慕わしききみの名


はれくいシリーズ

東京、港区赤坂。首都高3号線六本木通りに面して、その建物はあった。
右手にホテル。通りを挟んでアメリカ大使館のあるこの一角は、大都会の真ん中にしてはどこか高貴で人に媚びない空間であった。
特にクラシック演奏では世界でも指折りのこのコンサートホールは、国が作ったものでも、都が主催するものでもない。
ある一般企業の創始者が私財を投じて建てたものだった。
入り口まえには広場がある。この広場はこのホール設計のアドバイスをくれた今は亡きマエストロの名を冠している。
広場にある金色のモニュメントを左手に入り口をくぐると天上の高いホワイエに辿り着く。
ホワイエを荘厳に照らすのは、オーストリア製クリスタルガラスで巨大シャンデリア。
壁にある抽象画の巨匠が最晩年に制作した、壁画とステンドグラスを、巨大シャンデリアが照らし出す空間は、まさに圧巻であった。
その先は大ホールへと繋がっている。
大ホールの客席数は1階席、2階席合わせて2000以上。なにせ楽屋だけでも大小合わせて10はあるのだ。
このホールにて今夜ある指揮者によるオペラが演じられる。
ワーグナーの『トリスタンとイゾルデ』
前奏曲のトリスタン和音と最後のイゾルデのアリア『愛の死』が有名なオペラだ。

ホワイエのコーナーに貼られた今夜のポスターの中心になっているのは、凍り付くような美形の指揮者。
30代でウィーン交響楽団の主席指揮者に選ばれた天才。セフィロスである。
神の恩寵を一身に受けたセフィロスの天才ぶりは、指揮のみにあらず。
演奏、声楽、音楽史、音楽美学、に優れ、また絶対音感の持ち主でもある。
英語、フランス語、イタリア語、ドイツ語、ロシア語にも精通し、母国語と同じように操れる。
政治学・経済学にもその才能の片鱗を表しており、世界有数のコングロマリット、神羅顧問の一人として名を連ねていた。
おまけにその容姿。190を越える長身は、バランスの悪いいびつさはない。
筋肉質の引き締まった体躯。手と足は驚くほどに長い。この手を伸ばし、指揮棒を掲げるだけで、聴衆はセフィロスの芸術世界に誘われるのだ。
そして極めつけはその美貌。よく絵に描いたような、という形容があるが、セフィロスはそれ以上だ。
見事な銀髪と翡翠色の瞳。良くできた彫刻でもここまで完璧には出来ないだろう。
セフィロスは正に神に愛され、慈しまれた、生きる神話なのである。
セフィロスは神の領域にいる−−との賛美は決して大げさではない。

オペラ上演まであと1時間。楽屋の個室にすでに正装しているセフィロスはいた。
木のフローリングは壁紙のアイボリーと相まって、気持ちを穏やかにさせる。
同じくアイボリーのソファセットとテーブル。窓際にはピアノが置いてあった。
セフィロスはソファに座り、じっと見つめている。面白そうに、さも楽しげに。
ぽろん、とピアノが音を出す。決して上手とはいえない、どころか全く素人。ピアノを始めたばかりの幼児でも、まだマシだろう。
それでもセフィロスは満足そうだ。ピアノを弾いた少年を見つめる瞳は優しい。
苛立たしげに、少年は再び鍵盤を押す。
「オペラって何?」
ぶっきらぼうな物言い。セフィロスは知っている。これは少年のポーズなのだ。
少年の育ちは良い。いわゆる上流階級の出だ。本当はピアノももっと上手く弾きこなせるし、バイオリンのレベルは演奏家並だと。
それなのに少年はそんな育ちの良さを殊更に隠そうとしている。
すりきれたジーンズにシャツ。乱暴な物言い。それは全て不器用な擬態なのだ。
「オペラとは歌劇。演劇と音楽による舞台芸術だ」
ふうん。セフィロスが答えても、少年は興味なさそう。

それでも、
「『トリスタンとイゾルデ』ってどんな話?」
ちゃんと上演タイトルを覚えているところが、少年の興味深さの現れである。だがそれを素直に表現はしない。
そんな少年の可愛らしい複雑さをセフィロスは愛している。
「マルケ王はイゾルデを妃にしようと考え、騎士トリスタンを使いに送った−−」
話ながら、セフィロスは少年を愛でる。
金髪碧眼。そのどれもが際立って鮮やかなのは、少年に流れる血のせいだろう。
少年の母親も同じ色を持っていた。
セフィロスが少年と出会ったのは4年前。少年はまだ14歳だった。
とてもきれいな子供だった。だがセフィロスは決して少年の容姿に惹かれたのではない。
顔立ちの上品さと典雅さを裏切るあの眼差しの強さ。怒りや不条理を全て押し殺した青にセフィロスはかき立てられたのだ。
それまでセフィロスの演奏は完璧だという評価の一方で、至って情緒に乏しいと表されていた。
あまりにもシステマティックすぎて、機械が指揮棒を振るい、機械の正確さで演奏させているだけだ、と。
音楽のみならず芸術において、一番肝心な部分が欠けているのだと。
それはセフィロスも自覚していたこと。だがセフィロスはそれに重い価値をおいていなかったのだ。
完璧な演奏。これを重んじていた為、気にも留めなかった。
それが少年とあって変わった。少年の複雑な心に触れ、彼の持つ怒りや悲しみを知るたびに、セフィロスの心は豊かに潤っていく。
セフィロスの演奏は変わる。無機質なモノトーンの世界から美しさも激しさも怒りも悲しみもある、鮮やかな天然色へと。
この奇跡の変化は気むずかしい音楽家達を唸らせ、こうしてセフィロスはウィーン交響楽団主席指揮者という栄誉を手に入れたのである。

今夜上演のオペラの粗筋を話す、セフィロスを少年自ら遮った。
「オレ、あんたの演奏聞かないよ」
「ああ、わかってる」
少年は頑なに客席には座らない。それでもセフィロスは常に一番良い最高の席を少年の為に空けている。
「オレ…おかしいんだ」
セフィロスは形の良い眉を寄せる。ソファから立ちあがり、ピアノの傍に立つ少年へと寄り添う。
「具合でも悪いのか?」
ううん。
「あんたの演奏聞いてると、ココが」
少年は自分の薄い胸を叩き、
「なんだかいっぱいになってくる」
覗き込んだ青い瞳は静かに潤んでいた。

愛おしさが増す。
セフィロスにとって、悲しみも歓びも苦しみも、それは全て少年へと向かう為だけにある、感情なのだ。
そしてそれらの感情は少年に触れると愛情へと変化してしまう。
セフィロスにとって指揮棒を振るうという行為は、少年への愛を語ること。
少年はそれを感じとっている。セフィロスからの愛を受け取りその小さな胸をいっぱいにしてくれているのだ。
涙さえ、流して。

無自覚に静かに涙を流す少年を背後から抱きしめた。繊細な力加減で、それでも絶対に離さないように。
「聞かなくていい」
ただ、
「ここにいて、俺が戻ってくるのを待っていてくれ」
−−愛してる。
「ダメだよ。離れて。服が汚れる…」
「お前で汚れることなどない」
「オレがイヤだ」
涙がつくなんて、と頑固なクラウドにセフィロスは、それならばと一旦離れ、跪いた。
「トリスタンは最後、イゾルデの腕の中で死ぬ」
「俺が死ぬときも、同じ栄誉を与えてくれ」
息が止まるときは、この少年に包まれていたい。
中世の騎士が麗しい姫君に与えたキスを、セフィロスは少年に捧げる。
跪きひれ伏して、少年の手に口づけたのだ。

「あんた結構マゾっぽいよね」
オレなんて、何の価値もないのにさ。
セフィロスが少年と出会い完成したのと同じように、少年もセフィロスに愛され、与えられる歓びを、許す大切さを知った。
「いいよ、栄誉はオーバーだと思うけど」
「あんたが必要としてくれる限り、オレはあんたから離れない」
「誓ってくれるのか?」
セフィロスの少し不安そうな顔。こんな顔知ってるのはきっとオレだけ。
少年はセフィロスにとって特別な位置にいる自分に満足しつつ、
「いいよ。誓ってやるよ」
あんたが、オレの名を呼んで、キスしてくれたらね。
セフィロスは少年に従う。
「愛しているよ。クラウド」
−−もう一度、抱きしめていいか?
「ダメ。オレが先に抱きしめるから」

クラウドはセフィロスに飛びついた。


****
MEMOにてよよこラクガキび〜こに妄想しました。なんちゃってはれくいん。パラレル設定でいろいろいいかげんです(笑)

で、続きをねだったのがこちら↓

***

セフィロス。
英雄と讃えられる天才指揮者。ウィーン交響楽団主席指揮者の栄誉を30代始めで得た神の寵児。

クラウドが今手に取っているのは、セフィロスの新作DVDだ。
ここはセフィロスが持っているウィーンの家。
ウィーン交響楽団の本拠地コンツェルトハウスにほど近い閑静な高級住宅街にたつマンションを、セフィロスはワンフロアー全部ごと貸し切っている。
セフィロスは仕事中。クラウドは留守番。
来週の日本公演を控えて、セフィロスは楽団の仕上げで忙しいのだ。
こうして一人で居るのは苦痛ではない。むしろ多くの人の好奇心に晒されるよりもずっといい。
そんなクラウドを理解しているセフィロスは、こうして一人だけでいられる快適な空間をいつでも提供してくれる。
毛足の長い絨毯の上でごろごろしていたクラウドだが、ふと目に留まった物があった。
それがセフィロスの新作DVD。昨年末にニューヨークでの演奏を録画したものだ。
知らぬ者などいない有名なこの交響曲。
ルードヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン、交響曲第九番、ニ短調作品125。
ジャケット写真のセフィロスは、触れれば凍り付くような美貌で指揮棒を振り上げていた。
背筋が凍り付く美貌には、なんの感情も表れていないように見える。
こんな彼はどんな風に指揮棒を振るのか。
どんな芸術世界を展開するのか。
英雄と讃えられる真実はどこにあるのだろうか。
クラウドはまだ一度もセフィロスの指揮する曲を聴いたことはない。


クラシックはそもそも退屈でしかない上に、セフィロスに対する複雑な感情に振り回されているまっただ中のクラウドとしては、素直に観賞出来ないでいるから。
−−DVDは見たくない。
動くセフィロスは見たくない。
指揮をしているセフィロスなんか見てしまったら、どうなるのか…
手に持ったDVDを見えない所に押し込んでしまおうとした時、CDを見つけた。
−−これにも第九がある。
これならば聴くだけで済む。セフィロスを見る必要はない。
第九はよく知ってるし、馴染みもある。
クラウドは思い切って立ちあがり、セフィロスの揃えたオーディオセットの置いてある部屋へと向かう。

ヘッドフォンをつけて、再生。
ロマン派音楽の時代の道しるべとなった、と言われている交響曲はゆっくりと始まっていった。
指揮棒を振るうセフィロスの姿が、自然と脳裏に再現されていく。
背筋を伸ばし、立ち姿の美しい長身のセフィロスが、この歓喜の歌を織りなしていく。
緻密なコントロール。完璧な指揮。全てを支配しつつもセフィロスは楽団員一人一人の芸術を見事に昇華しているのだ。
そして第4楽章が始まる。
光が降りてきた。

”おお友よ、このような音ではない!
我々はもっと心地よい
もっと歓喜に満ち溢れる歌を歌おうではないか

歓喜よ、神々の麗しき霊感よ
天上の楽園の乙女よ
我々は火のように酔いしれて
崇高な汝(歓喜)の聖所に入る”

これぞ正しく、歓喜の歌。セフィロスの指揮がホールに、いや聴覚を通して歓喜を届ける。

あんな冷たい顔をしているのに、こんなに情熱的な世界を奏でるなんて。

まるで−−セフィロスのセックスと同じだ。

”抱き合おう、諸人(もろびと)よ!
この口づけを全世界に!
兄弟よ、この星空の上に
父なる神が住んでおられるに違いない

諸人よ、ひざまついたか
世界よ、創造主を予感するか
星空の彼方に神を求めよ
星々の上に、神は必ず住みたもう”


 

セフィロスが帰宅した時、部屋の灯りは消えていた。
「クラウド?」
クラウドも出かけはするが、こんな時間まで一人で外出する筈はないし。
セフィロスは部屋を探し回る。
「クラウド?どこに居る?」
寝室を見てもいない。
お気に入りの絨毯の上にも、いない。
まさか、と思いつつ辿り着いたオーディオ専用の部屋にクラウドはいた。
膝を抱えて顔を隠して、耳にはヘッドフォンがある。何かを聞いていたのか。
驚かせないように配慮して、セフィロスは近づくとそっと肩に触れる。
「クラウド、ただいま」
顔を上げないかとも思ったが、クラウドはすぐに顔を見せてくれた。
青い目が潤んでいる。泣いていたのか?とも考えるが、それにしては表情は晴れ晴れとしているのはなぜか。
「どうした?何を聞いているんだ?」
足下にあるCDケースへと手を伸ばしかけたセフィロスに、クラウドが抱きついてきた。
「おかえり」
「ああ…ただいま」
どうした?と言外に問うてみると、クラウドは珍しく顔をくしゃくしゃにさせて笑う。
「オレ、嬉しいんだ」
「嬉しくて、幸せだって」
「…クラウド」
「あんたに会えて良かった。あんたを好きになって良かった」
こんなに素直なクラウドはとても珍しい。
戸惑うセフィロスの様子に、またクラウドが笑う。
そして、
「セックスしよう」
「?」
「ここではダメかな?汚れるし」
じゃあ、
「寝室に行こう」
クラウドからのお誘いなんて!
「なにがあったんだ。クラウド?」
「別になんでもない。ただ、あんたと思いっきりセックスしたいだけ」
「本当に?」
「ああ、ホントだよ」
そうホントのこと。
あんたが最高の歓喜の歌を聴かせてくれた御礼に、オレはオレの歓喜の歌を聴かせてあげる。

なんだか解らないがクラウドの気分は最高らしい。
戸惑う気持ちを取り敢えず後回しにして、セフィロスはクラウドを抱き上げる。
この部屋で行うのも悪くはないが、床は硬い。クラウドも困るだろう。
腹は空いているがこのチャンスを逃すつもりはなく。セフィロスは抱き上げた恋人と共に寝室へと向かった。



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