続きです。
*** 宮殿からはいつも同じ光景が見える。 それは真夏であろうと溶けることのない雪をたたえた偉大なる山脈、ヒマヴァットだ。 気怠げに身体を起こすと、すぐ側にいる女が剥き出しの胸にそっともたれかかってきた。 さっきまで交わっていた女だ。 だが女の名は知らない。生まれも育ちも、その顔立ちでさえも、どうでもいいこと。 セフィロスが一夜の女に求めるモノは、ただの暇つぶしでしかない。 それ以上でもそれ以下でもなく、正妃をすでに娶り後継の子も成しているセフィロスにとっては、この交わりに子作りの意味さえないのだ。 セフィロスは美しい男である。どれ程の美姫でさえも、セフィロスには敵うまい。 癖のない長い髪は一本一本丁寧に紡がれた、絹のようだ。 サラリと滑っていき、余韻さえ残る。 彫りの深い整った顔立ち。あまりにも端正すぎて欠点がない。却ってその美貌は、セフィロスから血肉の暖かさを奪っていた。 敢えて言えば、それが欠点というものか。 女以上の美しい顔立ちをしているものの、セフィロスの美貌はあくまでも男のものだ。 間違っても女には見えない。 ズバ抜けて高い身長。広い肩幅にしっかりとついた筋肉は、研ぎ澄まされている。 引き締まった腰から伸びる左右の脚は、見事なバランスを保ち、長さはあってもいびつではない。 ヒマヴァット山脈を西の麓から仰ぎ見る国、カピラヴァスツ。 ここ釈迦族中心の国の世継ぎの王子として生まれてきたセフィロスは、生まれながらにして全てに満たされた完璧な存在である。 生まれてすぐ母は亡くなったものの、母の妹、つまり叔母によって大切に育てられたセフィロスは、その生を受ける前から特別であった。 セフィロスの母、摩耶は孕んでいる最中、とても不思議な夢を見たのだと言う。 それは六本の牙を持つ白象が、脇から胎内に入っていくものであった。 釈迦族お抱えの高名なバラモンに訊ねると、それは紛れもない吉夢であると宣言した。 (王妃様に宿る御子は、必ずや類い希なる宿命を得るのでしょう) バラモンの言葉は出産時に証明される。 いよいよ迫ってくるお産を控え、摩耶が実家に戻ろうとしてういたその道中、休憩に立ち寄ったルンビニの花園で急に産気づく。 そのまま摩耶は子供を産道からではなく、右脇から産み落としたのだ。 産まれたばかりの赤子は、すくっと立ちあがると七歩歩き声を発したのだと言う。 (天上天下唯我独尊) 右手で天を。左手で地を指しながら。 ――この世で私はもっとも貴い。何故ならば私という存在は一人しかいないからだ。―― この世に生を受けた直後でありながら、セフィロスは森羅万象に向かって高らかにこう宣言したのだという。 もっともそのことをセフィロスは覚えていないが。 こうして異質な誕生となったセフィロスだが、父浄飯王の期待は大きかった。 赤子のセフィロスが城に戻った時、高名な仙人がわざわざやってきたのだという。 アシタというヒマヴァットで修行しているという聖仙であった。 父王が呼びつけたのではない。彼は自らこの世に誕生した赤ん坊でしかないセフィロスに会いにやってきたのだ。 その当時のセフィロスの育児には、大きな問題があった。 頼りない赤子の身でありながら、セフィロスは決して女の乳を飲もうとはしなかったのだ。 乳首を口に含もうともしない。ムリに飲ませても吐き出してしまう。 ただ果汁だけは好んでいるようで、結果乳の代わりに果汁を与えていたのだ。 乳母や側仕えの者は、乳を拒否するセフィロスが異常すぎて、ほとほと困り果てていたのだが、不思議と父王はそうではなかった。 父王はむしろセフィロスが普通の赤子でないことに、満足しているようだった。 そんな時にやってきた聖仙は、赤子であるセフィロスを前に、感動の涙を流す。 驚く周囲を前に聖仙はこう告げる。 「これは素晴らしく貴い方だ」 「この世にあり剣を取れば、長じて地を支配する天輪王となられるであろう」 「出家の道をとられれば、この世を救う覚者、聖王となられるであろう」 父王の歓びは大きなものであった。 彼は驚喜し、セフィロスを天輪王とすることを決めたのだ。
*** ここまで
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