうひとつの作戦をセフィロスはすでにたてている。
セフィロスと愛しいパダワン、二人のみの作戦だ。
いくら愛しいといえども、セフィロスは己のパダワンを安全地帯に囲っておくだけの愚か者ではない、
第一、クラウドは充分に信頼に足りるパートナーなのだ。
信頼とはどちらか一方が傾けるのみでは成立しない。双方がお互いを信頼してこそ。
セフィロスは戦士としてもクラウドを充分に信頼している。
どんな困難に遭遇しようとも、クラウドならばセフィロスを信じ、最良の行動をとれるだろうと、確信しているのだ。
可愛いだけではない。素直なだけでもない。
可愛く、素直で、無垢で、賢く、強い。
そんなクラウドを愛おしい。
――マイパダワン。
そっと呼びかけると、クラウドは応じてくれる。
言葉も距離も二人の間には関係ない。
――二人で戦おう。
――はい。マスター。
今やセフィロスに恐れることなどない。


コレルエリアにおけるテロリスト掃討作戦が開始された。
ジリリウムの影響で坑道内の精密探査は不可能。原始的な人海戦術をとるしかない。
坑道の上の層から下層へと。治安維持部隊による探索にて、テロリストを追い詰める作戦となった。
神羅より派遣された英雄ソルジャーセフィロスは坑道の入り口で待機。作戦の陣頭指揮をとる。
だがその隣に愛すべきパダワンの姿はない。
セフィロスの耳に装着された小さなインカムだけが、今のマスターと弟子の間をつないでいる。

パダワン、クラウドは別の入り口より隠された坑道へと、密かに潜入していた。
坑道内は思ったよりも広く、歩きやすい。だが閉鎖的な圧迫感はどうしても避けられないのか、少年の身体を四方から押し潰すかのようにのし掛かってくるのだ。
訓練により夜目のきくクラウドは、灯りを持たないまま目的の場所まで進んでいく。
脳裏を過ぎるのは、数時間前に敬愛すべきマスターと交わした会話だった。

作戦開始前にやっと二人だけになれる。
その時セフィロスはおもむろに、クラウドを抱き寄せた。
大きな胸にすっぽりと包まれて、自分のマスターへの敬愛の情は増すばかり。
セフィロスは編み込んだブレイドを手に取ると口づける。二人の間ではこれは特に珍しい行為ではなかった。
クラウドのブレイドはいつもセフィロスが編み込んでいる。
風呂上がりや朝一番に、弟子のブレイドを解き、器用に編み込んでいくのだ。
そして編み込みが終わると、金色の房に口づけるのも日課。
肩に垂れるブレイドに口づけたセフィロスは、抱き込んだ少年にしか聞こえない声で呟くように話し始めた。
「ジリリウムは何に使われるか知っているか?」
――はい。マスター。
「ガンマ208という光線を照射すると、魔晄によく似た性質を持つエネルギーになります」
それと、
「高熱で融かすと、ジリレノンという金属になります」
「ジリレノンは何に使われる?」
「魔晄を密封する専用の容器となります――」
――まさか!
「魔晄を使った武器はジリレノンで作られます」
パダワンの答えは満点だ。
セフィロスはブレイドの先をそっと撫でる。
魔晄エネルギーを完全に密封出来る金属は少ない。中でもジリレノンは一番安定して魔晄エネルギーを閉じこめることが出来るのだ。
おまけにジリレノンは重さも軽く、加工も容易だ。
よって魔晄を使った武器にはジリレノンが使われるのだ。
神羅でも魔晄キャノンという武器を制作中なのは、ソルジャーの間でも有名な話となる。
その為ジリリウムの販売、加工の権利は共和国議会、すなわち神羅によって専有されていた。
つまりコレルエリアにて生産されたジリリウムは、全て神羅へと渡されることとなっている。
ジリリウムを掘る坑道をいくつ作り、それぞれからどのくらいのジリリウムが獲れたのか。コレル評議会は採掘の詳細全てを神羅へと報告するのが義務づけられていた。

「魔晄を使った武器が闇で取り引きされているとの情報を、神羅は得ている」
愛すべきパダワンの手触りの良いブレイドを手で遊びながら、セフィロスは話す。
「コレルアリアから産出されるジリリウムの量が、ここ数年安定していないのとなぞるように、神羅の管理していない魔晄武器が出回っている」
「ジリリウムの横流しですね。マスター」
ああ。
「そうか。隠し坑道があるんだ」
そこから獲れたジリリウムは神羅に隠されて売買されている。
「俺たちはテロリスト共を殲滅する為にコレルに来たのではない」
「コレル評議会の不正を暴くために来た」
隠し坑道を見つけ、不正に関わった者を断罪するのだ。
「マスター…」
抱かれていた逞しい胸から、クラウドは顔を上へと向けた。
セフィロスとクラウドの身長差はかなりある。セフィロスが並はずれた長身であるのと、クラウドがまだ発育の過程にある為だ。
まるで背伸びするように、少年は敬愛するマスターを見上げなければならない。
「僕が隠し坑道を探します」
セフィロスは英雄だ。注目されすぎて隠密行動はとれない。だとすれば、クラウドが探すしかない。
クラウドが確たる証拠を押さえれば、そこからは英雄の出番。
「マイパダワン――」
セフィロスは身体を折り曲げて、愛すべきパダワンの頬に己の頬をそっと寄せる。
滑らかな少年の肌は、まだ柔らかく丸味を帯びていた。あと数年すればこの頬も引き締まり、男のシャープさを得るのだろう。
きっとその時には、少年はパダワンではなく、立派な一人のソルジャーとなるに違いない。
その時がくるのが楽しみでもあり――非常に残念なのがセフィロスの本心だ。
――果たして俺は、お前を手放すことが出来るのだろうか…?
何度自問しても、答えは出ない。いや、出したくはない。
「お前に頼むしかないが…」
「マスタークラスのマテリアを持って行け」
「何かがあれば、お前の判断で戦えば良い」
例えクラウドが戦うことによって、どんな被害が出ようが、犠牲があろうが、何人死のうが、関係ない。
だから、
「傷ひとつなく戻ってこい」
――俺の元に。
セフィロスの声は振動となって、直に寄り添っている頬から伝わってきた。

その愛情の深さに少年の胸はいっぱいになる。
――マスター…
みんながセフィロスを氷の英雄だと言う。銀の鬼だとも。
だがこんなに優しくて豊かで愛情深い人を、クラウドは知らない。
それはクラウドがまだ子供で世間知らずなだけではない。この先どんなに多くの人と関わろうとも、マスターほどクラウドを深く愛してくれる相手とは巡り会えないだろう。
「大丈夫です。マスター」
「僕はマスターのパダワンです」
だから、
「立派に任務を果たしてみせます」
細い腕をいっぱいに伸ばして、クラウドはしがみつく。
二人の抱擁は作戦時間開始間際まで続いたのだ。


真っ暗な坑道。夜目がきくとはいえども、頼りになるのは己の感覚のみ。
隠し坑道の入り口は、他の坑道よりも狭く整備のなされていない剥き出しの岩のトンネルだった。
空調も悪く湿度が高い。
もしここで採掘作業をしていたとすれば、最悪の環境だっただろう。
クラウドは慎重に足を進めていく。
行く手にはどのような危険が待ちかまえているのか定かではない。
だがクラウドの心は一点の曇りさえなかった。
恐怖を乗り越えて、心に強くあるのは敬愛するマスターのことだけ。

クラウドはニブルヘイムという雪で閉ざされた土地で生まれ育った。
ニブルエリアは共和国加盟エリアの中でも北にある。
一年の大半が冬だ。気温が低く氷点下の日が続く。春は短く夏にいたってはないのと同じ。
よって農作物はほとんどとれず、主に狩猟によって生計をたてている。
特にニブルウルフと呼ばれる白狼の毛皮は、高値で取り引きされるのだ。
この閉鎖的な土地柄で私生児として育ったクラウドは、物心ついた頃からすでに孤独だった。
親である母はクラウドを愛してくれた。その愛情を疑ったことなどないが、それでもクラウドは孤独だったのだ。
狭い村の世界。寒い土地。雪は美しいものではなく、クラウドを孤独に閉じこめてしまう冷たい牢獄だった。
このまま生涯を終えるしかないのか…
朧気にそう考え始めた10の終わりに、クラウドの人生は転機を迎える。
神羅より派遣されてきたタークスが、クラウドをスカウトしたのだ。
タークスは神羅直轄となっている。各地を周りソルジャーとしての才能を見込まれる子供を捜すのも、タークスの重要な仕事のひとつだ。
スカウトの対象となるのは主に5歳〜8歳くらいまでの子供。
なぜならソルジャーとしての才能を伸ばし、コントロールするのには、なるべく幼い頃からの訓練が必要だとされているからだ。
ソルジャー幼年学校のことをテンプルと呼ばれているが、このテンプルには上の年齢制限はあっても下の年齢制限はない。
テンプル生まれ、テンプル育ちの子供もいるくらいなのだから。
10歳でスカウトされたクラウドは、明らかに年齢対象外だった。
スカウトしたタークスもクラウドの才能は認めながらも、テンプルで教えをちゃんと受けられるのか。またその後マスターがつきパダワンとなれるのか。ソルジャーとなれるのか。などについては、はっきりと保証できないと言われた。
それでも良かった。とにかくこの雪と氷の狭い世界から、果てのない孤独から抜け出したかったのだ。

クラウドは11歳でテンプルに入学。
年齢というハンデを背負ったクラウドは、努力に努力を重ねる。
他の子供の倍、いや3倍は勉強に励んだのだ。
それが実りテンプルでの成績は優秀と認められたが、一年経っても、クラウドにマスターはいない。
他の子供達がどんどんパダワンとなり、テンプルを出ていくのに対して、クラウドはどこにも行けない。
少年はテンプルでも孤独だったのだ。

この孤独から救ってくれたのが、セフィロス。
英雄と呼ばれるソルジャー1st。

クラウドは決して忘れない。
セフィロスがクラウドの手をとってくれた日のことを。
「マイパダワン」
と初めて呼んでくれた日のことを。
そしてセフィロスは自らブレイドを編んでくれた。

クラウドより優秀な子供はテンプルには数多くいた。
クラウドよりも才能のある子供もいた。
セフィロスさえ望めばもっとも優秀な子供を選ぶことが出来たのに、彼はクラウドが良いと言ってくれたのだ。
誰でもない、お前が良いと言ってくれた。
お前だからパダワンにしたのだと。
クラウドを認めてくれた初めての人。

――マスター。僕、決してマスターを失望させはしません。
クラウドがどんな無様な失敗をしても、セフィロスは笑って許してくれるだろう。
だからこそ、最高の働きを示したい。
(よくやったな、クラウド)
(マイパダワン――)
こう言って貰えるように。胸を張ってセフィロスの顔を見られるように。

坑道を歩くクラウドの感覚に触れてきた気配がある。
気配はひとつだけ。これは人間のものだ。
誰かがクラウドの後をつけてきている。
クラウドは察知しているのを気取られないように、先へと進んでいく。
気配の人物こそ、クラウドが目的としている隠し坑道の秘密を暴く鍵となるだろう。
その何者かが接触してくるのをクラウドは心待ちにしながら、暗い坑道を奥へと進んでいった。


奥へ奥へと進んでいくにつれて、クラウドは様々な情報を得た。
情報から推測するに、この隠し坑道は現在も採掘されているらしい。
実際に目の前で採掘がなされていないのは、きっとセフィロスがやってきているからだろう。
隠し坑道は層になっている。何層あるのかはわからないが、所々上の層や下の層へと移動の為らしき縦穴があるところから推察されるのだ。
あの地図上にて隠されていたおかしな部分全部が隠し坑道であるとするならば、横流しされたジリリウムはかなりの量となるだろう。
しかもそれが数年に渡って行われていたとすれば、ジリリウム市場が神羅の支配下では抑えきれなくなるのは必定。

そのうちにクラウドは剥き出しのジリリウム層の岩盤へと辿り着く。
魔晄を閉じこめてしまう働きを持つジリリウムは、反発作用しない分魔晄との相性は良い。
一見灰色の岩盤だが、ソルジャーとしての訓練を受けているクラウドにとっては、採掘されていないジリリウムの気配を容易にたどることが出来た。
岩盤にそっと触れてみる。
岩盤に残っている跡から察するに、神羅の推奨する大型採掘機で掘られてきたのではなさそうだ。
第一この坑道の広さでは、採掘機は入れない。
人が持てる危険性の高い機械を使っているか…あとはたぶん手掘りだ。
ジリリウムは魔晄と相性が良い。よってジリリウムも魔晄とよく似た中毒を起こすという研究発表もあるのに…
――こんなのじゃ中毒になってしまう。
劣悪な環境で行われる採掘作業を、神羅は認めていない。
これだけ採掘するのに一体どれだけの中毒患者がでたことか。
クラウドは少年らしい潔癖さで、胸を痛める。

クラウドが岩盤に手を触れたまましゃがんだ時、ずっと尾行してきた気配が近づいてきた。
背後からやってくる気配はとても不穏なもの。
明らかにクラウドを怪しみ、敵意を持っている。
セフィロスならば、クラウドに対抗するように指示するだろう。
だが最初からクラウドに戦う気持ちはない。
コレル評議会からテロリストと名指しされている者たちは、きっとこの隠し坑道で働かされてきたのだろう。
そうなれば神羅の敵ではなく、むしろコレルの不正を暴くための協力者としなければならない。
神羅がコレル評議会を直接糾弾するのでは、反神羅派につけいれられてしまう。
よって神羅はあくまでも調停であり、このテロリストとされた被害者たちが、コレル評議会を糾弾するのが一番筋が通っていて理想的だ。
それにはテロリスト達を説得して神羅への協力を得なければならない。
力ではダメだ。どういう形にしろテロリストと呼ばれた以上、彼らの心は頑なであるだろう。
解きほぐすには、力以外のことしかない。

太い腕がクラウドの首を締め上げる。
こめかみに突き付けられたのは腕にとりつけられたギミックだった。
急激に喉元を締め上げられ、気絶しそうになる。
深い闇へと沈んでいきそうな己をクラウドは激しく叱咤した。
気絶している場合ではない。
――マスターが待っていらっしゃる!
必死で耐えようとしている少年を腕の持ち主は軽々と抱き上げて、立たせた。
よほど体格の良い逞しい男らしい。
身長はともかく、体積はセフィロスの倍はあるだろう。締め上げている腕の太さは、クラウドの胴体と変わらないくらいだった。
「お前――ソルジャーのパダワンか!?」
野太い声。明らかに声帯に異常があった。
採掘の際にジリリウムの粉を吸い込み続けた結果なのだろうか。
クラウドは男の問いかけに大きく頷く。
「なにしに来た」
「俺達を殺しに来たのか」
何度も首を横に振った。
と、締め上げていた男の腕が緩む。
クラウドを拘束するには充分だが、これで喋るくらいは出来そうだ。
ソルジャーの恐ろしさを知らない者はいない為、パダワンと解ってもすぐに殺されはしないだろうとは考えていたが、会話をするチャンスがこれ程早く得られたことは、クラウドは安堵する。
早く会話しようと酸素を吸い込んだところで、激しくせき込んでしまった。
身体全体でせき込むクラウドの小さな背中を、男は軽く叩く。情け深い仕草だ。
そのままクラウドの咳が止まるまで男は待ってくれた。
やっと収まった頃には、クラウドを拘束する力はかなり緩んでいる。どうやら情に厚い男であるらしい。
「僕は、ソルジャーセフィロスの…、パダワンです」
セフィロスの名はここでも効果絶大だ。
男はぎょっとして拘束した少年を覗き込む。
男も夜目がきくのだろうか。かなり近い距離にまで顔を近付けた後、小さな灯りが点った。


男は確かに巨漢だ。セフィロスとほぼ変わらない長身。違っているのは肉の分量だ。
分厚く逞しい筋肉が大きな塊となって、男を覆っている。
日焼けした皮膚。短く刈り込んだ頭髪。ヒゲの濃い頬に傷があった。
鋭い目つきだが、人柄は悪くないようだ。
灯りに晒されたクラウドを見て驚いた表情からは、クラウドの容姿にというより、その幼さへの戸惑いが感じられる。
「――お前、いくつだ」
「14、です」
ガキじゃねぇか。男は小さく呟く。
「名前は?」
「クラウドと言います」
「セフィロスのパダワンってのは本当か?」
「はい」
セフィロスのパダワンであるのは、クラウドにとって誇りだ。なんら躊躇することではない。
コレルエリアに現在いるソルジャーはセフィロスだけ。少年の格好と肩にかかるブレイドからパダワンであるのに間違いはない。
とすれば、確かに少年はソルジャーセフィロス、神羅の英雄のパダワンなのだろうが…
巨漢は素直すぎるクラウドの答えに、また驚く。
「あなたのお名前を教えていただけますか?」
問い返したクラウドだが、もとより正直に教えてもらえるとは考えていない。
だが、巨漢の逡巡は僅かの間だった。
すぐに
「バレットだ」
名乗ってくれたのである。
「バレットさんですね」
念押ししてから、
「お話があってきました」
「話だと!」
途端バレットの感情が牙をむく。
「テロリスト扱いしやがって!英雄様まで呼び寄せて。俺達を皆殺しにするヤツらが、話だと!?」
心底まで怯えるほど激したバレットにも、クラウドは怯まない。
真っ直ぐ顔を上げて、凛と声を張り上げて、
「神羅は、コレル評議会とは違います」
「ソルジャーセフィロスは、あなたたちを殺しに来たのではありません」
「コレル評議会の不正を暴きにきました」
「僕がその証拠です」
「うるせぇ!」
「人殺しのソルジャーの弟子の言葉なんぞ、誰が信じられるかっ」
「ソルジャーセフィロスに偽りはありません」
「僕の話を聞いてください」
もし、
「話を聞いた後でも信じられないのでしたら――」
「僕を好きにしてください」
これにはさすがにバレットも絶句する。
ぎょろりと目をむいて、小さな少年の顔を凝視してから、
「…――お前、何言ってんのか、わかってんのか」
「はい」
「殺されるかもしれねえんだぞ」
クラウドはバレットによくわかるようゆっくりとした動作で、自らの持つ武器とマテリアを差し出した。
武器と言ってもクラウドが持っているのは小型の村雨一本のみ。その代わりと言ってはなんだが、マテリアはセフィロスの心づくしによって、全てマスタークラスだ。
「僕は戦いに来たのではありません」
「お前はそのつもりでも、俺達はお前を殺すかも知れない…」
「わかっています」
「まだ14のガキが、わざわざ死にやってきたっていうのか」
「いいえ。僕は死ににきたのではありません」
「僕は、マスターを信じています」
言い切った少年の青の瞳には一点の曇りさえない。
その青のあまりにもの美しさに、バレットは反射的に反発してしまう。
「俺はお前のマスターとやらを信じられねぇゼ」
バレットの言葉に少年の反応はシャープだった。聡明なクラウドは状況が解りすぎる程に、解っていたのだ。
掃討作戦はこうしている間にも進んでいる。コレルの兵たちがやってくるのも間もなくだろう。
自分が口下手なのをクラウドは承知している。
その自分が初対面の人間相手に短時間での信頼を得ようとするならば、行動で示すしかない。
クラウドはいきなり信じられない行動を起こしたのだ。
差し出した村雨を持つと、鞘から抜き放つ。そして少年はいきなり己の左手へと振り下ろす。
デモンストレーションではない。本当にしっかりと力をいれて振り下ろした刃先は、自分の白い華奢な手首めがけてだった。
あまりにも躊躇のない行動に呆気にとられていたバレットだったが、少年の手首に村雨が食い込もうとしているのは見過ごせない。
ギミックのない左手で慌てて止めに入る。
しかしすでに村雨の刀身の半分は、細い手首に食い込んでいるではないか。
「おい!なにしやがる!」
ケアルガをかけようとするバレットをクラウドは止める。
「話を聞いてください」
「リーダーの方に会わせてください」
「聞いてもらえなければ、手当はしません」
そう宣言した少年は自ら村雨を抜く。血が大量に噴き出してくる。手首は無惨にも半分断ち切れていた。
小さな灯りの中に、ビックリするほどきれいな白が見えた。少年の骨だ。
なのに少年は表情ひとつかえない。痛みを、苦痛を出さずに、バレットを見つめている。
マスターセフィロスを信じると言った、これが少年の証なのだ。

この根比べ、バレットが耐えられる筈などない。
「わかった!」
「お前の話はいくらでも聞くからっ」
「とりあえず、止血だけはしてくれっ」
バレットは大慌てで叫んだ。


止血だけの最低限の処置を自ら済ませたクラウドを、バレットは心配げに窺っている。
薄暗いから定かではないが、ただでさえ白い少年の頬に、血の気は全くない。
白を通り超えて蝋のようになっていた。
余程痛いだろうに、それでも毅然とした態度は崩そうとはしない。
バレットさん――と平然と呼びかける気丈な少年の行動はむしろいたましい。
「時間がありません…早く」
と言い募る少年にバレットはもうお手上げだ。
コレル評議会への恨みも、神羅への不審も、目の前の痛々しい少年と比べればどうでも良くなってしまう。
良くも悪くも、バレットとはそういう男なのだ。
「安心しな――」
「俺がリーダーだ」
――本当に?
澄み切った青の瞳がバレットへと注がれる。
信頼させるべく、バレットは大きく頷く。同時に、少年の身体が揺らいだ。
支えようと腕を伸ばすが、少年はそれを断る。石の壁に手を添えると、どうにかして体勢を立て直した。
血が足りないのだろう。あれほど多くの量を出血させたのだ。小さな少年の身体に残っている血液では、とうてい足りない。
しかも隠し坑道の環境は劣悪だ。
早くここから出して、ちゃんと傷を治して、輸血させなくてはならないが、きっとバレットが話を聞くまで、少年は自分の手当を拒むだろう。
この少年の頑固さは短い時間で充分思い知った。
バレットは地面に直に座り込む。腕組みをして少年をみつめ
「さあ、話を聞こうじゃないか」
これがバレットの優しさなのだ。

少年の話はバレットにとって青天の霹靂と言えることばかりだ。
「コレルでの隠し坑道について、神羅に提訴してください」
「あなた方の提訴は、僕のマスター、ソルジャーセフィロスが責任をもって通してくださいます」
口調はしっかりしていて、声も震えてはいないが、少年が己の限界を超えているのは一目でわかる。
「わかった」
「俺達もこのままテロリストの汚名をきたまま、犬死にしたくねえからな」
本当ならば仲間と密に相談して決定すべきだが、今にも倒れそうな少年を前にしていると。悠長なことは言っていられない。
それに第一少年の話はバレット達にとって最良のことばかり。
ましてやあの神羅の英雄殿が保証してくれるのだという。英雄本人をバレットは知らないが、少なくとも英雄のパダワンであるというこの少年は信用出来た。
少年は自分の手首を切り落とすつもりだったのだ。バレットが止めなければ、迷い無く切り落としていただろう。
いくら回復魔法があるからといえども、完全に元通りになるとは保証出来ない。
そうだとわかっていながらも、少年は信用の証として差し出そうとしたのだ。
子供っぽく愚かではあるが――この犠牲には疑いを差し挟めない。
「さあ、これからどうすりゃいい」
「マスターをここにお呼びします」
クラウドはコムリングを取り出す。無事な右手でセフィロス直通ボタンを押したところで、意識が途切れた。
不思議と手首の痛みは感じない。マスターの使命を果たせたのだという誇らしさで一杯だった。


くたり、と倒れる少年にバレットは飛びつく。
「しっかりしろ!」
無茶しやがって。
バレットは迷わずケアルガをかける。だが傷が深すぎてどうにもならない。
バレットの魔力はそう強くはないのだ。
「バカ野郎っ」
吠えた時、少年が握ったままになっているコムリングから、声がした。
その相手が誰であるかなんて気にもとめず、バレットはコムリングに叫ぶ。
「おいっ!坊主が大変だ。医者を連れてきてくれっ」
『――お前は、何者だ』
低く冷たい音声に、コムリング越しでありながら、バレットは総毛立つ。
だがここで怯んではいられない。バレットはこの少年を助けたかった。
「坊主が無茶しやがったんだ。ケアルガをかけたが、出血がとまらねえ」
事情を詳しくしらない者にとって、バレットの言葉は支離滅裂だっただろうに、コムリングの相手はすぐ、
『そこに向かう。坑道の壁に寄っていろ。そして動くな』
人に命令するのを日常としている音声は、バレットにも通用する。
バレットは当然のように命令に従った。
気絶している少年を抱き上げると、剥き出しの岩盤へと寄り添う。
そのまま数分が過ぎていく。短い時間でしかなかったが、少年を気遣うバレットにとっては、実際の何倍もの時間に感じられた。
そして――やってくる。


ごん。ごん。ごん。ごごー。
とても重い何かがぶつかる音が聞こえた。
激しくぶつかっているようだが…
その音は徐々にバレット達のいる坑道へと近づいてきている。
音と衝撃が頭の上、すぐ上の層まで来たとき、バレットは少年をしっかりと胸に抱きしめて、覆い被さった。
がごごごごっ!
坑道の天井部分の岩盤がくるりと丸く切り取られる。
切り取られてしまった岩盤はそのまま落ちて、激しい音と土埃を巻き上げた。
少年を庇うバレットの前に、切り取られた岩盤の空間から人影が現れる。
最初に認めたのはその奇跡のようなオーラ。この人影の持つ魔力が異常に高いのだというのは、魔力が低いバレットにもひしひしと感じられた。
そして、次は見事な銀糸。人影の動きをなぞるように、ふわりと銀の余韻を創り上げている。
上の層から飛び降りてきた人影は、音もなく着地すると、そのままバレットへと近づいてきた。
魔力のオーラとひれ伏したくなる迫力に、バレットは気圧される。
そして――バレットへと向けられる翠の魔晄。
――ソルジャーセフィロス…
英雄と讃えられる男を、バレットは初めて見た。

美しい男だ。美しすぎて、生きているのだと実感できないほどに。
バレットと変わらない長身。肉の量こそバレットが多いが、それは単に筋肉の種類が違うだけだ。
分厚い鎧となる筋肉ではない。引き締まった野性の逞しさを持っている。
呆れるほど見事な肢体を包むのは、黒革のロングコート。
縦長の魔晄がバレットを…いや、正確に言うとバレットに抱かれている少年を捉えてきゅっと細くなる。
そこから放たれるのは絶対零度の怒りの波動。
バレットは己が殺されるのだと覚悟した。
だが、英雄は岩盤を切り取った正宗を鞘にしまってしまうと、そのまま両手をバレットへと伸ばしてくる。
無言の行動であったが、その意図はかろうじて察知出来た。
バレットは恐る恐る腕に抱きしめている少年を差し出す。
「――なんて無茶を…」
英雄の第一声はため息のように切ない。
くったりとした少年を宝物のように腕に抱くと、陶磁器のような白い頬に口づける。
「アレイズ――」
まるで睦言のような、聞いているこっちが恥ずかしくなるほどの、甘い呪文。効果は絶大だった。
淡い輝きに包まれた少年に生気が漲ってくる。
美しい光景だ。バレットは自分という男が単純な俗物でしかないと自認しているが、美しい英雄と、その腕に愛おしげに抱かれ、魔法により淡く発光するこれまた美しい少年の構図は、胸を打つ完璧な一対としか例えようがない。
思わず息さえ忘れ、見惚れてしまう。
引き込まれるバレットの目前で、発光は更に淡くなり、すっかりと失われてしまう。
だがそれを勿体ないと惜しむ必要はない。少年が気がついたのだから。

金色の睫毛が揺れる。たどたどしく開いた睫毛から現れた青は、すぐ傍にいて己を抱きしめている英雄へと注がれる。
「……マ、スター」
「マイパダワン」
エナジーを分け与えるように、英雄は弟子に口づける。額と両の瞼と、鼻の頭と両頬と。
その愛情溢れる行為にバレットは悟る。
セフィロスというこの英雄がどれほど弟子を愛しているか、を。
男女間にあるようなものではない。親子の親愛でもない。
他のマスターとパダワンがどうかは知らないが、少なくとも目の前にいるこの二人は互いの為に生きているのだ、と。
少年はマスターを信じ切っている。マスターが正しいのだと疑いもしていない。どんなことが起ころうとも、この信頼は揺るがない。
ある意味これは真理だ。
少年が神だと言えば、英雄は神になるのだろう。
少年が悪魔だと言えば、英雄は自ら進んで悪魔となってしまう。
この英雄の価値観とはそういうものなのだ。
少年は己のマスターを絶対的に信奉し、英雄は可愛がっているパダワンの望むことを成していく。
つまり今回は、英雄様はバレットの味方なのだ――少なくとも、今回は、だが。

半分千切れていた少年の手首は、傷跡さえなく完治している。これも英雄の魔力の高さだろう。
「…全く…俺のパダワンは無茶をする」
「良いか、クラウド」
「例えお前自身であろうと、お前に傷をつけるのは俺が許さない」
――心の傷も。身体の傷も。
言いたいことはたくさんあった。
今でもクラウドはバレット説得の為には、この手段が一番効果的だったと考えるが…それでもマスターにこんな哀しい顔をさせたのは悪かったと思う。
「ごめんなさい。マスター」
許しのキスは治ったばかりの手首に与えられる。

消え入りそうに謝罪するパダワンを、セフィロスはしっかりと抱き直す。
片手で抱き直すと、そのまま立ち上がり初めてバレットへと向き直った。
「貴様がテロリストと呼ばれている者か」
横柄でストレートな物言いだが、英雄に言われてしまうと反発しようという気は湧かない。
バレットは子供のように頷いた。
「現在この坑道全体からコレル治安維持軍を撤退させている」
「仲間を集めて地上へ上がってこい」
それだけ言うとセフィロスはさっき自分が切り取った大穴の真下へと進んでいく。
「…あ、あの…」
恐る恐るバレットが呼び止める。
「なんだ」
「あの…地上にいってどうするんだ?」
地上へ出てこいと言われても、理由がわからなくてはバレットとしてもどうしようもない。
英雄の言葉にはつい従ってしまいそうにはなるが、これでもバレットはリーダーなのだから、不明な点は問い質すのが正しいだろう。
なのに、セフィロスは不機嫌そうだ。
口にこそ出さないが「愚か者め」という声が聞こえてきそうで、バレットはその巨体を竦めてしまう。
不機嫌な英雄の口を開かせたのは、腕にいるパダワンだった。
「マスター…」
この一言で充分。
幼子にするように片手で抱き上げているから、クラウドの頭の位置はセフィロスのより少しだけ高い。
パダワンは珍しく高くなった場所から、敬愛するマスターへと呼びかける。
呼びかけられたマスターは、愛しいパダワンを見上げて頷いた。
「…地上にて神羅へ直接提訴してもらう」
「神羅はお前達の訴えを支持するだろう」
「コレル評議会に口出しはさせない」
それでこの件は終わりだ。
「俺は先に地上に戻り、クラウドの手当をしておく」
「手当って…」
傷はもう治っているのに。
「血が足りない」
「回復魔法では血までは戻せないからな」
ああ――英雄が急いでいるのは、パダワンの為なのだ。
「わかった…俺は仲間を集めて後から地上に行くからな」
諦めに似た境地へと、バレットは至る。
これで説明責任は果たしたとばかりに、英雄は穴の真下へと進み上を見上げて位置を確認する。
この場へと急ぐ為にセフィロスは坑道全部の層に穴を開けたのだ。
見上げた先にはそれこそ地上まで正宗で切り取った穴が続いている。
「クラウド、しっかり掴まっていろ」
「はい。マスター」
パダワンを抱えたままセフィロスは、上の層の坑道へと繋がる穴に向かって跳び上がった。

(まったく…なんて野郎だ)
ソルジャーが化け物だってのは、ホントだな。
セフィロスが切り取った穴の真下に立ち、上を望む。
この坑道が何層あるのか。掘っているバレットさえ確かではないというのに。その坑道全部に穴を開けて、英雄は一番早い方法でパダワンの危機にかけつけてきたのだ。
「はぁ〜あ」
デカいため息をついたバレットは、仲間の元へと戻っていく。
何から説明すれば納得してくれるのか、と悩みながら。


目覚めは健やかだ。
そしてすぐ傍らには誰よりも敬愛する人がいる。
「…、っぁ」
マスター、と言おうとしたが、声帯は役たたず。
掠れた擦過音しか出ない。
戸惑うクラウドに、セフィロスは豊かに微笑んだ。
「おはよう、マイパダワン」
マスターの長く美しい指がクラウドの手を取る。
こうして近付けてみると、大人と子供の手の持つ、造形の差がよくわかった。
セフィロスの大人の手が指を広げる。マスターの意を汲んだパダワンも、己の手を大きく広げた。
大人の手と子供の手。完成されきった美しい手とまだまだ未完成の手が近づき、指先が触れ合う。
これがリンク。マスターとパダワンの修行の基本のもの。
こうやって指を触れ合わせることで、二人の間に言葉はいらなくなるのだ。
触れた指から互いがじんわりと流れ込む。
――マイパダワン…
――はい。マスター。
二人のリンクはスムーズだ。
実際に声にだして語り合うよりも、より多くを交わしあえる。
――さっき輸血が終わった。
――お前は血を流しすぎていたんだ。
――そうですか…ご迷惑をおかけしました。マスター。

手首を切る。自分がやった行為がむちゃくちゃだったとは考えていない。
クラウドはコレルから渡されていた、テロリストの資料を分析していた。
コレルからの資料では、いかにも無差別な危険な側面しか強調されていなかったが、神羅が入手していた情報と付き合わせると、事実は自ずと明らかになる。
テロリストと呼ばれる集団は決して危険ではない。
己の家族を、村を、そして町を護ろうとしている自警団だったのだ。
きちんとした道理もある上に、不正を放っておけない義もある。
義のある集団からすれば、いくらパダワンであるといえども、クラウドを邪険に扱いはしないだろう。
クラウドがそれだけの真剣さを見せれば、耳を傾けてくれるに違いない。
ましてやクラウドの話とは、彼らにとって利益になることばかりなのだから。

クラウドはクラウドなりの計算の上に立って行動したのだ。
そこに悔いはない。間違っているとも思わない。
もし再び同じ機会がやってくれば、クラウドは同じ行動をとるだろう。
自分を犠牲にするつもりもない。適切な行動が今回はこうだっただけなのだから。
別の機会で別の状況となれば、クラウドは別の行動をとる。
それは今回よりも更に無茶な行動かもしれないが、根底にあるモノは変わらない。
マスターへの信頼。
己の全部をなげうっても悔いのない信頼。

リンクとは言葉よりもリアルで豊かだ。
クラウドの持つ強い信頼はセフィロスへと流れ込み、セフィロスは何も咎められなくなる。
セフィロスだって理解しているのだ。
クラウドの行動は一見自己犠牲の無茶のようにうつるが、きちんと計算された上になりたった、あの場合ベストの方法であったのだと。
だが、結果としてそのような状況にクラウドを向かわせてしまったことへの苦い後悔がない訳ではない。
この後悔を口に出して認めてしまっては、クラウドが寄せてくれる絶対の絆に応えるなど出来なくなる。
傷をつけるな――とはあの坑道で伝えたのだ。
だからセフィロスがクラウドに向けるのはたったひとつ。
クラウドの信頼にいつでも応えるという永遠に変わらない意志。

――マイパダワン。
――俺はお前のマスターだ。
――はい。マスター。
――さあ、もう少し眠れ。
――目が覚めたら、ミッドガルに戻っているだろう。
――はい。おやすみなさい。マスター。
素直に目を閉じるクラウドは、素直で無邪気で、幸せそうだった。


今回のコレル評議会の不正は、バレットをリーダーとする集団によって神羅へと告発された。
これによって神羅はバレット達を保護下に置くことが決定。
コレルへの実際の粛正、刷新にはもう暫くの時間が必要だろうが、クラウドの治療中にすでにタークスはコレルにやってきている。
これから決定までの間、神羅の命令の元、実質はタークスがコレルを取り仕切るのだ。
すべては神羅の意のままに。

医療室に通信が入る。
『ソルジャーセフィロス。船の用意が完了しました』
「わかった。すぐ乗り込む」
うとうとと眠りにつき始めたパダワンをブランケットごと抱き上げる。
セフィロスはそのまま格納スペースへと向かった。
コレルでの任務は完了したのだ。
次に待っている任務に入るまでの間に、与えられるであろうささやかな休息を、どのようにしてこの愛しいパダワンと過ごそうか。
腕に眠っているパダワンの首筋に寄り添ってあるのは、セフィロスが編んだブレイド。
愛しいパダワンが自分の弟子であるという証だ。
かなり長くなったそれに敬意を払い、英雄は優しく口づけた。



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MEMOにて掲載していたSWパロになります。その後長い間拍手においてありました。
アリエナイくらいに甘くキヨラカな二人のシリーズです。




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