先週金曜日の続きです。
*** ブラフマーの塔に連れていってから、セフィロスは劇的に変化した。 その変化は顕著であり、周囲の者は心配したが、心の内を明かさないセフィロスのこと。心配しても見守るしかなかった。 クラウドは毎夜のようにセフィロスの夢へと通う。 ブラフマーの塔に連れていく前は、やってきたクラウド相手にセフィロスは様々な疑問をぶつけ問答をするのが習慣となっていたが、いまは違う。 セフィロスはクラウドの側に静かに座して、何かを瞑想し続けるのだ。 ほんの一言しか言葉を交わさない時もある。そんなセフィロスにクラウドも何も言わない。 クラウドが通い初めて百夜を越えた。 クラウドの感触によると、セフィロスは王子としてではなく、すでに仏陀としての目であらゆる事象を捉えようとしている。 ――オレの役目もそろそろ終わりだな。 後はセフィロスが現実世界において、自分の足で目で耳で、最高解脱者としての道を歩んでいくしかない。 そしていつか彼はクラウドが求める普遍の真理を手に入れるのだろう。 セフィロスの手首に窮屈そうにある腕釧に目をやる。 セフィロスと夢の中でのリンクをやりやすいように、現実でのセフィロスに自分の腕釧を与えたのだが、どうやらこの腕釧も役目を終えるようだ。 クラウドの視線の先で、腕釧が音を立てる。 カランと澄んだ音は、セフィロスの動きに合わせて、乳白色の世界に鳴った。 「クラウド――」 セフィロスがこちらにやってくる。 かなり至近距離までやってくると、静かに乳白色の霞の中に座す。 「かなり以前のことだ。俺が城の東門から出ていくと老人に出会った」 昔の出来事を回想しているのだろう。 セフィロスの眼差しがクラウドを見つめながらも、もっと遠い何かを思い浮かべようとしていた。 唐突とも言える話に、クラウドは耳を傾ける。 「汚く醜い老人であった」 「次の日、俺は東門ではなく南門から城を出たのだ」 すると、 「病人がいた。やせ衰え腐った臭いがした」 「俺はその者の側を通り過ぎていくことが、とても鬱陶しく思えてな。城にとってかえすと、西門から出かけることにした」 「西門から出ると、そこに屍がうち捨てられていた」 小国であるといえども、その城だ。いつもならば屍がこんな所に捨てられるなど、有り得ないのに、セフィロスが出たときは確かに西門の目立つ場所にあったのだ。 屍はまだ新しいもので、忌まわしい何かがじくじくと膿んでいるようだった。 腹の部分がきれいにへこんで骨が剥き出しとなっていた。獣が食べたのだろう。 「次の日、北門から出るとそこに僧侶がいた」 ――ルーファウスの仕業だな。 クラウドは察する。 これはセフィロスを仏陀とすべく、ルーファウスが打ったという手なのだ。 生死病苦、人が恐怖と嫌悪する四苦を殊更に見せつけて置いて、その後悟りを開いた僧侶を持ってくる。 そうやって出家となるように促そうとしたのだろう。きっとその僧侶はルーファウスのように、涼やかに笑っていたに違いない。 「この世にいて剣をとれば天輪王となり、出家すれば聖王となると、俺が赤子の頃、城に訪ねてきた仙人が言ったそうだ」 幼い頃から周囲から繰り返し聞かされてきた話だが、セフィロスは信じてはいない。 「父王は俺を天輪王にしたがった。俺は僧侶とは極力会わぬようにして育てられたのだ」 だから、 「俺はその時初めて僧侶というものを見た」 「――僧を見て、王子、お前はどう感じた?」 「傲慢だと思った」 それは問いかけたクラウドにも、そしてそうやって見せつけたであろうルーファウスにも、完全に予想外であった。 「病に苦しみ老いに悩み、死してもなお無惨に扱われる現実が、すぐ側にありながらも、ああやって一人だけ高みから見下ろすように、さも自分だけは無関係だというような顔をして――」 「俺はバラモンのことは知らぬが、」 「バラモンとは、己が得た悟りを、人を救う為に使うのが本分だと考えている」 「あの北門で出会った僧侶はそうではなかった」 「あれが僧侶ならば、僧侶とは王よりも傲慢な生き物に違いない」
セフィロスの言葉にクラウドは己を押さえきれなくなる。 身を捩りクラウドは爆笑した。 は!は!は! 滅多と表情をださず淡々としているクラウドのいきなりの大爆笑に、セフィロスは驚くしかない。 乳白色の霞にクラウドの笑い声が響く。 ――ああ、これが笑わずにいられるか! ルーファウスがセフィロスの仏陀への覚醒を促す為に労した作が、かえってセフィロスの覚醒を阻んでいたとは。 最高の英知を誇る神王大梵天ともあろう者が、まさかこういう結果を引き起こすとは考えもしなかったに違いない。 自分の作がセフィロスの覚醒を阻んでいたとルーファウスが知ったのならば、彼はどういう反応を示すだろうか。 あの超然とした物腰が、どう変化していくのか。 ――是非見てみたいものだ。 という好奇心も強いが、同時に、 ――それすらもルーファウスの計画なのやも知れぬな。 とも思う。 それ程までにルーファウスは、考えの読めない天なのだ。 対であるザックスもルーファウスの真意は読めないのだと言っていた。 どういう形にしろ彼を侮ることは出来ない。 だとすれば、 ――オレも王子もルーファウスの掌の上で踊っていただけなのだろうな。 だがそれすらも無性に可笑しくて、クラウドは笑いの衝動が止められないのだ。 初めはクラウドの爆笑に驚くだけだってセフィロスだったが、そのうちに笑いの衝動がうつってきたようだ。 「…ふふ、あははは――」 苦笑から微苦笑に。微苦笑から微笑に。微笑から笑いに。笑いから声をあげた爆笑に。 セフィロスもクラウドと同じように、感情を露わにして笑い続ける。 普段はあまり酷使していない表情筋が、大きく働く。 ここまでくると、セフィロスはクラウドが、クラウドはセフィロスが、互いが互いの爆笑している様子までもが可笑しくなってきて、のたうちまわって笑い転げる。 二人の笑い声は乳白色の霞にユニゾンした。
*** 次ラストです。
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