「この魚心はいつまで続くんだ?」
食事が終わり、なんとはなしに呑みに突入した頃ゾロが突然聞いてきた。
「え?」
「だから、これは魚心だろ?そういう約束だったじゃねえか」
正直ゾロにツッコマレルまで忘れていた。
「お・・・おう。そうだな」
そうだよな。弁当届けた段階で水心である免停は免れたわけで、魚心はクリアだったわけだ。
ってことは・・・オレは理由もなく飯食わせてボランティアしてたのか?
野郎に?
しかも会ったばっかの?
急に現実が襲い掛かったようにオレの頭はぐらぐらしてくる。
「サンジ・・・・」
急にゾロがオレの名前を呼ぶ。
思考がまとまらなくてグルグルしていたオレは、その声の低さに少しばっかり動揺してしまう。
「テメエの飯は美味え」
「おう」
「出来たら、もうちぃっとばっかり魚心を発揮してくれるとありがてえなぁ」
ゾロはテーブルから身を乗り出すようにして、オレの前髪を掴みながらそう呟く。
優しい口調で、視線はきっちりオレから逸らさずに真剣そのものだ。
ビールを呑みすぎたせいか、喉がカラカラしてくる。
だいたいなんだってこいつは慣れ慣れしくオレの髪触ってるんだ?
なんでオレは黙って触らせてるんだ?
「サンジ・・・?」
うわぁっ駄目だ。
反則だ。
この声はマズイ。
尾骨がむずむずしてくる。
「なぁ。なんで返事しねえ?」
ゾロのゴツゴツした手が髪から頬に下りてくる。
ひゃぁ〜〜〜なんだってんだ。
しかもオレってばなんで顔が熱いんだ。
赤くなってる。
ぜってぇ〜〜赤くなってる。
テーブルから上半身をしっかり乗り出したゾロの顔がオレの至近距離まで近づいてる。
こ・こ・こ・これって?
このホモホモしい展開っていってぇいどういうこった?
硬直したままのオレにゾロはふんわり笑うと、頬に置いた手を顎まで滑らせると軽くもちあげる。
この動きは、この動きの次に来るのは――――。
たむたむたむと鳴り出した心臓がきゅうきゅうするわ、顔も耳も首も熱いわ、尾骨はむずむずしっぱなしだわ・・・・ゾロの顔が近づいてくる。
うわっと思いながらオレはぎゅっと瞼を閉じた。
「ぶわはははははははは」
閉じた途端にゾロの笑い声が聞こえる。
「え?」
なんだと思っておそるおそる瞼を開ければ、ゾロはオレサマの素敵眉毛を撫で上げながら大笑いしている。
「オメエの眉毛!これ天然ものか?」
「天然ってなんだよ!眉毛に天然も養殖もねえだろうがよ」
「そりゃそうだけどな。俺はこんなの初めて見たぜ」
「あんだと!!!オレサマの素敵眉毛をつかまえてバカにしやがるのか?」
「バカになんかしてねえってすげえと思ってよ」
そう言いながらもゾロは片手はオレの顎に置いたまま、もう片手は何度も眉毛を撫であげている。
「すげえか?」
「おうよ。俺は今まで生きてきてこんなの見たこともねえ。で、天然なんか?自分で巻いたのか?」
「生まれつきだ」
「そうか。すげえなぁ。この金色も天然物か?」
「金髪のことか?」
「おう」
「生まれつきだよ」
「すっげ〜〜な。俺金髪触ったのって初めてだ。すげえ光ってる。しかも美味そうな色だ。」
「おうよ。オレサマ自慢の蜂蜜色だ。OLのお姉様方にも評判がいいんだ。サンジ君の髪って美味しそうな色ねってうっとりしてくださるぜ」
気をよくして返事しているオレに、ゾロはにんまり笑いながら、眉毛から髪に手を移動させると、ぐいっと引き込んで髪に鼻を押し付ける。
くんくんと匂いを嗅ぎながら美味そうだなと、もう一度呟く。
その声と一緒に息が耳にかかり、またぞくぞくぞわぞわしたものが今度は尾骨から背筋を駆け上った。
「オレは食いモンじゃねえぞ」
「おう。美味そうだけどな。食いモンじゃねえ。もったいねえな」
「?」
髪から顔を離したゾロがオレの目をじっと見ながら言う。
「青い目も天然なんだろう?」
「おう」
「もちろん、この嘘みてえに白い肌も白粉なんかぬってわけじゃねえよな?」
「あったりまえだろうが!!バカか!オレはこれが生まれたまんまだよ」
「だよな」
ゾロはじっと見たまま低い声で呟く。
「で、返事は?」
「え?」
「テメエは緩いなぁ。魚心だよ」
「あっ・・・ああ。魚心ね。ってもう水心も貰ったし、オレは野郎に尽くす義務はねえ」
「そりゃそうだな。思ったより緩くねえな」
なんだか最後の方に不愉快なことを言われたような気がしたが、ゾロの手が何度も髪や頬を撫でくりまわすもんだから
気がちって話に集中出来ない。
「なぁ。オメエよ。時々でいいから飯食わしてくんねえか?」
「え?なんで?」
「オメエの飯、美味えから」
ゾロは邪気の無い顔できっぱり言い切る。
オレも料理人の端くれだ、作った料理をこうまでキッパリ手放しで褒められたら悪い気しないどころか、気持ち急上昇してしまう。
「本当に美味かったか?」
押され気味だった体制からオレが勢い込んで聞きかえすと、ゾロの体を押しのけるような形になった。
「お・・・おう」
「そっか。何が美味かった?」
「肉じゃが」
「だろう?テメエみたいなヤツはお袋の味ってのに弱いんだよ。そーか美味かったか。店ではよ。和物はやってねえんだ。だから本格的に勉強したわけじゃねえんだけどさ、やっぱり日本人は出汁とか大事にするじゃねえ?オレさ、将来食堂やりたくってよ。勉強してんだよ。なんでも作れた方がいいからよ。そうか美味かったか。鳥はどうだった?」
「鳥?」
「おう。あのパリパリしたやつだよ」
「皮が美味かった」
「だろう?あれってさ、弁当で、冷めても不味くないから昨日仕込んでおいたんだけどよ。やっぱ焼きたてに限るんだよ」
「昨日から仕込んでたのか?」
「!!」
ゾロの驚いた顔にオレは耳まで赤くなってしまう。
これじゃオレが食わせたくてすっげーがんばってたみたいに見えちまうじゃないか・・・。
「っていうか、テメエのためじゃねえ。オレの夕食のためにな」
「夕飯は賄いなんだろう?」
「ぐっ・・・つ・・・つまみにしようと思ったんだよ!!!」
照れ隠しに体を思い切り近づけながらオレは怒鳴った。
「そうか。また食いたい」
「おう」
「また食いに来ていいか?」
「おう」
「そうか、じゃぁ今夜はこれだけで辛抱しとく」
ゾロはそう言うとオレの体を一瞬のうちに抱きこんで唇を重ねた。
え?
これって、いってぇどういうことなんだよ。あまりにあまりな展開に脳がフリーズして動かない。
しかも恐ろしいことにまったく気持ち悪くない。
固まったままのオレをいいことにゾロはゆっくり唇を甘噛みするとちゅっと音を立てて唇を離した。
かぁ〜〜〜っとなったまま口をパクパクして言葉も出ないオレの頭をくしゃくしゃとかき回すと、ご馳走さんと言いながら部屋を出て行った。
しばらく何が起きたのかも把握出来なかったオレは我に返ると、あの小憎らしいくらいの笑い顔を思い出した。
ちくしょ〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!っとゾロに会ってから何度目かの叫び声を上げた。
これがオレとゾロの初めてあった夏の終わりの出来事だ。