続きです。
*** 滅する――と聞いてセフィロスは大きくうねる螺旋の環が、引きちぎれて消えていくのを想像して身震いした。 セフィロスにずっと巣くっていた虚無が、種の滅亡という恐怖の前にさらさらと溶けてしまう。 虚無が去った後わき上がってきたのは――歓喜。 叩き付けられるように激しい歓喜が、セフィロスを包む。 ――なんということだ! この世界とはこんなにも広いのだ。 セフィロスが見聞きしているのは、ほんの一部分のみ。 人の世だけではない、様々な世界が層となって、現世が構築されている。 滅亡への時計が、今目の前にあるのだ。そんなものが存在するなど、セフィロスは想像さえしていなかったというのに、現実とは想像を超えてしまうなんという感嘆すべきものなのか。 もっともっと、他にもセフィロスを興奮と感動へと誘ってくれるものが、この世にはきっとある。 釈迦国王子という身分は、こんなにもつまらないものでしかなかったのだ。 セフィロスの口元がゆっくりと上がっていく。 自分でも自覚ないままに、セフィロスはあるかなしかの淡い笑みを浮かべていた。 黄金の円盤がまた別の円柱へと移動していく。 セフィロスはむしろうっとりと、その光景を眺めた。 「この円盤の移動は止められないのか?」 時計を止めてしまうことは出来ないのだろうか。 「ブラフマーの塔は少し力がある者ならば、誰でもこうやって見ることが出来る」 天と称される神族でなくとも、クラウドのような非天悪神や、聖人や仙人も見ることは出来るのだ。 だがそれはあくまでも“見る”だけで。 「このブラフマーの塔の存在を知った者で、破滅を止めるべく破壊してしまおうと考えた者は数多いた――」 が、 「神族であろうと非天であろうと、そして人であろうと、何人とりともブラフマーの塔に触れることは出来ないんだ」 “見る”ことは出来る。 だが“触れる”ことは出来ない。 なんたるシステムであろうか。 「触れることが出来ないものは、誰にも壊せない」 よって、 「この塔を止めることに、未だかつて誰一人として成功した者はいないのだ」 「ただし、例外があるそうだ――」 クラウドはここで一旦言葉を切って、注意深くセフィロスを観察した。 人智を越えた神族にも滅多とない美麗を誇る王子は、取り憑かれたようにブラフマーの塔の円盤に魅入っている。 この光景を目の当たりにして、ブラフマーの塔の目的を知った者は、誰しも皆魅入ってしまう。が、それは今セフィロスが感じているものと同じ意味で魅入るのではない。 皆は滅亡を恐れて、恐怖のあまりに魅入る。 セフィロスはむしろブラフマーの塔という人智を超える絶対的存在があることに歓喜して魅入っているのだ。 ――この男は滅亡が恐ろしくはないのだな。 やはりこの王子は、精神の基本構造が特別なのだ。 生まれ育ちとか階級などではなく、もっと根本的なところで。 クラウドは意識してこの一言を告げる。 「例外とは――仏陀だ」 「仏陀ならば、この塔に触れることが出来る」 仏陀――と、セフィロスは声には出さずに、口だけを動かした。
*** 今週はここまで。 長くなりましたが最後までお付き合いいただけますと嬉しいです。
|