続きです。 今回でラストとなります。
*** 「クラウド!?どうしてここに?」 「僕が連れてきたんだよ」 ルーファウスは立ち上がり、セフィロスの愛する少年をエスコートしてきた。 身体にピッタリしたシャツとジーンズ。家でくつろいでいた所をルーファウスに強引に連れてこられたのだろうと簡単に推測出来る。 強張った表情と、セフィロスに合わせない視線が、とても気掛かりだ。 ――ルーファウスめ! ルーファウスはクラウドを否定してはいない。が、決して肯定もしていないのだ。 クラウドがセフィロスの側にあるのは許そう。だが、クラウドだけを側に置く必要などないと、ルーファウスは常に公言している。 「クラウド――セフィロスは偉大だ」 そうは思わないかな? 「彼や僕は特別なんだ」 蜜蜂でありそよ風であり小川である。 そのようにして愛を振りまくことが許されている特権の持ち主なのだ。 特権はあくまでも特権。許されているのはほんの選ばれた一部のみ。 セフィロスはその選ばれた偉大なる者なのだ。 「君はそのことを自覚するべきなんだよ」 「まあ、君には解らないかも知れないけれども――」 いや、失礼。 「君は父親の血だけは由緒があったよね」 「君のお父上は特権を有する一人だった」 クラウドの父はルーファウスのかなり近しい親族にあたるのだ。 もっともヨーロッパ上流階級とは、過去の因縁による複雑な政略結婚の結果、系図を紐解いてみれば誰しも姻戚関係にあるものなのだが。 「愚かにもたった一人の人を愛してしまったが」 ――愚かだね。 「身の丈の合わないことをするから、悲劇で終わったんだよ」 クラウドの拳が血の気のないほど握りしめられているのを見て、セフィロスは我が胸が潰れそうになる。 両親のことは、クラウドにとって鬼門だ。 彼は両親の愛によって生まれた。愛によって育まれ、幸せな幼年時代を送りもした。が、逆に父親の死によって幸せは泡のように弾けてしまい、彼の手からはすり抜けてしまう。 俯いたままの表情を無くした顔。きつく握りしめられた拳。きつく結ばれた口元。 どれもがこんな場面でも、セフィロスを満たし、同時に飢えさせる。 可哀想とか、哀れみとか同情などを越えて、痛切に願う。 ――どうにかしてやりたい。 クラウドの哀しみは全て自分が吸い取ってやりたい。我が事以上に胸が痛む。 この想いが愛ではなくて、なんだと言うのだろうか。 「セフィロス。花はクラウドだけじゃない」 「そもそも、クラウドは男だ。花にもなれない」 そうだろう。 「リード嬢だけでもない。花はたくさんある」 「いつかはセフィロス。君にもっとも相応しい花が現れるんだよ」 詩でも歌うように、ルーファウスは言い放つ。 彼はこの瞬間、勝ち誇っていた。己の正当性を示すことに酔っていた。 ――ルーファウスは、やはりわかっていない。 歌劇『イタリアのトルコ人』では、一人の人を愛するのは愚かだと歌った人妻は、結局道化でしかない恋の駆け引きに疲れ果てるのだ。 ルーファウスの主張する正当性とは、それだけのことに過ぎない。 かれの酔っている勝利など、無意味なものでしかないのだ。 セフィロスは勝ち誇るルーファウスを後目に、愛しい少年の元へと駆け寄った。 コンプレックスを抉られた恋人の前に跪く。 視線の高さを低くして、 「イタリア人妻フィオリッラは、トルコ人王子セリムとの恋に恋をしていたんだ」 退屈で裕福な美しい人妻は、刺激が欲しかったのだ。 とてもドラマティックな恋をしたかったのだ。ヒロインになりたかったのだ。 「だが結局、セリムは元の恋人のものとなり、フィオリッラは恋に恋することに疲れ果ててしまう」 クライマックスは仮面舞踏会。そこで登場人物たちは仮面を被ることで己のアイデンティティーのもろさを知るのだ。 「このオペラのラストはハッピーエンドだよ、クラウド」 そこで初めて、クラウドがセフィロスを見た。 「俺は蜜蜂でもそよ風でも小川でもない」 「ただの――男だ」 そして、 「クラウド。お前も花などではない」 「俺の大切な恋人だ」 きゅっと引き締められていた、クラウドの唇が縋るように動く。 セフィロスは綴られてくる言葉に全神経を傾けた。 「でも…オレじゃ公式な場所でのパートナーにはなれないし」 それもルーファウスが吹き込んだのだろう。 「なんだ。そんなことか――」 「お前ならばどこに連れていっても恥ずかしくはない」 「オレ、男だし。まだ子供だし…」 「男を生涯のパートナーとしているのは俺だけではないぞ」 「嘘!?」 「本当だ。現にルーファウスだって今のパートナーは男だ」 「え!?」 渋い顔でルーファウスはそっぽを向いた。 「もっともルーファウスは他の花でも遊んでいるがな」 それはルーファウスの問題で、セフィロスは口を出すつもりなどない。 「まだ納得出来ないのならば、女装でもするか」 「お前ならば、絶対美人になるぞ」 「美人になんてならないってばっ」 「いいや、そうだな。それがいい。次の機会にはクラウドに女装してもらおう」 「バカセフィ!」 あはは。と膨れる恋人の身体を抱きしめて、 「俺は母親がまだ元気なんだ。独身の男が母親をエスコートするのもよくあることだ」 つまり、 「俺はちっとも困ってなどいない」 「ルーファウスが言ったのは大きなお世話でしかない」 ――気にするな。 それよりも、 ――俺の恋人はお前しかないのだから。 跪いて抱きしめているから、セフィロスの顔はクラウドの胸に埋もれてしまっている。 しっかりと声にならなかった言葉は振動として、胸からちゃんと伝わってきた。 「クラウド。お前の母親は不幸だったと言っていたのか?」 「…ううん」 幸せだと。彼女はいつもクラウドの父親と巡り会えて、クラウドを生んで、とても幸せだと言っていた。今もそうだ。悔いはない、と。 「死んだ父親もそうだったのだ」 「俺には解る」 なぜならば、 「俺もお前といて、幸せだからだ」 クラウドの父に負けないくらいに。 「お前はどうだ?」 問いかけの答えはまず行動だった。 クラウドの両手がセフィロスの頭を抱きしめてくる。 「…幸せだよ」 「聞こえないな」 「幸せだ」 「もっと大きな声で」 「幸せなんだよ」 「誰といて」 「セフィロスといて、幸せだ」 「本当に?」 「本当だよっ」 「そうか――」 ――それは良かった。 セフィロスの銀糸を、クラウドの指が優しく乱す。 がたん。音を立ててルーファウスがソファから立ちあがった。 「人目があるのにあからさまに睦みあうだなんて、下品だよ」 腹いせの嫌味など、セフィロスとクラウドにはもう聞こえない。 「失礼するよ。セフィロス」 そのまま出ていこうとしたルーファウスに、セフィロスがクラウドの胸元から呼び止めて、 「マネージャーに俺はもう帰ると伝えておいてくれ」 メッセンジャー代わりにルーファウスを使う。 プライドの塊たるルーファウスだが、今回は自分に分が悪いと理解しているようだ。 「解ったよ」 こうして一人の登場人物は去った。 残ったのは恋人二人きり。 「セフィロス…仕事いいの?」 「どうせルーファウスがやってきた時点で、集中は切れていたんだ。問題はない」 「クラウド――」 「お前にはお前の考えがあるのは当然だ」 だが、 「俺のお前への想いだけは、どうか疑わないでくれ」 「…疑うなんて、俺――」 ――不安なんだ。 不安でしょうがない。 そうはっきりと露わに言ってしまえるだけの強さを、まだクラウドは持ち合わせていないのだ。 そんなクラウドの不器用さはある意味欠点とも言えるだろう。 ただセフィロスはそうとは考えていない。 繊細さも不器用さも、クラウドを構成する大切な要素なのだから。 セフィロスは立ちあがると恋人へと手を差し出す。 そして一言、 「家に帰ろう、クラウド」 小さく頷いたクラウドが、差し出された手を取る。 その時のはにかんだ笑顔を、セフィロスは心から美しいと感じた。
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これにておしまいです。 お付き合いくださいまして、ありがとうございました。 と、自分で書いていて思いました。 はれくいんって女装ネタもありってこと!?
ここを覗いているのは限られた方のようですので、 テキストにまとめて、アップしてもらうことになると思います。
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