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+ '08年09月30日(TUE) ... クラファティマその7 +

びーこです。
続きです。どうぞ。

※※※
掌で握りつぶせるほど小さな人の予想外の逆襲に、竜王の怒りが強く掻き立てられる。
翼が大きく動く。風圧で周りの木々がたわんだ。
クラウドから一気に距離をとる。
普通の人ならば立っていられない強い風の中で、クラウドは青い清冽なる眼差しを、ひたりとバハムートに向けて、瞬きさえしていない。
天高くニブル山の頂上に迫るまでに飛び上がったバハムートは、翼を大きく広げ、天を覆ってしまう。
胸を前へと突き出す。鱗に似た硬い皮膚の下から、発達した胸筋が大きく膨れあがっていった。
胸の内部から何かが込みあがってこようとしている。
その何かは胸を通り喉元へと。首が、喉が膨らむ。
閉じられている牙の間から光が漏れてきた。首までせり上がってきたその何かは、光を発しているのだ。
青とも金ともつかない強い輝きは、うっすらと煙るようだ。
ブレスだ。しかもただのドラゴンの放つブレスではない。
メガフレア――竜王バハムートのみが発する、強力なフレアである。
バハムートは胸うちから押しあがってきたエネルギーを吐き出すように、大きく口を開く。
カッと限界まで開かれた口に、光が集まってくる。内側からせり上がってきたものだけではない。大気から空間から、遙かなる高みにある宇宙から、竜王はメガフレアのエネルギーを集めているのだ。
そのような膨大なエネルギーが発射されれば、被害は絶大であろう。
クラウドのみの消滅では済むまい。ニブル山が、いやニブルヘイムだけではなく、このエリア一帯が消し飛ぶのは間違いない。

竜王が放とうとするメガフレアのエネルギーは、クラウドにもびしびしと伝わってきていた。肌が焼けるようだ。これほどまで凄まじいエネルギーに遭遇するのは初めて。
だがクラウドに恐怖はない。
バハムートのメガフレアの高まりに呼応するかのように、クラウドも自身の身の内から押しあがってくる力を感じていた。
全身が力に満たされていく。びりりと全身が震えてきて、止められない。
クラウドの体に渦巻く力は、腕と手と指先とを通り掌から握りしめる大剣へと伝わっていった。
――ぎゃわー。
クラウドの手の中で、大剣が声もなく鳴いた。
これは真の力を発揮できるという、歓びの雄叫びだ。
(クラウド。この剣をあげよう)
蒼剣、アルテマウェポン。ガスト博士が与えてくれた、クラウドの為にだけある剣だ。
ミスリルのケースに収められた大剣を手に取った瞬間、クラウドは理解する。
――生きている!
この剣は生き物なのだと。
マルテマウェポンには明確な意志がある。意志というには原始的な、もっと本能に近いものであろうが、それでもアルテマウェポンは求め欲していた。
敵と、闘いを。
だが闘いに身を置かず、ただの人として生きてきたクラウドに、アルテマウェポンを存分に振るうだけの機会はなかった。
人目に触れない場所での鍛錬は続けてきたが、本当の意味でアルテマウェポンの欲求はずっと満たされていなかったのだ。
それが今、偉大なる竜王を敵として、満たされようとしている。
メガフレアを前にして、アルテマウェポンは歓喜しているのだ。

アルテマウェポンの歓喜は柄を握っている掌を伝って、クラウドにも伝わってくる。
セフィロスが現れなければずっと隠されたままであっただろう、クラウドの闘争本能がアルテマの歓喜と共に燃え立った。
――逃げるのは止めだ。
クラウドは腰を落として、真っ向から挑む。
アルテマの本当の力が解放されたことはないが、この剣ならば竜王にも立ち向かえるであろうと。
いや、そこまで考えていたのではない。
クラウドの闘争本能が、アルテマの歓喜が、真っ向勝負を選んだのだ。
それしかなかった。
己の身体の正面にアルテマを出す。
今やアルテマは大剣としての仮の姿をかなぐり捨てていた。
鈍い金属の輝きに似た蒼剣は、クラウドの手の中でぶるりと震える。これは恐れではない。歓喜の震えだ。
震えながらもアルテマは質量を変えていった。形としてはそっくりそのままではあるが、明らかに一回り以上大きく成長している。更に巨大な剣となったのだ。
こうなると持ち主であるクラウドよりも、アルテマの方がはっきりと大きい。
その時大気を圧するメガフレアが、竜王より放たれた。
真っ直ぐに。クラウドへと。
肉や骨どころか、クラウドという存在さえ焼き尽くしてしまわんばかりの勢いで放たれるメガフレアを、竜王の召還主たるセフィロスは止めない。
庇おうとも思わない。
なぜならば、
――クラウドならば。
クラウドならば、メガフレアの一撃も耐え抜くであろう。
さてどうやってメガフレアを払うのか。あの不可思議な大剣で斬るのか。それとももっと別の戦い方を選ぶのか。
――その様がみたい。
あのきれいなファティマがどう戦い抜き、勝つのか。
その様子を誰にも、己自身すら邪魔されずに、充分に堪能したい。
セフィロスの唇が自然と笑いの形をとった。
それは本人も自覚のない、驚くほど豊かな笑みである。


空間自体を焦がしながら放たれたメガフレアは、クラウドへと向かっていく。
障害物はなにもない。
クラウドはメガフレアが迫っているにも関わらず、その場から動こうともしなかった。逃げようともしていない。
ただ青く澄んだ眼差しをひたりと向け、蒼剣アルテマウェポンを静かに構えているだけで。
一直線に放たれたメガフレアは、その膨大なエネルギーでクラウドを制圧するかのようだ。
どんどん近づいていき、今にもクラウドを飲み込もうかと思われたそのタイミングで、クラウドが大剣を動かす。
大きな動きではない。
噴!クラウドの華奢な身体に気が集中されたのがわかった。
メガフレアにより赤く、青く染まっていくクラウドの肢体が、一瞬膨れあがったかのように見える。
両手で握っている蒼剣がくるりと小さな円を描く。
――なんだ?
疑問はほんの僅かのこと。
次にセフィロスは驚くべき光景を目にする。
蒼剣がまた形を変えたのだ。しかも大きくなったとか、変化したとかそういうレベルのものではない。
あの蒼剣はやはり生き物であった。
セフィロスは見た。巨大な蒼剣が蠢く様を。
蒼剣は蠢きながら、剣としての体裁を捨て去った。
そして、
――口があるのか!?
ぐにゃりと蠢いた蒼剣が、くわっとばかりに広がった。
それはどう考えても“口”だとしか見えない。
大きな空間が蒼剣に出来た。果てもそこも知れない深淵の口だ。
その口にメガフレアがぶつかった。そのままメガフレアのエネルギーが吸い込まれていく。
まるで大きな黒い口が、メガフレアを丸飲みしているようだ。
しかもその口には容量に際限がないのか。吐き出すこともなく。また溢れることもなく、どんどんと飲み干しているのだ。
そしてついに、――メガフレアのエネルギーはただの輝きだけを残して、全てが蒼剣に吸い込まれてしまった。
メガフレアの漂う余韻だけを残して、蒼剣の口が静かに閉じてしまう。
後に残るのは、剣を構えたクラウドだけ。
きしゃああーーー。己の必殺技メガフレアを、しかも吸い込まれて避けられたと知った竜王は、天高くにて怒りに震えている。
炯々とつり上がったバハムートの目が、静かに立つクラウドへと怒りで注がれ、次の瞬間に竜王はクラウドに向かって滑降していった。
――クラウドを喰らう気か…
自分の口と牙で、クラウドを屠ってしまうつもりなのだ。
――さてどうするのか。
メガフレアは避けた。だがそれはクラウドの力と言うよりも、あの蒼剣の力。
クラウドが早く動けるのはさっき目にした。
バハムート相手にも怯まない強靱さも、見た。
ならば次はどれだけあの蒼剣を使いこなしているのか、そんなクラウドの戦いが見たい。
しっかりと見定めることさえ出来ない高速で滑降してくる竜王に向かって、クラウドは腰をすっと落とすと次の瞬間、跳んだ。
逃げたのではない。今正に自分を喰らいに向かってきている竜王に、自らが跳んだのだ。
金色の一筋となって、クラウドは竜王に挑む。
両者がぶつかる寸前、クラウドが剣を大きな動作で構える。右後方へと剣先を引くと、そのまま真っ直ぐ前方に剣を突き刺したのだ。
クラウドの突き出した前方、そこに見事なタイミングで向かって滑空してきた、竜王バハムートの頭部がぶつかってくる。
勝負は一瞬。バハムートの鼻筋部分に、クラウドの蒼剣が突き刺さっていく。
硬い硬い大砲の弾丸でさえも拒む竜王の皮膚が、驚くほど易々と蒼剣に貫かれてしまう。
あぎゃあああー。
柄部分まで深く突き刺さった蒼剣が、竜王の貫かれている内部ごと膨らんだ。
ごおおおぉぉぉ。大気が振動する音の後。蒼剣に貫かれたままでいる、竜王の内部はどう変化しているのか。
竜王の巨体は悶えながら苦しんでいる。
と、膨らんでいる内部に輝きが生まれた。
そして、――
ばんっ。大きな破裂音と共に、竜王の頭部が文字通り弾けた。
――!
身を乗り出し息をのむセフィロスにも、はっきりとした事の次第は解らない。
ただ竜王はクラウドに敗れたのだ。残っていた胴体部分も薄く儚くなっていき、召還獣竜王バハムートは、この現世から霞のように消えてしまった。

※※※
今回はココまで。
あともうちょっとでおしまいです。
最後までお付き合いいただけますと嬉しいです。


+ '08年09月24日(WED) ... クラファティマその6 +

こんにちはびーこです。
ちょっと間が空いてしまいました。すみません。
では続きをば。

※※※
このある意味一世一代のセフィロスからの告白とも言える言葉に、クラウドの反応はひたすら鈍かった。
赤面どころか、魂までもとろけるような美貌を前にしたまま、むしろうっとうしそうに金色の眉をひそめると、
「――……あんた、どっか悪いのか…?」
「――悪い、とは?」
さすがに動じないセフィロスも、聞き返してしまう。
「だってそうだろ」
「第一、 オレはファティマなんかじゃない」
「少なくとも、あんたのファティマなどでは、絶対にない!」
「次にオレを試すからという理由で、こんなところに竜王を召還するなんて、あんた、普通じゃない」
――だがな。
と、クラウドは両腕で己の顎を取ったままのセフィロスの腕をはたく。
下から上へと、まるでセフィロスの腕を吹き飛ばすような動きは、素早く切れがあった。
セフィロスの手が顎から放れていってしまう。
黒革のグローブ越しではあったものの、まだまだ柔らかい肌の下に感じた、尖った骨の感触はあっという間に遠ざかってしまった。
セフィロスは名残惜しく、感触を逃さぬように指を掌に抱え込む。
セフィロス自身自覚していなかったが、“名残惜しい”というのは、彼が初めて遭遇する感情であった。

そんなセフィロスの目の前で、クラウドはミニマムにして携帯していた剣を取り出す。
解除をさせると、掌に収まっていた剣は、瞬く間にクラウド自身よりも巨大な大剣となった。
重量も質量も、明らかにクラウドよりもある。
どう考えても手に余る大剣を、クラウドは片手だけで滑らかに扱ってみせる。
ファティマの性能をよく理解しているセフィロスでさえも、クラウドの大剣を扱う手並みには唸った。
なぜならば彼が大剣を扱っている動きは、人以上の力を持つファティマの動きではなく、戦士たる剣士としての洗練された無駄のない動きだったからだ。
――ファティマではなく、この剣捌きは騎士のそれだ。
しかしそれも、
――望むところだ。
セフィロスは見てくれが美しい鑑賞用の人形が欲しいのでもなければ、高性能のダッチワイフが必要なのでもない。
マスターの行動に盲従するだけのペット人形など飽き飽きだ。
戦闘能力においても、剣技においても、自分と肩を並べるだけのパートナーが欲しいのだ。
この条件さえクリアしていれば、極端なところ、クラウドがファティマでなくともセフィロスは別に構わないのだから。
セフィロスから一定の距離をとったクラウドは、青い眼差しをきりりとあげて、じっとたたずむ英雄を睨む。
「バハムートとは闘ってやろう――」
ただし、
「条件がある」
「オレが勝てば、もう二度とそのツラをオレの前に見せるな」
言い放つクラウドの周囲が変化する。
彼は大剣を華奢な肩に、無造作に担いだ。
クラウドが本格的な戦闘態勢に入ったのだ。


しなやかな肢体から放たれる闘気に、セフィロスはとっさに大きく飛んだ。
同時にバリアを張ると、クラウドへと全神経の焦点を当てる。
セフィロスの目前で、クラウドは高く飛んだ。その背に羽根が生えていないのがおかしなくらい、軽々と飛ぶ。
一方の竜王バハムートは、己目掛けて飛んでくる小さな金色の人に僅かに動揺したようだ。
ごご、と牙を剥き出しにしながら、そのものが太い凶器である腕を一閃させる。
竜王の放った一閃。人では交わしようのないスピードに、クラウドは為す術もなく吹き飛ぶかのように見えた。
セフィロスは目と感覚をこらす。
――いた。あそこだ。
クラウドは竜王の腕をかいくぐっていた。
正に人以上のスピードと反射神経の成せる技だと言えよう。
この動きによってクラウドは何よりも雄弁に、自分が人ではなくファティマなのだと証明したに等しい。
だがファティマであるとしても、クラウドの動きはセフィロスの目からみても卓越したものであった。
何よりも思い切りが良い。戦いへの迷いがないのだ。
バハムートの一閃を巧みに交わしたクラウドは、そのまま思い切りよく竜王の懐に飛び込んでいる。
普通避けるのならば、横か後ろへと逃げてしまうのが防衛本能というものだ。
クラウドというファティマは本能までもコントロールしているのか。彼は更に前へ、敵の側近くへと進んでいる。
あっという間にクラウドはバハムートの鼻先まで迫った。
その位置で大剣を構えたところに、バハムートの爪が再び襲う。
こうなると逃げ場の少ないクラウドが不利だ。竜王の鼻先まで迫ったことで、クラウドが自由に身動き出来る空間は限られてしまっているからだ。
前に進めば竜王の口が、その尖った牙が待っている。
斜め上から背後にかけては、竜王の太い腕とクラウドなど一撃で引き裂いてしまう、鋭い爪が襲ってくる。
ガギっ!硬いものと硬いもの。鋼と鋼が真っ向からぶつかる音が大気に重く響く。
クラウドの大剣は飾りではなかった。
クラウドは逃げていない。彼は襲ってきた鋭い爪に真っ向から勝負を挑んだのだ。
右肩に背負った大剣をクラウドは鮮やかに翻す。
と言ってもその動きは高速である上に、あくまでも最小限のみにとどめられたものであった。
背負っているポーズそのままで、右手だけで握っていた柄に左手も合わせて、両手持ちにする。
両手持ちになった瞬間、大剣の角度が変わった。クラウドの右肩に刃先があたらないように添わしていたものが、肩から必要なだけ浮き上がり、刃先を立てたのだ。
そうしてそのまま竜王に背を向けた格好で、大剣をそのまま肩口から上空へと跳ね上げる。
それらは全て、バハムートの攻撃を完全に計算しての行動であった。
大剣が跳ね上がってすぐ、鋼がぶつかる音がした。
バハムートの爪と見事なタイミングと角度でぶつかったのだ。
爪とぶつかり合っただけでは、クラウドの大剣は止まらない。
渾身のものではないにしろ、竜王の爪にまともにぶつかった筈の大剣は、勢いそのままにバハムートの爪と腕を弾いた。
ただの大剣ではない。大きく重いだけの、鉄の塊ではないのだ。
そうでなければ、たとえクラウドがどれほど剣技に長けていようとも、ファティマとしての能力がけた外れのゲージであろうとも、竜王の一閃をこれだけあっさりとは弾けまい。
セフィロスは騎士の視覚を大剣にこらす。
――あれか!
大剣の表面に何かが動いている。波間にたつさざ波のような、そんな動きだ。
現れては消え、次に現れる時には、別の部分へと移動している。
大きく現れたり、小さな部分にだけ現れたり。動きはランダムで予想も出来ず、またいかなる法則にも則っていないかのようだ。
よってクラウドの大剣は時折うねってさえ感じられる。
それは何か生き物にも見えた。指ほどの小さな生き物が数匹、大剣に巣くっていて、あちこちへと移動しているようにも思えたのだ。
だがその実は、
――あれは内側からだ。
竜王の腕と爪の一閃を弾いたクラウドの大剣は、その勢いのままに竜王の鼻先を襲う。
剣先が竜王に届くかに見えた時、大剣の表面にさざ波が現れた。
じっと焦点を当てて凝らしていたセフィロスには、その動きがはっきりと見える。
生き物なのは、確かに生き物〜少なくとも生きてはいるのだろう〜に思えた。
ただし通常の生き物のカテゴリーではない。
内側、つまり大剣の内部から、その動きは現れているのだ。
もちろんいくら大きな剣であるといえども、所詮剣は剣。中になんらかの生き物が閉じこめられるような空間はない。
――あの剣がどこか異空間に繋がっているとも考えられにくい。
――召還とも違っているな…
鼻先への一撃を竜王はその巨体に似合わない動きで避けた。
避ける竜王の動きを計算しつくして、さらにクラウドは大剣を振るう。
巨大な翼をはばたかせて、バハムートは遙か上空へと、クラウドの大剣から逃れようとする。
竜王のはばたきの力は凄まじく、クラウドの剣先は遙かに届かない筈だったのに――
――!?
セフィロスは目撃する。
――伸びた、のか…
絶対に届かない距離を、大剣は自ら形を変えることによって飛び越えた。熱せられたガラスが自在に形を変えるのに似て、大剣はうねりながら剣先を伸ばしたのだ。
剣先が見事に届き、バハムートの翼を切り裂く。
致命傷にはほど遠い傷ではあったが、クラウドの大剣が届いたのだ。
バハムートが怒りの咆吼を上げる。

※※※
本日はここまで。


+ '08年09月16日(TUE) ... クラファティマその5 +

こんにちは、びーこです。

Y子さんからのサイト運営に関するお知らせをまだ読んでいらっしゃらない方は、
ひとつ前↓の記事に目を通してくださいませ。
よろしくお願いします。

では少し間が空きましたが、前回の続きです。

※※※
たった一瞬の邂逅で、そこまで理解してしまった英雄の存在を、クラウドは意識的に閉め出すのに必死だった。
もう二度と会わないと。
もし会ってしまえば――自分はこのままでいられなくなる。
心地よく何の変哲もない村での日常から、離れなければならなくなる。
そう、あの優しい母からも離れなければならない。
それなのに、
――あの男!何を考えているんだ。
ごあああああ。
その時天空にいる竜王が、天地を揺るがせる咆吼をあげた。
びりびりと大気が振動する。大気だけではない。立っている地面からも響いてくる。
クラウドもリーダーも、クラウドに襟首を捕まれている兵も、一斉に空を仰ぎ全身を強張らせる。
「まさか…召還獣を呼び出すだなんて!?」
兵の叫びはもっともだ。
普通ならば召還獣を、しかもバハムートなどをこんな場所に呼び出したりはしない。
だがクラウドは常識として兵の言いたいことも解る一方で、召還獣まで呼び出したセフィロスの行動も理解していた。
何せ彼は完全なるスタンドアローンなのだ。
何物も必要とはせずに、何物からも本当の意味で必要とはされていない。
そんな彼に常識など関係あるまい。
竜王は咆吼の余韻の中、上空から見下ろしている。クラウドだけを。
――やはり、目的はオレか。
クラウドは竦んだままのリーダーへと向き直る。
片手で兵の襟首を締め上げたままだが、自分よりも遙かに体格の良い男を、華奢な少年が片手だけで振り回している異常さも、竜王出現に比べれば大したものではないようで、リーダーも兵自身も気づいていなかった。
「おい。この男を連れて早く山を下りろ」
クラウドの一言によりハッと我に返ったリーダーは、きょとんとした顔つきで、
「……クラウド?」
「いいから。早く行け」
「それは……クラウド、ダメだ」
それでも頑なにクラウドを気遣ってくれているリーダーを見て、クラウドは少しだけ余裕が生まれた。
「あの竜王の目的はどうやらオレらしい」
「だから、早くここから離れてくれ」
「クラウド!目的がお前だっていうのなら、なおさら――」
リーダーを遮って、
「いいや。だからこそ、オレ一人にしてくれ」
固い決意を含んだ言葉に、それ以上は何も言えなかった。
「必ず、――村に帰ってこいよ」
「…ありがとう」
不器用な少年の、それでも応じてくれるはにかんだ答えに、リーダーはこんな時なのに穏やかな気持ちになった。
こうと決まれば素早く動かなければならない。
リーダーは兵の背中を荒っぽく叩く。
「逃げるぞ」
「いや…、でも……」
バハムートを前にして、少年一人きり残しておくというのか。
狼狽する兵に、
「あいつは大丈夫だ」
それよりも、
「クラウドの足手まといにならないうちに行くぞ」
もう後ろは振り向かなかった。兵を乱暴に促しながら、リーダーはニブル山を下っていったのだ。


残ったのはバハムートを見上げるクラウドと、クラウドを見下ろすバハムートと。
そして、
「いつまでそこで隠れているつもりだ」
ミニマムで隠し持っていた剣を取り出しながら、クラウドは上空の竜王ではなく、違う方向へと厳しい視線を向ける。
「――わかっていたのか」
クラウドのよりも太く低く、どこか愉しんでいるような声が応じた。
「当たり前だろう」
「気配も隠さずに、ずっと見ていたくせに」
――悪趣味。
神羅の英雄にも容赦なく、クラウドは鋭く睨む。
冬枯れしている木々の間から、銀色のシルエットが現れた。
銀髪に黒革のコート。どちらもセフィロスでなければ長いシルエットがサマにならず、相当みっともなくなっていただろう。
彼のずば抜けた長身と、見事な黄金率の体躯だからこそのこの完璧さだ。
セフィロスという男は、自分の美麗なる容姿がどれだけ他者に大きく作用するのか、考えたことがあるのだろうか。
自分の美しさを計算しているのかと思わせる優雅さで、長い足を使いむしろゆったりと近づいてきた。
歩く度に銀髪が揺れ、セフィロスの神秘的な美しさを増大させる。
絶世の美しさ故の感嘆と、威厳あるプレッシャーを同時に感じさせる男。
こんな男は、英雄という称号を除いても、他には存在し得ないであろう。
長身が歩いてくる姿は、ゆっくりと優雅に見えた。なのに動作は速い。
神秘的な翠の瞳を意識するよりも先に、セフィロスはすでにクラウドのすぐ前に立っていた。
長身を畳み込むようにして、革手袋をはめたままの長い指先で、尖ったクラウドの顎を掬う。
とっさに無礼な手を払おうとしたが、あまりにもその手つきが優しすぎて、それが意外で、クラウドの動きは止まってしまった。
ハッと思う間もなく、鼻先を擦れあわせんばかりの至近距離に、端正で美麗な顔がある。
これだけ近距離なのに、どこにも足らないところがない。
完璧な美貌は非の打ち所が鳴く硬質すぎて、生きているという精気が感じられないのに、ただ一点だけその双眸だけがセフィロスという男の確固たる意志を写し取っているようだ。
こうして見ると彼はとても珍しい瞳をしている。
色ではない。その形だ。
セフィロスの瞳孔はきれいに縦に裂けていた。
こんな瞳孔、ファティマでもあり得ない。
禍々しいほどに神秘的だ。確かに美しい。だがこの美しさは賞賛される類のものでもなければ、どのような豊楽をも含んではいない。
クラウドはそこに絶対的な深淵を認める。
彼は本当に独りなのだ。彼はたった独りで成り立っている。そしてこれからも――
騎士を前にしたファティマの、本能としての献身ではなく、もっと別な何かがクラウドをセフィロスへと突き動かそうとする。
殊更、特別な何かは必要ない。いつも彼の側にいて、声を聞いて、名を呼んで、呼ばれて応じるだけでも、彼はきっとクラウドによって少なくともこの孤独という深淵からは救い出せるのだろう。
小さく尖った顎を愛撫するかのように、手袋に包まれたセフィロスの手が動く。
「外見はずいぶんと可愛らしく出来ているのに――」
「まるでファティマではないような鋭い目つきだな」
ファティマ――この言葉にクラウドは過敏に反応してしまう。
セフィロスから距離をとろうと、身体が勝手に動く。首を振り顎に手を掛けたままの大きな手から逃れようと抗った。
だがそのような反射的な動きは、英雄と呼ばれる騎士にとってなんというものではない。
「動くな」
「お前の目が見たい」
かえってより一層顔が近くなる。
「青だな」
「アイカバーの色ではない、本当の瞳の色だ」
セフィロスの値踏みは瞳の色だけには止まらない。
「遠目でみるともっと小柄なようにうつるが、しっかりと鍛えられている体をしている」
「細い眉。形の良い鼻。そして混じりけのない金髪」
「ファティマは男性形も女性形も皆美しいものだが――」
「お前のは少し違っている」
男でもなく、女でもなく。また人でもファティマでもない。
「確かにお前はただのファティマなどではないな」
「俺の所有すべきファティマとは、こういうモノだったのか」
こうして観察してみて、セフィロスはクラウドがガスト博士の作品であると確信した。
彼はやはり、ガスト博士がセフィロスの為に用意してくれた、パートナーなのだ。
くくく、セフィロスは口だけで笑う。他の者がすれば下卑た嗤いになるだろうが、セフィロスがすれば驚くほどにノーブルだ。振動が直に伝わってきて、クラウドにやっと現実が追いついてきた。
顎に手を掛けられたまま、鋭く睨む。
「…あんた……どういうつもりなんだ」
「どういうつもり、とは?」
「ふざけんなっ!」
セフィロスは明らかにクラウドとのやりとりを愉しんでいる。
自分に向けられているクラウドの怒りさえも、だ。
「どういう理由で何のために、バハムートなんて召還したのかって聞いてんだよ」
「お前を試すために決まっているだろう」
「試す――?」
――そうだ。
「見かけは合格だ」
「俺は触るだけで折れそうな貧弱なファティマなど必要ないからな」
「“ハイ。マスター”しか言えんような人形もいらん」
「お前はちょうど良い」
「見た目よりも頑丈に出来ているようだ」
――心も、身体も。
「ガスト博士は俺に約束をした」
「お前に相応しいファティマを造ってやろうと」
「こうも言っていた」
「ただしそのファティマは俺に選ばれるのではなく――」
「ファティマこそが、俺を選ぶのだと」
「だから試す」
「お前が俺を選ぶのに相応しいかどうか」
至近距離のまま、クラウドの青い瞳に教え込むように囁く。
「クラウド。バハムートを倒してみせろ」
「もしお前がこの竜王を倒せたのならば、俺はお前を認める」
「お前にパートナーたる騎士として選ばれるように、土下座もしてみせよう」
縦に裂けた瞳孔が、鋭く尖っていた。

※※※
英雄殿…ちょっと変態か


+ '08年09月12日(FRI) ... お知らせ +

osi.jpg

こんにちはvサイト管理担当のY子です。
まずはリンクミスのお知らせありがとうございました。
遅くなりましたが修正しました。

さてサイトトップでもお知らせしましたようにY子のサイト管理の方がコンスタントに出来なくなってしまいました。
来月からプロバイダが決まるまでの間はサーバにもあがれなくなります。
裏技はありますがあまりに重いのでよほでないと使えないと思います。

ですので、お知らせしましたように、しばらくはメモにてB子さんの萌えを供給していただき、サイトアップの方はしばらく待っていただく形にさせていただこうと思います。
B子さんの方には問題はありませんので、拍手やメールなどへの対応や通販への対応の方は問題ありませんので
今まで通りによろしくお願いします。

しばらくご迷惑をおかけすると思いますが生暖かい目で見守っていただけたらと思います。


Y子よりお知らせでした。


+ '08年09月05日(FRI) ... クラファティマその4 +

こんにちは、びーこです。

9月に入り不安定なお天気が続いていますね。
暑いんだったら暑い!
寒いんだったら寒い!
にしてくれないと、ホントに疲れます。

Y子さんが拍手を新しくしてくれました。
早速たくさんの拍手をいただきました。ありがとうございます。
コメントもたくさんいただきました。
リンクミスへのご指摘、有り難いです。
修正しますまで、もう暫くご不自由をおかけしますが、お待ちください。
今回いただきましたコメントは全て返信不要のものばかりでしたが、
どれも嬉しいものばかりでした。
大切にさせていただきます。

では続きをば。

※※※
冬の訪れを象徴するような、凍えかかっている大気が、容赦なく全身にぶつかってくる。
呼吸を整え、人間以上の反射神経を駆使しながら、クラウドは引き金を冷静に引いていた。
幸運なことにニブル山を登り初めてすぐ、モンスターの群に遭遇。
吊り橋付近でズーと出会い頭になり、そのまま戦闘突入となる。
無事に倒し巨鳥の羽根を手に入れた。まずこれがこの日最初の収穫となる。
その後もニブルウルフの群と出会う。これも無事に倒すと狩人たちは軽い興奮状態に包まれた。
そして今、前方にいるのはドラゴン。滅多に出会えない極上の獲物だ。
倒せば珍しい火龍の牙が手にはいるとあって、巨大なドラゴンを前にしても、男達は怯まない。これまで以上に好戦的となり、俄然動きも良くなっていく。
クラウドは後方で援護射撃だ。男達とモンスターとの間合いを計りながら、特に攻撃の後、皆が後退する隙を作り出すべく弾を撃ち込む。
ドラゴンの急所は数少ない。ヒットする事はほんの稀にしか無いものの、顔面、特に眼球近くを狙えば、さしものドラゴンも動きが止まるのだ。
クラウドの仕事はそんな瞬間を作り出すこと。
強力なブレスを巧みに避けつつ、それでも男達の攻撃は緩まない。
クラウドからすれば、人でしかない男達の攻撃は児戯のようなもの。だが自分よりも遙かに強い相手にも怯まず、果敢に立ち向かいながら、仲間達を庇い互いの不足している部分を補っていくチームワークは、いつ見ても感心してしまうのだ。
自分もこのチームの一員に入っているのだと思うと、とても誇らしい。
闘うこと数十分後、奮闘の甲斐あってとうとうドラゴンが倒れる。
うおー。自然と男達の口から、勝利の雄叫びがあがった。
クラウドもほっと安堵しつつ警戒を解き銃口を下ろす。重い銃身と発砲の反動を抑えるために、肩からかけていたベルトを滑らせて、銃身を背後に立てた。
皆が緊張から解き放たれている中、ただ一人だけの様子がおかしい。
村人ではなく、神羅兵であるあの男だ。緊張から解き放たれるどころか、今がピークのような顔つきをしている。剛胆な兵には珍しい顔色の悪さだ。
――なんだ?
まさかまだ他にもモンスターがいるというのだろうか?
それとも…もっと別の理由があるというのだろうか――
目深なフードの下から様子を窺うクラウドの前で、兵はやはり挙動不審だ。
やはり、変だ。
クラウドは側に近づき、声を掛けようとしたその時、
「あれはなんだ!」
どよめきに釣られて空を見上げる。
瞬間、とてつもない魔力を感じた。脳髄に直接のしかかってくる魔力のプレッシャーに、クラウドは思わずこめかみを抑えながら、空を仰ぐ。
冬前のニブルの空。灰色の重苦しい雲がいつもと違い蠢いていた。
その中心に黒い焦気が固まっていく。まだ形らしい形などない。ただ黒い焦気はどんどんと膨れあがっていくのだ。
「モンスターなのか!?」
モンスターなのかは、はっきりとはまだ解らないが…
――逃げなければ!
これだけの強い魔力を有しているのだ。ただごとではない。
差し迫った危機感に後押しされ、クラウドは叫ぶ。
「逃げろっ!」
「…クラウド?」
「魔力を感じるんだ。早くっ」
普段は無口で感情を滅多に表さないクラウドのこの必死さに、男達は切迫する事態を感じ取った。
リーダーが動揺する男達をまとめる。
「おい。荷物を持て。山を下りるぞ」
統制のとれた男達の動きは素早かった。リーダーの言葉を理解するやすぐに自分にあてがわれている荷物を持つ。
「重い荷は捨てていけ。惜しむな」
一番素早い男が先頭に立つ。当然のように殿になるリーダーの隣にクラウドは自ら並んだ。
「クラウド。お前は先頭だ」
クラウドは大きく首を横に振った。
目深にしていたフードを跳ね上げて、青い眼差しでリーダーをじっと見つめる。
黒い焦気はどんどん大きくなり、すでに塊となっている。クラウドからすれば魔力の塊だ。
モンスターのハンティングには慣れている男達でも、魔力の戦いは不慣れだ。
クラウドはこの時確信していた。列の中程にいる兵は、この自体をあらかじめ知っていたのだろう、と。
歴戦の兵のあの色のない表情。何よりクラウドの予想が外れていなければ、あの魔力の塊はとんでもないモノだ。
――絶対に誰も傷つけさせはしない。
クラウドにとって自分をストライフ夫人の息子として受け入れ扱ってくれている村人たちは、すでにただの他人ではない。護るべき大切な人たちだ。
特にこの猟にでる男達は、クラウドにとって大きな家族。
自分の身に替えてでも、護るべきだ。
こんなクラウドの決心が伝わったのだろう。なにせクラウドは言葉よりも眼差しの方が雄弁なのだ。
「…――わかった、頼むぞ」
リーダーは村人の中でもクラウドをよく知っていた。
見かけ通りの少年でないことも知っている。逡巡は一瞬だけ。
「おうい!早く歩け」
割れんばかりの怒声を発すると、殿の位置をクラウドに預けたのだ。

黒い焦気は頭上を覆い尽くさんばかりとなる。今や発せられる魔力は、肌をびりびりと痺れさせてきていた。
さすがに男達もこの異常なほど強力な魔力を感じ取っていた。
皆強張った表情で血の気をすっかりと失ってしまっている。
足は自然と速くなり、全力疾走寸前だ。この異常な状況下に疲れは感じないものの、足をもつれさせないので必死だ。
男達の荒い息づかいと、硬い足下を踏みしめる靴音が続く中、ぽきりと枯れ木を踏みしめる音がする。
と、クラウドははっきりと感じた。
足をとめて頭上を仰ぐ。
そうしているうちに、走る男達との距離どんどんと開いていった。
心を許している男達の背中を見送るのは少し寂しい気もするが、今はそんな感傷に浸っている時ではない。
むしろ男達はいない方が、闘うには都合良いだろう。
すっかりと姿が視界から消えてしまい、ただクラウドの発達した聴覚に足音だけが遠ざかる距離まで開いたのに、どうしたことか、足音のひとつが戻ってくるではないか。
息も切らさずに巨体で駈けてくるのは、リーダーだった。
――どうして戻ってきたんだ。
そんな理由など考えるまでもない。クラウドの身を案じてのことだと呼びかける心配げな声ですぐに証明だれた。
「――クラウド?」
こんな厳つい男が出せるのかと疑うくらいに、それは繊細な呼びかけであった。
だが、今はそんな優しさが邪魔だ。
「速く…!先へ行け」
リーダーはクラウドだけを残すことに躊躇うが、それも次に起こった光に遮られる。
光は頭上からだった。あの黒い焦気の塊がいきなり強い光となり輝き始めたのだ。
光はみるみるうちにしっかりとした形となる。シルエットがどんどんと巨大となっていった。
するすると伸びた光は大きな翼となる。羽毛の整った羽根ではない。
は虫類的な翼だが先端には鋭いかぎ爪がついている。
羽毛の代わりに気流を掴む薄い皮膚は、漆黒に限りなく近い色味だ。何かを確かめるように数度羽ばたくうちに、翼は完成されていった。
次に身体。濃紺とも濃紫とも判別できない色味の全身は、紛れもなく硬質化されている。
腹の部分だけやけにはっきりとした黄色が覗いていて、それがやけに威圧的だ。
――ドラゴン…か?
あのシルエットは見間違えようなくドラゴンだ。
それに間違いはない。間違いはないが、今焦気の塊から光と共に現れたドラゴンは、クラウドやハンターたちがよく知るドラゴンとは決定的に違っていた。
モンスター特有の邪悪さは感じられない。むしろ威厳と品格さえ発しながら、クラウドたちをじっと見下ろしている。
「なんだ…こりゃあ……――」
唖然とするリーダーの背後から、答えがやってくる。
リーダーのように仲間から戻ってきた、あのずっと様子がおかしかった神羅兵であった。
「まさか…バハムートを出すとは……」
バハムート――語るまでもない、伝説の召還獣だ。
「俺はこんなの聞いてねぇぞっ」
やはり、兵は何かを知っている。
クラウドは低い位置から、自分よりも遙かに高い位置にある襟元をひっつかむ。
「どういうことだ。話せ」
戦いに慣れた兵でさえ、思わず怯む力の強さであった。
白く小さな華奢な手に、どれだけの力が秘められているというのか。
兵は自分の身体が、少年の力により浮き上がりそうになっているのを感じた。
「話せ!」
峻烈な青い眼差しに従うしかない。
「…何も、聞かされてなんかいなかったんだ」
「バハムートだなんて――」
「クラウド…お前のことをやたらしつこく聞いてきて」
「次に狩りに出る時は同行するようにって言われてな…」
「絶対になんかヤラかすんだろうとは思っていたんだが…――」
つまりは、兵も利用されただけということか――こう判断したクラウドは兵の襟首を掴んでいる力を僅かに緩め、
「それは誰なんだ」
「セ・セフィロス…だ」
クラウドの脳裏に、長髪の美丈夫の姿が浮かぶ。


たった一度だけ、しかも僅かな時間の邂逅でしかなかった。
視線を交わしたのはほんの一瞬だけ。
それでもあの英雄と呼ばれる男の存在は、クラウドにも強烈だった。
五つの星団に暮らす者たち全てにとって、神羅の英雄でありあの美麗なる容貌を持つセフィロスは特別であっただろう。
こうやって思い出すだけでも戦慄するのは、他の者がセフィロスに抱く諸々の感情とは、性質を異にしている。
縦に裂けた翠の眼差しを知った瞬間、クラウドは全てを知ってしまった。
いや、知ると言うよりは理解してしまったと表現した方が正しいのだろう。
この村に来る前のことだ。クラウドを造りだしてくれた、優しい“父親”が話してくれたこと。
(クラウド。お前はいつの日か選ばなければならない)
(ファティマとしてのリミッターを外した存在。それがクラウド、お前だよ)
(なぜ私がお前をそのように造ったのか、選ぶべき騎士に出会えれば、お前はきっとすぐに解るだろうよ)
(クラウド――私が造る最後の“息子”よ)
(選ぶ、選ばないはお前の勝手だ)
(そうだと解っていても、私は願うのだよ)
(あの寂しい子供が、お前を得て本当の充足をしることを)
優しい“父親”だった。内向的な性格なのに、気は強く負けず嫌いなクラウドを、本当に可愛がってくれた。
クラウドがニブルヘイムで暮らすのを決めた時も、何も言わずに送り出してくれた。
“父親”からはたくさんの、数え切れない大切な、クラウドを構成する全てを与えられている。身体も、知識も、魂も。
自分がただの人形でないと信じられるのは、あの“父親”のおかげだ。
その敬愛する“父親”がクラウドと誰が添うべきだと考えているのか――
“寂しい子供”が果たして何者なのか――
セフィロスとの瞬間の邂逅で、クラウドは理解してしまったのだ。
――セフィロス…だったのか……
五つの星団に暮らす者、誰もがまさか神羅の英雄を“寂しい子供”などと想像するだろうか。
クラウドも英雄の噂を聞いている時は、何も感じなかったしどうとも思わなかった。
いかなる類の感慨もなかった。
が、こうやって実際に邂逅してすぐに、言葉も交わすことすらなく、理解してしまったのだ。
セフィロスは特別だった。
これまで五つの星団に存在した、また存在しているどんな騎士ともまるで違っている。
どこまでも強く、あくまでも美しく、しかるべく賢い。おおよそ人が求める理想の最上級にいるのだ。
セフィロスは独立している。
五つの星団広しといえども、どこを探しても、彼をカテゴライズする場所はない。
彼は神羅の英雄と呼ばれながらも、神羅からも独立している。
彼は神羅という組織を必要とはしていない。
騎士というのにカテゴライズするのも少し違う。
彼は騎士というものに、殊更意味を見いだしていないからだ。
騎士の価値にも無頓着であり、騎士である自分を誇らしいとも感じていない。
セフィロスはまさしく、この五つの星団の中たった一人きりで存在しているのだ。
完全なるスタンドアローンとして。こんな寂しい存在が他にあるだろうか。
誰も彼を理解しない。誰も彼を知ろうとはしていない。利用はしても心を寄せようとも思われてはいない。本当の意味で、彼は誰にも“セフィロス”という個を必要とはされていない。
彼は生き神のように、崇められて敬われて、敬遠され畏怖され唾棄されるべきだと、無意識のうちにそうされている。
その寂しい英雄の隣にいて、彼に添い続けられるのは――クラウドただ一人だけ。
※※※
今回はココまで。


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