再生への光

裏側の世界シリーズ


教会を出てエアリスを探そうとするセフィロスだが、彼には立派な勝算がある。

セフィロスはエアリスが嫌いだ。
己では何の努力もせず、セトラの巫女の血を引いているというただこれだけのことで、クラウドの隣に立つ資格を、生まれながらに有しているのだ。
元より異常な出自であり、その上クラウドに恋をしたセフィロスは、ソルジャートップという肩書きを得て、周囲にそしてクラウドに認められるまで、余人には計り知れない努力を積み重ねてきたのだ。
ジェノバのDNAを持つセフィロスは、確かに生まれついて人間以上であった。
だがこの人間以上の超人的な能力を、振り回されることなく、己でコントロールしていくのは、並大抵では出来ない。
セフィロスは名実共にクラウドのパートナーとなるべく、鍛錬に鍛錬を重ねてきた。
ソルジャートップ、神羅の生ける英雄はこうして作られたのだ。
己の苦労を自慢するつもりはない。
自分で望んでやったことだ。
また、他人に対して自分と同じだけ努力しろと強制するつもりもない。
セフィロスはロマンチストではない。シビアなリアリストなのだ。
世の中の全てを自分基準で捉えるほど、夢想家でもない。
それでも一人のうのうと、セトラの巫女という特別な立場に甘え続けて、戦いすらも知らず幸せを甘受して生きてきたエアリスは気にくわない。
――本気でクラウドを得たいのならば、もっと努力するべきだ。
力を尽くして、足掻くべきだ。
自分の感情など、乗り越えてみせるべきだ。自分のように。
それが…結界の話だけで、逃げ出してしまうなど。
――まあこれで、あの娘も少しは考えるようになるだろうが。
セトラの巫女という、己の立場の本当の意味を。

セフィロスは教会へと続く通りに立つ。
自分の姿が人目に触れると五月蠅い為、物陰の死角に立って、気配を殺して通りを窺う。
――あの娘は、きっとすぐに戻ってくるに違いない。
セフィロスからすれば、エアリスは所詮未熟な子供だ。
クラウドから、本当に完全に離れてしまうような決断など、出来る筈がない。
一時の激情や混乱でクラウドの前から逃げ出したとしたのならば、我に返り思い直した時には、すぐにクラウドの元へと戻ってくるに違いないと確信している。
そもそもエアリスは、一人で生きていけない娘だ。
一人で戦うことも出来なければ、一人でしっかりと立って歩くことすらも出来ない。
だからこそクラウドのことを差し引いても――あの娘が嫌いなのだ。


セフィロスの考えは正しかった。
通りを窺い始めてから僅かだけ時間が過ぎた頃、大通り七番街の方向から、エアリスが歩いてくるのを認める。
その足取りは、軽い。
吹っ切れたのか。割り切ったのか。
それとも単に、クラウドに泣きつきたいだけなのか。
ともかくこちらにやってくるエアリスの前に、気配もなくセフィロスは立ちふさがる。
いきなりの登場に、エアリスが驚愕した。
驚きで見開かれた丸い目は、相手がセフィロスだと認めて、すぐに怒りへと変わっていく。
いかにも少女らしい柔らかな顔つきが、セフィロスを前にして、敵意剥き出しのキツイものとなった。
そんなあからさまな強い怒りを受け、むしろ心地よい。
セフィロスは自然と冷笑を浮かべてしまう。
美しすぎるが故に、他者を見下す。エアリスの大嫌いな表情だった。
「お前――逃げ出したそうだな」
――愚かな。
「お前は自分の手で、クラウドの隣に立てるという絶好のチャンスを棒に振ったのだ」
「やはりクラウドは――俺だけのものだ」
何という不敵な態度か。
エアリスはカッと燃える。
「逃げてなんかない!」
「ちょっと、考えてただけ!」
小さな拳を握りしめて、エアリスは猛然とセフィロスに食ってかかった。
「あなたの、好き勝手には、させないヨ」
ほほう。
「ならばお前は結界を作ってみせると言うのか」
完全にバカにしきったセフィロスを、エアリスはこのままにしておけない。
「作って見せるヨ!」
「ウェポンが襲いかかってくるぞ」
「クラウドが、護ってくれる」
「結界が必要なのは、ミディールだけではないことを解っているのか?」
「ミディールが成功しても失敗しても、お前は他の全てのエリアの結果を張ることになるぞ」
途中でやめることなど出来ない。
今回全ての結果を張り終わっても、きっと何十年後かには再び結界を張ることとなる。
ずっとその繰り返しだ。きっと死ぬまで。少なくともエアリスが結果を張れなくなるまで。
――その覚悟は出来ているのか。
お前はもう、星やウェポンの戦いの、幸せな傍観者ではいられなくなるのだ。

口を真一文字に引き結び、エアリスの緑の瞳は燃える。
この瞳をこの髪を、セフィロスは一時期熱望したものだ。
滅多とない色合いをしている自分の瞳や髪を、他人は美しいと褒め称えるが、セフィロスは美しいと言われることに価値を見いだせず、ただひたすらにセトラになりたいと熱烈に願っていたのだ。
セトラの血など、一滴も持っていないのにも関わらずに。
今となっては――どうしようもないのだと諦めもつき、恋人としてのクラウドを得てからは、そんな過去の熱望など忘れかけてはいるのだが、それでも時折こうやって思い出す。
思い出すたびに、なんと愚かな物を熱望していたのだと、過去の自分に苦笑が漏れるのだ。
今回もそうだった。
怒りに狂うエアリスに、苦笑が漏れてしまう。
セフィロスのそんな苦笑を、エアリスは嘲りととった。
いつもは目尻の丸い愛嬌のある眼差しが、一気につり上がる。
「あたし――戦う」
「クラウドと、一緒に、戦う!」
勝手に勘違いをして、宣言してくるエアリスを、セフィロスは愚かだとは思わなかった。
初めてセフィロスは、彼女を認めてみようという気になったのだ。
ともかく、エアリスの説得は成功したのだし。


早速翌日からエアリスは、結界を張るべく訓練に入る。
もちろんクラウドが教えるのだ。
訓練場は神羅ビル内68階。宝条ラボでもジェノバドームがある67階ではなく、ワンフロアー上の場所となる。
訓練というと身体を鍛え上げるとイメージするものだが、エアリスに課せられた訓練は、あくまでも結界を編むためだけのものだ。
よってスペースの広さよりも、静かに精神統一が出来て、その様子をしっかりとモニタリングし、クラウドがフォロー出来ることの方が必要なのだ。
現在セトラの研究が最も優れているのは、ここ宝条ラボである。
セトラに関する様々なデーターもここに揃っている。
ここならば不測の事態にも対応出来ると考えられたのだ。

正直、エアリスはあまり宝条に良い印象は持っていない。
父ガストの同僚であるのは、もちろん知っている。
ハーフセトラとして、父と母の子供として、幼い頃からの顔なじみでもあるのだが、宝条の纏う他人を拒絶したアナーキーな雰囲気がエアリスの存在自体を拒んでいるようで、良い印象も持てなければ馴染みも出来ないままなのだ。
悪い人では……ないと、思う。
特にクラウドの語る宝条という研究者の話を聞いていると、人という種を救うことに全てを捧げている尊敬に値する殉教者のようにさえ感じられる。
だがこうやって実際に関わってみると、やはり宝条はおかしな――…というか、奇妙なパーソナリティの持ち主であった。
――変人…
奇人だとか、こういう形容がこれほどピッタリと当てはまる人間を、エアリスは宝条以外には知らない。
宝条ラボは、とても特異な空間である。研究室には常時多くの人間が出入りしていた。
研究者や神羅関係者。そしてソルジャー。
これまで遠くからすれ違うだけでしかなかったソルジャーの、リアルな側面に多く出会い、戦士である彼らの別の面を目の当たりにすることもあった。
これまでエアリスが個人的に知るソルジャーとは、せいぜいがセフィロスとザックスくらいのものだ。
突き詰めてみれば、セフィロスは厳密にはソルジャーではないのだから、良く知るソルジャーはザックスだけか。
そのザックスともソルジャーとしてではなく、神羅もセトラも関係のない友人としての付き合いばかりである。
過日偶然遭遇してしまったウェポンとの戦いに巻き込まれなければ、ザックスとは今でもエアリスにとってソルジャーなどではなく、気の優しい朗らかな男友達だったはず。
エアリスにとってソルジャーとは、それだけ遠い存在だったのだ。
幾度かここ神羅ビルにやってきた時も、遠目から眺めるか、すれ違うくらいで。
こうやって研究室に入り浸るようになって、エアリスは初めてソルジャーの負の面を目の当たりにする。
宝条ラボにやってくるソルジャーは、そのほとんどがどこか壊れ掛かっている者ばかりだ。
壊れているのは身体だけではない。
単純な外傷ならば医療の範疇。それは宝条でなくともどうにかなる。
ラボまでやってくるのは、主に心と身体が、つまり精神と魔晄とのバランスが崩れてきているソルジャーなのだ。
もちろん具体的にどのような処置が行われているのか、エアリスは詳しくは知らない。
エアリスの訓練に宛われたスペースは、実際に処置を行っている所から遠ざけられているし、エアリスも積極的に知ろうとは思わなかったのだから。
ただ今にも全身が爆発しそうな魔晄をギラギラさせたソルジャーが、次に出会った時には無表情で完璧に自分をコントロールさせていたり。
また、魔晄に精神を侵食され、狂っているのか腑抜けているのか、心が千切れてしまっているソルジャーが、次には堂々と歩いてラボから出ていっているのに遭遇するたびに、エアリスは自ずとソルジャーの必要性に大きな疑問を持ってしまうのだ。

ソルジャーとは、星がウェポンを造り出したのと同じく、ガストと宝条両博士が造り出した、対ウェポンを想定した超人である。
セトラともハーフセトラとも全く別物となる。
彼らは戦士だ。戦う為だけに造られた。破壊の超人。
正統なるセトラの血を半分だけとはいえども色濃く引くエアリスからしてみれば、ソルジャーはただの紛い物としか思えない。
本来人という器には、魔晄もジェノバも作用するべきではないのだ。
器にそぐわないばかりか、器と注ぎ込むモノが違いすぎて、とても入りきらない。ひずんでしまう。
薄いガラスのコップに、熱湯を一気に注ぎ込んで壊してしまうのと同じだ。
――ソルジャー、かわいそ。
哀れに思えてならないのだ。
人という種が、星やウェポンと戦うのに、いくら紛い物であろうともソルジャーが必要なのだと解っているからこそ、哀れでならない。
星とコンタクトをとった時の、あの光景を彷彿とする。
星はすっかりと歪み、いびつに狂っていた。
そんないびつな星から生み出された凶器ウェポン。
ウェポンと対抗する為には、人も歪まなければならないのか。
その歪みが、すなわちソルジャーなのだと。
――みんな、かわいそ。
人もソルジャーも、セトラも――星もウェポンも。ハーフセトラだって。
エアリスだって解っている。
哀れんでばかりではいられないのだ。
そもそもエアリスが哀れむのは、傲慢なこと。
一人高みから見下すように、哀れんでばかりではいられない。
結界を張るということは、エアリスも高みから降りて、哀れみの対象である当事者となるということに他ならないのだ。
それでも…
――あたし、結界を張る。
そして結界を張った後でもやはり全てを哀しく感じるのだろう。
この傲慢さは、自分がハーフセトラだからか?
――クラウド、どう思ってる?
クラウドの方がエアリスよりも、長く戦いの場に身を置いているのだ。
エアリスが感じることなど、ずっと昔に感じていたのではないだろうか。
口に出して問いかけられないままに、エアリスの心は哀れみが溜まっていく。
決して溶けない雪のように。


およそ半月の後、エアリスへの訓練は終わりを告げた。
彼女はすぐにクラウドと数名のソルジャーと共に、ミディールへと向かう。
エアリスにとってこれが、現実に体験する初めての戦場となる。




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