続きです。
*** 人でしかないセフィロスの負担を考慮しつつ、翌日からクラウドは定期的にセフィロスの夢に通うことにした。 釈迦族の王子であるセフィロスは、確かに高い教養を持っていたが、所詮自国から一歩たりとも足を踏み出した経験のない中での、それだけのこと。 知識は持っていても机上の空論でしかなく、実体験は不足している。 セフィロスは当然のようにクラウドに階級(ジャーティ)を問うた。 セフィロスの常識では、人は階級と生まれ(ヴアルナ)によって、生きていく全てが決まる。 僧侶(バラモン)を頂点として、武士(クシャトリア)、平民(ヴァイシャ)、そして奴隷(シュードラ)と厳格な階級が定められているのだ。 そしてこの階級ピラミッドの底辺に非民(バリヤ)がある。 せいぜいこの階級と無関係でいられるのは、沙門くらいであろう。 釈迦国王子セフィロスは士族である。階級は上から二つ目だ。 王子であるセフィロスは大勢の召使いに囲まれて、何も困ることも不足を感じることもなく、醜いものや汚いものとは切り離された満たされた生活にどっぷりと浸っている。 だがそれは武士という階級と、王子という生まれがあってこそ。 そのセフィロスから階級を問われ、クラウドは微苦笑で応じた。 「階級は人が作ったものでしかない」 それは人でない者からすれば、些細で詰まらないものだ。 「階級がないのか?」 「全くないというのではないが、人のようなものではない」 「王子よ――オレは非天だ」 「非天…?」 耳慣れない言葉に、セフィロスの好奇心が刺激される。 知らないことを恥ずかしがるような無知を、セフィロスは持ち合わせていない。 「天部、つまりオレは天族ではない」 「オレは阿修羅族の王。人が悪神と呼ぶ一族の王だ」 悪神――自らをそうだと言われても、セフィロスはどうしても信じられない。 見た目もそうだが、こうして接してみても、クラウドに邪があるようには感じられないからだ。 少なくとも、セフィロスが連想する悪とは、クラウドはかけ離れている。 階級制度に厳しく縛られる世界に育ってきたセフィロスにとって、属する階級はイコールでその者の人品そのものであった。 つまり僧侶はやはり僧侶である。 武士は所作も考え方も、やはり武士でしかなく。 平民は上の階級におもねる者であり。 奴隷はいつも他に階級の顔色を窺いながら、卑屈に生きているだけの一種の家畜でしかなかった。 非人に至っては、セフィロスは遠目ですらも会ったこともない。 それだけ隔てられた、低い存在であったのだ。 クラウドは己を悪神だという。非天であり天族ではないのだと言う。 だが彼はどう考えても悪神でもなければ、低い存在でもない。 クラウドは階級などとは無縁なのだ。 生まれというものとも、無縁なのだ。 困惑したままでクラウドを凝視するセフィロスに、クラウドはあっさりと、 「生まれなど自分では決められぬ」 「肝心なのは、生まれた階級ではなく、その先――」 「どうやって生きるかというところなのだろうな」 この言葉はセフィロスの価値観を根底から覆すものである。 階級はとても大きなものだ。例えば士族がどれだけ力を持とうとも、僧侶には一目置かねばならない。 大国の王であったとしても、僧侶を蔑ろには出来ないのだ。 平民の長者もそうだ。いくら金を持っていても階級は買えない。あくまでも平民は平民でしかなく、僧侶と武士の下に甘んじなければならない。 奴隷と非人は問題外。彼らは生涯家畜以下で過ごすのを定められている。 天と地があり、太陽が出てそして沈んでいく。 雲のない夜には天空に月が出ている。 そのくらい、セフィロスにとって階級とは当然の事象のひとつなのに、クラウドは真っ向からこの世界を否定しているのだ。 「…階級とはなんなのだ?」 困惑したセフィロスの呟きに、クラウドは簡単に答える。 階級に縛られていないクラウドにとって、セフィロスの困惑は理解できない。 「あれは人が作ったものだ。天が作ったものではない」 よいか、 「国はたくさんある」 「その国ごとに法というものが定められているだろう」 「…ああ、」 「つまり法は国によって違っている」 「お前の国では罪に問われることでも、別の国に行けば問題ないものもある」 「お前たちの階級とは、そんなものと同じでしかない」 わかるか?と重ねられ、セフィロスは絶句した。 クラウドの説明は解る。確かにその通りだ。 だが階級というものの存在が大きく重すぎて、セフィロスは簡単には納得できない。 そんなセフィロスの心中を解っているのだろう。クラウドは更に言い募ることもせずに、話を進めていく。 「王子よ、お前は士族だ」 「だが、士族であるお前もいつかは死ぬ」 「僧侶もそうだ。彼らもいつかは死ぬ」 「もしかしたら今すぐに死ぬやもしれぬ」 「数十年後、歳を充分にとってから死ぬやもしれぬ」 「それでも人は死ぬ」 「平民も奴隷も非人も、皆死ぬ」 「階級関係なく、皆死ぬのだ」 「死に違いはない。せいぜい葬儀が盛大になるか、骸をうち捨てられるか、それくらいの差しかない」 その通りだった。 現にセフィロスの母摩耶は、セフィロスを産み落としてすぐに死んだ。 まだ若く美しい人であったそうだが、それでも死んだ。 王の正妃であったというのに、世継ぎを生んだというのに、それでも彼女は死んでしまった。 そして命に替えて産み落とした息子に、顔も覚えられていない。 王の正妃でありながら、彼女はある意味不幸なのかもしれない。 「人だけではないぞ」 「動物もそうだ。必ず死ぬ」 「人に食われるか、病で死ぬかはそれぞれだが、死ぬには変わりない」 「小さな虫も死ぬ」 「植物とてそうだ」 「木も草も花も、皆最後は死ぬ」 「生と死だけは、この世に生きとし生けるもの全てに訪れる荘厳な儀式だ」 悪神クラウドの言葉はセフィロスに響く。
*** 長くなってますが、あともうちょっとです。 来週中には終わるでしょう。
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