こんばんは、びーこです。 続きです。
※※※ 村の集会場はそう立派なものではない。 クラウドやティファが生まれるよりもかなり前に造られた集会場は、簡素だが村人全員が集まれるだけの広さは充分にあった。 木と石の組み合わせで出来た造りは、村にある他の家の大差はない。 ただそれでも有事に備えて、家よりは頑丈に造られてはあった。 この場合想定されていた有事とは、主にモンスターの来襲を指す。 過去幾度か、ニブルヘイムはモンスターの驚異に晒されたことがあったのだ。 数百年に一度やってくる大寒波の年のこと。あまりにも寒すぎて、獲物が捕れなくなったモンスターの群が村を襲ってきたのだ。 そういう時、村人はこの集会場に立てこもり、モンスターと対抗したのだと言う。 だがそれも遠い昔の話し。 今生きている村人達で、そんな昔話を体験した者はいない。 ましてや誰が闇の一族と闘うなど想像したであろうか。 辺境の小さな村でしかないニブルヘイムなのに、今正に人知を越えた異常事態が起ころうとしているなどと。
クラウドやティファが飛び込んだ時、すでに集会場には村人のほとんどが集まっていた。 元から集会場にいた大人達の他にも、家で待っていた老人や子供も、クラウドやティファのように迎えによって連れてこられていたのだ。 皆着の身着のままの格好で、一塊りとなっている。 「ティファ!」 村長ロックハートは、愛娘の姿を認めて駆け寄ってきた。 気の強いティファも父に向かって素直に飛びつく。村で一番逞しい大柄の父に抱きしめられて、ティファの姿はすっかりと見えなくなってしまう。 父と娘は短いが充分に親愛のこもった抱擁を交わしていた。 その光景を前に、クラウドはずっと無意識に詰めていた息を吐く。 「クラウド……」 集会場の一角に備え付けられている台所から、ストライフ夫人が顔を覗かせてきた。 どうやら他の主婦達と共に、台所で作業を行っていたらしい。 ゆったりとした簡素な服の上につけたエプロンはいつもの見慣れたもので、クラウドはこんな時なのに酷く安心してしまう。 「…母さん」 小走りでやってくる息子を母は柔らかく抱き取ってくれた。 こうして見てみると、ストライフ母子はよく似ている。 混じりけのない見事な金髪も、他の村人とは違う透き通る白い肌も、そして不思議なほどに澄み切った青い瞳も。どれをとってもこんな辺鄙な村には似つかわしくない容姿だ。 クラウドの父が何者なのか村の者は誰も知らない。 そもそも母ストライフ夫人の父、クラウドから言えば祖父が何者であるのかも、村の者は知らないのだ。 クラウドの祖母は村の者で、彼女は村人と代わらない容姿の持ち主であったのだから、クラウド母子は身も知らない祖父の血を強く引いているのだろう。 自分の父が何者か知らないで育った少女は、皮肉なことに自身も同じように父の知らない息子を産んだのだ。 それでも村人はストライフ夫人が、クラウドの父である人物をまだ想っているのだけは、よくわかっていた。 今から約13年ほど前、ストライフ夫人は独り身籠もった状態でこの故郷の村に戻ってきたのだが、身重でも良いからと彼女に求婚する男は村の内外を問わずに数多くいた。 どんな良い条件の求婚であろうと、彼女は決して首を縦に振らないまま、クラウドを産み落としたのだ。 辺境の狭い村の世界の中で、これといった確たる後ろ盾のないストライフ母子は、口さがない村人達に心ない仕打ちも受けてきたが、ストライフ夫人は常に堂々と暮らしてきた。 その姿は知らず知らずのうちに、村にはびこる偏見を和らげてきたのだ。 よってストライフ母子は、村人達の中では浮いた存在ではあるものの、爪弾きにされてはいない。むしろ一目置かれた立場となっているのだ。 クラウドにとって親しいと呼べる友人はティファしかいないが、それは決して他の子供達がクラウドを私生児だと嫌っているからではない。 自分たちのがさつな手で触れてしまえば、今にも汚してしまいそうな、そんな容姿のクラウドにどう接して良いのか解らなかっただけなのだ。 ティファのように近づきたいものの、どうしても側には近寄れず、距離をとった場所から様子を窺うしか出来なかった。
この場もそうであった。 村人達はよく似た奇麗な母子が行っている、村長親子に比べると控えめな抱擁を盗み見るしか出来ないでいる。 ストライフ夫人は美しい顔を息子へと近づける。 「ケガはないわね、クラウド」 「うん」 「ティファと二人きりで怖かったでしょうね」 でもね、 「もう心配はいらないわ」 「助けてくれる人がやってくるまで、ここでみんなで過ごしましょうね」 ストライフ夫人はそっと息子の細い肩を抱く。 いきなりあのようなおぞましいものが、空から現れたのだ。ティファと二人きりで家にいたクラウドは、さぞや恐ろしい思いをしたのに違いないが、少なくとも今確かめる限りでは、クラウドの心に大きなダメージはない。 ストライフ夫人は、そんな息子を頼もしく感じる。 ――やはりこの子も男なのだわ。 自分の産み育てた息子が頼もしく感じられるのは、誇りである。 ストライフ夫人は、クラウドに役目を与えることにした。 彼女はほっそりした身をかがめ、息子に話しかける。 「クラウド――」 集会場の隅に集まっている、老人とクラウドよりも幼い子供を指し示す。 「あの人達のお世話を手伝ってくれないかしら」 聡明な青い眼差しが、母をひたりとみあげる。 「何をすればいいの?」 「食事の支度をするから、運んであげてほしいの。その他にも身の回りのこととか、何かお困りだったら力になってあげてちょうだい」 このような異常事態の中においても、表面上はいつもの日常と変わらない母の様子に、クラウドにも余裕が生まれてくる。 もっとも余裕と言っても本当のものではない。 開き直りに例えた方が正しいのだろうが、これまでの人生において、村の社会から常に浮いてきたこの母子は、村人の誰よりも日常への依存度が低いのだ。 異常事態や突発事態に対応する能力が高い。 このことは母の精神を強靱にし、息子を年齢以上に賢くさせてきた。 今回もそうだ。クラウドは控えめながら聡明な眼差しを、不安に怯える村人に向けてから、 「わかった。何でも手伝うよ」 「そう、ありがとう。クラウド」 母の優しい手が奔放な息子の金髪を優しく撫でていく。
母の信頼を得てうっとりするクラウドに、ティファは見守るだけではいられなくなる。 父の抱擁を抜け出して、クラウドの側に近づく。 この時のティファの心中は、とても複雑であった。もちろん自身にすらその正確なところは把握出来ていない。 彼女はクラウド母子の絆に嫉妬もしている。自分がどんなことをしても、クラウドをこんなにうっとりなどさせられない。 自分こそがクラウドの一番でありたいのに――ここから根ざすストライフ夫人への悋気。 自分と同じ片親でありながらも、自分と父の間の絆とはまた別である強い結びつきに対する不快感。 また母にならば容易く全てを明け渡してしまう、クラウドへの苛立ち。 同じ片親の関係といえども、父と娘のと母と息子の関係はやはり違っている。 個人差はあれども、女の子が早く大人になって精神的に父親から独立してしまうのに引き替え、母と息子の結びつきは一種の疑似恋愛でもある。 まだ幼いながらもティファの“女”の部分が、ストライフ母子を妬ましく思わせるのだ。 ティファ自身、まだ定かではないものの。 ティファは生来の勝ち気さを全面に押し出して、クラウドを呼ぶ。 「クラウド――」 ――こっちを向いて。私を見て。 ティファの思いは伝わった。 クラウドは母から幼なじみへと視線を移す。 こんな異常事態での父との再会でさすがのティファも気が緩んだのだろう。大きな黒い眼差しはいつもより濡れていた。 「私も手伝うわ」 「無理しなくてもいいんだよ」 あくまでもクラウドはティファに優しい。 だが今回はこの優しさが他人行儀に感じられて、ティファはもどかしかった。 「ううん。無理なんかしてないの」 それに、 「何かしていないとかえって落ち着かなくて…――」 それが、怖いの。と続けて口に出すことはティファには出来なかった。 口に出して形にしてしまえば、全てが現実になってしまいそうだったから。 こんなティファの怯えをクラウドはくみ取ってしまう。 「そうだね。ティファと一緒なら僕も助かるよ」 母の側から離れ、クラウドはティファに寄り添う。 ※※※ 今回はここまで。
みなさま、良い日曜を!
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