昨日の続きです。 注意書きは昨日と同じです。
*** 天部にとってはほんの少し前まで、クラウドは敵であった。 西よりいきなり現れた異形の一族、阿修羅族の常に先陣に立っていたのが、クラウドだったのだ。 兜率宮を護ろうと奮戦するザックスは、四天王と十二神将を率い応戦するが、数の上では勝っているのにも関わらず、数千年経っても決着はつかない。 そのうちにザックスはある疑問を持つ。 ――こいつの目的はなんだ? 血を好んでいるのでもない。 刃を交えていれば、そのくらい解る。 かといって欲に駆られているのでもなく。 物欲色欲ともに、阿修羅王クラウドとは無縁であった。 むしろクラウドは欲に薄いのだ。 戦闘が長期となり、さしもの四天王十二神将が果てのない闘いに疲労を濃くしているというのに、阿修羅族の士気は一向に衰えない。 ――絶対に何か目的があるはずだ。 こう思いこんだザックスはある手段をとった。 大梵天ルーファウスならば別の方法を選ぶだろうが、生憎ザックスはどこまでいっても戦士なのだ。 下手な小細工や駆け引きなど、ザックスには無縁のもの。 阿修羅王とのサシの勝負の合間、刃を激しく交えながらザックスは問う。 何が目的なのか――と。 少年王は青い眼差しを定め、一言。 「真理を――」 ぎりぎりの極限状態での凄まじい闘いを繰り広げている悪神であるというのに、聖女の如き清楚な唇から出たのは、ザックスの予想など遙かに超えた真摯なもの。 「――真理だって!?」 そうだ。と、阿修羅王は青の眼差しを清冽にして、 「オレにはオレの、あんたらにはあんたらの――」 そして、 「人には人の、獣には獣の、それぞれその時々の真理というものがあるのは、わかっている」 形が違えば種族も違う。根本的に相容れないことだってあるのだ。 そのそれぞれの考え方、立場。その時々の状況や置かれている環境などで、正義も悪も肯も否も、とても簡単に変わってしまう。 さっきまで光を求めて叫んでいたものが、次の瞬間には闇夜を欲するなどザラにあること。 阿修羅王が求める真理とはそういう安易で曖昧なものではない。 「オレは――そんな簡単にブレてしまうような曖昧なものではなく、天地全てに通じる絶対の真理を知りたい」 阿修羅王の言葉はザックスの胸奥にまで突き刺さってくる。 目の前で何かが始めた気がした。心が阿修羅王の言葉を求めて開かれていく。 思わず剣を振るう動きを止めてしまい、ザックスは全く無防備となってしまう。 格好の餌食となった敵の総大将ザックスを相手にしながら、阿修羅王は攻撃しなかった。 彼も体格にそぐわない大剣を引き、静にザックスの前へと立つ。 少女めいた容貌と、繊細に整いすぎて血肉の通っていない人形にさえ見える透き通った肌の下には、激しすぎる信念があるのだ。 そのどれもを、ザックスは貴いと感じた。 「――どうして…」 「真理を求めるだけならば、どうして兜率天に攻め入ってくるんだ?」 阿修羅王の返答はシンプルで明快である。 「普遍の真理というものがあるのならば、それを一番先に示し、天地を導かねばならぬ兜率宮が、いつまで経っても真理を指し示さずに明確にもしないからだ」 指摘されてハッとする。 ザックスは神王帝釈天として、ここ兜率天に有り続けている。 大梵天ルーファウスの対として、ずっと生きてきたのだ。 外部から兜率天を仰ぎ見たことなどない。 ――そう言われてみれば、その通りだな。 外部から見てみれば、確かに世界の頂点にある兜率天は、常に仰ぎ見るべき神聖な場なのだ。 神王が兜率天には在り、天部が護っている神域。 この神域こそが、この世を正しく導くべき場なのだとそう思うのも当然なのだ。 だがザックスの良く知る兜率天とは、そうではない。 もっと大いなる意識が描く道筋を、大梵天が緻密にプログラムする。 大梵天の組んだプログラムに添って、天部達は忠実に動いているのだ。 このプログラムに反するものや、プログラムを阻害するものは、武の神王帝釈天ザックスが排除していく。 ザックスの知る兜率天は、そういうプログラムを執行する、ただの一セクションでしかないのだ。 阿修羅王の求める真理など、兜率天にはない。
*** 今回はここまで。
|
06/04(WED)17:52:29
[213-221]
06/04(WED)18:35:39
[213-267]
06/04(WED)18:41:49
[213-276]
06/04(WED)19:27:38
[213-329]
06/04(WED)20:05:24
[213-386]
06/04(WED)20:48:01
[213-439]
06/04(WED)21:22:51
[213-479]
|