陽気に鼻歌まじりで帰宅して、机の上を見れば俺の書いた紙切れ1枚。
≪深夜勤なんで出る≫のメモをグリグリと消して
≪冷蔵庫の中クソ美味い飯≫と書いてある。
左上がりのクソ汚ねえ文字。
だけど蜂蜜色が書いたと思うとこんなメモ1枚の文字でも躍りだしそうだ。
そっと文字を撫でたあと、冷蔵庫を開ける。
丁寧にラップに包まれた皿を取り出す。
揚げ出汁豆腐。なす焼き。次々に料理が出てくる。
飯。これを食うには飯が居るとコンビニに出ようとして気が付いた。
流しの隅に握り飯が置いてある。
梅肉をまぶして紫蘇に包まった握り飯は少し酢の味もして、腐らないように気を使ったのがわかる。
机の上にビールと飯を置いてかきこみながら、あんまり美味くて驚く。
蜂蜜色を見ながら食べれたもっと美味かったんだろうなと思いながら、俺は誰に聞かせるわけでもなく両手を揃えて
「ごっそうさん」
と呟いた。
翌日も帰宅すると飯がある。
特大タッパーにぎゅうぎゅうに押し込められた弁当は運動会の時より豪華で美味かった。
肉体労働だから、帰宅して飯があるのは正直嬉しかったし、これを作ったのがヤツだと思えば、じんわりと嬉しさが込み上げる。
本当ならすぐにでも飛んで行ってぎゅうぎゅうと抱きしめたいところだったが、生憎あの夜から深夜勤が3連続。
明け番になるまで会いに行けそうにもない。
もったいねえな。
蜂蜜は毎日ここまで来てるってのに、もったいねえ。
何度も呟きながら、美味い弁当をモリモリと食った。
「あんた妙に機嫌いいわね」
鼻の利くナミがさぐりを入れてきたが俺はニヤリと笑うだけで軽く交わす。
代わりにウソップの耳元で
「明け番で勝負をかけるぜ」
と宣言すればウソップはビビった顔をしながら、犯罪だけはやめろよ!と念仏のようにブツブツと言っている。
失礼なヤツだ。
俺と蜂蜜は合意の上でことに及ぶんだから問題ねえ。
超特急で帰り支度を済ませると今夜こそ俺は蜂蜜を捕まえる気マンマンだった。
ヤツの行動パターン及びルートは全て頭の中に入っている。
バイクに跨りながら時計に目を走らす。
よし!この分なら帰宅前に待ち伏せ出来る。
ニタリと笑いが込み上げながらメットを被ると、バイクを走らせた。
俺の裸眼は2.0.
遠目からでも蜂蜜色が街頭に照らされてキラキラ揺れるのがハッキリわかる。
あの蜂蜜は青少年有害物になんねえのが不思議だ。
どう見たってエロすぎる。
ったく、あんな無防備に歩き回りやがって心配でいけねえ。
じっと歩いてくる蜂蜜色を眺めていると、ヤツが俺に気が付いた。
口をあんぐりぱっくり開けて、ピンク色の舌までバッチリ見えちまう。
やっぱり公共猥褻陳列罪になんじゃねえかと思いなおしながら、俺はタッパーの入った紙袋を掲げた。
「よう!」
「なんだよ。それ」
「飯の入っていた箱だ。昨日ホイルになっていたから。無いんだと思って返しに来た。美味かった。」
笑いながら袋を差し出すと蜂蜜は明らかに動揺している。俺の下心がバレのたのか?
「お・・・おう。美味くて当たりめえだ。プロが作ってんだ」
「そうだな。本当に美味い。早く礼言いに来たかったんだけどよ。なかなか明け番になんなくて、悪かったな」
「お・・おう。そ、そうだ。テメエ食っていたなら礼くらいきっちり入れやがれ」
どうやら、この蜂蜜は飯を褒められるのが壷なようだ。
脳内で手帳のページを開くと、忘れないように[蜂蜜は褒め言葉に弱い。特に飯への褒めは忘れない]と書き足しておく。
恥ずかしくて仕方ないのか首筋までピンク色に染めた蜂蜜は
紙袋をボンボン振り回しながら、アパートの階段を駆け上った。
うっかりピンクに染まった蜂蜜に見とれていると階段の上のヤツが振り返る。
そうして顔を真っ赤にしながら
「腹減ってるんだろ?」
と怒鳴り声を上げた。
その言葉で俺は顔いっぱいに笑顔が浮かんだ。
「いただきます」
両手を揃えて軽く頭を下げる。
「おう。食え。クソ美味いぞ」
念押しするようにそう言うヤツの言葉も嘘じゃないことを俺は知っている。
冷めた弁当であんなに美味いんだ。出来たてで湯気まで立った味噌汁を啜りながら口元が自然に緩んでしまう。
嫁にするなら料理上手の床上手に限ると俺は思ってる。
床の方はまだ試してないからなんとも言えないが、料理の方は100点満点の花丸だった。
理屈無しに美味い飯を口いっぱいにしながら、そっとヤツの様子を窺えば、
缶ビールをごくごくと喉を鳴らしながら呑んでいる。
その喉の上下する様。
っちくしょ〜〜やりてぇなぁ。
なんだってこんなエロいんだろう。
思わず股間が熱くなりそうで、俺は慌てて飯をかき込んだ。
夢中になって食っていたから忘れた。
そういや・・・
「テメエは?」
「ン?」
「テメエの分は?」
「オレは店の賄い食ってるからいいんだよ」
「腹減ってないのか?」
「おう。チビチビ呑んでッから心配しねえで食え。全部オマエんだ」
全部俺なのか・・・。飯のことなのに、オレも食っていいぞと言われたようでつい念押ししちまう。
「そうか。全部食っていんだな?」
「おう。全部テメエのだ」
ニコニコと花びらが零れるような笑顔を振りまきながら蜂蜜が笑う。
脳内では「全部テメエのだ」の言葉が都合よくリフレインされながら俺はニッカリ笑って残りの飯を食い始めた。
食事が終わると蜂蜜は片付けに台所へ立った。
軽いつまみに、酒まで用意されていた。
一瞬飲酒が頭を過ぎったが、酒が冷めるまでここに居ていいってことなんかと思い遠慮なくぐいっと一気に呑んだ。
蜂蜜のケツは小ぶりで片手でも握れそうだ。
うっかり手を上げて尻っぺたと手の平を合わせそうになったが変態親父じみているのでやめた。
「オレも、もちょっと呑もうかな」
片付けが済んだヤツがテーブルの向かいに座って新しい缶ビールを開ける。
まだ2本なのに頬がうっすらピンク色だ。
やべえくらいに色っぽい。
「この魚心はいつまで続くんだ?」
思わず喉が鳴りながら聞いていた。
「え?」
「だから、これは魚心だろ?そういう約束だったじゃねえか」
俺が言い出すまでこの緩い頭の蜂蜜はそのことをすっかり忘れていたようだ。
「お・・・おう。そうだな」
明らかに今その事実に気が付いて、このバカの頭の中は動揺しまくりなんだろう。
なんだって野郎に飯食わせているんだってグルグルと考えている。
分かり安すぎる表情なんだよ。
ちくしょ〜〜可愛くって仕方ねえ。
「サンジ・・・・」
ずっと呼びたかった名前がするっと口をついて出てくる。
「テメエの飯は美味え」
「おう」
「出来たら、もうちぃっとばっかり魚心を発揮してくれるとありがてえなぁ」
俺はテーブルから身を乗り出すようにして、蜂蜜の前髪を掴みながらそう呟く。
優しい口調で、視線は獲物を逃さないように逸らさずに真直ぐに見つめる。
蜂蜜は俺に髪を触らせたまま何度も喉を上下させている。
潤んだ瞳をしていることに気がついているんだろうか?
手触りの良い蜂蜜色の髪の毛。
ずっとずっと触りたかった。
「サンジ・・・?」
我ながら上ずった声が出たことにおかしくなる。
呼ばれた蜂蜜は声に反応するようにビクリと体を震わすだけで、返事をしない。
「なぁ。なんで返事しねえ?」
聞きながら髪に触れていた手をゆっくりと頬に向けて下ろす。
白い陶磁器のような滑らかな肌は吸い付くようで、手に触れた場所が色付いてゆくのがたまらねえ。
テーブルから身を乗り出してしっかりヤツの顔を眺めながら頬に置いた手を顎まで滑らすと軽く持ち上げる。
目尻にうっすら涙を浮かべた蜂蜜はすっかり混乱しているようだ。
付け入るようでちらっと罪悪感も感じたが、ゆっくり顔を近付けると観念したようにぎゅ〜〜っと瞼を閉じた。
触れた指先からも蜂蜜の緊張感が伝わってくる。
薄い唇に口付けしようとした瞬間。
俺は非常に不思議なものを見て思わず噴出した。
「ぶわはははははははは」
「え?」
拍子抜けしたような声が聞こえるが、この目の前の不思議眉毛のインパクトは凄かった。
「オメエの眉毛!これ天然ものか?」
「天然ってなんだよ!眉毛に天然も養殖もねえだろうがよ」
「そりゃそうだけどな。俺はこんなの初めて見たぜ」
「あんだと!!!オレサマの素敵眉毛をつかまえてバカにしやがるのか?」
「バカになんかしてねえってすげえと思ってよ」
そう言いながら片手はしっかり初蜜の顎に置いたまま、もう片方の手で何度も眉毛をなぞるように撫で上げた。
「すげえか?」
「おうよ。俺は今まで生きてきてこんなの見たこともねえ。で、天然なんか?自分で巻いたのか?」
「生まれつきだ」
「そうか。すげえなぁ。この金色も天然物か?」
「金髪のことか?」
「おう」
「生まれつきだよ」
「すっげ〜〜な。俺金髪触ったのって初めてだ。すげえ光ってる。しかも美味そうな色だ。」
ずっとずっと触りたかった。
ずっとずっとこの髪に恋してた。
「おうよ。オレサマ自慢の蜂蜜色だ。OLのお姉様方にも評判がいいんだ。サンジ君の髪って美味しそうな色ねってうっとりしてくださるぜ」
俺がどれだけ恋焦がれていたのかもしらない蜂蜜はさっきまでの警戒心なんか何処吹く風で気を良くしている。
だけど、ガチガチに固まったコイツも可愛かったけど、こうやってクルクル表情を変えながら足り無そうに話している姿の方がよっぽど可愛い。
俺の口元から自然に笑みが零れる。
眉毛から髪に手を移動させると、ぐいっと引き込んで髪に鼻を押し付ける。
蜂蜜の匂いだ。
煙草臭くってたまらないのかと思っていた予想に反してコイツの髪はお日様の匂いと甘い香りでいっぱいだ。
「美味そうだな」
声に出してそう言えば、ヤツの体がビクリと揺れた。
「オレは食いモンじゃねえぞ」
赤い顔しながら反論してくる。
「おう。美味そうだけどな。食いモンじゃねえ。もったいねえな」
食いモンだったらとっくに食らいついているのに
「?」
髪から顔を離し蜂蜜色の目をじっと見ながら言う。
「青い目も天然なんだろう?」
「おう」
「もちろん、この嘘みてえに白い肌も白粉なんかぬってわけじゃねえよな?」
「あったりまえだろうが!!バカか!オレはこれが生まれたまんまだよ」
「だよな」
俺は蜂蜜をまっすぐ見たまま口を開く。
「で、返事は?」
「え?」
「テメエは緩いなぁ。魚心だよ」
「あっ・・・ああ。魚心ね。ってもう水心も貰ったし、オレは野郎に尽くす義務はねえ」
「そりゃそうだな。思ったより緩くねえな」
他で緩いのはノーサンキュウだったが、俺にはもちっと緩くてもいいんだけどななどど都合のいいことを考えながらもヤツの髪や頬を触りまくる。
「なぁ。オメエよ。時々でいいから飯食わしてくんねえか?」
「え?なんで?」
「オメエの飯、美味えから」
きっぱり言い切るとヤツが勢いよく聞きかえす。
「本当に美味かったか?」
俺の体を押しのけるような迫力に一瞬髪に置いた手が外れる。
「お・・・おう」
「そっか。何が美味かった?」
「肉じゃが」
「だろう?テメエみたいなヤツはお袋の味ってのに弱いんだよ。そーか美味かったか。店ではよ。和物はやってねえんだ。だから本格的に勉強したわけじゃねえんだけどさ、やっぱり日本人は出汁とか大事にするじゃねえ?オレさ、将来食堂やりたくってよ。勉強してんだよ。なんでも作れた方がいいからよ。そうか美味かったか。鳥はどうだった?」
「鳥?」
「おう。あのパリパリしたやつだよ」
「皮が美味かった」
「だろう?あれってさ、弁当で、冷めても不味くないから昨日仕込んでおいたんだけどよ。やっぱ焼きたてに限るんだよ」
「昨日から仕込んでたのか?」
「!!」
俺のツッコミにヤツの顔が一瞬で赤くなる。
蛸見てえだ。
「っていうか、テメエのためじゃねえ。オレの夕食のためにな」
「夕飯は賄いなんだろう?」
「ぐっ・・・つ・・・つまみにしようと思ったんだよ!!!」
照れ隠しなのか怒鳴りつけてくるが、真っ赤な顔して言ってもまったく迫力も信憑性もねえ。
ああ、やっぱ、コイツは緩くて可愛い。
「そうか。また食いたい」
「おう」
「また食いに来ていいか?」
「おう」
「そうか、じゃぁ今夜はこれだけで辛抱しとく」
俺はそう言うと一瞬のうちに蜂蜜を抱き込んで唇を奪った。
驚きで目をまんまるに見開いたまま、口までぱっかり開いてることを良いことに舌を差し込んで口内をべろべろと舐めまわした。
そうしてから下唇を軽く甘噛みするとちゅっと音を立てて唇を離した。
真っ赤になったままアヒルのように口をパクパクさせてるヤツがあんまり可愛くて、そのまま食っちまいたくなったが、ぐりぐりと頭を撫でるだけにとどめて、いまだ言葉も出ないヤツに笑うと、ごっそうさんと言いながら部屋を後にした。
俺の遅い初恋はまだまだ始まったばっかりだ。
これから先、ヤツの飯もヤツも食えるのかと思うと、あんなこともしてえ、こんなこともしてえと夢が膨らむ。
飲酒になっちまうから迎えに来させたウソップにVサインを送りつつ、
悔しがる胴元ナミから巻き上げた掛け金で、ヤツの店に食いに行こうと思う。
俺が店に顔を出したらあのバカはいったいどんな顔しやがるのか楽しみで仕方ない。
これがこの夏の終わりの出来事だった。
まだ俺たちの恋は始まったばかりだ。