びーこです。
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続きです。
※※※ その後暫くしてガスト博士はセフィロスの前から姿を消す。 セフィロスは十代で天位を得て、名実共に星団最高の騎士となった。 ガスト博士との約束は、未だ果たされていない。 セフィロスにはパートナーであるファティマはいないし、ガスト博士が約束してくれた“その子”にもまだ会っていない。
――もし本当にクラウドがファティマだとすれば… ガスト博士が約束してくれた“その子”だとすれば。 あの様子では自らファティマだと申し出ることはないだろう。 彼がどういう意図を持っているのかは定かではないが、ニブルヘイムの村人の一員として生きていくつもりならば、余程のことがない限り彼は“人”として生きていくに違いない。 セフィロスが強引に手をとって、ファティマだと認めさせても、それではセフィロスが望む解決にはならないだろう。 なにせセフィロスが選ぶのではない。 ガスト博士が言ったではないか。セフィロスの方こそが彼に選ばれるのだから。 ――さて、どうすれば良いか… まずは本当にクラウドがファティマなのかを見定める必要がある。 今セフィロスにあるのは限定された状況による推測のみ。これでは真偽は計れない。 明らかな証拠を得なければならない。 ――仕掛けてみるか。 ガスト博士がセフィロスのために造ったファティマを、紹介される前に知り合っておくのも悪くはない。 セフィロスはそんな自分の考えに、満足した。
朝目覚めるとまず母親に挨拶をする。 顔を洗い、ぼんやりとした古い鏡を覗くと、そこに映るのはいつもと変わらない昨日と同じ自分だ。 クラウドはこの顔が嫌いだ。美醜はともかく、この繊細すぎる顔立ちは、庇護されながらも献身的に主に仕える証としか思えないから。 苛つきながらせめて髪だけでもどうにかしようと弄ってみるが、見事に奔放にまとまってしまっている金髪は、どうしようもならない。 それでもささやかな抵抗に奮戦していると、優しい母の声が聞こえてくる。 「クラウド。朝ご飯にしましょう」 この一瞬にクラウドはめまいがしそうだ。 優しい母。決して裕福ではないが、穏やかな生活。 本当ならどれだけ望んでも得られなかった時間。 この時間が今にも壊れそうなひび割れたガラスの上に成り立っているとしても、クラウドは最後まで護りきろうと決めている。 庇護されるのではなく、クラウドが護るのだ。 「母さん、今行くよ」 髪との戦いを放棄すると、クラウドはリビングに向かった。 狭い家なのだ。部屋数も少なければ、その一部屋一部屋が狭い。 クラウドがリビングに現れた時、クラウドの母ストライフ夫人は、パンを切り分けている最中。クラウドとよく似た金髪と碧眼。小さな手に無骨な包丁はそぐわないものの、長年主婦をやっているだけあって、とても手慣れている。 「これ、運ぶね」 「ええ、お願い」 ストライフ夫人とクラウドを見て、誰しもが親子だと思うだろう。 髪と目と肌質と。あとどちらも山奥の田舎に相応しくない繊細な容貌をしている。 だがそんな相似も、実はよく観察してみれば微妙な違いがあるのだ。 髪の色も目の色も、肌質さえも“よく似ているだけ”でしかなく、根本は別である。 なによりあくまでも人であるストライフ夫人に比べ、クラウドのほうが遙かに生活感がなく人形めいているのだが。 二人分の朝食の用意など簡単なことだ。 二人は向かい合わせにテーブルにつく。 食事前には簡単な祈りの言葉。宗教的な要素は薄く、日々の糧に対する感謝のものだ。 ニブルヘイムは信仰の厚い村ではない。むしろ自然が厳しいこの土地では、信仰の対象は自然そのものなのだ。 「クラウド。今日は猟の手伝いをする日だったわよね」 こう確認するストライフ夫人は憂鬱そうだ。 そうだと解っているからこそ、クラウドはあえて明るく振る舞ってみせる。 「そうだよ、母さん」 「雪でニブル山に入れなくなる前に、食料を仕入れておかないと冬にお腹が空いちゃうからね」 村人が主に狩猟の場として重宝しているのが、村のすぐ側にそびえるニブル山である。 かなりレベルの高いモンスターの生息地であるのだが、それだけ価値の高い狩猟ができた。 毛皮は売って貴重な現金収入になるし、肉は貯蔵して厳しい冬季の糧とする。 冬本番がすぐそこにまで差し迫っているこの時期、村人は総出で冬支度に入るのだ。 女は衣服や寝具などの防寒を整える。小さな畑の収穫に励む。小さな子供達はその手伝いだ。 男は猟に出る者、村中の家を冬に備え手直しする者、薪などを用意する者に別れる。 村長がそれらを取り仕切り差配して、村人全員が無事に冬を越せるようにするのだ。 「今年はニブルウルフの群があまり姿を見せなかったからね。もう一度くらいは狩りに出ないと」 「クラウド――猟に行かないで母さんの手伝いをしてちょうだい」 ストライフ夫人の青い瞳の焦点が拡散する。 その酷く曖昧な眼差しは狂気を孕んでいた。 クラウドはそんな母にうろたえもせず、むしろゆっくりとかみ砕くように言葉を続ける。 「母さん、一緒に猟に行くって約束したんだよ」 「危ないことはしないから」 「ほら、オレの銃の腕前がいいの、知ってるだろ」 「みんなの後ろから銃で狙って撃つだけだから――」 「大人達が前に出てくれるし、これまでだって危ない目になんかあったことないんだ」 母の手を握りしめて、クラウドは静かに諭す。 その光景は見ようによっては、年齢の離れた恋人達の睦言のようにうつるだろう。 落ち着いてあくまでも穏やかな物言いとは裏腹に、クラウドは必死だった。 母が完全に狂気の世界に行ってしまわないように。 クラウドの母で有り続けてもらえるように。 「クラウド、クラウド!」 夢を見るのよ――母はそういって息子に縋り付く。 身長が僅かだけ息子が高い以外は、母と息子の体格はほとんど同じだった。 年の離れた姉弟にさえ思える。 「お前が……胸から血をいっぱい溢れさせるの……――」 血に濡れる金髪。今すぐ側にいてくれる息子の髪とは、違うような気がするけれども。 「クラウド!お前がいなくなるなんて」 「母さん――それは夢だよ」 「オレはここにいるよ」 「本当!?」 「本当に…母さんの側にいてくれるのね!」 「ああ…あたしのクラウド」 暫く寄り添っているうちに、ストライフ夫人の瞳から狂気が拭われていく。 そのうちに時間となった。戸外で男達が猟の準備に集まっているのが、小さな家の中まで伝わってくる。 その気配にストライフ夫人は息子からそっと離れ、 「クラウド。気をつけて行ってらっしゃい」 「…はい。母さん」 やっと落ち着いた母に後押しされて、クラウドは猟へ行く支度を手早く整えた。
猟へ向かう人員はクラウドをいれて10名。その中で一人だけ村の人間ではない者が交じっている。 彼は神羅に所属する兵士だ。猟が好きらしく、こうして非番の日には時折参加してくれている。すでに村人には馴染みの顔だった。 いつものように顔がほとんど隠れるくらい目深にフードを被っているクラウドは、集まっている皆に小さく頷くだけの挨拶をする。 村人はだれもがそれを不遜だとも無愛想だとも受け取らない。 むしろ親しげに、 「おう、クラウド頼むぜ」 「頼りにしてるからな」 口々に狩猟をする男ならではのしぶとい笑いを見せながら、少年の小さな肩と背中を親しみを込めて叩いていく。 こういう荒っぽい信頼を初めて向けられた時、どうして良いのかわからなかった。 戸惑うことすら出来ず、無反応だったクラウドに、そのまま飾ることなどしなくて良いのだと教えてくれたのも、この無骨な男達だった。 そんな様子に男達の強さを感じる。単なる能力だけを言えば、男達の誰よりもクラウドは強い。 力も、速さも、比べるまでもなく、クラウドが上だ。 だがそれはそう造られているだけでしかなく、男達のような広く懐の深さはない。 これこそが本当の強さなのだと知った時、クラウドはこの村で暮らして行こうと決めたのだ。ストライフ夫人の息子、クラウドとして。 ふと視線を感じて顔を上げる。そこにはクラウドも見慣れている神羅兵の厳つい顔があった。どんな凶悪なモンスターを前にしても、楽しんでいるタフな男が、どうしたのだろうか、やけに不安げだ。 どうしたのか?と声を掛けようかと一瞬過ぎったが、結局クラウドは何も言わなかった。 兵士も言いたげではあったが何も言わなかった。 「よし!出発だ」 リーダーの声に男達は隊列を組んで、ニブル山へと歩き始めた。 ※※※
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