恋は突然に降ってくると言うもんだが、それは本当だった。
その日俺は法廷速度を破るやつらを捕まえに捕まえるべくねずみ捕りの真っ最中。
隠れて捕まえるなんて卑怯だとか、あの手、この手で言い逃れを言う連中にもうんざりしてはいだが、こっちとらも公僕とは言え生活のかかったリーマンと一緒だ。
各署に下りてくるノルマっていうのもあるし(検挙数にノルマがあると知った時、俺の中で憧れていた警察官のイメージは地の底へ落ちた)さらに部署ごとにもノルマがある。
ノルマ達成でボーナスの査定にも影響するんだから、寂しい財布を少しでも暖かくしたくなっても仕方のない話だ。
春の交通安全週間。
この結果が楽しい夏を過ごせるかにかかっている。
面倒だったが、ノルマは最低限達成しないと始末書騒ぎでいろいろ煩い。
剣道だっけやって生きていこうと思った俺の入った就職先はお決まりの警察官だった。
ってことで、俺様は警察官として、白バイのオマワリさんとして、大人には煙たがれ、子供にはキラキラした目に見られるという仕事を満喫していた。
そして、その日だ。
ねずみ捕りをしていたその時、法定速度は守っているものの、ノーヘルというか、メットを首からひっかけただけの50CCが目の前を横切った。
厳重注意だ。
普段なら問答無用で追いかけて、嫌味の10個くらい言いながら灸を据えるところなのに・・・。
なのに・・・・。
俺は身動きも出来ず雷に打たれたかのようにその場に硬直してた。
蜂蜜色した髪を風になびかせて、口元に咥え煙草をしたどこからどう見ても男なアイツ。
だらしなく足を出しながらカブを走らすその姿。
細い体に白い腕。
目の前を走り去った蜂蜜色の髪が残像のように何度も何度も繰り返される。
これって・・・・これってなんだ?ああ?俺、変だろう?
何野郎の姿が何度も浮かぶんだ?
自分にツッコミを何度も入れてもわからねえ。
なのに、蜂蜜色の髪が横切ったその姿は網膜に焼きついたかのように、瞼を閉じても開いていても何度も俺の前で繰りかえされる。
その度に心臓がギュウギュウと苦しくなるから、医務課にまで行ってしまった。
体にも、脳ミソにも何も問題が無いのにここまで苦しいのは何故か?
明け番の道場で、格下の後輩に見事に面を取られた瞬間に答えが出た。
これは一目ぼれだ。
このさい相手が男だったことなどささいなことだ。
恋なのだ。
この切ないくらいにギュウギュウなるもじもじしたいような尾骨のくすぐったさが恋ってヤツなのだ。
俺は自覚した。
初めての恋だ。
相手は男だ。
変態のホモになっちまったらしいが、惚れちまったものは仕方がねえ。
すげえ蜂蜜色の髪のヤツだ。
春の交通安全週間最後の日に俺は始末書と引き換えに恋を手に入れた。(正確には入れる予定になった)
「聞きてえことがある」
警務課の守銭奴ナミのところまで行くと出来るだけ下手に出ながら聞く。
「高いわよ」
「公務員の副収入は禁止だろ」
「あら、同僚がお食事をご馳走してくれるのは範疇には入らないわよ」
悪魔のような笑みを浮かべてナミは言い切る。
「昼飯3日で手を打て」
「1週間」
「4日」
「松花堂の松なら」
「んじゃ2日」
「なんで、そうなるのよ!!じゃ5日ね」
「4日で勘弁してくれ」
「わかったわ。で、なあに?」
「惚れたヤツがいる。見事な蜂蜜色だ」
勢い込んで俺が話すとナミが呆れたように鼻で笑った。
「ゾロ、あんた少しは日本語話せるようになった方がいいわよ。そんなんだからいつまでたっても報告書間違いだらけなのよ」
余計なお世話だが、機嫌を損ねると煩いので黙っていることにした。
「で、惚れたって誰に?」
「知らねえ」
「知らないってあんた。知らない相手を好きになったの?」
「そうだ。交通安全の間にA地区でねずみ狩ってる時に見かけた」
「ってことは管区在中か、仕事で来てるか、もしくはほんとうにただの通りすがりか・・・手ががり無いじゃないの」
「おう。だからもう一度会うにはどうしたらいいかと思ってよ」
「A地区か・・・普段は交通課のアラバスタ班が担当してるわね。ビビんとこよ」
「ビビか・・・」
「あんたんとこ今ルート違うでしょう?」
「オウ」
「わかった。じゃあだいたいの人相を安全課のウソップに描いてもらって、その手配書に特徴を書いて交通課と交番にないしょで配ってあげる」
「ほんとか?」
「うん。その代わり見つかったら松花堂の松1週間よ。こんなこと一般市民にしてるってバレたら始末書じゃすまないんだからね」
「わかった。ありがてえ」
ナミは片目を瞑るとそれでも応援してるからと雪でも降るんじゃねえかっていう優しさを見せた。
そして3日後、俺は更に2週間分の出費と引き換えに、蜂蜜色の髪の男の勤め先のメモを手にしていた。
「わかったわよ。A地区の駅の側にある[海の見えるビル]の中に入ってるテナントにバラティエって洋食屋さんがあるの。そこの従業員でランチは出前をしている子があんたのお目当ての子よ」
「おう」
返事をしながら声が震えるのがわかる。
今すぐにでも飛び出してアイツに会いてえ。
気もそぞろになっている俺にナミは笑いながら手を出してくる。
成功報酬の松花堂の食券を握らせ席を後にしようとする俺の腕をナミが更にひっぱる。
「何だ?」
すっと手を伸ばしたままナミは
「もう1週間分でね。あんたの王子様の名前と現在居住地と過去のプロフィールも教えてあげれる」
「はぁ?」
「うふふ。あの子可愛いわよ。ナミさ〜んなんて呼んでくれて懐かれちゃった」
「はぁぁぁぁ?」
この魔女は今なんつった?
「いやねえ。そんな睨まないでよ。取らないわよ。ただちょっとあんたの王子様に興味がわいて食べてきたの。バラティエでランチ」
満面の笑みを浮かべた魔女にこうして俺は今月の給料を根こそぎ毟り取られる羽目になった。
季節が初夏に移ろうとしていた日のことだった。
「おう。ゾロどうした?何しけた面してんだ?オメエの王子様はめっかったんだろう?」
便所で用を足してると口煩いウソップがニヤニヤしながら声をかけてくる。
「その王子様ってのはなんだ?」
「はははは。まぁ気にするな。オメエがホモとは思わなかったけどよ。堅物のテメエの初恋だ。署員一堂上手く行くように祈ってるぜ」
「ウソップ。配当はどうなってる?」
「え?」
「とぼけても無駄だ。同元はナミだろう?」
「いやぁ〜ゾロにしては鋭いなぁ」
「誤魔化すな」
「いまんとこ、テメエが振られるのに賭けてるヤツのが多いよ」
「オメエはどっちに賭けてる?」
睨みつけた俺にウソップはブンブンと首を振ると賭けてねえと必死になって答えた。
「じゃ賭けろ!夏までに俺は蜂蜜色を落とす」
「お・・・落とすのか?オマエ犯罪はやめろよ?せっかくの公務員生活棒に振るような・・・」
ギロリと睨みつけるとウソップは更に縮こまる。
「大丈夫だ。ちゃんと合意なら問題ねえだろう?」
「おう」
「大穴狙いだ。配当はきっちり等分だぞ」
俺はヒラヒラ手を振りながら便所を後にし、俄然やる気になった。
ぜってぇ蜂蜜色を手に入れてやる!!!
拳を握り締めてそう誓った。