続きです。
*** 己の鳥獣が初対面のしかも敵対している非天の足下に蹲るのを、ルーファウスは余裕をもって眺めていた。 阿修羅族の王であるのにも関わらず、繊細な容姿は、生き物が一番危うくだからこそ一番研ぎ澄まされた時をそのまま象ったようだ。 彼よりも美しい天部はたくさんいる。 もっと容姿の整った、そして自ら己の容姿を保つ努力をする者たちも、ルーファウスは数多く会ってきた。 今目の前にいる悪神とされる非天は、ルーファウスがこれまで出会ったども者たちよりも、全くの未知である。 鵞鳥がどうして阿修羅王の元に自ら近づき、啼いて羽根を広げて見せて、アピールしたのか、その理由をルーファウスは解っていたのだ。 魅力ある未知に、賢い者は惹かれるのだ。 強い好奇心はそのうちに願望へと変わっていく。 鵞鳥たちは阿修羅王という未知に興味を抱き、好奇心をそそられた。 だからこそ側に行き関心を求めてみせた。 鵞鳥たちの関心は満足したのだろう。 よって好奇心は願望へと姿を変え、阿修羅王の足下に座すこととなったのだ。 鵞鳥の想いは手に取るように解る。 何故ならば――ルーファウス自身でさえも、この非天に強い好奇心を抱いてしまっているのだから。 それは単に毛色の違う者への、深い意味のない珍しさからきているのかも知れない。 だが、もしかしたらそうではなく、それ以上の意味があるのかも―― なにせ、 ――ザックスが進んで連れてきたのだからな。 大梵天ルーファウスは己の対たる武神を侮ってなどいない。 特に本能的な部分。刹那に本質を見極める鋭さについては、密かに一目置いているくらいなのだ。 食わせ物な対、帝釈天ザックスが自分の様子を窺っているのを黙殺しつつ、ルーファウスは自ら口を開いた。 「――阿修羅王」 クラウドの眼差しが真っ向から向けられる。 生き物を死へと追いやる悪神とされながらも、クラウドに下品な生臭さはない。 なんの感情を表さない青い眼差しは、実に淡々と事実だけを見定めようとしていた。 「阿修羅王よ――お前は何故に私の前にやってきた」 答えはすぐに簡潔に与えられる。 「真理を求めて」 「真理、か――」 ルーファウスが喋るたびに、その貴い身を包む天衣が揺れる。 天衣はそれ自体も淡く発光しており、玻璃の煌めきとの相乗効果により、大梵天を彩る光背のようだ。 だがそれすらもクラウドには特別な感慨を抱かせないらしい。 少年の姿形をした悪神は、淡々とした態度を崩さないままだった。 「阿修羅王に問う」 「お前が求める真理とは何物ぞ」 「普遍の真理――」 「この世にいる生きとし生けるもの皆に共通するもの」 「何故に悪神であるお前がそのような真理を求めるのだ?」 悪神――はっきりとこう名指しされても、クラウドの態度には僅かな変化もない。 さっきからルーファウスが問答という皮を被り行っているのは、阿修羅王に対する挑発である。 元よりどこか他者を見下す傾向にあるルーファウスではあるが、さすがに時と場所と相手はわきまえていた。 それを今は剥き出しにしている。 もっとも阿修羅王は兜率天に攻め込んできた敵なのだから、そのような態度になるのも当然なのかも知れないが、ザックスはかえってそんなルーファウスにある種の違和感を覚えていた。 違和感と言っても悪いものではない。 胸がおかしなほどに高揚する、それは予感であった。 「オレは確かに悪神だ――」 だからこそ、 「オレは真理を求めるのだ」 ほほう。 クラウドの返答にルーファウス形の良い顎を上げた。 「悪神は探求者でもあるというのか」 「さあな。オレをあんたがどう呼ぼうと、興味ないね」 はっきりしているのは、 「オレは阿修羅族の王であるということだ」 「天部ではない。神と呼ばれるものでもない――オレは非天だ」 「天部でなければ真理を求めてはならないのか?」 「人でなければ知りたいと思ってはならないのか?」 そうだとするならば、 「そんなモノは、オレの知りたい真理ではない」 この世界の頂点たる兜率天に刃を向けたクラウドに、すでに迷いはない。
*** 本日はここまで。
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