続きです。
*** 口の端にあるかなしかの笑みをたたえたまま、大梵天ルーファウスは玉座から阿修羅王を見下ろす。 足下に控える四羽の鵞鳥が時折羽根を動かすささやかな音だけが、玻璃の煌めきの中に溶けていく。 一方の阿修羅王クラウドも堂々たるものであった。 彼はこの玻璃の広間を興味深げに見渡しはしたが、広間の豪華絢爛さに心打たれて見渡したのではなく、単純に知らぬ場所に連れてこられたという闘神の本能がそうさせたのだ。 広間を見渡しこの場での戦いのポイントや、脱出するとしたならばどこからが最適なのか、そういう諸々を冷静に推し量っている。 一通り広間の検分を終えたクラウドは、そうしてからやっと一段高い場所に座しているルーファウスへと関心を向けた。 細い手首に環となっている黄金の腕釧が、さらりと澄んだ音を立てる。 じっと座っていた鵞鳥がその音に反応した。 ゆっくりと首を巡らせて、初めて見る非天に焦点を当てた。 簡素な衣に胸甲だけをつけただけではあったが、戦いの最中であったというのに、クラウドはどこも見苦しくはない。 むしろザックスの方が、甲についた深い傷が戦場の生臭い埃となり漂ってくるようだ。 いくら武神といえども、雅やかではない。 鵞鳥たちはじっとクラウドを見た後、ルーファウスの足下から動き出す。 それも四羽とも。玉座から降りて、クラウドの側へと近づいていったのだ。 この様子に三者は三様に反応する。 まずはザックス。主の対である自分にさえも、いつまでたっても慣れぬ気位の高い鵞鳥が、しかも四羽とも、初対面の非天に並々ならぬ破格の好奇心を示すことが、純粋に面白いらしい。 腕組みをした顔はニヤけていた。 次に鵞鳥の主であるルーファウス。 彼は無意識にあった微笑を引っ込め、黙したまま鵞鳥たちの動きに注目していた。 そしてクラウド。少年の形をした阿修羅王は、自分の元にやってくる鵞鳥に見向きもしない。 気が付いていないのではなく、関心を払っていないのだ。 その証拠に、足下近くまでやってきた鵞鳥たちが「くくぅ」と啼いて羽根を広げると、驚いたように視線を下ろしたのだ。 鵞鳥はクラウドに構って欲しいのか。それとも威嚇でもしているのか。 四羽ともが短く啼きながら、極彩色の羽根を見せつけるように広げるのを認めると、 「――お前達の羽根はとてもきれいだな」 クラウドがこの広間に来て最初に語った相手は、鵞鳥だった。 「オレに見せてくれるんだな」 「――ありがとう」 非天の発する澄んだ声に鵞鳥は嬉しそうだ。 「ぐわぐわ」と啼くと、そのままクラウドの足下に座り込んでしまう。 玻璃の床に極彩色の羽根は美しく映える。 クラウドは単純に、そのコントラストを愛でた。
*** ここまで。
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