続きです。
*** 軽くシャワーを浴びたクラウドは、上半身裸のまま濡れた髪を乱暴に拭いている。 目の前にあるテーブルからあの不思議な石を手に取った。 見れば見るほど不思議な石だ。 普通の石ではない。 ――声がする… ような気がする。 誰かがクラウドを呼んでいる声が、この石から聞こえるような気がしてならない。 「それはマテリアと言う」 むしろ静かにセフィロスはクラウドの背後に現れた。 まだ服も着替えていないらしい。さっきと同じファティマスーツのままだ。 深い陰鬱な影でさえ、この美麗なファティマにとっては、美貌のスパイスらしい。 重苦しく伏せられた眼差しでさえ、宝石のようだ。 そろそろこの美貌に見慣れてきたクラウドでさえ、思わず息を呑んでしまう。 そしてその薄い肉を感じさせない唇から漏れた言葉、マテリア――もちろん初めて耳にする音だ。 クラウドが疑問を投げるよりも先に、セフィロスは言葉を続けた。 「マテリアは星の命脈、ライフストリームが結晶化して出来たもの」 「そしてマテリアは優秀な媒介でもある」 「媒介?」 そうだ。 「マテリアは魔法を引き出すことが出来るのだ」 「ダイバーでない普通の人間でも、訓練すればマテリアを用いることによって、魔法を操れるようになる」 「誰でも、ダイバーとなれると言うことか?」 「生まれ持つ向き不向きもある。ハードな訓練も必要とするが、まあそんなところだ」 不機嫌さをますます色濃くしながら、セフィロスはむしろ口調は素っ気なく続ける。 「あやつらは、戦士、ソルジャーだ」 騎士ほどではないが、人間以上の能力で襲いかかってきた敵達。 そして、魔法まで使っていた。 「あれはソルジャーと言うのか…騎士の亜種のようなものなのか?」 「騎士などではない!」 断じて、あれは騎士などではない。 「人工的に騎士を作ろうとした挙げ句に出来てしまった、騎士の失敗作のようなものだ」 人工的に、ということは。 「薬物か?」 「いや、違う。薬物などではない――」 薬物よりも恐ろしいもの。 「人を魔晄漬けにするんだ」 「魔晄と言えば――神羅が開発したエネルギーのことか!」 そうだ。とセフィロスは重々しく頷く。 「魔晄は単純なエネルギーではない」 神羅はそこに目をつけた。 「防護なしに人を長時間魔晄に晒すと、ほとんどは狂う――」 狂う確率は9割5分以上。正真正銘の“ほとんど”だ。 「だが稀に狂わない人間もいる」 「その人間は魔晄の作用によって、騎士ほどではないにしろ、人間以上の能力を得ているのだ」 それがすなわち、ソルジャー。
話し終えたセフィロスに、クラウドの蒼い眼差しが向けられる。 ひたりと向けられ、その目映さにセフィロスは戦慄を禁じ得ない。 「セフィロス――」 「どうしてそのことを、お前が知っているんだ?」 向けられて当然の疑問だ。 セフィロスは苦々しさのあまり、思わず顔を背けようとするが、クラウドが優しく逃げるのを許さない。 彼は俯こうとしたセフィロスの頬に、そっと手を置いたのだ。 無駄のない肉の薄い頬を、クラウドの手がそっと包み込む。 あくまでも幼子にするかのような優しい動きであったが、セフィロスにとってはどんな箴言よりも覿面であった。 たまらず、セフィロスは長い腕を伸ばして、クラウドを包み込むように抱きしめる。 シャワーの後の、まだ上気した肌。水が弾ける弾力。 騎士らしくしっかりと鍛えられているが、クラウドの持つラインはどこか伸びやかで幼いままだ。 クラウドの持つ美しさは天然のもの。 人などではない、創造主が愛おしんで生み出した。それがクラウドなのだ。 自分がどれだけこのマスターを請うているのか、セフィロスは泣き出したくなってしまう。 「俺は、普通のファティマではない」 「…そうだな」 そのことは、セフィロスを娶ったクラウドにもすでに解っていることだ。 「ファティマは100%人工DNAが元となり作られるが――」 「俺はその元の段階が違うのだ」 セフィロスはクラウドの金髪に鼻先を埋める。 まだ濡れている金髪。髪に含まれている水分を口づけて吸い取った。 「俺は――神羅が魔晄採掘の時偶然発見した…」 ――クラウド。どうか… 「魔晄の海で眠っていた、人外異種生命体のDNAを元に作られたのだ」 ――どうか、俺を嫌わないでくれ。 「その人外異種生命体は現在も神羅の研究室にあって、宝条博士が管理している」 「宝条は、人外異種生命体を様々な実験に用いていて、ソルジャーもその実験のひとつから派生したものだ」 「もちろん、俺も――宝条の実験サンプルのひとつとして、生み出された」 「ソルジャーという人工騎士を作り上げる理論の基礎とされたのだ」 人でもない。 だが普通のファティマでもない。 人工生命体であっても、実はそれだけでもない。 人ではない人外の、しかもこの星団には有り得ない異種の、そんな化け物のDNAから自分が成り立っているのを、セフィロスはどうとも感じてはいなかった。実験のサンプルになるのも、何も感じなかった――ただし、クラウドに会うまでは。 ただのファティマならば良かった。 騎士とファティマならば、似合いの一対として公にも認められる。 だがどうだ。自分はファティマの皮を被った人外異種生命体だと知られれば、クラウドはどう思うだろうか。 嘲られるのも罵られるのも、恐れられるのも嫌われるのも――耐えて見せよう。 だが、クラウドの側にいられないのだとしたら――どうなる? 一番恐ろしいのは絶望という虚無だ。 どこまでも空っぽの果てのない深淵を、ただひとりで覗き込むこと。
*** 次ラストとなります。
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